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板東英二

スポーツ

板東英二

ばんどうえいじ

プロ野球選手・解説者。司会者。俳優。

右投右打、ポジションは投手背番号は14→30→14番

1940年4月5日、旧満州国生まれ。徳島県板野郡大麻町(現鳴門市)出身。血液型O型

1956年徳島商業高校に入学。その年の夏の甲子園に出場するも1回戦で敗れた。

1958年夏、再び甲子園に出場。秋田商業高校、八女高校を下して迎えた準々決勝・魚津高校戦。

18回で25の三振を奪うが相手投手・村椿輝雄も譲らず、0対0のまま引き分け再試合となった*1

この再試合も完投し勝利。準決勝では作新学院高校を破ったが、決勝で柳井高校に敗れた。*2

1959年中日ドラゴンズに入団。

1960年近藤貞雄の勧めで、先発投手からリリーフ投手に転向。

投手分業制」のさきがけとして、セーブ規定が無い時代の貴重なリリーフ投手であった。

1969年、現役引退。

権藤博高木守道井手峻とは親友。

1974年、優勝を記念して山本正之の「燃えよドラゴンズ!」を歌った。

現在は野球解説者、司会者・俳優として活躍。

マスターズリーグ名古屋エイティディザーズの選手としても活躍。

モルツドリームマッチでは、モルツ球団の対戦チームのGM、監督としても活躍している。

現在は名古屋に在住し、仕事で東京大阪へ行ったり来たりの忙しい日々を送る。

タレント・俳優

80年代に関西テレビノンストップゲーム」の司会として人気を博す。

また、1984年には「金曜日の妻たちへII 男たちよ、元気かい?」でドラマ初出演、俳優デビュー。

同年、「パネルクイズアタック25」にて盲腸炎で休業した児玉清の代理司会も務めた。

1985年には金妻シリーズの第3作目「金曜日の妻たちへIII 恋におちて」にも出演。

1989年には、向田邦子原作の映画「あ・うん」で高倉健と共演し、翌年の第13回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。

90年代、日本テレビ系「マジカル頭脳パワー!!」の司会となる。

2012年、個人事務所の申告漏れが発覚。以降多数の出演番組を降板。

出演番組

副業

財テクに長けたことでも知られ、現役時代からジュークボックスの販売を手がけたり、引退後には大阪市内にビルを購入するなどした。

しかし、バブル崩壊により多額の損失を被ったことも報道される。

島田紳助財テクを教え込んだとか。

*1:「18回引き分け再試合」が適用された最初の試合

*2:この1大会で記録した83奪三振は未だに破られていない。