2011年の本

 今年の海外小説に関しては白水社国書刊行会に尽きる感じ。
 ほぼ両社のまわしものみたいなランキングになってしまいましたが、文句なくよかった5冊をあげたいと思います。
 一方、小説以外の本に関しては今年もあまり読めなかった感が強いですが(特に翻訳物の難しい学術書に関しては読む気力が弱まってきてしまった…)、そんな中でも面白かった4冊+1シリーズを紹介。こちらは特に順位をつけずにあげていきたいと思います。
 ちなみに新書に関しては別ブログでベスト5をあげているのでここからは抜いています。

  • 小説

1位 サルバドール・プラセンシア『紙の民』

紙の民紙の民
サルバドール プラセンシア 藤井 光

白水社 2011-07-26
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 およそ僕が小説に求めるものをすべて満たしている小説。
 太宰治は『もの思う葦』の中の「晩年に就いて」という文章で、小説に関して「やさしくて、かなしくて、おかしくて、気高くて、他に何が要るのでしょう」と述べていますが、まさにこの『紙の民』は「やさしくて、かなしくて、おかしくて、気高く」ある小説。しかも、太宰治にはなかった大胆でメタフィクション的な構成まで持っているんだから面白くないはずがありません。
 作者と小説の中の登場人物たちが戦争を始めるという、かなりアクロバティックな内容と、それを表現するためにディレイニーの『ダールグレン』を上回るような複雑な段組が用いられているのですが、それでいてブローティガンレアード・ハントの『インディアナインディアナ』、あるいは初期の高橋源一郎なんかに通じる「やさしくて」「かなしい」物語が展開されています。


紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20111112/p1



2位 サーシャ・スタニシチ『兵士はどうやってグラモフォンを修理するか』

兵士はどうやってグラモフォンを修理するか (エクス・リブリス)兵士はどうやってグラモフォンを修理するか (エクス・リブリス)
サーシャ スタニシチ 浅井 晶子

白水社 2011-02-11
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 今年、最大の出来事といえば何と言っても東日本大震災。多くの人が犠牲になりましたが、NHKのニュースウォッチ9で、育ての親のおばあさんをなくした男の子の兄弟が何回かにわたって取り上げられていました。その中でお兄ちゃんがおばあちゃんのお葬式の前か後に「ばあばは裏山に逃げたかもしれない。そして裏山の中で生活しているのかもしれない」ということを言っていました。個人的にこの子どもの話に、「物語」の起源や必要性を強く感じたのですが、この『兵士はどうやってグラモフォンを修理するか』もそのことを強く感じさせる小説。
 著者のサーシャ・スタニシチは、旧ユーゴスラビアボスニア・ヘルツェゴビナの都市ヴィシェグラードの出身。著者は自ら体験したボスニア紛争に関して、小説の中で「これから起きることはあまりにも非現実的で、架空の物語を語るための非現実性は、もう存在の余地もないほどだ」と述べています。
 けれども、著者のスタニシチが「非現実的な現実」の前で、何とかして「物語」の余地をひねり出そうとしたものがこの小説。作者の組み上げた「非現実」がだんだんと「非現実的な現実」に侵食されていくこの小説は決して明るいものではありませんが、ここには「非現実的な現実」に何とかして抵抗しようとする文学の姿があります。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110313/p1



3位 ジャック・ヴァンス『奇跡なす者たち』

奇跡なす者たち (未来の文学)奇跡なす者たち (未来の文学)
ジャック・ヴァンス 浅倉久志

国書刊行会 2011-09-26
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 前半の短篇を読んだ時は、「悪くはないけど正直<未来の文学>シリーズとしてはどうか?」と思いましたが、「無因果世界」あたりから面白くなってそれ以降はすごい作品の連続。特に表題作の「奇跡なす者たち」と「月の蛾」のすばらしさといったらないです。
 「月の蛾」の舞台となる惑星のユニークな異文化、「奇跡なす者たち」の呪術と奇跡の逆転した世界、こういった異世界の描き方がヴァンスは抜群にうまいです。
 今年亡くなった浅倉久志氏の遺作(遺翻訳?)のような形にもなりましたが、最後に素晴らしい作品を送り出してくれたと思います。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20111020/p1



4位 ミゲル・シフーコ『イルストラード』

イルストラード (エクス・リブリス)イルストラード (エクス・リブリス)
ミゲル シフーコ 中野 学而

白水社 2011-06-08
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 世間では今年の海外小説のベストとしてジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』がけっこう上位にきそうですが、個人的にはこちらの『イルストラード』の方が面白かったです。
 作者と全く同じ名前のミゲル・シフーコという人物が、フィリピンの国民的作家にしてニューヨークで謎の死を遂げたクリスピン・サルバドール(当然ながらこの「国民的作家」は作者のフィクションです)の死の真相と、失われた遺稿『燃える橋』の行方を追うというストーリーの中に「フィリピン」という国の栄光と悲惨を描こうとした作品。かなり複雑なメタフィクション的仕掛けがしてあるのですが、フィリピンの「国民的作家」をでっち上げる記述が変なパロディの集大成みたいで単純に笑えますし、「わけいっても、わけいっても、フィリピン」といった感じの主人公の旅が面白い。
 また、本国を離れた知識人の優越感と劣等感の微妙なバランスを描いている部分も面白かったです。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110630/p1



5位 エリック・マコーマック『ミステリウム』

ミステリウムミステリウム
エリック・マコーマック 増田 まもる

国書刊行会 2011-01-25
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 マコーマックはかなり昔に『隠し部屋を査察して』読んで以来久々。『隠し部屋を査察して』では、短篇ということもあって奇想にしろストーリーにしろ少し浅い印象がありましたが、この『ミステリウム』は面白い!
 たんに奇妙な話というのではなく、ミステリーの形式をとりながらもその謎が微妙に空回りする展開になっていて、スタニスワフ・レムの『捜査』あたりを思い出す、よくできた異色作になっています。前半はカフカ的な雰囲気をたたえたミステリー、そして街の秘密、登場人物をめぐる因縁がわかってくるにつれ、奇妙な世界の中につながりができて、すべてのミステリーが解決するかに見えるのですが…。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110929/p1


  • 小説以外の本

梶谷懐『「壁と卵」の現代中国論』

「壁と卵」の現代中国論: リスク社会化する超大国とどう向き合うか「壁と卵」の現代中国論: リスク社会化する超大国とどう向き合うか
梶谷 懐

人文書院 2011-10-14
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 タイトルの「壁と卵」は、御存知の通り村上春樹エルサレム賞のスピーチで用いられた比喩、それに「現代中国論」というと、内田樹みたいな人物による中国に関するエッセイみたいなものを想像するかもしれません。けれども著者の梶谷懐は現代中国論を専門にする経済学者。前半は中国の様々な問題とそれをめぐる国際社会の対応について、アカロフやハーシュマンなどの経済学者の議論をもとにしながら分析し、さらに後半では、中国の政治、民族問題、日本人の中国観といった問題をとり上げ、村上春樹の問題意識などを用いながら鋭く論じています。
 対象の読者がはっきりとしない本かもしれませんが、実はそれだけ幅広く読まれるべき本。良い意味で「知識人の仕事」を十二分に果たした本だと思いました。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20111107/p1



開沼博『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』

「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか
開沼 博

青土社 2011-06-16
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 著者は1984年生まれ福島県いわき市生まれで、この本の元になった原稿は2011年1月14日に東京大学大学院学際情報学府に提出された修士論文。まさにタイムリーな形で出版された本です。やや理論面に関しては気負いすぎている面もあって読みにくさもあるのですが、ここで語られている福島県浜通りの「原子力ムラ」の歴史と現実というのは、TVなどでは放映されない、まさにアカデミックな研究こそによって掘り下げられたもの。原発問題を考える上で避けて通ることのできない問題を抉り出している本だと思います。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110722/p1



東浩紀『一般意志2.0』

一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル
東 浩紀

講談社 2011-11-22
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 わかりやすいけど、実はものすごくラディカルな本。ルソーの一般意志の概念と情報社会のテクノロジーによって、すくなくとも政治学におけるここ150年ほどの常識をひっくり返そうとした本でもあります。この本で提示されている「コミュニケーションなき政治」というのは、今まで考えられてきた「政治的行為そのもの」をすべて否定するようなものです。
 この本の主張をそのまますべて受け入れるわけではないですが、東浩紀の提案する国民の無意識的な意思を可視化する装置よりも、全ての人が熟議に参加するような状態のほうが「ありそうもない」という指摘は真剣に考えるべき問題でしょう。熟議民主主義は永遠の「未完のプロジェクト」に留まりそうなのに対して、東浩紀の提唱するようなシステムは次第に現実的になっていく可能性が高いのです。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20111212/p1



ジェイン・ジェイコブズアメリカ大都市の死と生』

アメリカ大都市の死と生アメリカ大都市の死と生
ジェイン ジェイコブズ Jane Jacobs

鹿島出版会 2010-04
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 もはや古典とも言うべき本ですが、日本ではようやく完全版として翻訳されました。とにかく、あらゆる点から都市の問題、そして本質が分析され、既存の机上の都市計画、建築家の理想、政治家の思い込みといったものが容赦なく批判されています。訳者の山形浩生が強調するように、これらはジェイコズズが学者や政治家ではない「アマチュア」であったからこそなしえたこと。今なお古びない鋭い洞察に満ちた本だと思います。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110409/p1



中井久夫コレクション

世に棲む患者 中井久夫コレクション 1巻 (全4巻) (ちくま学芸文庫)世に棲む患者 中井久夫コレクション 1巻 (全4巻) (ちくま学芸文庫)
中井 久夫

筑摩書房 2011-03-09
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「つながり」の精神病理 中井久夫コレクション2 (ちくま学芸文庫)「つながり」の精神病理 中井久夫コレクション2 (ちくま学芸文庫)
中井 久夫

筑摩書房 2011-06-10
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中井久夫コレクション3 「思春期を考える」ことについて (ちくま学芸文庫)中井久夫コレクション3 「思春期を考える」ことについて (ちくま学芸文庫)
中井 久夫

筑摩書房 2011-09-07
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 今年ちくま学芸文庫から刊行された中井久夫コレクション。いずれもすばらしい洞察に満ちた本で、精神医学の問題だけではなく、家族、教育、労働、老人、マンガ、現代史と様々な領域にわたって発見のあるシリーズです。
 
『世に棲む患者』紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110522/p1
『「つながり」の精神病理』紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110709/p1
『『「思春期を考える」ことについて』紹介記事(その中の一編を中心にとり上げてます):http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20111024/p1