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2017-12-18

人生100年時代の働き方についてエフスタ!!TOKYOというところでお話をした #efsta56

福島という地元で働くか、東京で働くか、ざっくり言ってそんなようなお題の元、議論するというのが今回の趣旨理解した。そこになぜか呼ばれてお話をすることになった。

それはともかく、自分東京出身なので、地元で働くというのは東京で働くことになる。地元ではない場所という意味でいうと、30代の頃シリコンバレーに行って働いていたので、その時の経験をもとに地元とどこかという軸でお話をすることにした。

エフスタというのは福島の地域ITコミュニティだ。

福島ITコミュニティエフスタ!!」は ITっておもしれえんだよ!と感じてもらい、ITで地方を面白くするミッション目的とする市民活動コミュニティ)です。

みんなで地方からIT未来を変えていきましょう!

HP http://efsta.com

Facebookにて情報発信中! https://www.facebook.com/efsta.it

エフスタ!!TOKYO 「Youは何しに東京へ?」 - connpass

その前振りとしてLIFE SHIFT(ライフ・シフト)をネタに人生100年時代の働き方についてあれやこれや考えることにした。

タイトルを「人生100年時代エンジニア生き方」という実に主語がでかいものにしたのだが、結局のところ、自分の生きてきたことをちまちまと話すということになる。

郡山からエフスタのスタッフ大久保さんが引率して専門学校学生さんを十人以上連れてきていたので、彼らをターゲットにしてお話をした。

1997年〜98年頃に生まれた彼らはどんな人生を送るのだろうか?それを想像してみた。彼らの半分程度は100歳以上生きると言われている。ということは、20世紀に生まれて21世紀に生きて、22世紀死ぬ。つまり人類において未踏3世紀にわたって生きる初めての世代になるのだ。今まで歴史上、そのような世代はいないわけだから、先例もないし、有効ロールモデルもない。

自分の頭で考えるしかない。

ITの歴史を俯瞰してみるとせいぜい産業として数十年である。その数十年の中でも何度かパラダイムシフトが起こった。ハードウェア世代で言えば、メインフレームからミニコンピュータ、ワークステーションPC、さらにはインターネットスマホソフトウェア開発のパラダイムで言えば、ウォーターフォールからXPなどなど。

パラダイムが変遷していくたびに主要なプレイヤーが変わっていった。IBMに始まりDECSunMSIntel、そしてApple/Google/Facebook/Amazonなどなど。

そのような文脈エンジニアとして生き残っていくには変化に適応するしかなくて、その変化に適応するには、学び方を学んでいくというのが重要になる。

生き残るための武器として見えない資産を貯めていく。ライフシフトで書かれていることだ。

若い人がいっぱいいたので、「理科系の作文技術 (中公新書 (624))」をお勧めした。本を読むこと文章を書くこと。いわゆる国語力が非常に重要になる。大人があまりその重要性を説かないのでおせっかいながら若い人に伝えておいた。さらにいうだけではなかなか実行しないと思ったので、質疑応答の時、質問してくれた若者に前日本屋で購入した「理科系の作文技術」をプレゼントして、強制的に読んでもらうことにした。(暑苦しくおせっかいをする)

講演で使ったスライドも添付するので参考にしてほしい。

おまけ。前回のエフスタ2014

実は、3年前エフスタ2014にも呼ばれて、そこでお話をした。

エフスタ!!TOKYO Lifehack - Tips for Life! (#efsta29) に行って来た。 - 未来のいつか/hyoshiokの日記

その時は、ライフネット生命創業者の出口治明さんの講演、その後に出口さん、元Google及川さん、私で鼎談をした。

私は、出口さんのファンなので、出口さんの著書を事前に読んでエフスタでの講演を楽しみに参加したのを覚えている。

今回の講演にあたって、前回の自分日記を読み返して驚いた。出口さんが幾つかお勧めの本を紹介している。その時は感激して、元気に読む、読んでみますとか調子のいいことを言って日記にも書いていたのだが、読んだ記憶がない。いい加減なものである

やばい

ということで、急遽、会社の隣の蔦屋家電で「社会心理学講義:〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉 (筑摩選書)」をゲットして読んだ。エフスタのイベント日までに読了できればよかったのだが、半分くらいしか読めなかった。(意外と二子玉川の蔦屋家電の本の品揃えがいい。特に文系がいい)

読後の感想は、別途濫読日記風に記す。

3年前の自分よ、もう少しちゃんと本を読めー(とほほ)


2017-12-16

コインロッカー・ベイビーズ、村上龍著、濫読日記風、その39

新装版 コインロッカー・ベイビーズ (講談社文庫)を読んだ。

村上龍芥川賞を受賞したデビュー作の限りなく透明に近いブルーからリアルタイムで読んでいるのだけど、その時は正直ピンとこなかった。二作目の海の向こうで戦争が始まるは、あってもなくてもいいような作品だと思った。

そして、1980年コインロッカー・ベイビーズを読んだ。

衝撃だった。コインロッカーに遺棄された赤ん坊、ハシとキク。

コインロッカーの暑さと息苦しさに抗して爆発的に泣き出した赤ん坊自分。(中略)どんな声に支えられて蘇生したのか、思い出した。殺せ、破壊せよ、その声はそう言っていた(125ページ)

陸上の選手のキク。ミリオンセラーシンガーになるハシ。鰐を飼うアネモネ。この三者が小笠原深海に眠るダチュラの力で街を破壊しようと試みる。

圧倒的なスピード感で一気に読ませる。

村上龍はこの作品作家としての地位確立した。

この作品の後に、愛と幻想のファシズム、希望の国エクソダス半島を出よなどの近未来小説系統が続く。

最近TVコメンテータとして村上龍をみることが多いが、彼は作家なのである。この作品があったおかげで、村上春樹村上龍の今があると言って過言ではない。同時代に生きる、二人の村上方向性を決めた作品だ。

自分村上龍のいい読者ではない。未読の作品も多い。だけどコインロッカー・ベイビーズ自分にとってのかけがえのない一冊だ。久しぶりに読んでみて、詳細は忘れていたが、躍動感はそこに確実にあった。

未読ならば是非お勧めしたい。





濫読日記

2017-12-15

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」、山口周著、濫読日記風、その38

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」 (光文社新書)を読んだ。

なぜ、世界エリートは「美意識」を鍛えるのか?という問いはなかなか刺激的だ。

そもそもエリート」という言葉過剰反応する自分がいる。それはともかくとして、なぜ、世界エリートは「美意識」を鍛えるのか?

それは『これまでのような「分析」「論理」「理性」に軸足を置いた経営、いわば「サイエンス重視の意思決定」では、今日のように複雑で不安定世界においてビジネスの舵取りをすることはできない』(14ページ)からだという。

  1. 論理的理性的情報処理スキル限界が露呈しつつある
  2. 世界中市場が「自己実現的消費」へと向かいつつある
  3. システムの変化にルールの制定が追いつかない状況が発生している

方法論として分析的・論理的情報処理スキル限界がある。もちろんそのようなスキルは非常に重要だがアートサイエンスのバランスが重要になってくる。

人の承認欲求自己実現欲求を刺激するような感性や美意識重要になる。

変化の早い世界においては、ルールの整備は後追いになるので、クオリティの高い意思決定には「美意識」が重要になる。

第5章で「受験エリートと美意識」を議論している。偏差値が高いエリート受験エリート)がなぜオウム真理教的なもの好むのか。そこには美意識の欠如があるという。

ある組織に共有されているルール規範論理的に間違っている場合どうなるか。企業の不祥事はそのような文脈で語られる。ナチスドイツのアドルフ・アイヒマンの例を出して議論している。

「エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告」と「アイヒマン調書――ホロコーストを可能にした男」を読んだ、濫読日記風、その21 - 未来のいつか/hyoshiokの日記 でも読んだが、システムを無批判に受け入れることの問題点ハンナ・アーレントは指摘している。

意識を持たないことの問題点を数々指摘しているわけだが、では、どのようにして美意識を鍛えるのか?それが第7章だ。

システムを無批判に受け入れることが悪ならば、結局のところその時代において支配的だった考え方について疑いを持つこと、批判的に考えることが重要になる。知的反逆を試みる。それは哲学を学ぶことに他ならない。それは「無批判システムを受け入れる」という「悪」に、人生を絡めたられることを防げるということだ(237ページ)

さて、「真・善・美」を考えるにあたって、最も有効なエクササイズになるのが「文学を読む」ことだ(239ページ)

『「偏差値は高いけど美意識は低い」という人に共通しているのが、「文学を読んでいない」という点であることは見過ごしてはいけない何かを示唆している』(240ページ)

文学を読んだり、詩に親しんだり、音楽を聴いたり、絵画を鑑賞したり、「真・善・美」を鍛えるエクササイズが必要だと思った。

自分エリートだとは思わないけど、この歳になって圧倒的にそのようなリテラシーが欠如しているし、それに自覚的になって、もう少し文学などを読んでみたいと思っている今日この頃だ。

文学を読むのところで「罪と罰」の話が出てきて、あ、それ、最近読んだ(笑)と思った。それがちょっと嬉しかった。


濫読日記

2017-12-14

正しい本の読み方、橋爪大三郎著、濫読日記風、その37

正しい本の読み方 (講談社現代新書)を読んだ。

読書好きのための読書本だ。

内容は、

  • <基礎篇> 第一章 なぜ本を読むのか、第二章 どんな本を選べばよいのか、第三章 どのように本を読めばよいのか
  • <応用篇> 第四章 本から何を学べばよいのか、【特別付録】必ず読むべき「大著者一〇〇人」リスト、第五章 どのように覚えればよいのか、第六章 本はなんの役に立つか
  • <実践篇> 第七章 どのようにものごとを考えればよいのか、終章 情報が溢れる現代で、学ぶとはどういうことか

どんな本を、どう選んで、どう読むか。そんなことを指南してくれている。

本好きは、本の選び方がすごい。嗅覚がある。その嗅覚を身に付けたいと思うが、言語化されていない、暗黙知のようなものがある。次善の策としては、嗅覚が優れている人の読んでいる本を真似する。達人のお勧めをとりあえず読んでみる。自分嗅覚を研ぎ澄ますには、ともかく数を打って、スカの本を読んで、学んでいくほかはないと思う。面白そうな本を片っ端から手にとってみる。すごい本もあるが、ダメものもある。ダメものを選ぶことによって、逆説的ではあるが、いいものを選ぶスキルを身につけることができる。ダメものの方が多くてもそれはしょうがない。

本はネットワークを作っている。(42ページ)

教科書を読めという。教科書には当たり前のことだけが書いてある。ということはある分野の定番教科書発見できればいいと思い至るのだが、それはどうやって発見するのだろうか。それはともかく、本は間違っているかもしれない。そのような前提で本を読む必要がある。

教科書を読んだら古典を読む。(49ページ)

読むべき本のヒントは入門書に出てきた、重要そうな本を買って読む。

本について話し合う、良い友人に教えてもらう。友人の情報ネット情報よりも信頼性が高いはず。

そして読書会

ベストセラーには、そんなにいい本はない。スルーしても実害がない。ベストセラーから買うのは最悪。ベストセラーを買うのは最悪ではない。この差が重要

読み方。書いてあることを読む。これは初歩。書いてないことを読むのが、ちょっと上級。(73ページ)本を読むときに、著者の(暗黙の)前提を発見する。

第四章で「理科系の作文技術」を紹介している。本から何を学べばいいかの章で「理科系の作文技術である。嬉しくなる。トピックセンテンスなのである。それを発見しながら読んでいく。作文と読解は表裏一体だ。

そして、構造意図、背景などを読み解く。事例として「資本論」を読んでいる。レヴィ・ストロースも事例として読み解いている。どちらも未読だが、そのうち読んでみたいと思った。読みこなせる気が全然しないけど。

読むべき大著者一〇〇人リストというのが特別付録で付いている(156ページ)ほとんどが未読なので、幾つか読んでみたいと思った。

本の役立て方など具体的な方法論が載っていて参考になった。

濫読日記

2017-12-13

漫画 君たちはどう生きるか、吉野源三郎著、羽賀翔一(イラスト)、 濫読日記風、その36

漫画 君たちはどう生きるかを読んだ。

ベストセラーになっていて、本屋平積みだ。昭和12年1937年)発行の歴史的名著の漫画版だ。

漫画なのであっという間に読める。

思い起こせば、自分小学校の時に通っていた学習塾国語の授業の副読本として読んだ記憶がある。あらすじとかは全くの忘却の彼方だったが、主人公名前が確かにコペル君だったような記憶がおぼろげながらある。

主人公はコペル君と呼ばれている。

ある時、おじさんと銀座のデパートに行って、屋上から町並みを見た。人々が雨粒のように小さかった。まるで分子のようだ。おじさんはその発見を、コペルニクス発見したことと同じようなものだと考え、コペル君と名付けた。

コペル君がいじめとか正義とかを考える。おじさんとの書簡のやり取りで人間の弱さや強さを考える。

読書会などで感想議論しながら読むというのもいいと思った。

濫読日記

2017-12-12

Hit Refresh(ヒット リフレッシュ)、Satya Nadella著、濫読日記風、その35

Hit Refresh(ヒット リフレッシュ) マイクロソフト再興とテクノロジーの未来を読んだ。

英語版を購入したのだが、積読していたら、日本語訳が出て、本書に対する話題が、昨日受講した斎藤さんのIT塾で出て、とっとと読まないと話題に遅れると思って泥縄式に読んだ。

2014年マイクロソフトCEO就任したサティア・ナデラの自伝だ。就任して3年ほどなので自伝を著すにはいささか早すぎるのではないかと言う外野の声が聞こえてきそうであるが、彼のこの3年の実績を考えると早すぎるということはない。

本書は、彼の生い立ちからまりマイクロソフト文化、現状を赤裸々に語っている。

彼は「文化」を、個人マインドセット構成される複合的なシステムとして捉える(132ページ)

文化構成するのは個人だ。

キャロル・S・ドゥエック博士マインドセット「やればできる! 」の研究引用して、人間マインドセットにはFixed Mindset(固定的なマインドセット)とGrowth Mindset(成長マインドセット)があって、前者は自分制限し、後者自分前進させる。(133ページ)

サティアはマイクロソフトマインドセットを明らかに「成長マインドセット」に変えようと努力している。そして社員個人の成長を求めている。

彼はWindows一辺倒だった会社を、クラウド時代適応させ、モバイルファーストに変えた。人工知能量子コンピュータにも十分リソースを割いている。

彼の現時点での考えを知る貴重な一冊になっている。マイクロソフトの動向を知りたい人にはオススメである


濫読日記

2017-12-11

木に学べ―法隆寺・薬師寺の美、西岡常一著、濫読日記風、その34

木に学べ―法隆寺・薬師寺の美 (小学館文庫)を読んだ。

薬師寺宮大工棟梁西岡常一の語りをまとめたものだ。宮大工仕事の一端がうかがい知れる。自分想像を超える考え方に衝撃を受けた。

本書を手に取ったきっかけは、ネットたまたま発見したリンダ・グラットンの「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)」の勉強会に参加したところ、講師の大熊玄准教授が本書を紹介していたからだ。 *1

ライフシフト」は「人生100年時代」というキャッチーフレーズもあってベストセラーになり、自分も感化された1人だ。100年なんて長い期間は考えたこともなかった。考えたこともなかったからこそ、自分の中に共感というか気づきが生まれた。

未来予測できない。予測できない未来からこそ、変化に適応する能力重要になる。偶然に身をまかせるのではなく、主体的に自ら未来を切り開く。そのような時代のヒントに満ちたのが「ライフシフト」だと思う。

そして、IT時代の1年先も予測できないのに、100年先をどうやって考えるのか。想像もつかないし、考えたこともなかった。

その文脈で「木に学べ」が紹介された。法隆寺棟梁飛鳥時代祖先から口伝から学んでいる。現代に生きていながら飛鳥の知恵で生きている。

法隆寺世界で一番古い木造建築だ。1300年以上前の建築物である飛鳥時代の人がどのようにして1300年ももつ建造物を作り得たのか。その謎が西岡の口から語られる。

樹齢千年のヒノキは千年もつと言われている。日本にはもう樹齢が千年を超えるヒノキはない。日本で一番大きなヒノキは木曽にある樹齢450年ほどらしい。

千年も二千年も木が育つには土壌が重要で、木を見るには土をみろというらしい。

棟梁は、木のクセを見抜いて、それを適材適所に使う」ことだという(12ページ)

昭和時代西岡によって薬師寺西塔が再建されたが、それが本当にできているかはわからないという(166ページ)。地震台風が来て何百年後にも倒壊していなければ完成したということか。

自分には想像もつかない時間軸の話である

江戸時代建築物日光の東照宮など)はせいぜい三百五十年。

なんだかよくわからないけど棟梁世界をもう少し知りたいと思った。


濫読日記

2017-12-10

家族の勝手でしょ!写真274枚で見る食卓の喜劇、岩村暢子著、濫読日記風、その33

家族の勝手でしょ!写真274枚で見る食卓の喜劇を読んだ。

平成食卓民族誌だ。

これは、1960年以降に生まれ、首都圏に在住する子供を持つ主婦対象とした家族食卓調査である。(184ページ)

1週間の1日3食を全て写真に撮って記録する。調査方法は下記のように行う。

  1. 食事作りや食生活、食卓に関する意識実態アンケート調査
  2. 決められた1週間の1日3食について、毎回食卓にのったものを全て、食材の入手経路やメニュー決定理由、作り方、食べ方、食べた人、食べた時間など、日記写真で細かく記録してもらう。写真レンズ付きフィルムによる撮影に限る。(デジカメだと改ざんが用意なため)
  3. 1の回答と2の日記写真の記録を突き合わせて分析検討したのち、その矛盾点や疑問点を中心に背景や理由を細かく問う個別インタビューを行う。

調査初日食卓と最終日の食卓写真を見比べると明らかに差がある。初日は腕によりをかけた手間暇のかかる食事を用意する。著者は長年の経験から初日写真と最終日の写真には大きな差があることを知っている。もちろん最終日の方が日常食卓を反映している。

お父さんがいるかいないかでも差がある。

調査最終日はあえて休日に重ならないようにしている。最終日を平日に設定することで「外食にも行けず」「見栄も張り切れなくなった」ギリギリ主婦家族本音、飾らない日常の姿に迫る(9ページ)

1週間分の食事分析すれば栄養状態などが把握できる。野菜が少なかったり、栄養に偏りがあったり、脂っこいものが多かったり、メタボの原因などが多数見つかるが、当事者無知なのか無頓着なのか、全く気にしていないようだ。

岩村さんのコメントがなかな厳しいが、主婦側の言い分も多分いろいろとあるのだろうなあと思った。ただ写真を見る限り、相当インパクトのある食卓になっている。

よその食卓を覗く機会は普通ないので、興味本位でも読むと面白い。人様の食卓をあれこれ言う立場でもないが、やばいなあ(悪い意味で)と思う事例が幾つかあった。手抜き料理のヒント集としても使えるかも。

濫読日記

2017-12-09

GE 巨人の復活 シリコンバレー式「デジタル製造業」への挑戦、中田敦著、濫読日記風、その32

GE 巨人の復活 シリコンバレー式「デジタル製造業」への挑戦を読んだ。

日経BPシリコンバレー支局長中田敦さんの渾身の一冊だ。ウェルチ時代M&Aを成長路線に据えたコングロマリット経営からデジタル製造業への転換について現地取材をもとに書かれている。

日本ではレガシーな重厚長大企業というイメージGEがどのように変革していったか。54ページに、リーンスタートアップで有名なエリックリースから教えを請うエピソードが紹介されている。2012年夏のことだ。「圧倒的なスピード製品改善させていくシリコンバレーのスタートアップと競合するようなことがあったら、巨大化してスピードに劣る当時のGEでは、到底太刀打ちできないことに気づかされた」

GEがどのようにシリコンバレー流を学んでいったかアジャイル開発の手法などはピボタルの開発者ペアを組んで学んだ。シリコンバレーのディシプリンを身につけ、それを忠実に実践している(125ページ)

過去経験則通用しない世界なのでリーンスタートアップ実践することでしか未来はない(205ページ)

人事制度も、「人事評価から従業員能力開発」へとシフトした(206ページ)

GEという重厚長大なレガシー企業がどのようにしてシリコンバレー流を身につけたか。それを開設した良著だ。戦略転換に苦しんでいる日本の大手メーカに勤めている人にも参考になるのではないだろうか。

リーンスタートアップといえばEric Ries の近著には、本人がGEの重役会に呼ばれるエピソードから始まる。The Startup Way: How Modern Companies Use Entrepreneurial Management to Transform Culture andDrive Long-Term Growthこちらも読んでみたい。

濫読日記

2017-12-08

やし酒飲み、エイモス・チュツオーラ著、土屋哲訳、濫読日記風、その31

やし酒飲み (岩波文庫)を、岩波文庫、私の三冊という記事で見つけて偶然読んだ。

なんの先入観も予備知識もなく読んで、その世界観にやられた。

冒頭がすごい。

わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった。わたし生活は、やし酒を飲むこと以外には何もすることのない毎日でした。当時は、タカラ貝だけが貨幣として通用していたので、どんなものでも安く手に入り、おまけに父は町一番の大金持ちでした。

えー。子供の頃からやし酒飲みだったって、言っている意味がわからない。そもそも「やし酒」ってなんだろうか。南国に生えるやしから取ったお酒なのだろうか。梅酒みたいなものなのだろうか。どんな味がするのだろうか。ちょっと味見をしてみたい。

その国では子供がお酒を飲むのが許されているのだろうか。日本も昔は子供でもお酒を飲んでいそうだから、広い世界の中には、十になった子供の頃からやし酒飲みの地域があっても不思議ではない。

金持ちのドラ息子は昼からやし酒を飲んでへべれけになっているのだろうか。

妄想は尽きないのであるが、やし酒を飲むだけの生活と思いきや、いきなりやし酒造りの名人が死んでしまうので、やし酒に事欠くことになる。ピンチだ。そこで死んだ自分専属のやし酒造り名人を探しに行く。死んだものは「死者の町」にいるので、そこへ旅に行く。

あらすじはどうでもいいので(というか、あらすじを追うような小説ではない)、ともかく読んでみてほしい。奇妙な物語である

アフリカ文学最高傑作と呼ばれているらしい。

200ページもないので、すぐに読める。

私はこの手の小説は嫌いではない。むしろ好きだ。おすすめです。

濫読日記

2017-12-07

定年バカ、勢古浩爾著、濫読日記風、その30

定年バカ (SB新書)を読んだ。

若い人は興味はないと思うが、定年について書かれた「定年本」というジャンルがある。本屋で探してみると、そこそこ見つかる。

自分は、なんやかんや言って、来年還暦なので、嫌でも「定年本」に目がいく。本屋ではついつい手に取ってしまうし、そこそこ読んでいる。

働きかた系の本という意味では、「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略」なんかも、広いくくりで言えば、「定年本」のジャンルにかすったりする。

人生100年時代だ。人生二毛作である単線的な、学校を出て、就職して、一つの会社に定年まで勤め上げて退職金をもらって、老後は年金生活するというライフスタイルはとっくの昔に破綻している。

多くの「定年本」は玉石混合で、碌でもないものも少なくはない。むしろ碌でもないものが多い。

本書は、そのような「定年本」を切って捨てる。老後の経済的心配をして、生きがいを持って、社会と繋がるなどなど、いらないおせっかいである。「自分の好きにすればいい」のである

身も蓋もない。

多くの「定年本」は胡散臭いと私も思う。ほとんどが箸にも棒にもかからない

本書は、そのような箸にも棒にもかからない「定年本」を切って捨てているのが潔い。最後に本書で紹介した「定年本」39冊について、著者の評価が星三つで示されていて、面白い。けちょんけちょんにけなされている本を読んでみたいと思った。ブックリストとしても使える。

面白かった。

濫読日記

2017-12-06

方法序説、デカルト著、谷川多佳子訳、濫読日記風、その29

方法序説 (岩波文庫)を読んだ。

岩波文庫で100ページちょっとなのですぐ読めるといえばすぐ読めるのだけど、自分には、ピンとこなかった。うーん、残念。あとで出直すことにします。


濫読日記

2017-12-05

テスト駆動開発、Kent Beck著、和田卓人訳、濫読日記風、その28

テスト駆動開発の発売記念という建てつけの技術書の歩き方勉強会「テスト駆動開発」編 - connpassというイベントに参加した。

テスト駆動開発2003年翻訳出版されたのだが、絶版になっていて、先日、和田さんが訳し直して出版された。その経緯は新訳版『テスト駆動開発』が出ます - t-wadaのブログが詳しい。

ソフトウェア技術書古典的名著を翻訳しなおし、復刊するという商業ベースにはなかなか乗りにくいことを敢行した和田さんとオーム社拍手を送りたい。

翻訳に当たって、1)サンプルのソフトウェアバージョンを最新にした、2)判型を小さくした(持ち運びやすい)、3)サンプルコードの省略をやめ、コードの変更点を目立たせ、各章ごとにその時点の全コード記載する、というような工夫を施した。

それによって、現時点でも非常に読みやすい構成になっている。

そして本書の最大の特長は、付録Cにある、和田さんによる解説である2003年出版された版(絶版になったもの)によってテスト駆動開発が紹介されてからブームになり、普及するにつれ、「教条主義化」と「意味希薄化」が始まる。そのような背景と文脈を本書の解説は生々しく記している。

本書の本質2003年当時とほとんど変わっていない。継続的インテグレーション継続的デリバリーなど一般的になり、アジャイル開発も普及してきた。そのような環境が変わったとしても、テスト駆動開発本質はほとんど変わっていない。その文脈をしっかりと付録Cの解説は伝えている。

ソフトウェア関連技術書でこのように息の長い価値を持つものは多くはない。若い人が本書の本質理解するために、付録Cは必須だったと言える。おじさんたちは、おそらくその文脈を多かれ少なかれ知っているだろう。しかし、そのようなものは必ずしも言語化されていない。文脈をしっかりと言語化した意義は大きい。

若者や初学者テスト駆動開発について学びたければ本書を読めと勧められる。中堅ベテランにはとりあえず付録Cを読め、話はそれからだ。とも言える。

プログラマ必読書である

濫読日記

2017-12-04

教場0、長岡弘樹著、濫読日記風、その27

教場0: 刑事指導官・風間公親を読んだ。

県警の刑事指導官・風間公親とその指導を仰ぐ新人刑事との物語。6話からなる。

第一仮面の軌跡、第二話 三枚の画廊の絵、第三話 ブロンズの墓穴、第四話 第四の終章、第五話 指輪レクイエム、第六話 毒のある骸。

それぞれのエピソードは、初めから犯人が明らかになっていて、風間新人刑事のコンビが、どのように犯人を追い詰めるかが焦点となる。それぞれに、巧みなトリックが仕込まれている。

印象に残ったのは、第五話。20歳年上の認知症の妻を殺害する夫。最後切なかった

濫読日記

2017-12-03

岩波文庫と私、濫読日記風、その26

大きめの本屋に行くと文庫本目録などをくれる。

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岩波文庫の小冊子「岩波文庫と私」をもらった。(非売品なので近所の書店で入手しよう。)

岩波書店雑誌図書」に2017年7月から9月号に掲載された「岩波文庫と私」という下記の対談を収録したものだ。

1)小野正嗣沼野充義、2)奥泉光熊野純彦、3)佐藤優保坂正康

それぞれが、岩波文庫に入っている書籍について、自分自身読書体験とともに、あーだ、こーだと語る。

岩波文庫は、いまだに岩波茂雄の創刊の辞が載っている。青空文庫にあったので、全文を掲載する。

読書子に寄す

――岩波文庫発刊に際して――

岩波茂雄

 真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。かつては民を愚昧ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある不朽の書を少数者の書斎研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。近時大量生産予約出版流行を見る。その広告宣伝の狂態はしばらくおくも、後代にのこすと誇称する全集がその編集に万全の用意をなしたるか。千古の典籍翻訳企図敬虔の態度を欠かざりしか。さらに分売を許さず読者を繋縛して数十冊を強うるがごとき、はたしてその揚言する学芸解放のゆえんなりや。吾人は天下の名士の声に和してこれを推挙するに躊躇するものである。このときにあたって、岩波書店自己の責務のいよいよ重大なるを思い、従来の方針の徹底を期するため、すでに十数年以前より志して来た計画を慎重審議この際断然実行することにした。吾人は範をかのレクラム文庫にとり古今東西にわたって文芸哲学社会科学自然科学等種類のいかんを問わず、いやしくも万人の必読すべき真に古典的価値ある書をきわめて簡易なる形式において逐次刊行し、あらゆる人間に須要なる生活向上の資料生活批判原理提供せんと欲する。この文庫は予約出版方法を排したるがゆえに、読者は自己の欲する時に自己の欲する書物を各個に自由選択することができる。携帯に便にして価格の低きを最主とするがゆえに、外観を顧みざるも内容に至っては厳選最も力を尽くし、従来の岩波出版物の特色をますます発揮せしめようとする。この計画たるや世間の一時の投機的なるものと異なり、永遠事業として吾人は微力を傾倒し、あらゆる犠牲を忍んで今後永久継続発展せしめ、もって文庫の使命を遺憾なく果たさしめることを期する。芸術を愛し知識を求むる士の自ら進んでこの挙に参加し、希望と忠言とを寄せられることは吾人の熱望するところである。その性質経済的には最も困難多きこの事業にあえて当たらんとする吾人の志を諒として、その達成のため世の読書子とのうるわしき共同を期待する。

  昭和二年七月

http://www.aozora.gr.jp/cards/001119/files/42753_16113.html

昭和二年当時は円本ブーム文学全集ブームだったらしい。円本は一冊が安くてお得だけど、セットで予約購読しなければならない。それに対して岩崎茂雄の文庫は全巻買わなくていい、一冊ずつ誰でも読める。業界常識喧嘩を売っているようなものである。すごい。

いまだに「読書子に寄す」を岩波文庫に載せているところがロックだ。

この小冊子の小野正嗣沼野充義奥泉光熊野純彦の対談で、古典だけではなくて、「大江健三郎自選短篇 (岩波文庫)」のような現代作家作品も読めるということを知った。

文語訳 旧約聖書 I 律法 (岩波文庫)」も最近出たらしい。

数学関係でいうと「ゲーデル 不完全性定理 (岩波文庫)」が、紹介されていた。持っているし読んだのだけど、ゲーデル不完全性定理については全く理解できていない。本文より解説が充実しているので、それを読んでわかっている気になるのだけど、解説もよく理解できていない。

岩波文庫古典網羅率はすごいという印象があって大抵のものは入っているのではないかと思うくらいだ。

岩波文庫書店買取なので(他の出版社は委託販売が多い)、大きめの本屋でないと扱っていないことがある。本屋岩波文庫の棚の大きさで、その本屋の本気度が図れるとも言える。自分も地方に行ってその土地の本屋によると、知らずしらずのうちに岩波文庫の棚を探してみてしまう。その品揃えでその本屋のテーストを勝手評価する嫌なお客になる。

図書 2017年 臨時増刊号 - 岩波書店 岩波文庫90周年記念、図書臨時増刊号で紹介されていた「やし酒飲み (岩波文庫)」は今年読んだ中で、期待しないで読んで最もインパクトのあった岩波文庫の本である

本屋に行って、出版社の小冊子をもらうと、読書の幅がちょっと広がるような気がする。お勧めしたい。


濫読日記

2017-12-02

死ぬほど読書、丹羽宇一郎著、読了、濫読日記風、その25

本好きなので「読書」の本をあれやこれや読んでいる。昨日、紹介した「読書力 (岩波新書)」や、 濫読日記風、その7 - 未来のいつか/hyoshiokの日記の「僕らが毎日やっている最強の読み方;新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意」もそうだ

死ぬほど読書 (幻冬舎新書)は、昨日紹介した「読書力」と立場が違って、「読む、読まないは君の自由なんだから、本なんて読まなくていいよ」というところから入っていく。一見逆の立場に見えなくもないのだが、実はそうではなくて本を読むことの意義を説いていく。そして、どのような本を読むのか、本を読む効用読書の真価、本の底力などを解く。

著者が読んだ本のことが随所に紹介されていて、それを読むと紹介されたものを読みたくなる。そうやって読書本に誘われてますます読書の深みにはまっていく。それが嬉しい。自分でもだんだん変なところに行きつつあるなあと思った次第である

エリック・ホッファー自伝ー構想された真実、エリック・ホッファー著、読了、濫読日記風、その20 - 未来のいつか/hyoshiokの日記」で書いた、エリック・ホッファーの「現代という時代気質」が157ページで紹介されている。本書を読んだ時にはすっかりスルーしていた。今、読み返してみて嬉しい再発見である

144ページには、宮大工西岡常一氏の「木のいのち木のこころ」が紹介されている。これも読んでいる最中である。両者とも一読目にはスルーしていたが、別の読書体験から気になって結局同じ本にたどり着く奇跡経験した。

本書は著者が引用している本への入り口として読むと面白いと思った。

濫読日記

2017-12-01

読書力、齋藤孝著、濫読日記風、その24

読書力 (岩波新書)を読んだ。

著者の主張は明確だ。著者は、本は「別に読まなくていい」ものではなくて、「当然読むべき」ものであると主張する。

読書力とは何か、なぜ読書力などということを言い出すことになったか、そして、どのように本を読むかということを記している。本を読むことはスポーツのように訓練をすることによって上手になっていく。本を読めない人は、その訓練が足りていないのだという。読書力をつけるには、目安として「文庫百冊・新書五十冊を読んだ」こととしている。

私は本は楽しみのために読むので、どんな読み方をしてもいいし、人に読めとまでは言っていない。もちろん、読まないより読んだ方がいいとは思っているが、たとえそのようなことを言ったとしても、読むやつは読むし読まないやつは読まないので、読まねばならないと他人にいうのは無駄だと感じる。

著者は、もっと強い立場だ。「読書はしなくても構わない」ものではなくて、「読書必要」だと強く主張する。

著者の主張に感化されたのか、やっぱり、そうだよなあと思う。本書を読んで若い人に「本は読んでも読まなくても自由だ」というのは無責任すぎると感じた。

何を読むか、どう読むかは自由だとしても、「本は読むべき」だという主張には肯定せざるをえない。本書はそれだけの説得力がある。

技としての読書として、具体的に読書力を作る方法指南している。読書力は自然に身につくものではなくて、それなりのステップ(訓練)が必要だ。詳細は本書に譲るとしても、音読し、線を引きながら読み、ギヤチェンジしながら読む方法を紹介している。さらに読書によってコミュニケーション能力を向上させる方法を紹介している。

最後文庫百選、ブックリストが付いている。実践的なブックリストなので参考にして自分読書の幅を広げてみたいと思った。


濫読日記

2017-11-30

世界の美しい図書館、濫読日記風、その23

文字通り「世界の美しい図書館」を100館集めた。日本の図書館も入っている。

図書館写真を眺めていると旅に出たくなる。その図書館で時を忘れて過ごしたい。目的もなくともかくぶらぶらと書庫を回ってみる。素敵だ。

この9月に、「大人のきっぷ」を使って、秋田国際教養大学図書館に行った。

大人の休日倶楽部パスで4日間行き当たりばったりの旅をした - 未来のいつか/hyoshiokの日記

秋田から国際教養大学図書館に行く。まず、イオンモールまでバスで移動して、さらに乗り換えて大学に行く。

日曜、祝日などは秋田からシャトルバス無料)が運行されている。10:30のに乗った。高校生くらいの若者がいっぱい乗り込んでいた。モール高校生の社交場だ。

http://akita-aeonmall.com/news/information/13

http://web.aiu.ac.jp/wp/wp-content/themes/aiu/doc/access/AeonLine.pdf

世界の美しい図書館」は、世界の様々な美しい図書館を紹介している。写真を見ているだけでため息が出る。

国際教養大学図書館がすごいというので見学に行った。24時間365日オープンしているそうだ。学外者も見学できる。知のコロシウム。リベラルアーツ大学だ。素晴らしい図書館だった。

http://web.aiu.ac.jp/library/outline/

おまけ:図書館の使い方

図書館の使い方 - 未来のいつか/hyoshiokの日記 を知らない人が以外と多いので、記しておいた。もちろん、先に述べたように、特に目的もなくぶらぶらするというのも一つの楽しみ方である

専門図書館を支えこなせるようになりたいが、それは別途機会を見つけて調べてみたいと思う。

図書館に行こう - 未来のいつか/hyoshiokの日記


濫読日記

2017-11-29

タイムスリップ・コンビナート、笙野頼子著、濫読日記風、その22

笙野頼子作品を初めて読んだ。なにこれ、面白い

タイムスリップ・コンビナート

マグロ恋愛をする夢を見て悩んでいたある日、主人公に当のマグロから電話がかかってきたところから話が始まる。ともかくどこかへ出掛けろとしつこく言われ、結局(JR鶴見線の終着駅の)海芝浦という駅に行かされる羽目になった。

あなたは海芝浦に行ったことがあるだろうか。私はある。駅の目の前が海で、改札の向こうが東芝工場入り口だ。社員以外は立ち入れない。外に出ようにも出られない、知る人ぞ知る奇妙な駅だ。

この世界観でグイグイ話を持っていくのが、タイムスリップ・コンビナートだ。短編だ。京浜工業地帯の工場群はSFチックなモチーフに満ちている。無機質。ブレードランナー世界である

第111回芥川賞受賞作。別に芥川賞はどうでもいいのだが、面白かったことは間違いない。

文庫本の「あとがきに変わる対話」も面白い

タイムスリップ・コンビナートは笙野頼子三冠小説集 (河出文庫)にも採録されていて、こちらの方が入手しやすい。

濫読日記

2017-11-28

「エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告」と「アイヒマン調書――ホロコーストを可能にした男」を読んだ、濫読日記風、その21

エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告【新版】」と「アイヒマン調書――ホロコーストを可能にした男 (岩波現代文庫)」を読んだ

ナチスによるユダヤ人虐殺キーマン親衛隊中佐アドルフ・アイヒマン1960年に拘束後、8ヶ月、275時間にわたる尋問が行われた。

前者はユダヤ人虐殺を首謀したアイヒマンの裁判を傍聴した記録。著者アーレントは本書の中で、イスラエルの裁判権、アルゼンチンからアイヒマン拉致連行したことの正当性、裁判そのものの正当性などを問う。アイヒマン命令に従って実行しただけで罪の意識はない、法に従って粛々とユダヤ人殺害していく小心者の役人として描かれる。巨悪は普通の人によってなされるということを本書は示している。そのような人は「悪を行う意図」を持っていない。新版に追加された山田正行の解説も参考になる。

後者はそのアイヒマン裁判の証拠となった調書をもとにしたドキュメンタリー。取り調べに当たったレス大尉(イスラエル警察)のあとがきに彼の思いが詰まっている。調書は淡々質問を投げ掛けるだけなので、そこに感情の起伏はないが、あとがきにはそれがある。レス大尉の父親アイヒマンホロコースト犠牲になったが、それを尋問中にアイヒマンに伝えた時のエピソードも書かれている。(386ページ)優秀な官僚が大量殺人という巨悪を行う。命令に従ったまでだという立場自分を弁護するアイヒマンには良心の呵責は見られない。

組織の中では誰でも犯罪者になりうる。自分犯罪者ではないのはたまたまそこにいなかっただけなのかもしれないと思うとそこに恐ろしさを感じる。

濫読日記

2017-11-27

エリック・ホッファー自伝ー構想された真実、エリック・ホッファー著、読了、濫読日記風、その20

エリック・ホッファー自伝―構想された真実を読んだ。

エリック・ホッファーという人について全く知識なく自伝を読んだ。面白かった。

彼は1902年ドイツ系移民として生まれ、7歳で失明し、15歳の時視力回復する。正規学校教育を受けていない。日雇い労働で生きながらえながら放浪をしつつ、独学をした。ドストエフスキーの「白痴」は、ほとんど内容を覚えてしまうくらい読んだ。「罪と罰」と「カラマーゾフの兄弟」を読み返してみて、自分の心が成熟していることに気づく。(27ページ)

しかしながら、この時期ドストエフスキーやその他の作家たちよりも、彼の心を支配した一冊の本があった。旧約聖書である。(28ページ)

モンテーニュのエセーを読みそこに自分の姿を発見する。(90ページ)砂金採掘の時期に、勉強し、考え、そして書いた。仕事のない日を過ごすために十分な読み物を用意する必要があって、古本屋で1000ページくらい本を1ドルで買った。表紙には「ミシェル・ド・モンテーニュのエセー」と書かれていた。

スタインベックが「怒りの葡萄」(1939年)で鮮烈に描いたあの苦悩を経験したのである(184ページ)

彼の放浪の旅と季節労働者としての定職を持たない生き様がスゴい。

彼の他の著書も読んでみたいと思った。それだけのインパクトはあった。おすすめだ。

ブックリスト


濫読日記

2017-11-26

カラマーゾフの兄弟を再読した、濫読日記風、その19

ドストエフスキー読書会最後課題本が「カラマーゾフの兄弟」で、課題的には一回読了している*1ので特に問題(?!)はないのだけど、なんとなく再読するくらいの勢いがないといけないのではないかと思い新潮文庫版(原卓也訳)で飛ばし読みをした。

その感想。長い上に落ちも結論もありません。

連続する読書会ドストエフスキー

ドストエフスキー読書会最終回は「カラマーゾフの兄弟」だ。読んだよ。読んだ。読みましたとも。この傑作を。読了したツワモノたちの中に一人で入りましたとも。

おなじみの光文社古典新訳文庫亀山郁夫訳)でガッツリ読んで、勢い余って、二周目に突入して、今度は新潮文庫版(原卓也訳)で読んだ。

光文社古典新訳文庫には、主要登場人物名前が書いてある栞が付いているので、初心者に優しい。そればかりか、各巻ごとに亀山郁夫先生読書ガイドが付いている。なじみの薄いロシア文学あるいはドストエフスキーの人となりなどを知るには最高の構成になっている。光文社古典新訳文庫ラブである

通常、文庫本の「解説」とか「あとがき」とかどう考えても手抜きのあってもなくてもいいよな、むしろないほうがいいくらいのものが多いが、この亀山読書ガイドはそれだけで独立して読めるだけの内容が詰まっている。各巻ごとにあらすじ、主な登場人物キャラクター時代背景などが解説されているので、ロシア文学リテラシーが全くなくてもふんふん、そーゆーことなのね、と読める。ドストエフスキーどころかロシア文学を一冊も読んだ事がない自分にとって重要な地図と羅針盤になった。*2

強欲なカラマーゾフさんとその息子(三兄弟)の物語で、お父さんのカラマーゾフさんが誰かに殺されて、その容疑者として長男(ミーチャ)が逮捕され、裁判にかけられる、というのが非常にざっくりとしたあらすじである

ネットで「兄弟」を調べてみても、あまりネタバレ発見できない。誰も読んでないんじゃないの?と思わなくもないが、2000ページを超える小説のあらすじを記すだけでも大変だし、いきなりネタバレするようなことを書くというのも何を書けばネタバレになるのか、それすらもよくわからないという状況なのではないかと予想する。

本書は長編ミステリーとしても読めるし、人間欲望宗教無神論科学宗教人間社会にまつわるありとあらゆるものが全部入っているヒューマンドラマとしても読める。

まあ、そんなこんなで一回目はストーリー展開に翻弄されながら読んだ。そして何を思ったか新潮文庫版ですぐに再読した。

青空文庫に「カラマゾフの兄弟」の上巻があるので、作者の序論を引用する

作者より

 この物語主人公アレクセイ・フョードロヴィッチ・カラマゾフの伝記にとりかかるに当たって、自分一種の懐疑に陥っている。(中略)

それにしても、自分は、こんな、実に味気ない、雲をつかむような説明にうき身をやつすことなく、前口上などはいっさい抜きにして、あっさりと本文に取りかかってもよかったであろう。お気にさえ召せば、通読していただけるはずである。ところが、困ったことには、伝記は一つなのに、小説は二つになっている。しかも、重要小説は第二部になっている――これはわが主人公のすでに現代における活動である。すなわち、現に移りつつある現在の今の活動なのである第一小説は今を去る十三年の前にあったことで、これはほとんど小説ロマンなどというものではなくて、単にわが主人公青年時代の初期の一刹那いっせつなのことにすぎない。そうかといって、この初めの小説を抜きにすることはできない。そんなことをすれば、第二の小説の中でいろんなことがわからなくなってしまうからであるしかも、そうすれば自分最初困惑はいっそう紛糾してくる。すでにこの伝記者たる自分自身からして、こんなに控え目で、つかみどころのない主人公には、一つの小説でもよけいなくらいだろうと考えているのに、わざわざ二つにしたら、いったいどんなことになるであろう。それにまた、自分のこの不遜ふそんなやり口を、どうして説明したらよいであろう?

http://www.aozora.gr.jp/cards/000363/files/42286_37300.html

まり、2000ページ以上費やして描かれた「兄弟」の全体を読んだつもりになっていたのだが、自分が読んだのは二つある小説のうちの前半部分だけだったのである。そしてドストエフスキーは前半部分を書き終えたのちにすぐになくなっている。

すなわち「カラマーゾフの兄弟」という小説は未完の大作なのである

一度目読んだ時は「作者より」に明示的に描かれていることなんか見事にスルーして、壮大な物語翻弄されて、そういう構造だったのかというのを全く読解できていなかった。自分の読解力の無さというかリテラシーの低さに絶望した。

二周目に突入してみると、作者が置いていった伏線や、それの回収方法など、物語構造にも目が行くようになって、ドストエフスキーの巧みなストーリー展開に目を見張ることになる。あらすじを追わなくていい分、メタな部分に注意が向く。

そうすると、細かいところにも注意がいって面白いテキストリテラルに追っていって、そこに書いてあることだけを読める。

下記は次男イワンの発言だ。

 しかしそれにしたって、一つ断っておかなくてはならないことがあるんだ。かりに神が存在し、この地球をじっさいに創造したとしてもだ、おれたちが完全に知りつくしているとおり、神はこの地球ユークリッド幾何学にしたがって創造し、人間の知恵にしても三次元の空間しか理解できないように創造したってことさ。

 ところが今でも、全宇宙、いやもっと広く全存在ユークリッド幾何学だけにしたがって創られたってことに、疑いを挟んでいる幾何学者哲学者はいくらでもいるし、おまけに極めて有名な学者さんたちの中にさえいるくらいなのさ。そういう連中は、ユークリッドによればこの地球上ではぜったいに交わりえない二つの平行線が、ひょっとするとどこか無限の彼方では交わるかもしれないなどと、大胆にも空想しているんだよ。

カラマーゾフの兄弟 (光文社古典新訳文庫)第2巻217ページ

イワンは三次元概念しか理解できない頭脳には神は理解できないと結論している。彼には「虚数の情緒―中学生からの全方位独学法」をプレゼントしたい。

それはともかく、科学技術についての反発が見え隠れする。第4巻219ページには「クロード・ベルナール」の名前が見える。ベルナールは「実験医学序説 (岩波文庫 青 916-1)」を表している。

亀山郁夫読書ガイドによると

クロードベルナールはフランス人の生理学者であり、「実験医学」の父とされる人物で、ロシアでは「カラマーゾフの兄弟」が書かれるかなり以前の一八六〇年代から、広く名前が知られていた。(中略)

ベルナールの生命観の根底にあったのは、いわゆる生気論否定である。彼は、「生物神秘的な<生命力>を持つ点で無生物とは異なっており、それゆえ無生物には実験方法を用いることはできても、生物実験方法を用いることはできない」とする立場否定し、「あらゆる自然現象は、特定物理化学的条件のもと発現したり存在する」「その条件を変化させれば現象も変化させることができ、そうして自然現象支配できる」と考えて、「事物の間には完全で必然的関係がある」とまで考えた。ベルナールはこの「決定論」を全ての科学者規範とすべき態度であるとしていた(カラマーゾフの兄弟 (光文社古典新訳文庫)第4巻699ページ)

松岡正剛書評もある。 https://1000ya.isis.ne.jp/0175.html

カラマーゾフの兄弟というテキストからそこで示されている知見に遡っていくと無限に楽しめる。

機械による知性と人間の知性という問題人工知能問題にも通じるし、ああ、カラマーゾフの兄弟には、神と宗教という問題に絡めて、そんなことも議論していたのねと妄想を膨らませるとことができる。

イワン(次男)には「ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環 20周年記念版」もプレゼントしたい。

妄想は尽きない。何度でも読みたい一冊になった。

面白い

ブックリスト


濫読日記

*1 ドストエフスキーをいろいろと読んだ、濫読日記風、その17 - 未来のいつか/hyoshiokの日記

*2小説は楽しめればいいという立場であれば、その小説の書かれた時代背景や様々なコンテキストを知らなくても、ストーリーに身を任せて一気に読めばいい。ミステリーなどエンターテイメントとして消費する場合は小難しい理屈はいらない。私もどちらかというとその立場で、文学論とか小難しい理屈をこねるというのはちょっと違うとは思う。しかし、一方で小説が書かれた時代背景を知ることによって、より作者の意図が明確になったり、読み落としていた部分を発見できたりする。それはその小説を深く楽しむことに他ならない。亀山郁夫読書ガイド読書の楽しみを増すので凡庸な「文庫本あとがき」とは一線を画す。

2017-11-18

論理トレーニング101題、野矢茂樹著、読了、濫読日記風、その18

スゴ本の中の人が選んだ、1万円で“一生モノの教養”を身につけるための5冊 - マネ会に出ていた、論理トレーニング101題を読んだ。

この5冊はどれもすごくて一生モノの教養を身につけるというのはまさにその通りだと思う。

知人が早速、「論理トレーニング101題」の読書会をしようと声をかけてきた。未読だったし、断る理由もないので、読むことにした。

各自自由お勧めしたい本を紹介するタイプの読書会ではなくて(それはそれで、読書の幅が広がって楽しい)、課題図書をみんなで読むタイプの読書会になる。前者が、「何」を読むかと言うタイプの読書会で、後者は「いかに」読むかと言うタイプの読書会になる。それぞれ横型と縦型というイメージになる。

本書は、個人向け論理トレーニングの本。練習問題をやることによって論理的な力がパワーアップできるようになる。練習問題が101問あるので、それをやればやっただけ論理的な力がつく、という触れ込みの書籍だ。

ここでいう「論理的な力」とは1)思考表現する力、2)表現された思考をきちんと読み解く力、と定義している。

その論理的な力をつけるために101題の練習問題を用意していて、すべてに詳細な解説と解答をつけている。教科書として使ってもいいし、独習書としても使える。

練習問題を読んで、ちょっと考えて解説を読んだ。自力で解答を作るというよりも先に解説を読むことが多かった。論理的な力がついたかはわからないが、一人で読むと挫折してしまうので読書会で仲間と読み進めるというのはいいと思った。

本書を読んで自分の読み方の弱さを再認識した。ちゃんと練習問題をできていない。読み方が能動的に練習問題をずんずんやるというよりも解説を読みながら前に進むスタイルだということがよくわかった。

議論を読む方法、論証する方法について、下記のような章立てで解説している。

  1. 議論を読む方法)1章接続表現に注意する、2章議論の骨格をつかまえる
  2. (論証する方法)3論証とはどんなものか、4章演繹の正しさ・推測の適切さ、5章論証を批判的にとらえる

本書では論理構造を示すために「接続詞」に注目して読み書きすることを解説している。接続関係として付加、理由、例示、転換、解説帰結、補足というのがある。

接続関係
付加そして
理由なぜなら
例示たとえば
転換しか
解説すなわち
帰結から
補足ただし

101題の練習問題については巻末に引用(出典)が明記されていて、よくもまあこんなにいっぱい例を集めたものだと感心した。

本書を読んでちゃんと練習問題を解けば解いたなりに論理力は身につくと思う。「接続詞」を意識して使えるようになれば、それだけでも論理力は向上すると思う。今の自分接続詞ですら正しく使えていないし、議論批判方法については、全くできているとは思えない。

練習問題がある書籍場合、紙と鉛筆を用意してじっくり読むスタイル自分のものにしないとならないと感じた。

ソフトウェア開発の書籍など、手を動かして理解するスタイルなので実践したい。

その他、数学語学などスキル獲得系の書籍は読むだけでなくて何らかの練習問題を「やってみる」ことが重要だ。

この論理力をつけるというのを一人で訓練するのは難しいが、読書会議論しながら読んでいけば、自分の間違いなどを知ることができるので、スキル向上に役立つ。

本書はお勧めであるとともに、友人などと読書会をしながら読むというのが実践的な使い方だと思った。




読書リスト

記事で紹介されていた一生モノの5冊。「銃・病原菌・鉄」以外は読了したので、次は「銃・病原菌・鉄」を読んでみたいと思った。



濫読日記

2017-11-14

ドストエフスキーをいろいろと読んだ、濫読日記風、その17

世界近代小説五十選、文学入門、桑原武夫著、(1963年改版)、濫読日記風、その16 - 未来のいつか/hyoshiokの日記で紹介した読書リストから最初罪と罰 1 (光文社古典新訳文庫)を読んでみた。

ドストエフスキー名前は聞いたことはあるけど、まるっきり読んだことはない。それどころかロシア文学(?!)を読んだことは全くない。ということで、なんでもよかったのだけど、有名どころから読むことにした。

ネット検索すると 【お知らせ】連続する読書会「ドストエフスキー」全5回+おまけ会 – 双子のライオン堂 というのを見つけた。

一人で読むのはしんどいし、読書会だったら無理やり読めると思ったので参加することにした。残念ながら第1回には参加できないので、それは一人で読むことにしたのだが、6月末に出張ではこだて未来大学に行った時、たまたまご一緒した、翔泳社の岩切さんに声をかけて「罪と罰」読みましょうよ〜と巻き込んでみた。(いろいろとご迷惑をおかけしました)そんなこんなで8月に岩切さんと読書会したのだけれど、当面ドストエフスキーお腹いっぱいということで、残りの作品については、「連続する読書会」に参加することをきっかけに読んだ。

結局、下記の長編作品読了した。

いろいろな訳があるわけだけれど、光文社古典新訳文庫版を読んだ。光文社古典新訳文庫の栞は主な登場人物が書いてあるという初心者に優しい仕様になっている。 光文社古典新訳文庫 創刊10周年|2016|

ロシア文学イメージは長くて難しい、登場人物がやたら多い、なんだかわけのわからないサイドストーリーがいろいろとあってあらすじを追うだけでは理解が難しい。とかなんとか敷居が非常に高い。(という風に感じていた)

若い頃に体力にものを言わせて、ガガーーッと読むのではないので、60歳間際のおじさんがほそほそと読むのには、少しでも優しいものがいいと思う。ハードルの一つが登場人物名前だ。それをどうにか克服するために、栞に主要登場人物があるというのは画期的ではないか

ということで、光文社古典新訳文庫ラブ。ありがとう。(実のところ、亀山先生の訳がどうだこうだ言えるほどの見識はない)

翻訳ものは賞味期限があるので、新訳の方が読みやすいというのは、その通りだと思う。さすがに名訳だとしても戦前翻訳を読むことは不可能じゃないとしてもちょっと慣れるまで時間がかかりそうな気がする。

白痴読書会は、ロシア文学専門家とか若いころ(高校時代とか)ドストエフスキーにはまってましたとか、すごい人が参加するような場だったので、若干ビビったのだが、60間際のおじさん(しつこいね)の厚顔無恥さを発揮して、ずんずん感想を言った。

やっぱ、自分の読み方と全く違う読み方をする皆様の感想を聞くのは面白い。そのような意味だったのかーと自分の読み方の浅さを再認識したり、全く知らないことでスルーしていたことの意味を知ったり、なんとなく自分の読み方の幅が広がった気がした。

東大先生が新入生に進める本の堂々の一位が「カラマーゾフの兄弟」ということはどうでもいいのだけど、若い頃にドフストエフスキーにどっぷりつかるというのは人生を豊かに生きる意味でも悪くない選択だ。いらないお世話だけど。

罪と罰」を読んだからといって、何か新しい発見があったかというとよくわからないというのが正直なところだ。「カラマーゾフの兄弟」が世界最高峰の文学だと言われても、うーん、そうなんすか?と思うけど、それに対する有効反論を持たないというのも悔しいという感じである

カラマーゾフの兄弟」は一言で言えば、強欲なお父さんとその三兄弟にまつわるあれやこれやの小説で、長男父親殺しの嫌疑がかかるというのがあらすじである。(ざっくりしすぎて専門家からマサカリが飛んできそうだ)神と宗教、強欲と博愛、肉欲、人間光と影、などなど全て突っ込んだ小説で、後年の文学に多大な影響を与えた(と言われている)。

読了した人は、まあ、読め、若造。と上から目線で勧める。読んで損はないという。確かに損はない。だけど、直接的なトクもない。トクもないのだけど、やっぱり読んでよかったと思う。余計なお世話から、「読め」とは言わないけど、騙されたと思って、読んでみるというのもいいと思う。結局勧めているか

読め。

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読書リスト

罪と罰

自分にとって初めてのドストエフスキー罪と罰だ。主人公質屋のおばあさんを殴り殺すというひどい話なのだけど、当時のロシアの貧困さとか街のにおいなど世界観がすごい。大学生というのはエリートだったのだろうかと思いを馳せた。


白痴

白痴光文社古典新訳文庫が完結していなかった。途中まで買って、翻訳完了していなかったということを知り愕然とする。とほほ。

新潮文庫版はあらすじが裏表紙についているのだけど、最後の結末(ネタバレ)が堂々と記されていて、それを何気なく読んでしまって、金返せ〜と思ってしまった。新潮文庫版を読む人は注意しよう。冒頭は列車のシーンで知らない人たちがよもやま話をするところから始まる。列車ボックスシートでの知らない人と話をするというのは最近していないなあと思った。


悪霊

悪霊登場人物がやたら殺される、死ぬ、というなんとも言えない殺伐とした感じがいい。「スタヴローギンの告白」の異稿という別バージョンがあって、ドストエフスキー研究者の中でも議論があるらしい(よく知らないけど)。別巻でそれも読める。


カラマーゾフの兄弟

世界文学の最高峰。多くの作家が影響を受けたという触れ込みだ。これを読めばモテる。(ということはないと思うが)

カラマゾフさんを殺したのは一体誰だというミステリーである。謎解きを楽しんでほしい。というわけでネタバレはしない。ネットでは意外なほどネタバレ記事がない。なぜなのだろうか。多分、誰も読了していないかネタバレ記事が少ないのではないかと予想している(よしおかのカラマーゾフの兄弟予想)

ドストエフスキーの五大長編と呼ばれるものは上記の4作品と下記未成年 上巻 (新潮文庫 ト 1-20)未成年 下巻 (新潮文庫 ト 1-21)だ。残念ながらこちらはは未読だ。

別訳の作品たち

白痴

光文社古典新訳文庫をいそいそ買ってからまだ完結していないことを知った。新潮文庫版もあるがこちらはあらすじにネタバレがあるので注意したい。


カラマーゾフの兄弟

別訳にも挑戦してみようと思った。

おまけ

罪と罰」の重さを計ってみた。約720g。「白痴」700g。「悪霊」940g。そして「カラマーゾフの兄弟」1050g

白痴」が一番軽くて、「カラマーゾフの兄弟」が一番重い。ちなみに、「悪霊」には「スタヴローギンの告白」という別巻があってそれは200g、「カラマーゾフの兄弟」にもエピローグがあって、それは180gとなる。参考まで(役に立たない無駄知識w

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罪と罰」(1489ページ)から始めて、「白痴」(1415ページ)、「悪霊」(1919ページ)そして「カラマゾフの兄弟」(2185ページ)、全部で7008ページ、ひょえーお腹いっぱいっす。「未成年」は未読。若い頃に読んでいたら、随分印象が違ったのだろうなあと思う。本を読む時期ってあるのかな。ないのかな。

白痴」が木村浩訳(新潮社文庫なのは亀山郁夫光文社古典新訳文庫)がまだ翻訳途中だから未成年工藤精一郎(新潮文庫)を購入した。それ以外は亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫で読んだ。

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濫読日記

2017-11-05

世界近代小説五十選、文学入門、桑原武夫著、(1963年改版)、濫読日記風、その16

文学入門 (岩波新書 青版)がスゴ本だというのは、 超ソロ社会、平田オリザさん、文学入門など、読了、濫読日記風、その15 - 未来のいつか/hyoshiokの日記 で紹介した。その世界近代小説五十選を参考までに載せておく。

この本を読んだ時点で五十選のただ一つも読んだことがなかったので、手始めにドストエフスキー罪と罰から読んでみた。名前は聞いたことがあるが読んだことな世界の名著である

小説所詮楽しみのために読むのであるから、何をどう読んでも構わないし、そこは自由なのだけど、若い頃にこの手の古典をたくさん読んでおくと人生が豊かになるような気がする。人生に影響を与える一冊に出会えるかもしれない。60歳間際のおじさんが読んでも面白いのだから感受性が豊かな若者であれば、ひょっとしたら人生を踏み外してしまうかもしれない。人生を踏み外さないかもしれないけれど。

自分にはリベラルアーツが圧倒的に足りない。最近とみにそう思う。20代40代はひたすら自分専門性を磨いていた。読むものといえばコードと専門書だった。それはそれでその時期に必要だったので、別に後悔しているわけではないが、もう少し別のバランスがあったかもしれない。なかったかもしれないけれど。

そのアンバランス自分個性になっていたのは間違いないが、最近人生二毛作を意識するようになって、ちょっと古典を読んでみたくなった。そして下記がその端緒だ。作者の名前すら聞いたことがないものがいくつもあった。*は読もうと思って文庫を購入したもの、いわゆる積読だ。

別にこのリストにこだわっているわけではないが、いつか五十冊を制覇してみたいと思う。その時、自分にはどんな世界が見えているのか、楽しみである。まあ、10年くらいはかかりそうだ。気長に行こう。

著者タイトル発行年読了年月メモ
ボッカチオデカメロン1350ー53 イタリー
セルバンテスドン・キホーテ1605 スペイン
デフォロビンソン漂流1719 イギリス
スウィフトガリヴァー旅行記1726  
フィールディングトム・ジョウンズ1749  
ジェーン・オースティン高慢と偏見18132017/10 
スコットイヴァンホー1820 知らなかった
エミリ・ブロンテ嵐が丘1847 
ディケンズデイヴィド・コパフィールド1849  
スティーヴンスン宝島1883  
トマスハーディテス1891 知らなかった
サマセット・モーム人間の絆1916  
ラファイエット夫人クレーヴの奥方1678 フランス、知らなかった
プレヴオマノン・レスコー1731 知らなかった
ルソー告白1770  
スタンダール赤と黒1830 
パルザック従妹ベット1848  
フロベールボヴァリー夫人1857 知らなかった
ユゴーレ・ミゼラブル1862  
モーパッサン女の一生1883  
ゾラジェルミナール1885 知らなかった
ロランジャン・クリストフ1904ー12  
マルタン・デュ・ガールチボー家の人々1922ー39  
ジイド贋金つくり1926  
マルロオ人間の条件1933  
ゲーテ若きウェルテムの悩み1774 ドイツ
ノヴォーリス青い花1802 知らなかった
ホフマン黄金宝壺1813 知らなかった
ケラー緑のハインリヒ1854ー55、改作1879ー80 知らなかった
ニーチェツアラトストラかく語りき1883ー84  
リルケマルテの手記1910  
トオマス・マン魔の山1924  
ヤコプセン死と愛1880 スカンヂナヴィア
ビョルンソンアルネ1858−59 知らなかった
プシーキン大尉の娘1836 ロシア
レールモントフ現代英雄1839ー40 知らなかった
ゴーゴリ死せる魂1842ー55  
ツルゲーネフ父と子1862  
ドストエフスキー罪と罰18662017/09 
トルストイアンナ・カレーニナ1875ー75  
ゴーリキー1907  
シェローホフ静かなドン1906ー40  
ポオ短編小説黒猫」「モルグ街の殺人事件・盗まれた手紙他」1838ー45 アメリカ
ホーソン緋文字1850 知らなかった
メルヴィル白鯨1851  
マーク・トウェーンハックルベリィフィンの冒険1883  
ミッチェル風と共に去りぬ1925−29  
ヘミングウェイ武器よさらば1929  
ジョン・スタインベック怒りのぶどう1939  
魯迅阿Q正伝狂人日記1921 中国

濫読日記

2017-10-05

超ソロ社会、平田オリザさん、文学入門など、読了、濫読日記風、その15

超ソロ社会 「独身大国・日本」の衝撃 (PHP新書)を読んだ。

(乱読日記風で紹介したい本がどんどん溜まっていて消化不良になっている。積ん読ならぬ積み書き)

日本の人口減少と非婚化のトレンドデータを駆使してこれでもかと解説した書である

第1章 増えるソロで生きる人たち、第2章 ソロで生きる人々を許さない社会、第3章 男たちは嫌婚になったのか、第4章 結婚してもソロに戻る人たち、第5章 ソロたちの消費、第6章 ソロ社会の未来

生涯未婚率過去最高水準(男性23.4%、女性で14.1%2015年)を更新しその傾向が続くとしているが、戦後その水準が低かったのは、女性にとって「結婚しない」という選択肢がなかった(28ページ)ということが書いてある。1986年の男女雇用機会均等法によって「男は仕事、女は家庭」という性別役割分担意識がなくなった。

日本では、「結婚することが当たり前」「家庭を持ち、子供を育てこそ一人前」、いわゆる「結婚規範」が根強い(37ページ)。たか結婚するかどうかで人間価値は決まらないが、独身男性の中には結婚規範に振り回されている未婚者もいる。(44ページ)

若い人たちにとって結婚するって大変なのね。(他人事でゴメンなさい)

平田オリザさんの著書など

先日、平田オリザさんの講演を聞く機会があったのだが、講演前にどのような人なのかを知りたくなって、下山の時代を生きる (平凡社新書)を読んでみた。言語社会学者鈴木孝夫との対談である

文化多様性人間を守っているショックアブソーバー(62ページ)という鈴木の指摘は面白い人類世界中のありとあらゆる環境のところに住むのだけど、その環境適応できているのは文化というショックアブソーバがあるからだという。戦略なき日本が生き延びたのはたまたま運が良かっただけだ(80ページ)。

上記の本を読む前に、下り坂をそろそろと下る (講談社現代新書)も読んでみた。

人口減少で社会の活力が削がれつつある時代にどのように生きるか。非常に示唆に富む議論が展開されていた。

サモワールという言葉を知った。電車に乗って旅をするときには知らない人に声をかけてみようと思った。それがなぜかは本書を読んでほしい。


文学入門はスゴ本だ

伝説の灘校教師が教える一生役立つ学ぶ力、橋本武著、読了、濫読日記風、その14 - 未来のいつか/hyoshiokの日記

で紹介した「伝説の灘校教師が教える一生役立つ学ぶ力、橋本武著」の参考文献に載っていた文学入門 (岩波新書 青版)を読んだ。1950年に書かれた本だが、文学に対する真摯な姿がすごい。太平洋戦争が終わって食うものもない時代に、それだからこそ文学必要だったのだろう。五十冊の読書リストが付いているので、そのリストを元に読書の幅を広げてみたいと思った。正直に言えば、その50冊のうちの一冊も読んだことがなかった。手始めに「罪と罰から読んでみた。50冊を読破するには10年はかかりそうだ。文学入門の羅針盤として最高の一冊かもしれない。


濫読日記

2017-09-20

パラノイヤだけが生き残る、読了

パラノイアだけが生き残る 時代の転換点をきみはどう見極め、乗り切るのかを読んだ。

インテル80年代に急成長させた伝説経営者アンドリュー・グローブの名著の復刊だ。

AmazonFacebookGoogleもなかった頃に書かれた本書を20代、30代の皆さんが、読みこなすのにはちょっとした基礎知識必要だ。

世界最大の半導体メーカーインテル1980年代経営危機を迎える。若い人にとっては信じられないことかもしれないが、当時、日本製64K DRAMシェアは70%を超えていた。日本のメーカーは圧倒的な競争力を持っていた。インテルは「戦略転換点」を迎える。

半導体メモリの大手ユーザーは値段が安くて、不良率が低い、日本製半導体メモリーを大量に購入していた。

当時、インテルなどは、日本の競争力ダンピングなど不公正な方法によっていると考えていた。そのため、抜本的な対策を打てぬまま経営危機に陥る。大手半導体ユーザHPは日本製半導体メモリの不良率が米国製のそれよりもはるかに低いということを公表し、その論争に終止符を打った。

第5章にインテルの「戦略転換点」について生々しい記述がある。114ページに半導体の国際市場シェアの変遷がある。一夜にして日本製品凌駕されたのではなく、それは10年近くの年月がかかってシェアが逆転したにもかかわらず、インテルは抜本的な対策を打てぬままにいた。

そしてグローブら経営陣は決断をする。創業以来の基幹製品メモリから撤退である

戦略転換点を通過するということは、あなたの企業が過去から未来根本的な変貌を遂げることだ(181ページ)

そして、「5年後には重役の半分は、ソフトウェアがわかる人間になっていなければならない」ということだ。つまり、幹部たちが経験知識を積んできた専門分野を変えるか、彼ら自身が入れ替わる(取締役をクビになる)かということだ。

インテルはそれを行ったから生き残った。

本書(英語版)が出版されたのは1996年だ。インターネットがどのような影響を及ぼすかまだ十分明らかになっていなかった頃だ。グローブのレーダーにはAmazonは見えていなかったかもしれない。GoogleFacebookもない。スマホクラウドIoTビッグデータという概念も無かった時代だ。

第9章に「インターネットノイズか、シグナルか」と記している。我々はインターネットが10xの戦略転換点であることを今だからこそ知っている。犯人を知ってミステリーを読むようなものだ。96年当時のグローブの分析から我々は何を学べるのだろうか。

真摯に変化から何かを学ぼうとしている姿勢が見える。今となっては的外れ議論もなくはないだろう。しかし、大きな変化を感じ、そこから何がしかを学ぶ姿勢、それこそが彼の経営者としての真骨頂だと思う。

10章は、初版発行時にはなかった章だ。環境変化によるキャリア転換点についての章だ。「ライフシフト」でも議論されていたが、変化に適応する能力「変換資産」をどう保つか、その方法論がある。

生き残る戦略が第10章に記されている。

20年経っても価値は色褪せない名著だ。

2017-09-13

大人の休日倶楽部パスで4日間行き当たりばったりの旅をした

気がつくと59歳、おめでとう、自分。ということでおじさん一人旅を気ままにしてみた。

JR東日本の「大人の休日倶楽部パス」というのがめちゃくちゃお得だ。15000円で4日間、JR東日本管内乗り放題。まあ、それくらいだったら青春18きっぷもあるしそれほどお得感がないが、これは新幹線も乗れちゃう指定席も6回まで乗れちゃう青春18きっぷ新幹線どころか在来線特急も乗れないので行動範囲が限られていたが、大人のきっぷは新幹線という飛び道具を使えるので、1日でJR東日本全域をほぼカバーできる。超お得だ。

https://jre-ot9.jp/ticket/clubpass_e.html

いくつか制約がある。大人の休日倶楽部会員になるには満50歳以上でないといけない。大人のきっぷは満50歳以上の大人専用きっぷだ。(若者は50歳までお預けだ)年3回、利用できる。有効期間は連続する4日間だ。

初日9月9日)、伊豆方面日帰り

石廊崎までバスで行って、遊覧船に乗る。太平洋の波がザブンザブンと遊覧船にかかってきた。穏やかな海だったが、それでも黒潮のうねりは感じられた。バスが40分くらい、遊覧船が25分くらい。石廊崎港の食堂でいか焼き定食1200円を食った。ボリュームがあってうまかった。

この伊豆クレイルというのが無駄に贅沢というかオシャレというか。出発時には駅員さんがお見送り(手を振ってくれる)、車内では軽演奏があったり、4人席(コンパートメント)が付いていたりする。4人で列車飲み会とか楽しそうだ。

小田原からは湘南新宿ラインでちんたらと帰宅。1日目は近郊を楽しんだ。

http://www.jrizu.jp/izucraile/

2日目(9月10日)、秋田方面

はやぶさ1号は贅沢をしてグランクラスに乗った(別料金)。朝食が付いてくるのと、飲み物は飲み放題。シートはファーストクラス風(乗ったことないけど)。足元は広々していて前方の席に届かない。あっという間に盛岡に着いた。満員だった。

盛岡でこまちに乗り換える。こまちははやぶさの前方に連結されていた列車なので乗り換えは簡単だった。座席は窮屈であるグランクラスと比べれば、それはそうである

秋田から国際教養大学図書館に行く。まず、イオンモールまでバスで移動して、さらに乗り換えて大学に行く。

日曜、祝日などは秋田からシャトルバス無料)が運行されている。10:30のに乗った。高校生くらいの若者がいっぱい乗り込んでいた。モール高校生の社交場だ。

http://akita-aeonmall.com/news/information/13

http://web.aiu.ac.jp/wp/wp-content/themes/aiu/doc/access/AeonLine.pdf

世界の美しい図書館は、世界の様々な美しい図書館を紹介している。写真を見ているだけでため息が出る。

国際教養大学図書館がすごいというので見学に行った。24時間365日オープンしているそうだ。学外者も見学できる。知のコロシウム。リベラルアーツ大学だ。素晴らしい図書館だった。

http://web.aiu.ac.jp/library/outline/

  • 秋田 14:17 リゾートしらかみ5号、東能代 15:06
  • 東能代 16:25 奥羽本線(鈍行)、青森 19:01

五能線経由のリゾートしらかみで青森まで行ければ良かったのだけど、当日ではチケットが東能代までしか取れなくて、そこからは奥羽本線経由の鈍行となった。それでも五能線経由より青森到着は早い。1時間半近く待ち合わせが時間があったので駅前を探検したのだが、コンビニすらなかった。床屋が二軒あった。寂れた地方都市の駅前にはなぜか床屋があったりする。

青森のホテル楽天トラベルで当日予約した。

下記はグランクラスで読んだ社内誌で紹介されていた。どれも未読だったので読みたいと思い、駅ビルに入っている宮脇書店で探してみたらすぐ見つかった。特に大きめの書店というわけではないし、店内検索システムも見当たらず、アナログで探したのだけど、特に大きな困難もなく発見できた。すごい。

どのような文脈でこの三冊が紹介されていたかは、ちゃんと読んでいないのでよくわからない。

武士の娘」の著者、杉本鉞子は、1873年、越後長岡藩の家老の家に生れ、武士の娘として厳格に育てられ、結婚によりアメリカに住んだ。英語で書かれたエッセー翻訳ということらしい。イチオシされていた。


3日目(9月11日)、青森から東京

  • 青森 09:05 つがる2号、新青森 09:10
  • 新青森 09:52 はやぶさ14号、東京 13:04

当日夕方から勉強会があったので東京まで戻ってきた。青森から新青森は一駅を特急自由席で移動した。新青森から東京までは大人のきっぷで指定を取った。電源がすべての席についているので通路側でも電源の心配はなかった。

新青森から東京正規料金で17,150円なので片道だけでも大人のきっぷ(15,000円)の元は取れる。お得である

スゴ本のdainさんがオススメしていて、未読だった、論理トレーニング101題を丸の内の丸善で購入した。棚の整理中で店内検索システムではどこに本があるのかわからなかったので、棚を整理していたオネーさんに聞いたら、あっという間に教えてくれて人間すごいと思った。

スゴ本の中の人が選んだ、1万円で“一生モノの教養”を身につけるための5冊

https://hikakujoho.com/manekai/entry/20170907

統計はこうしてウソをつく―だまされないための統計学入門在庫切れだった。

4日目(9月12日)、盛岡日帰り

新花巻から釜石線に乗って遠野に行きたかったのであるが、昨日からの大雨で運休に成っていた。急遽、次の新幹線(立ち席特急)で盛岡に移動した。

駅でぶらぶらしたところ、さわや書店という素敵な本屋発見した。文庫本Xの企画をして文庫本を売りまくったという伝説書店だ。ポップが素晴らしいので思わず二冊買い込んだ。

から歩いて行ける範囲で、ジュンク堂とさわや書店本店に行ってみた。

ついでに岩手県立図書館にも足を運んだ。

遠野に行きたかったのは、先日の東京読書サミット佐々木さんが超オススメしていた遠野物語 (新潮文庫)を読んだからで、実際どんなところか見てみたかったからである。釜石線が動いていないのではしょうがない。残念だ。

はやぶさ60号の方が先に到着するのであるが、106号の方が空いていたのでこっちで帰ってきた。

4日間行き当たりばったりの旅であったが、本もちょろっと読めたし、満足度は高かった。

本当は悪霊 1 (光文社古典新訳文庫)を読みたかったのだけど、ほとんど進捗しなかった。今年中にはカラマーゾフの兄弟までたどり着きたい。ドストエフスキーを読むためにまた鉄道で旅をしたいと思った。

2017-08-26

東京読書サミットに参加した

池袋ジュンク堂で開催された第2回東京読書サミットに参加した。白石さん主宰する「読書するエンジニアの会」が主催者となって、「森の読書会」、「ええやん!朝活」と言う読書会が協賛という立て付けになっている。

読書会は色々な形式がありうるので、それぞれの人がイメージするそれはかなり異なっている気がする。ざっと思いつくものでも、大きく分けて1)課題となる本を参加者で読むもの、2)特にテーマを決めないで参加者が本を紹介するものがある。前者の形式のものは、大学ゼミのように課題図書を精読し、議論するものからカジュアルにある作家作品感想を述べ合うものまで幅広い。*1 後者の例としては最近では、ビブリオバトルのような本の紹介を競技形式にして、参加者から人気投票優勝者を決めるというものである

紹介系の読書会だと、自分普段手に取らない書籍を知る機会になって、自分読書の幅を広げてくれる可能性がある。

本を皆で読む形式読書会だと、同じ本を読んで、こうまで解釈が違うのかということを発見したり、共感するポイントを共有して、ああ、自分孤独ではなかったと思ったり、あるいは自分の読み方の弱点(?)を知ったりできる。ゼミの輪読だと、そもそも内容がよくわからなくて途方にくれるのをみんなで読み解くというような読み方もある。

知っていることを読むのと知らないことを読むのでは後者の方が知的な労力を使うので脳に対する負荷が高いような気がする(脳の負荷ってなんだかよくわからないけど)。読み方の訓練にもなる。

本を読むのは単なる楽しみで行っているので、別にどんな読み方だろうが構わないし、本を読まなくても生きていく上では困らない。困らないけど読む。本を読めと誰かに強制するつもりもないが、自分としては本を読む力(というものがあったとしたら)を少しでもつけて、本を読むのをもっと楽しみたい。

フィクションでもノンフィクションでも本を読むこと自体もっと楽しみたいというのが、その根底にある。(くどいな)

というわけで、読書会に参加するのは、1)本を読む力をもっとつけて、本を読むことをもっと楽しみたい、2)読む本の種類を広げたい、という動機がある。

本をどう読むか、何の本を読むか、ということである

本好きが紹介する本の話を聞いているのは楽しいし、その楽しさを共有したい。なので、本の紹介を聞くとその本を読みたくなるし、自分と違う楽しみ方をした人の読書体験をなぞりながら、自分の楽しみ方を広げていきたい。

読書というのは身体性を持っていると感じている。同じ本を部屋で読むのと、旅先で読むのは違う体験だ。10代で読むのと、30代、50代で読むのは違う体験だ。

本を読むことで自分の変化を知ることができる。

東京読書サミットで紹介された書籍を順不同で紹介する。どれもこれも興味深い。ネットじゃなくて本屋で手にとって購入してみたいと思った。

トップバッターはスマートニュース藤村さんのお勧めだ。村上龍TVのレポーターとして露出も多いので若い人たちは彼がすごい作家だということを知らない可能性がある。個人的にはコインロッカー・ベイビーズベストだと思っているが、読書家の藤村さんはあえて「テニスボーイの憂鬱」を紹介していた。自分は未読だ。内容はバブル期のどうでもいい長編恋愛小説らしい。その内容はどうでもいいのだけど(すごいdisりっすね)、食に対する村上龍描写力はスゴいとのことだった。ねっとりした質感とか突き抜けた何かとか。これは読んだ方がいいかもしれない。人間の食欲というのが、生存のために食うのではなく、快楽として、あるいは楽しみとしてあるとしたら、そこにエクストリーム表現があって、文学の到達点なのかもしれないと思った。

LINE佐々木さんのご紹介は遠野物語だ。ご自身が東北出身ということで紹介されていた。ライブドア時代書評ブログを書いていたら、社長の目に止まって、気がついたら執行役員になっていたというエピソードは、本を読んで偉くなるとして印象に残った(脳内変換です、すいません)。柳田邦男とか民俗学とか、自分が踏み込んだことのない領域なので、めちゃくちゃ興味を持った。昔話とか民話に出てくる妖怪というのも興味深い。知人に妖怪になりたい人がいるのだけど、彼を思い出しながら話を聞いていた。

自分は、「虚数情緒」を紹介した。本書は何度も取り上げているので、ここでは繰り返さないが、この本によって数学という表現形式に対する苦手意識が減った気がする。ちょっと数学と仲良くなれた。

今回、このイベントをきっかけに私の知る限り3人の方が購入していた。ウヒョー。嬉しい。虚数情緒について熱く語り合いたいと思った。


イベントの後半は各テーブル4人位づつで自分の大切な一冊を紹介していくというワークショップになった。それぞれのテーブルで一番支持を得た人がチームを代表してみんなの前で発表し、会場全体で最も票を集めた発表を優勝とするというビブリオバトル形式で行われた。

むくつけなおじさん(失礼)が紹介したのが、愛人(ラマン)だ。取次の仕事をしているという自己紹介をされているので、本職の本好きなのだと思う。よく読書会とか行くらしい。むくつけなおじさんという風体に似合わない(ますます失礼でごめんなさい)本を紹介するというギャップ萌えである読書会女性が多いので、愛人(ラマン)女性受けするという実用的なメリットがあるらしい。勉強になる。発表のインパクトで一位を取っていた。おめでとうございます

新卒若者が紹介したのが、カーネギーの「人を動かす」だ。誰かを支配してやろうと思って読むのではなくて、大切な人と仲良くなりたい時に読むと語っていたのが印象的だった。自己啓発書の棚に置いてある本という印象で、自分としては敬遠するタイプの本だが、食わず嫌いはよろしくないなあと思った次第である。読んでみたいと思った。

毛沢東の書籍は一冊も読んだことがない。どんな人物か実のところほとんど知らない。「革命は、暴動であり、一つの階級が他の階級を打倒する激烈な行動である」というのがどのような文脈で記されているか興味を持った。


さくらももこの自伝エッセイ「ひとりずもう」。本をあんまり読まないので難しい本は持ってこれないんですという自己紹介が良かった。

今回紹介された本で、唯一読んだことがあるのが、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」だ。村上龍デビュー作で芥川賞受賞作だ。高校生大学1年生の時にリアルタイムで読んだ。ドラッグセックス暴力に満ちている村上龍の作風を強烈に印象付けた。当時読んだ時、全くもってピンとこなかった。40年経ってみて、自分感想がどう変わるか興味深い。再読してみようと思った。


読書会面白い。何を読むのか、どう読むのか。自分読書の幅を確実に広げてくれる。読書を楽しむための訓練の場として自分は利用している。

2017-08-13

数学する身体、森田真生著、読了

思考の道具として身体から生まれた数学身体を離れ、高度な抽象化の果てにある可能性とは?」

数学する身体

タイトルに惹かれて手に取った。何度か逡巡して購入し、しばらく積読だった。先日、数学の認知科学というスゴ本に出会い数学とその身体性に強い興味を持ったのだが、「数学する身体」のことをすっかり忘れていた。

積読の山を眺めながら、数学する身体を再発見しパラパラめくってみて一気に引き込まれた。

そして、本書がスマートニュース社の勉強会をきっかけに作られていることを読後に知った。

スマートニュース社の藤村さんから小冊子「みちくさ01」をいただいたことを思い出した。本棚から探し出してすっかり忘れていた、それを再読してみた。

その勉強会というのはアラン・チューリングにまつわるものを著者に解説してもらうというものだったらしい。スマートニュースCEO鈴木さんが「会社が大きくなるにつれ、中略、コンピュータアルゴリズム人工知能言語メディアジャーナリズム、公共性といった概念がどこから来たものなのか、その起源を全社員が知っておくことが必要だと考えるようになり、中略、そうだ。本棚を作ろう」と考え、「それだけでは身体化されない置物になってしまう。本は身体化されねばならぬ」(みちくさ01)ということで講演会をしたのが、本書のきっかけになった。

本書を読むことによって身体化された数学というものがどういうものか、そもそも身体化するということはどのような行為なのか、それをアランチューリング岡潔という二人の数学者を軸に知ることができる。

数学に関する認識を豊かにしてくれる一冊になっている。本書には数式は一切出てこないので、数式に苦手意識を持っている人でも読みこなせる。数学とは何かを学ぶ良書だ。

2017-07-30

伝説の灘校教師が教える一生役立つ学ぶ力、橋本武著、読了、濫読日記風、その14

上野桜木にある古書店あおば堂で開催された読書会発見した一冊である*1

今回の読書会は、あおば堂にある本(古書から、興味を持った本を選んで紹介するという形式で行った。通常の読書会は、自分が読んだ本を紹介するというものが多いが、この場合、その場で選ぶので、まだ未読の本になる。なぜ、その本を選んだか、どんな本だと思うのかなどを語り合うことになる。パラパラめくってみて興味を持ったとか、装丁が気に入った(ジャケ買い)、著者が好きだ(著者買い)、直感で選んだとか、様々な理由で選んで、紹介していく。

私は、読書法に興味があって、本を「しっかり」読みたいと思っている。本書はそんな観点から興味を持って選んだ一冊だ。

著者は元灘高の国語教師で、2013年101歳で亡くなった。*2

国語というのは、学ぶ力の基礎になるものである。学ぶ楽しさを知ることが生きる力になる。読むことも書くことも生きていく上には重要である

国語の授業で、小説銀の匙」を三年間かけて読む。そのユニーク教授法興味深いが、学ぶことと遊ぶことを同次元で語っていることが興味深い。また、すぐに役に立つことはすぐに役に立たなくなるとして、脇道に逸れて学ぶことの大切さを述べている。

本書では銀の匙 (新潮文庫)そのものについては触れていないが、どんな小説なのか、未読なので興味を持った。また、文学入門 (岩波新書 青版)も読んでみたいと思った。文学入門には五十冊の読書リストが付いているので、そのリストを元に読書の幅を広げてみたいと思った。



濫読日記