名画座〜千と千尋の謎に挑む〜

 三月から四月にかけて、自分の手元にある映画のDVDを観まくった。真夜中、部屋の灯りを落とし、SONYのデジタル・サラウンド・プロセッサーのヘッドフォンを装着して、万全の状態で気合を入れて鑑賞した。鑑賞した作品は以下の通り。

押井守 監督作品
うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』『天使のたまご』『機動警察パトレイバー the Movie』『機動警察パトレイバー 2 the Movie』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『イノセンス

北野武 監督作品
その男、凶暴につき』『3-4×10月』『あの夏、いちばん静かな海。』『ソナチネ』『キッズ・リターン』『HANA-BI』『菊次郎の夏』『BROTHER』『Dolls』『座頭市』『監督・ばんざい!』

宮崎駿 監督作品
風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『魔女の宅急便』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し

今 敏 監督作品
東京ゴッドファーザーズ』『パプリカ』

沖浦啓之 監督作品
人狼 JIN-ROH』(原作・脚本 押井守)

 押井さんやたけしさんの映画についてはこれまでにさんざん語ってきたので、今回は珍しく、宮崎駿作品について少し語ってみようと思う。


魔女の宅急便

 何を隠そう、俺が初めて買ったDVDが、宮崎作品の中で最初にDVD化されたこの映画だったのだ。プロの声優を中心としたキャスティングによって作られた最後の宮崎作品である。

 キキとウルスラの二役を演じた高山みなみさん、おソノの夫と警官とアナウンサーの三役を演じた山ちゃん、ジジを演じた佐久間レイさん、トンボを演じた山口勝平さん、マキを演じた井上喜久子さんたち『らんま1/2』ファミリーが大活躍している。今となっては大御所になっている声優さんばかりだが、当時としては比較的若い声優を中心にしている(ナウシカラピュタに比べて)。

 作品の内容についてはあまり濃い話をする自身が無いので、宮崎駿の親しき友人であり天敵でもある押井さんがラジオで語った話をここに引用する。
「『魔女の宅急便』は鈴木敏夫(スタジオジブリ代表取締役プロデューサー)の映画。見る人が見ればわかるけど、あれは彼の娘の為に作った映画。宮さんらしくないもん、明らかに。宮さんらしいのは最後に飛行船が落っこってくるとこで、しかもどう考えたってこのシーン要らないんだからさぁ。宮さんの最後の抵抗だよ。うちの師匠(鳥海永行)なんてあのシーン見て激怒してたよ、“なんてことするんだ!”ってさ。」

 キキのモデルが鈴木敏夫プロデューサーの娘だという話は知っていたが、この映画自体が宮崎駿ではなく、完全に鈴木敏夫の色に染められた映画だということを意識して観てみると、それはそれで面白い観方かもしれない。うーむ、キキがデッキブラシで飛んでいる時、垂直に急降下して地面に衝突する寸前に低空飛行に切り替わるっていう演出はナウシカでも使われてたから、あれも宮さんっぽい部分なのかなぁ。

 あまりマニアックでない意見を述べるならば、ジジとジェフ(犬)のシーンが好きだ。というか、佐久間レイさん演じるジジが好き。俺の中では、この佐久間レイさんと緒方賢一さんの二人は猫の声を演じさせたら右に出る者はいない声優である。あと、久石さんの音楽については、この作品では特に頭に残りやすいメロディーの強い曲が多いと感じた。ちなみに、俺はサントラも持っているが、実家に置いてきてしまったのでここ数年聴いていない。今回久々にこの映画を観て、無性にまたサントラを聴きたくなった。


もののけ姫

 何を隠そう、俺が初めて感動したアニメ映画がこの作品だ。といっても、公開当時劇場で鑑賞した時は小学生のガキだったので、この映画の凄さはわからず、中学生の時にテレビで放送されていたのを改めて観た時に大きな感銘を受けたのだった。それからしばらく、俺の中では『もののけ姫』がマイブームだった。英語の教科書の落書きが当時の俺のライフワークだったのだが、そこにも“もののけ旋風”が直撃し、教科書の中の女性キャラクターは槍を持ち、顔にペイントを施し、耳に大きなイヤリングを付けたサンになっていった。

 動物の姿をした神々が出てくる世界観は単純に好きだ。そして森とタタラ場の戦いという構図も面白いと思う。しかし、もう少しエボシというキャラクターを魅力的に描いてほしかった。彼女がタタラ場の人々にとって頼れるリーダーであり、慈悲深い面も持っているというところは描かれてはいるけれど、どうして彼女がサムライに襲撃されているタタラ場に助太刀に行くことよりも“神殺し”を優先したのか、という部分がどうしても引っかかってしまった。彼女の行動ばかりが目立って、その動機や信念があまりこちらに伝わってこなかった。エボシも、押井さんの『機動警察パトレイバー the Movie』の帆場英一や『機動警察パトレイバー 2 the Movie』の柘植行人のように己の起こす行動(犯罪)に確固たる信念と強い動機を持って臨むことで、我々観客に強烈な印象とメッセージを与える人物であったなら、もっといい映画になったんじゃないかな・・・。

 ・・・と、偉そうなことを言っているが、俺はこの映画が嫌いだと言っているわけではない。好きだ。森の美しさ、動物の躍動感、殺陣のスピード感などは素晴らしく、やはり、さすがハヤオ・ミヤザキだなぁ、と思う。


千と千尋の神隠し

 この映画も公開当時に劇場で鑑賞した。その後発売されたDVDもすぐ買った。しかし、買っただけでずーーーっと観ないままだった。そして今回ようやく、劇場公開以来2度目の鑑賞となったのだ。なぜ今まで観ないまま放っておいたのか、それは、観る気がしなかったからだ。

 今回の鑑賞で特に気になったのは、“『千と千尋の神隠し』の元ネタはテレビ版『うる星やつら』である”という有名な仮説を裏付けるような証拠の数々だった。その元ネタというのは、テレビ版『うる星やつら』の第53話『決死の亜空間アルバイト』(1982年12月15日放送)のことである。これはどういう話かというと、「主人公・諸星あたるが亜空間にある銭湯でアルバイトをする」というものである。これは正に「不思議な世界のお湯屋で働くことになる千尋」と重なるプロットである。

 しかし、両者の共通点はこれだけではない。『千と千尋』で千尋はお湯屋に来るユニークな姿をした八百万の神々を相手に仕事をするが、『亜空間アルバイト』では諸星あたるが奇妙な姿をした宇宙人や妖怪たちの背中を流すという仕事を任される。この点も非常によく似ている。

 さらに決定的なのは、両者共につげ義春の漫画『ねじ式』のパロディを多く取り入れているという点だ。具体的には、『千と千尋』では「眼」や「め」といった文字の書かれた看板が町に並んでいたり、電車の中の荷物に「めめ」と書かれている、という部分。これは『ねじ式』の「ちくしょう、目医者ばかりではないか。」のシーンや「メメクラゲ」のパロディであることは一目瞭然。一方、『亜空間アルバイト』では、『ねじ式』の主人公がチラッと映ったり、『ねじ式』と同じく電車に乗ったのにもとの町に戻ってきてしまう「もとの町ではないか。」のシーンがあったり、全体の雰囲気も含めて多くの要素を『ねじ式』から借りてきている。

 これら多くの共通点は偶然なのだろうか、それとも・・・。どれくらいの頻度かわからないが、宮崎駿監督が押井さんのテレビ版『うる星やつら』を放送当時観ていたのは確かであるし、もしかしたらこの『決死の亜空間アルバイト』も観ていて、その時の記憶が知らず知らずのうちに『千と千尋』に反映したのではなかろうか。別にどちらでもいいのだけれど。

 それにしても、そっっくりである。『千と千尋』しか観たことのない人が『決死の亜空間アルバイト』を観たらきっとビックリするだろう。「そのまんまじゃん!しかも、『千と千尋』の公開より20年近くも昔にこんなに前衛的でシュールな映像がテレビで放送されていたのか!」と。

 
 なんだか結局押井さんの名前が出てきてしまったナァ。押井さんの存在を知ってからというもの、ずーっと宮崎アニメはほったらかしだったからナァ。