ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

暑さも暑し

 北京オリンピックが開会だと朝からテレビがうるさい。ハイ・テンションになってオリンピックだっ!オリンピックだっ!という気にならない。なんだか相撲の本場所に興味がなくなってきたのと同じように、全然その気にならない。といいながら昨日のサッカーを見てしまって、ますます盛り下がってきてしまった。なんだ、あのピッチの芝生。オリンピックをやるような会場じゃない。
 セキュリティー・チェックが並大抵ではないみたいだ。昨日はプレスセンターにプレスが入れてもらえなかったという落ちまであって。これを見ていると今やもうこの種のイベントは意味がなくなったといっても良いようだ。2016年なんかに立候補するらしいけれど、まぁ、メキシコ以来開催されていない南米に譲ってあげて、東京でなんてやらなくていいじゃないかという気になる。魚市場のことも考え、汚染された土壌のことを考えたらそんなもの無理矢理実行する意味がない。

昼飯

 いずれにしろちょっとだけ永田町に立ち寄らなくてはならない用事ができたので、どうせそれなら京橋に寄って鮨ランチとしゃれ込もうと思って地下鉄の駅をえっちらおっちらあがる。近づくと、なんだ、暖簾が出てない。近づいてみると額縁が出ていてそこに「本日は休みです」と書いてある。あれ、なんかあったんだろうかとちょっと心配になる。夜に確認したら夏に恒例の出張だったという。何事もなくて良かった。
 ならばと、1年9ヶ月ほど前に入ったきりのレストラン・サカキに向かう。手前の客席にしか入ったことはないけれど、今日は到着したのが11時40分くらいだったから奥の席に入った。ここのランチはいくつもメニューがあってハンバーグ、多くの人が注文するミックスフライ、あっという間に売り切れたシタビラメのムニエル等あって、どれも千円ちょっと。おおむね評判は良いのだけれど、何人かの人はホスピタリティを問題にする。
 何か違うものを頼めばいいのに条件反射のように前回と同様、「エビ・フライ」を注文。食べ甲斐のある三本のエビフライを初めて入った連れ合いに見せたいという気持ちもある。連れ合いは「豚のバラ肉のトマト・ワイン煮込み」である。私にはカップに入った野菜のスープ、連れ合いにはキャベツの千切りのサラダが出る。例によってテーブル上にあるキャロット・ドレッシングが美味しい。と、ここまでは順調である。いや、順調であった。
 私たちの左隣の四人席には後から来た二人連れ二組が向かい合わせに相席である。隣の二人連れは二人が二人ともエビフライといった。私たちが注文してから15分ほどしてその左隣の二人と、その向こうの一人へエビフライが到着する。あれ?私のエビより後から注文したのになぁ、と店員さんに「まさか忘れてないよね?」と笑いながら確認すると「ご準備しております」と仰る。どうも豚の準備に相当時間がかかっているのだろうか。ようやくやって来た時には既に注文してから半時間が経過していた。多分注文してからこの豚の料理を始めたんだろうと連れ合いはいうけれど、まさかランチでそんなことをしているのだろうか?「30分、待ちましたよ」とお伝えしたら店員さんは「申し訳ございません」と仰った。もし、豚メニューがこれほど時間がかかるのであったらそれなりにお伝えいただきたいものだ。ディナーではなくて「ランチ」なのだから。
 エビ・フライはいうことがなくプリプリである。ポテサラがしょっぱかったのはなんでだろう。私がキャベツの千切りにかけたキャロット・ドレッシングのせいだったんだろうか。せっかくの料理が来て、ゆったりと楽しむ時間が少なくなってしまったのは返す返すも残念だった。お店にとっては何十人とやってくるランチ客だろうけれど、お客にとっては乾坤のひと皿で、今回は残念だった。ご主人にお伝えしようかと思ったけれど、連れ合いに釘を刺される。尤もあの雰囲気では云わない方が自分のためにも良いかと。

映画「ハプニング」

 エビフライを慌てて食べた理由は、日劇で「ハプニング(原題:THE HAPPENING)」を観るためだ。M・ナイト・シャマラン監督の近未来映画とでも云うのだろうか。(多分)植物の力によってニューヨークのセントラル・パークで佇む人たちがばたばたと倒れるところから始まる。ちょっと原因が最後までよくわからないのだけれど、その恐怖から逃げるというストーリーだ。時々びっくりする画面とサウンドで、思わず座席で身を潜める始末である。テレビ放映を家でひとりで観る羽目になったらチャンネル変えていたかも知れない、私は臆病者なので。
 映画の最初のクレジットにTak Fujimotoという名前が出る。誰だ?Wikipediaによると日系二世のcinematographerで、デビュー作はStar Warsのセカンド・クルーだとされている。ヒットした有名作品としては「羊たちの沈黙」「フィラデルフィア」もあるし、M・ナイト・シャマラン監督の「シックス・センス」もそうだ。今まで知らなかった。
 実は私は映画が終わるとクレジット・ロールを最後まで観る。いつも日本人の名前を探しているのである。

本屋

 映画の後に出かけた先からの帰りに久しぶりの丸善OAZOに入る。なんと2階にあった旅行ガイドブックのコーナー近辺はすっかりコミックに占領されている。え・・ッとここはどこだっけ?と考え込んでしまう。ここの店ではコミックは3階の文庫本の奥にあった。2階のそれもキャッシャーの周り一体がコミック売り場になって、それでなくても支払いのお客さんで長蛇の列なんだけれど、私はコミックにずっと囲まれているのが大変に落ち着かなくて気に入らない。
 ようやく「論座」と「世界」の9月号を入手した。

  1. 月刊「論座」九月号 朝日新聞社:なんと「論座」は十月号を持って休刊だそうだ。つまり終わり、ということである。13年だという。知らなかったのは私だけか。林香里が最後ッぺを書いている。特集「理論と現場」阪大総長の鷲田清一が顔を出している。「大阪・宮崎に見る 劇場政治地方分権」「夏目漱石 幻の大連講演全文掲載」。そして「吉坊が聞く芸の世界」は伊東四朗。パロディーというのは元になるものがきちんと理解されているという前提にある。しかし、今やその元となるものそのものが既に理解されているわけではないものだから、パロディーが成り立たない。だから瞬間的な笑いを誘うものばかりになっているんだと、伊東四朗は云うのだ。「さんっ!」なんてのだけで笑うんだもの、社会が幼稚になっている、ということの表れだよ。幼稚園生と新橋の機関車広場の酔っぱらいおやじのレベルが全く一緒だよ。
  2. 月刊「世界」九月号 岩波書店:特集は「死刑制度を問う」。対談は湯浅誠と野宿者支援ネットワークの生田武志である。
  3. 「最強師団の宿命」保阪正康 毎日新聞社 昭和史の大河を往く第五集。サンデー毎日連載の単行本化、その5。
  4. 「戦争と天皇三島由紀夫保阪正康 半藤一利松本健一原武史、冨森叡児 朝日文庫:2005年に刊行されたものの文庫化。
    戦争と天皇と三島由紀夫 (朝日文庫)

    戦争と天皇と三島由紀夫 (朝日文庫)

とにかくやたら暑い

 帰ってくるとシャワーを浴びないわけにはいかないくらいにもうぐちゃぐちゃである。どんどん水を飲むけれど、どんどん汗となって出て行ってしまう。今年は自分も多用しているが、麻の半袖カッターシャツ(表現が古くて恐縮)を着ている人をずいぶんと見る。乗り換えの地下鉄の駅ですれ違った姿勢が良くて背中がピンとしたおじいさんはなんとサーモン・ピンクのそうしたシャツを着ていて、下はカーキ色のピッと細いパンツ。ところがよく見ると穿いているのは、なんとミュールそのものだ。何度も何度も振り返ってしまったのだ。しかし、こうして暑い中を出かけるからこそ、こうした人を見かけることができるというものである。
 それにしても選手が入ってくるまでになんでこんなに長い時間パフォーマンスが続くんだろう。そしてバグパイプは一体なぜ?