日本人の火葬への執着

 日経新聞夕刊で2月26日から始まったルポ連載記事「公共財としての火葬」は、2年前の東日本大震災の多数の犠牲者を火葬にする際の関係者の苦労をレポートしている。その3回目「改葬 知られざる過酷さ」(2月28日(木)夕刊) *1を読んで驚いた。火葬施設の被災と犠牲者の多さによって止むを得ず土葬にした遺体が2,108体あった。それが約半年後の11月までに全て掘り起して火葬にされたという。後述するが、日本で火葬が多くなったのは戦後でせいぜい60年の歴史だ。それまでは土葬も半分ぐらいあった(戦前はもっと多い)。その土葬が許されないというのが私には理解できない。私は現代日本人とは言えないのだろうか。ということで、古い蔵書を読み返し、新しい電子書籍も読んで、以下、1)日本の火葬、2)東日本大震災での遺体処理、3)感想を述べる。
1) 日本の火葬
 世界の中で日本は火葬率が高い国だ。次の資料にもあるように、2010年の日本の火葬率は99.94%で圧倒的に高い。*2
http://www.j-sec.jp/spot-gaikokuritu0910.pdf
 世界ではカソリック国や中東諸国は火葬率が極端に低く、土葬が多い(イスラム教、ユダヤ教は全て土葬)。アジアの仏教国は火葬が多い。プロテスタントの国は割に火葬が多い。その他の地域も一般的には土葬だが、都市化の進展に伴い、火葬も多くなってきた(松濤弘道「世界の葬式」岩波選書、1991年)。
 同書によれば、世界から見た日本人の葬送慣習の特筆は、遺体、遺骨に対する執着だとされる。他の国の火葬は、全て焼いて灰にする(遺灰)。インドではその灰を川に流す。日本の火葬率の高さを知っている外国人も、骨上げ(2人の箸で収骨)の習慣を聞くと、余りの文化の違いに絶句するという。
 日本での火葬の歴史は、天皇では8世紀初めの持統天皇が最初だとのこと(田豊之「火葬の文化」新潮選書、1990年)。その後も土火葬併存で、火葬率でみると1900年29.2%、1940年55.7%、1950年54.0%で、その後1970年79.2%、1980年91.1%と激増してほぼ100%になる。地域的な分布については、1950年の全国の火葬地帯の地図というのがあるそうで、火葬地帯とされているのは、秋田の一部、北陸地域、滋賀の一部、山口から広島にかけての地域、香川の一部に留まっていたとの話が、次の書に紹介されている。(島田裕巳「葬式は、要らない」幻冬舎新書、2010年)*3
 このようなことから、東北地方でせいぜい60年ほど前まで普通だった土葬に、これほど拒否感があることが理解できなかった訳だ。
2) 東日本大震災での遺体処理
 冒頭で述べた日経新聞の記事を改めて紹介すると、宮城県東松島市の事例だ。火葬場が被災したことにより止むを得ず2011年3月22日に土葬が始まった。これを皮切りに石巻市など6市町(全て宮城県と思われる)が計2108体を土葬した。ところが、ある遺族が市外の火葬場の予約を取り、自分で重機を調達して、4月15日に自分で遺体を掘り起こした。これを機に多くの遺族が改葬を希望し、これに応え同年11月までに全て掘り起こし、火葬したとのことだ。しかし、夏場でのこの作業(市町から業者に委託)は、遺体の変質による凄惨さ、腐臭、ハエの大量発生などで、極めて過酷なものだったという。
 この大震災での遺体処置と言えば、最近映画評によく登場した映画「遺体−明日への10日間」(西田敏行主演)*4を思い出した。原作があると聞いていたので、映画館に行くよりもてっとり早いと思い、記事が出た31日の夜に、電子書籍で購入した。
〇 石井光太「遺体−震災、津波の果てに」(新潮社、2012年4月。ただしリアル書籍は、2011年10月新潮社から発行)
関連がありそうなので、もう1冊次の本も買ってしまった。
〇 佐々涼子「エンジェルフライト−国際霊柩送還士」(集英社e学芸単行本、2013年1月30日。ただしリアル書籍は、2012年12月23日第3刷集英社学芸単行本)
 余談だが、電子書籍Amazonなどの配送注文より早い。購入ボタンを押せばその瞬間から読める。ただ衝動買いの危険がある。今回は2冊も買うことはなかったかと反省。
 閑話休題。石井著は、もっぱら岩手県釜石市の話だ。遺体収容の関係者の献身的な行為が書かれている。遺体の腐敗の恐れに直面した市長は苦渋の末、先ず身元不明遺体を対象に、3月25日から土葬にすることを決定した。しかし、県外の火葬場が受入れを了解してくれたことから、この土葬方針は撤回され、関係者が胸をなでおろすという話が紹介されている(新聞記事は宮城県)。
 この本も次の佐々著も遺体処置が大きなテーマだ。「国際霊柩送還士」とは、外国で死んだ日本人の遺体(遺骨の場合もある)を受け入れて日本の遺族に引き渡すことと逆に日本で死んだ外国人の遺体を外国に送り出す仕事だ。何れも非業の死が多く、遺族への対応が難しい。外国での死亡は不慮の事故で遺体が損傷している場合が多いことに加え、飛行機で運ばれる際に機内の気圧が低いことによる体液の膨張があり、送り出す側の処置が悪いと(往々にして悪い)、悲惨な形で日本の空港に到着し、とても遺族には見せられないという。遺体処置をする人の役割は、遺体を生前のきれいな顔にして、悲しみにくれる遺族に、生前の故人との想い出に浸りつつ別れを言える時間を用意することだという。
 これは、石井著が語る東北の震災でも全く同じで、津波の犠牲者の遺体の状態は凄惨だった。遺族の悲しみと関係者の献身には思わず涙ぐむ。
 両著を読んで改めて思ったのは、不慮の死で親しい人を喪った遺族の悲しみを癒せるのは、周囲の思い遣りも必要だが、重要なのは時間だ。故人の想い出とそれを喪った悲しみは相当の時間をかけて癒して(忘れて)いかなければいけない。無理をして早く忘れようとか元気になろうとするとストレスに陥る(例えば、PTSD心的外傷後ストレス障害)。
 佐々著の主人公は、日本で唯一の国際霊柩送還業務の専業会社エアハース社*5の社長だ。遺族の一番辛い時に、遺族に寄り添い、遺族の信頼を得、感謝される。しかしその後も親交のある遺族はごくわずかで、大半は忘れられる。その社長の言葉が胸を打つ。
「(遺族が)自分の顔を見ると悲しかった時のことを思い出してしまう。だから(遺族が自分を)忘れてもらった方がいい」
3) 感想
 東北の遺族が火葬に拘ったことについて私は理解できなかったと書いた。1つ理解できそうな部分は、松濤著で紹介した、日本人の遺体、遺骨への執着に起因する心情だ。多分それは、遺体を遺族の家に帰して、次に家族の墓に入れることを希求する心情だ。土葬では家に帰れないということだ。かつての日本の土葬の場合も、家で供養し、埋葬場まで野辺送りするということだから、家に一度帰っている。腐臭みなぎる中で凄惨な姿になった土葬の遺体を必死に掘り起こしている遺族は、それにより故人と家に帰すよと対話しているのだろう。
 しかし、遺族がいない身元不明の遺体まで何故掘り起こしたのだろう。火葬して遺骨にした後の行先は無縁墓地だ。帰る家は無い。これに関して紹介したいのは、宮城県の市町の要請により、同年5月24日に、改葬費用が災害救助法の補助対象になって国の負担になったことだ。
http://www.toonippo.co.jp/tokushuu/danmen/danmen2011/0503_2.html
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001dcp7-att/2r9852000001ddxy.pdf
 後者の厚生労働省の通達には「身元が判明する等により改葬を行う場合」とあるが、先の新聞記事に「全て改葬」とあることから、「等」を拡大解釈したのだろうと想像する。身元不明者数については、震災後1年3か月目の数字があるが(宮城県136人)、改葬をしていた時点ではもっと多かったろう。
http://www.asahi.com/national/update/0906/TKY201209060499.html
 私は、身元不明者まで改葬した当局を批難しているのではない。遺族がいる場合に改葬を認めたら、遺体を差別してはいけないということになる。土葬では十分な弔いにならないという共通認識があったのだろう。
 しかし、と思う。相手は死体ではないか。もう少し合理的に考えられないかと思う。ほんの60年前まで土葬も普通だったではないか。世界でも土葬が普通ではないか。そんなに遺体、遺骨に執着することが重要か、と秘かに思う。非業の死を遂げた故人も、きっと遺骨になってでも家に帰りたい、墓に入りたいと思っている筈だと言われる。そうでないと故人の霊は決して浮かばれないというが、私自身はどう考えてもそうは思わない。死んでしまえばどうでもいい。むしろ死者は生者を拘束してはいけないと秘かに考える。基本的に私は現代日本人の心性に沿っていないのだと思う。

*1: http://www.nikkei.com/article/DGXDZO52247710Y3A220C1CR0000/ なお、3/1、3/2の夕刊に4回目以降が掲載されるかと思ったが出ていない。来週続編が再開するかも知れない。

*2:余談だが、塩野七生ローマ人の物語」によれば、古代ローマ帝国現代日本との共通点(かつ現代世界では珍しいもの)は、火葬、共同浴場多神教とのことだ。

*3:ただ、島田著では挙げられていない地域として、鯖田著によれば、京都市1906年時点で既に火葬率80%と非常に高い。

*4:2月23日公開、http://www.reunion-movie.jp/index.html

*5:http://www.airhearse.com/