過失の要件事実(構成要件)

 過失は,法学部でガチに勉強しない人にとって了解困難な概念と成立要件だから,警察検察が政策的に勝手に認定して無理スジ逮捕起訴している,と思っている人が少なくない。弁護士ブログでは警察検察叩きに意図的にそう主張する方もまれにいる。*1
 しかし,定型性で刑法の拡張適用を厳密に限定しようとする団藤教授や「自動車事故と業務上過失責任」*2「過失犯における注意義務」*3という名著を表した大塚仁教授によれば,現代の通説判例である「新過失論」*4では
(1) 一般的客観的かつ具体的な予見可能性
(2) 同予見義務(「許された危険」も「信頼の原則」も,「緊急行為」も,その他の「社会的相当性」もない)
(3) 一般的客観的かつ具体的な回避可能性
(4) 同回避義務(前同)
の4条件を満たさなければ過失犯という犯罪は不成立である。
 たとえば,医療行為は,原則として「許された危険」として,ERなら更に「緊急行為」として,「当該TPOの下で平均的に一般的に求められる通常の(TPO下での平均標準説)」医療設備と医療スタッフと医療技術に基づいた医行為なら,予見義務や回避義務が阻却されて(付記:医療者のなすべき義務を満たしたので不注意はなく,犯罪構成要件の義務違反がないという意味で)過失犯は不成立となる。ここが民事の過失と異なる。*5 *6

*1:その先生が過失に不勉強かどうかは知らないが,新過失論と旧過失論の区別をまともにできないベテラン弁護士の書き散らしを読んで驚愕した記憶がある

*2:日本評論社,1964年

*3:日本刑法学会編「刑法講座第3巻」所蔵,有斐閣

*4:(参考)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8E%E5%A4%B1%E7%8A%AF

*5:民事医療判例は,医療判例に限らないが,刑法の過失の要件を解釈する法的根拠足り得ない

*6:団藤教授は「(一般人)標準説」を「もし通常人に要求される客観的な注意義務をもってしても結果の予見および回避が不可能なような場合であったとすれば,はじめから,構成要件該当性が否定されることになる。」と看破している(団藤「刑法綱要総論改訂版」310頁)。

過失の立証

 しかも,この4要件を証拠に基づいて捜査訴追側つまり検察官が公判期日で合理的疑念の余地なく立証しなければならない。交通事故なら理解し易い。(a) 車の性能が旧運輸省の厳し過ぎると貿易摩擦で批判された保安基準で定型化されており,(b) 各種研究で運転手の認知能力が人間工学上きわめて安定的に数値で客観化されている上に,(C) 運転手の守る義務や運転操作が道路交通法で細かく規定されているからだ。*1
(1) 予見可能性は,危険の視認可能性という人間工学や前照燈の照射距離等で客観的に認定される。
(2) 予見義務は道路交通法と優先通行権に基づく信頼の原則の各種判例で定型的認定が容易である。
(3) 回避可能性は,制動距離計算とコーナーリング特性の計算でブレーキを踏んでハンドルを切ったら事故が回避できたかという判定が比較的容易になされる。
(4) 回避義務は予見義務とほぼ同じである。
 だが,不定形の医療行為は,そうはいかないが,これも判例の積み重ねで次第に明らかにされてきた。大野病院事件で明らかになったとおり,裁判官の「回避可能であったと検察官が主張するなら,まず,当該症例で被害者が救命できた臨床例を1つでも立証せよ。」ということになる。この法理でいえば,「当該医療事故が予見可能であったというなら,事前の各種検査(たとえば血液検査やMRI読影)で当該症状の発生を予見して手術に及んだ臨床例をせめて手術計画書で示せ。」ということになるだろう。プロバブル,メイビー。

*1:本稿以下は目覚め後のものです o(_ _*)o

データの改ざん・不記載

 伝聞に過ぎないが,某国の事故調査組織の調査官マニュアルには,「事故関連記録の改ざん・消去・不記載不記録があったら集中的に調査せよ。」という項目があるらしい。「人は,やましい落ち度を隠したがる意識・無意識の心理構造を有するからだ。したがって,そこで原因のリードが発見される確率が高いから,調査リソースを集中投下せよ。」というのがその理由であるらしい。*1
 確かに,私が狡猾な故意犯だったら,犯行現場に向かう段階で,GPSプロッタ,携帯電話,カーナビやドライブレコーダの電源をOFFにするだろうし,犯行後にOFFを忘れていたことに気付いたら,ハードディスクやメモリのデジタル記録を消去するだろう。臆病な過失犯であっても,事故後にそれらの記録を消去したり,プリントアウトされてファイルに綴られていたら,偽造したものと差し替えたり改ざんして隠ぺいを図るかもしれない。
 それらは,内外を問わず,調査官や捜査官(リサーチャやインベスティゲータ)は,先刻ご承知のようで,かえって被疑者や潜在的被疑者は墓穴を掘ることになるかも知れない。これでは,わざわざ証拠のありかを教え*2,私が犯人ですと宣言するに等しい。*3
 やましいことがないのなら,このような疑われることをしないで,堂々と調査に協力すればよい。特に客観的証拠の性質を有する帳簿やログは,強力な証拠能力(刑事訴訟法321条323条1号2号)を有するし,人為的な介在が無い又は少ない証拠として証明力が高いのが一般だそうだから。*4

*1:(参考)メアリー・スキアヴォ著(杉谷弘子訳・杉浦一機翻訳監修)「危ない飛行機が今日も飛んでいる(上・下)」草思社(1996年),柳田邦男「事故調査」新潮社(1994年),ニコラス・フェイス著(小路浩史訳)「ブラック・ボックス」原書房(1998年)等

*2:総サイズ数百テラバイトの数ギガファイル数のログの中から,犯行の痕跡をコンソールを使って目視と手作業で調査するのは通常の調査リソースでは事実上不可能に等しいが,保存が義務付けられているファイルの訂正消去に絞った検索なら,簡単なマクロプログラムでコンピュータが自動的に検出するのは容易だという。

*3:パパは私のオイタを尋問する時,私の視線の先を読んでいたそうで,私がドギマギしながらこっそり見ていた先には大抵オイタの痕跡があった(^^ゞポリポリ

*4:藤永幸治/河上和雄/中山善房編『刑事訴訟法 大コンメンタール初版第5−I巻(第2版第7巻)』 「第321条 被告人以外の者の供述書・供述録取書の証拠能力」参照

疑問氷解(余談)

 原典チェックのために,以前は斜め読みで読み飛ばした「医事法判例百選」*1をしっかり読んだら,民事(行政)判例と刑事判例がごっちゃになっているではないかw(゚o゚)w。医事判例百選*2医療過誤判例百選*3もそうだからせんないが,これでは法学の基礎を学んでないベテラン医師の先生でも,民事判例と刑事判例を等価と思って誤解してしまうし,18世紀の民刑不分離の暗黒時代の議論に後退してしまう……。
 尊敬する医師の先生方が,トンデモ医療過誤判例批判として刑事判例批判に民事判例を誤引用するのも無理はない。法学部1年坊主から見たら,判例書の編纂上の過失(システムエラー)で医師の先生方は無過失に見えるけど,出版業界のアルバイターから見たら,刑事と民事で分けるほど刑事判例がないので,コスト計算と予定価格と販売見込みから,項目別分類編纂を採用して民行刑判例判決例を同列に置いたのだろう。法律家なら誤解しないという性善説の下に。しかし,大学で民事刑事行政法の基礎を全く学んでいない医療業界の専門家プロフェッショナルも読むのである。*4

*1:別冊ジュリスト No.183,有斐閣(2006年),ISBN-10:4641114838,ISBN-13:978-4641114838

*2:別冊ジュリストNo.50,有斐閣(1976年),ISBN-10:4641014507

*3:別冊ジュリストNo.102,有斐閣(1989年),ISBN-10:4641114021,ISBN-13:978-4641114029

*4:亡父が某ブログで,私から見て不必要と思うくらい民事と刑事の分離が必要と繰り返しカキコしていた理由が判明した

空は青いか?(法曹ギャグ)

 亡父がゴフォゲフォ言いながら,どこぞのブログかMLに投稿していたような記憶の残滓があるが,私の未来の職業(予定・願望・妄想w)をオチョックったジョークである。

          法曹適性テスト
(1) 定義条項で30頁にわたるような長い文章は好きか?
(2) 些細な事象に細かく神経を使う秩序への欲求が高いか?
(3) 反論を許さない臆病で保身を図るのを潔しとするか?
(4) 安息日に感謝しつつラテン語を使って働けるか?

 法曹になったら,「空は青い」と大胆に書いてはいけない。曖昧で穴だらけのフレーズでベテラン弁護士なら鼻歌まじりで,これをひっくり返すからだ。パートナー弁護士の決裁では次のような付箋と書き込みがついて差し戻されてくる。

『下記の指摘を熟読してシェパタイズ*1してから「空は青い」の部分を修文して再提出のこと』

  • a. 「空」の定義は?
  • b. 「空」と世界中のどこでもコールされているか?
  • c. 室内や地下室で空が見えるか?
  • d. 夜に空が青色に見えるか?
  • e. サングラスをかけていても青く見えるか?
  • f. 曇りや雨の日も適用できるか?
  • g. ベイビーは空を見て青いと認識できるか?
  • h. 日本人はグリーンライトを青信号というがどうする?
  • i. 「空は青い」という国内判例はあるか?
  • j. 「空は青く見える」という根拠条文は探したか?
  • k. (以下略)

 その結果,初稿で「空は青い。」と端的簡明に記載した文章?は次の最終稿になる。

 世界の普通の地域(ただし日本を除く)において,特に原告が居住するネバダ州内ではほとんどの地域において,正常な精神能力と視覚異常がない眼球を持つ義務教育を終えた一般的な成人(ただし自己責任で義務教育を放棄して高等教育に進学した者を含む)が,「空」と思って発言している大気空間は,現地時間の気象学が定義する日照時で現に日照がある時間帯であって,屋外において,サングラスその他色つき眼鏡をかけないで,友人や家族のいたずらで眼球を閉塞されておらずかつ視野を遮蔽されていないとき,天頂方向を見て,天頂だけが雲及び飛行機(スペースシャトルや発射国や地域を問わない大陸間弾道ミサイルを含む)やヘリコプターないしサンタソリその他のベヒクルに覆われてない時,その視界に入るものは,波長470ミリメートルプラスマイナス20ミリメートルの電磁波(マックスエルの電磁場方程式で算出されるものに限る)であるなら,おおむね「青い」と知覚されることがほとんであると思われる。(根拠法令:連邦気象法……,連邦アメリカ大気圏局政令……,アメリカ国立気象局規則……(http://www.weather.gov/ 参照),判例ネバダ巡回裁判所・先住民族ワテ族部族長v.連邦気象局(現・連邦アメリカ大気圏局)・空間利用協定の効力に関する裁定……)

 ヽ(´▽`)ノ (▽` )ノ(`ノ  )ヽ(   )ノ (  ヽ´)ヽ( ´▽)ヽ(´▽`)ノ
 ……
 ……
 これで安息日の仕事も終了したとボス(パートナー)弁護士のセクレタリに提出すると,月曜日に付箋がついて再度差し戻された。
 そこには次のメモ書き付箋があった。

『要:再度提出』
 どこかでラテン語を引用できないか?
 当事務所採用規則85章c項32−3条が引用する「法曹適性テスト」(4)項を参照のこと

PS:俺には「空」は「青」ではなく「スカイブルー」に見えるが訴訟は大丈夫か?

 (∩ ゚д゚)アーアー キコエナーイ  (∩д∩)ミエナーイ  ( ´∀`)σ)Д`)プニ

*1:(米・法・俗語)連邦法と州法の関連判例を追跡して全て調べ上げること。先住民部族法の判例も調べられたらなおよい。