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竹鶴政孝

竹鶴政孝

たけつるまさたか

ニッカウヰスキー創業者。「日本のウイスキーの父」と呼ばれる。

略歴

明治27年 6月 広島県竹原市竹原町に生まれる

大正 5年 3月 大阪高等工業学校醸造科卒業、摂津酒造に入社

大正 7年 7月 英国に赴きグラスゴー大学に留学、応用化学を学習

大正10年 11月 同大学応用化学科を専修して帰朝、この間、本格的ウイスキー製造方法を修得、帰朝後、摂津酒造(株)における洋酒製造計画立消えのため退社

大正12年 6月 10ヶ年契約にて、(株)寿屋に入社、ウイスキー製造に従事し、同社山崎工場を設立

大正14年 6月 ウイスキーおよび葡萄酒研究のために英国及び仏国を視察

12月 帰朝

昭和 6年 8月 ウイスキーおよび林檎酒研究のためために英国及び仏国に渡る

昭和 7年 2月 帰朝

昭和 9年 3月 (株)寿屋退社

7月 大日本果汁(株)を創立し代表取締役に就任

昭和18年 11月 同社取締役社長に就任

昭和27年 8月 同社はニッカウヰスキー(株)に社名変更

引き続き取締役社長に就任

昭和31年 5月 黄綬褒章を授与される

昭和35年 2月 紺綬褒章を授与される

昭和37年 8月 欧米視察に赴く

昭和38年 9月 ギルビー社との提携および業界視察のため渡英

昭和40年 2月 北海道余市郡余市町名誉町民となる

昭和44年 4月 勲三等に叙され瑞宝章を賜る

昭和45年 5月 ニッカウヰスキー株式会社取締役会長に就任

9月 北海道開発功労賞を贈られる

昭和47年 2月 竹鶴シャンツエを笠谷シャンツエと改称し余市町に寄贈する

昭和54年 8月 逝去、享年八十五歳、

従四位に叙せられ銀杯を賜わる