ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

北海道新聞 対 北海道警

北海道新聞小樽支社の報道部長(55)が八雲町黒岩4の海岸でホッキ貝9個を持っているところを巡回中の警察官から職務質問された。道海面漁業調整規則(体長等による採捕取制限禁止)違反容疑で事情聴取した。「海岸で取った」と容疑を認めており、近く書類送検。(毎日新聞2009年4月30日 20時10分 更新:4月30日 20時36分)

 道新はどこまでも道警に仕返しされ続けるか。

遂に豚インフルエンザ感染者

 先ほどニュース速報があって空港で感染者を発見したという。L.A.から飛来したNorthwest機で到着した客のひとりが簡易検査で引っかかったそうだ。その前にすでに約1万人のチェックが落ちていたと報じられた。なんでそんなことが起きるのかと憤慨するけれど、それをどうして人出がないからとそのままにしてきたのか。総理大臣始め「水際対策を徹底し」と口で入っているけれど、全然徹底なんてしていない。(追記:090501 01:40の舛添厚労相の会見で新インフルエンザではなく、A香港型であったことが判明。)
 感染者はもう既に国内に入っていると見た方が正しいかも知れない。できるだけ人混みに行かないことかと思うが明日の予約を既にしてしまっているところがある。私の気持ちとしてはせめて明日までは、と思うけれど、致命的な間違いだろうか。
 5月3日のイベントは一体全体どうなるのだろうか。野外だから決行だろうか。人が集まるという点では同じだけれど。
 英語ではswine fluと呼んでいるけれど、ジーニアス英和辞典で引くと(なんともプリミティブで申し訳ないけれど、私の辞書はこれ)ちゃんと【病理・獣病理】豚風邪《人やブタがかかるきわめて伝染力の強いインフルエンザ》と書いてあって昔からあることがわかる。
 しかし、イスラム国からは「不潔な動物とみなし、食用とすることを禁じる豚の名称を使うことは侮辱的だと」いう話や、国際獣疫事務局(OIE)は28日、「ウイルスは人、鳥、豚を起源とする遺伝的成分を持っている」として、「北米インフルエンザ」と呼ぶよう提案していたり、欧州連合EU)のワシリウ欧州委員(保健担当)は同日、「豚」の名称が養豚産業に損害を与える恐れを指摘し、「新インフルエンザ」と呼ぶべきだと発表したことをmsn産経ニュースが報じている(2009.4.29 20:09)。
 スイスでもSwiss Info.chが報じところでは「アールガウ州バーデンの病院で検査を受けたメキシコから帰国した患者のウイルスが、豚インフルエンザのものだと4月29日夜確認された」といい、「感染の疑いが濃い「推定患者」が24人存在し、現在検査を受けている。ジュネーブ、ヴァレー、ヴォー、ベルン、チューリヒバーゼル・ラント、ザンクトガレン各州の住人で、全員がメキシコから帰国した。特にジュネーブの患者は感染の可能性がかなり高いと見られている」と報じられた。
 英国は300万以上のマスクを発注したと報じられる。そんなんで足りるの?

エジプトで豚

 豚インフルエンザは遂にWHOが警戒水準を「フェーズ4」から「5」に引き上げたことでいよいよ大変なことになってきた。果たして水際で防げるのだろうか。
 豚肉そのものの食用には充分熱加工すれば大丈夫だというのに、エジプトでは国内のブタを「ただちに」全頭殺処分するよう指示が出たというこちらのニュースをテレビでもやっていてとても驚いた。というのはエジプトは宗教的にイスラムだから、豚は食べないわけで、豚を飼っているとは全く思っていなかったからだ。
 このニュースを見ると「少数派のキリスト教コプト教(Coptic Christian)の信者らが食用として飼育している」というのだ。いわれは古く伝承では1世紀(42年頃)にマルコがエジプト西部のアレクサンドリアに立てた教会(アレクサンドリア教会)が始まりだとウィッキペディアに書いてある。
 仕事でたった一度だけカイロとアレキサンドリアに立ち寄ったことが随分昔にあるけれど、本当に通り過ぎただけでこんな事知りもしなかった。エジプトでどうしてそんなことになったのか忘れたけれど、お世話になった商社の駐在の方に中華料理をごちそうになったことがある。その時に餃子を頼んだら妙に黒っぽくて、なんでだろうとお伺いしたら「あ、それは中に使ってあるのが豚肉ではなくて牛肉だからですよ」といわれたことがある。その時は「あぁ、なるほどそうですよねぇ。リビアにいたときは酢豚ならぬ酢牛をつくったことがありますよ」と受け答えていた。
 どなたがお書きになっておられるのか知らないけれど、このウィッキペディアを見るとエジプトではこのコプト教徒は「エジプトでは統計上5%であるが、実数は1割である」と見られていると、されている。これは大変な数だ。なにしろ日本の全キリスト教徒は人口の1%にすぎないといわれているくらいだから。如何に私がステレオタイプ化して民族、国家を見ているかということを明白に露呈してしまった。
 コプト教会については「こちら」に詳細説明がある。

多田野数人

 北海道日本ハムファイターズの多田野は23日に登録抹消されてしまってまたまた鎌ヶ谷に逆戻り。21日のソフトバンク戦で4回を投げて打者22人に被安打9、被本塁打2、奪三振わずかに2、相変わらずの与四死球1、自責点7で防御率7.31じゃしょうがないかぁ。相変わらずボークを取られちゃうし、挙げ句に例の蝿がとまるスローボールを松中に投げたのにそのあと打たれちゃった。
 28日に鎌ヶ谷でのファームの千葉ロッテ戦に先発。5回を投げて打者24人、被安打8、四球2、死球1、奪三振4、自責点3で勝敗なし。早く上がったらいいのになぁ。
 ところで唐突だけれども、あの大家友和は一体どうなっているのかがわからなくて、ちょっと探した。彼は今年はCleveland Indiansとマイナー契約になっているのだ。ようやく探し当てたらIndiansのAAAであるオハイオ州のColombus Clippersにいて、4月16日に初勝利をあげたあと21日に敗戦投手になって、今現在23-2/3回投げて被安打19、奪三振12、与四死球5、自責点7で防御率2.66で、一勝一敗。頑張るなぁ。32歳だからまだまだだ。
 一方、San Francisco GiantsのAAA、Fresno Grizzliesにいる元阪神藪恵壹は19日のPortland Beavers戦でそれまで4-1で勝っていた試合の7回に二番手のRay投手が被安打3、自責点3で4-3と追いつかれたあとの8回のマウンドに立って被安打4、自責点4。ものの見事に二人でゲームをぶちこわしてしまった。今年の藪恵壹は6-2/3回投げただけで被安打8、自責点7、防御率がなんと9.45。Ronald Allan Rayはまだ23-4歳。藪は40歳になる。遂に22日にreserve listにあげられている。
 じゃ、井川慶はどうなんだというとYankeesのAAAのペンシルバニア州Scranton/Wilkes-Barre Yankeesにいて、16回投げて被安打16、奪三振8、与四死球4、自責点14で防御率6.75なのに2勝0敗というラッキーそのもの。25日のMinnesota TwinsのAAAのRochester Redwings戦では先発して味方に一回の表に3点取ってもらったというのに4回投げて被安打9で失点8。そのあと味方が追いついて井川の負けはなくなり、延長からシーソー・ゲーム。とうとう13回の表に味方が3点入れて17-14で勝つというろくでもない野球になってしまった。見ている方は多分面白かったことだろう。これじゃ、あんまり明るい未来は開けていなさそうだなぁ。
 ところで広島からNew York MetsのAAA、Buffalo Bisonsの高橋健はどんな具合だったのかというと11-2/3回投げて被安打10なるも自責点は僅か1。奪三振9は良いじゃないかと思ったら与死球6はいただけない。防御率0.77はこのチームで一位。一番最近では25日にWashington NationalsのAAA、Syracuse Chiefs戦で6-5と一点リードされている7回の最初から一回投げてヒット2本を打たれたものの0点に抑えている。
 私は全く知らないけれど、藪田安彦がKansas City RoyalsのAAAのOmaha Royalsにいる。これまでに2回投げただけだ。
 St.Louis CardinalsのAAAであるMemphis Redbirdsの前川勝彦投手は4月24日に7日間の故障者リスト入り。
 Boston Red SocksのAAにいる田澤純一は21-1/3回投げて被安打10、奪三振19、与四死球8、自責点10で防御率4.22で1勝2敗という。まだまだだろう。

 昨日は渋谷から歩行者天国の銀座にまわり、天気がよいのでわざわざ歩いて京橋の「ブックセンター」に行く。最近はもううろ覚えで書店に入ってしまうと二度とその書名を思い出せない。今日はちくま文庫のある一冊をどうしても思い出せなかった。そんなときのために気になった本は小さなノートに書き足していくのだけれど、今日はそのノートすら忘れてしまった。携帯電話を家に忘れてきたのはいつものことで別段問題にならないけれど、こっちは致命的だ。
 日頃この雑誌を買うことはないのだけれど(字がちっちゃくって、その上難解だ)、今回は話が別で、巻頭が鶴見俊輔のインタヴューなのだ。題して「『思想の科学』の原点をめぐって」という。びっくりしたことにこの雑誌は1700円もする。本当のことをいうと雑誌でこんな値段のものを買ったのは多分これが初めてだ。
 (この写真は岩波書店のサイトから戴いたもので、この号にはなんの関係もありませんが、この雑誌の体裁はいつも、こんなもん。)

資本主義崩壊の首謀者たち (集英社新書 489A)

資本主義崩壊の首謀者たち (集英社新書 489A)

 広瀬隆+集英社新書である。近頃は広瀬隆集英社新書からしか出さないことにしたんだろうか。彼は多分まだ66歳だからこれからもまだまだズバズバ切っていくんだろうと大いに期待。できることであれば、金子勝と手を組んで港区の某有名私大経済学部長と丁々発止とやっていただきたい。それを某政府与党のリーダーに見せて欲しい。 著者は1969年生まれの立命館大学産業社会学部准教授。どうやら「きけわだつみのこえ」を中心に戦争体験が時代と共にどのように扱われてきたかを語っているらしい。そういえば、私はあの「きけわだつみのこえ」との間でどのようなスタンスを取るかについてある時期から、何がきっかけだったのか思い出せないのだけれど、なんとなくわだかまりを持ってきた。知覧の特攻平和会館に収められている残された彼らの遺書の扱いについても実はわだかまりが心のどこかに転がっている。この二つは同じではないけれど、片っ方は自分の中の置く位置をこの本が明らかにする手伝いをしてくれそうな気がしたので入手。

 そしてやっぱり、遂に、誘惑に勝てず、

国民の天皇―戦後日本の民主主義と天皇制 (岩波現代文庫)

国民の天皇―戦後日本の民主主義と天皇制 (岩波現代文庫)

 入手してしまった。原書は2001年、翻訳本は2003年に出版されたもので、今回岩波現代文庫になるにあたって「岩波現代文庫版のためのエピローグ」が書かれており、解説は原武史である。