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藤田嗣治

アート

藤田嗣治

ふじたつぐはる

画家。(1886-1968)、東京生まれ。、東京美術学校卒。現在においても、フランスパリにおいて最も有名な日本人画家であり、明治以降の日本人芸術家藤田嗣治ほどの成功を海外で収めたものは他にいない。裸婦像や猫の画が有名。

いとこに、芦原義信岡田八千代小山内薫も親戚にあたる。


1913年にフランスに渡り、画家として成功。藤田はそのFoujitaという名から「FouFou(フランス語でお調子者)」と呼ばれ、フランスでは知らぬものはいないほどの人気を得ていた。1925年にはベルギーのレオポルド勲章、フランス政府からはレジオン・ドヌール勲章を贈られた。

1935年には、「現代日本」という海外向けの日本紹介映画を協同監督するが、藤田監督部分が「先進国としての日本を十分現せていない国辱的描写である」と酷評され、結局、海外に輸出されなかった。

戦時中日本に戻っていた藤田には、陸軍報道部から戦争記録画(戦争画)を描くように要請があった。国民を鼓舞するために大きなキャンバスに写実的な絵を、と求められて描き上げた絵は戦場の残酷さ、凄惨、混乱を映しており一般に求められた戦争画の枠には当てはまらないものだった。

戦後になり、日本美術会などにより半ば生贄に近い形で戦争協力の罪を非難された彼は、渡仏の許可が得られると「日本画壇は早く国際水準に到達して下さい」との言葉を残して、1949年、パリへ向かい二度と日本には戻らなかった。その際、「私が日本を捨てたのではない。日本に捨てられたのだ」と言っている。

1955年にはフランス国籍を取得しカトリックの洗礼を受けてレオナール・フジタと改名