Hatena::ブログ(Diary)

じゅじゅるさん。

注意!アニメ・ドラマ・本などのネタバレあります

2016-12-31

[]話数単位で選ぶ、2016年TVアニメ10

に、参加します

「話数単位で選ぶ、2016年TVアニメ10選」参加サイト一覧

ルール

2016年1月1日12月31日までに放送されたTVアニメ再放送を除く)から選定。

・1作品につき上限1話

順位は付けない。


2015年

http://d.hatena.ne.jp/jujuru/20151231#p1

2014年

http://d.hatena.ne.jp/jujuru/20141228#p1

2013年

http://d.hatena.ne.jp/jujuru/20131231#p1

2012年

http://d.hatena.ne.jp/jujuru/20121231#p1

2011年

http://d.hatena.ne.jp/jujuru/20120101#p1


それでは行きまっしょい。



ノルン+ノネット 4 微睡みの森

童話世界のような夢に迷い込んだヒロイン3人。みんなかわいいな。

狼を追いかける赤ずきんガラスの靴を探すシンデレラ魔女心配をする白雪姫

もともと童話チックな世界と相性の良いアニメなので、なんかちょっと微笑ましいな、くらいで受け入れることが出来る。すばらですね。

その言葉は本当で、その言葉は夢。

少女達の悩みは森のように静かに秘密めいている。見ちゃいけないものを見てる気分でした。



ベイブレードバースト 14 誓いの決勝戦(バトル)!

僕はバルトシュウ関係が好きでねえ。

やんちゃで浮き沈みの激しいバルトめっちゃクールクレバーシュウって水と油のように見えるんだけど、馬が合うんだよね。

お互い感情の現し方がバラバラなんだけど、ベイへの熱い想いを理解しあっている。

からこそ起きた、恐らく初めての激しい衝突。

シュウの怪我をおもって試合を辞退してくれと請うバルト気持ちがいちがいに間違っているとは言えない。でも、バルトが想うのとと同じ位、シュウバルトとのバトルを楽しみにしてきた。そのすれ違いね。

ここで大泣きしはじめるバルトもずるいっちゃずるいけど、それをほっとけないシュウもね。友情だよ。

そして激しくぶつかった後の和解を経ての、憂いなしの大一番。見たいものが見れた爽快感ってものがありました。



プリパラ 第105話 ガァルル、目覚めるでちゅーっ!!

プリパラの生んだ「トモチケ」「パキる」という要素をドラマ部分に注力した好エピソード

ユニコンすぐ溶ける。

アイドルモヤモヤから生まれたボーカルアイドル・ガァルルはパキれないのか。

ボーカルアイドルの命たるチケットをパキッた時に起こるであろう出来事におののくユニコンの反応は真っ当ではあります

しかし、それでガァルルが望む「ふつうの子」への道を断ってもいいのか。

あのガァルルが慎重な面持ちで「本当にいいのか」と問い直すところから涙腺決壊です。

なんだよそんなこと聞くなよ、いいんだよガァルルがパキりたいのなら。

自分がこうありたいと強く願った時、もうすでにそうなっている。そういうことをプリパラは描き続けてますよね。



SHOW BY ROCK!! しょ〜と!! #11 聖MIDI女学園中等部 あざと学特別講義

ロージアちゃんのあざと学講座。

あー一生講義受けててえ。



クロムクロ 第二十五話 鬼の見た夢

敵を退けた後。かつての仲間に切り捨てられる剣之助。

世界は新たな脅威を求めるかのように胎動する。

厳しい監視の中でのデートは空々しさと物悲しさを多分に含んだもので、ピーエーワークスの培ってきた情景描写の光るシーン。

ピーエーワークスは、秋や冬にどことなく漂う手遅れ感とでも言いましょうか、そういったもの表現するのが上手なスタジオって印象です。



響け!ユーフォニアム2 第五回 きせきのハーモニー

葉月ちゃんが電車内でつり革につかまって上体を前に突き出すとこあるじゃないですか。

あそこ、葉月ちゃんぽくてなんか好きです、ああいちょっとした描写がみょうにフェチくなるのいいよね。

この全国を賭けた演奏は何度聴いても泣けてきます

葉月ちゃんが身を屈めて拝む先、カーテンの隙間から一筋光が差し込む。カメラはスッと上方へ。

それは全国への、細くまぶしい一本道のように見える。駆け上がるか転げ落ちるか、カーテンのこちら側の部員はただ固唾をのんで見守る。

勇ましいパートが終わり、一瞬の静寂に小さく息をつく音。麗奈ソロパート、細やかな指が精悍さを含んだ音色を紡ぐ。

久美子の、視聴者の脳裏にひらめくはあの夏の夜の花火の下の、壮絶に美しい記憶

部員全員の祈りや願いそのもののような渾身の演奏でした。



装神少女まとい #05 特別普通

お着替え回はジャスティスなんですよ。

かたくなな少女が言われるままお着替え人形扱いされ、あれよあれよと相手のペースに巻き込まれる。

お約束ですが、とてもいいです!クールジャパン

タイトルセンスもいいですよね。まといの普通がクラルスには特別に響いたんです。



フリップフラッパーズ 第6話 ピュアプレイ

いろは先輩回。

先輩の笑顔で終わるので一見ハッピーエンドのようだけど、なんともいえない後味を残したまま終わる。

先輩の笑顔はまぶしい。しかし、何かしてはいけないことをしたような気がする。

言い知れない不安感を抱えたまま過ごす視聴後一週間は、なかなか味わえない居心地の悪さに包まれていました。

マニキュアのにおいを嗅ぐたびに思い出しそうなエピソードです。

それは、懐かしさと、憧れと、後悔のにおい。



ブブキ・ブランキ 星の巨人 第24話 冒険

アズマくん、なんで日本に戻ってきたんだろうね。流れでそうなったからって感じで、アズマくん、ほんとぼんやりしてたんだな。

ギーの「道を歩く見ず知らずの臭い息を吐く老人の命が大事だなどと思えるか」という最期言葉が脳裏を離れない。*1

勇者魔王は表裏一体などと申しまして、それらは紙一重なのであります

しかし、アズマとギーは似ていても別の人。アズマが欲しかったのは世界ではなく、旅そのものだと仲間に教えられて気付きます

平和になったからといって、冒険の旅を終える必要なんてないんですね。翼があれば飛んでゆけば良い。

贅沢に尺を使った後日談を見て、ああ、このアニメは一希東の在り方を誠実に追ったシリーズだったんだなって思いました。

そういや、百合ップルって単語アニメで聴いたの初めてかも知れない……。



TO BE HERO 第12話 英雄十二日目「パパ そばにいて!」

ミンちゃんの声優さん、月野もあさん。初めてお声を聞くお方で個性的だというのが第一印象だったけど、それだけじゃなかった。

最後のミンちゃんの訴え、「あの農場へ行こう」の「あ」の部分のブレ方がすっごく情感こもってて良かったです。

ミンちゃんになってくれてありがとう

ふざけた設定に設定を重ねてとぼけてみせた末に見せられた、もうひとりのおっさんとの対決。

欲のかたまりおっさんと、いつもミンちゃんのそばに居続けようとしたおっさん

どっちがホンモノか、とかではなく、思いの強い方が生き残る、そういう話だったのかな。

いつかのリフレインで終わる構成も美しい。

日本語版監修・音響監督という役回りだったけど、かなりナベシンイズムの強い作品でした。



今年も色んなアニメ出会いました。

意外な出会いというのも今年もありまして、まだアニメには可能性が眠っているのだなあと実感しました。

「良い」アニメにも色々あって。

熱さや悲しさ切なさ、そして萌えやバカバカしさ、そういった多彩なものを受け取れるうちはまだまだがんばれそうだな、そう思うのです。

今年も一年ありがとうございました。

また来年アニメで会いましょう。

*1薫子だったらうっせーボケとにべもなく突っ返したでしょうね。あの娘は周囲の人に目を配ることの出来る娘として描かれてきたから。似てるところと似てないところのはっきりした兄妹だよね

2016-10-22

[]映画君の名は。感想 もうひとつの「君の名は。

ちょっと鑑賞から時間が経ちましたが「君の名は。感想です。ネタバレありです。



新海誠監督がこれまで描いてきたこと。

それは、青春の全てを投じた恋愛がやがて後方に追いやられようと、「それでも人生は続いて行く」ということ。

彼・彼女が結ばれようが結ばれまいが「あの頃」は二度と訪れず、ラッシュアワーに揉まれ改札をくぐる日々に戻っていく。

そのはかない恋物語が時として永遠の別れで終わろうとも、彼・彼女人生という物語は続いていくのだ。

そして、「君の名は。」もそうした物語であった。

瀧と三葉はお互いを忘れても、その痛みだけは抱えながら今という時を懸命に生き続けた。

それは何も二人の間にだけあったわけではない。そのことについて記そうと思う。


海監督の新作映画君の名は。」は、出会ったことのない「君」と出会うまでに少年少女が日々を駆け抜けるさまを描く。

その結末は大団円と呼ぶにふさわしい堂々としたものだ。

過去作に比べれば爽快な後味となっているが、新海誠監督らしさは色あせていなかった。

君の名は。」にはいくつかの出会いと別れが描かれていた。たとえば、三葉と奥寺先輩だ。


瀧は三葉との入れ替わりによって、憧れの奥寺先輩と急接近することになる。奥寺先輩がのちに「好きだったんだ、私」と述懐するように、彼女は瀧に恋をしていた。

その「瀧」とは、三葉と入れ替わった状態の瀧を指している。

やぶれたスカートにかわいい刺繍を施したり、一緒におしゃれなカフェを巡ったり、ついにはデート約束にまでこぎ着けた「瀧と入れ替わった三葉」に恋をした。


しかし、奥寺先輩に「瀧」と「瀧ではない誰か(三葉)」を区別する術はない。なんとなく、ざっくりと「あの頃の瀧くん」としか言えないであろう。

鑑賞した我々が映像*1をつぶさに観察すれば「何月何日と何月何日、もしくは何月何日の瀧くん(つまり三葉)が好き」と指摘できるのかも知れない。

しかしそれはあまり意味のある行為ではないのかも知れない。「瀧と入れ替わった三葉」を呼び水として、普段の「本当の瀧くん」に目を向ける時間もあっただろう。

そこはもう時間感情が溶け合っていて、もはや判別のしようがない。瀧から三葉は去った。「あの頃の瀧くん」には二度と会えない。

未来において、瀧の仲介を経て奥寺先輩と三葉が出会可能性も、なくはないだろう。

瀧と三葉の、お互いについての記憶が消えたのち、瀧がテッシー名前を聞いて一瞬反応したように、奥寺先輩の名を聞いて三葉がなんらかのひらめきを得ることはありえるのかも知れない。

しかし、奥寺先輩が「三葉」の名前を聞いても、何のひらめきも訪れない。なぜなら、彼女にとって「あの頃の瀧くん」も、瀧には違いないからだ。別人と接していたという認識がない。仮に会えたとして、それは恐らく奥寺先輩の望む「あの頃の瀧くん」とは別人だ。

奥寺先輩が三葉の名を問うことは未来永劫、過去永劫においてありえない。出会ったことのない名前から、何も起きない。その恋心は永遠に閉ざされる。例えば、宇宙地球に引き裂かれた恋のように。

奥寺先輩と三葉の出会いは「世界秘密」として閉ざされた。しかし、奥寺先輩は次の恋を見つけ、新たな自分物語を紡ぐ。永遠と呼べる別れを経てもだ。

その在り方は新海監督がこれまで描き続けてきた主人公たちの姿を彷彿とさせる。


もう二度と、いや一度も君の名を問わずしかしそれでも自分物語を紡ぎ続ける。そういう有り様に、新海監督はこだわり続けた。その想いのひとつの結実が「君の名は。」にあるのだろう。

*1スマホ日記アプリの日付など