高島秋帆

社会

高島秋帆

たかしましゅうはん

1798年9月24日(寛政10年8月15日)〜1866年2月28日慶応2年1月14日)

日本の江戸時代後期の砲術家。名は茂敦。長崎出身。

天保の改革の時に砲術方与力に抜擢された。

1841年?6月27日、徳丸ヶ原で日本初となる洋式砲術の公開演習を行った。このことにちなみ、徳丸ヶ原は大規模団地が開発された1969年に「高島平」と名付けられた。