明るい部屋:映画についての覚書 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter


ジョナサン・ローゼンバウム『Cinematic Encounters: Interviews and Dialogues』

濱口竜介『ハッピーアワー』 [Blu-ray]

坂本龍一『Ryuichi Sakamoto:CODA コレクターズエディション with PERFORMANCE IN NEWYORK:async(初回限定生産)』 [Blu-ray]



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評価の目安: ★(興味深い); ★★(見たほうがいい); ★★★(傑作、あるいは必見); ★★★★(大傑作、あるいは古典)
(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

2018-04-05

[] Ján Rohác, Vladimír Svitácek『千のクラリネット



Ján Rohác, Vladimír Svitácek『千のクラリネット』(Kdyby tisíc klarinetu, 65) ★½


何やらどんくさそうな新兵が、野外で訓練中に上官に注意され、罰として遠くに見える一本木まで突撃を命じられる(彼はいつもこういう罰を命じられてばかりいるらしい)。しかし、新兵が一瞬目を離した隙きに、その木は根本から切り倒され、見えなくなってしまう。戸惑う新兵は、その瞬間に意を決し、銃もリュックも投げ捨て、脱走する。彼はすぐに追い詰められ、自分に銃を向ける仲間の兵士たちに取り囲まれてしまう。しかし、そのとき不思議な事が起きる。上官が「撃て」と命じた瞬間、兵士たちが構えていた銃がクラリネットに変わってしまうのである。この時を境にして、兵舎の至る所で、武器という武器がヴァイオリントランペットなどの楽器に姿を変え始める。兵舎は、手に手に楽器を持った兵士たちが歌い踊り、事件に気づいたテレビの女レポーターらを巻き込んでの御祭騒ぎになる。

奇想天外なチェコ製ミュージカル。アイデアだけのちょっと脳天気な作品という気もするが、事態にうろたえた軍の上層部が調査を始め、武器が楽器に変わる地理的境界線を見定めて杭を打っていく場面は『光る眼』を思い出させるし、境界線上で武器を動かすと、線を境に楽器に変わってゆくショットなどは、CGも使っていないのによく撮れていて感心する。

映画の大半は兵士たちが陽気に歌い踊っているだけなのだが、最後に、冒頭で脱走した新兵が再登場すると空気が一変。またしてもまわりを取り囲まれると、今度は逆に、彼が手にしていたクラリネトが機関銃に変わり、彼はそれを盲滅法に発砲し始める。続くラストショット。さっきまで兵士たちが楽器を持って座っていた楽譜台に、いまは人影はなく、ただ銃が置いてあるだけ。途中の展開が脳天気だっただけに、このペシミスティックなラストに意表を突かれる。


2018-03-26

[]マルコ・フェッレーリ『白人女にさわるな! 』ーーカスター将軍と映画についての覚書



マルコ・フェッレーリ『白人女にさわるな!』(Touche pas à la femme blanche ! , 1974) ★★½


ジョージ・アームストロング・カスターは、イエス・キリストヒトラーほどではないにしろ、映画史上もっとも神話的な人物の一人と言っていいだろう。サイレント時代のフランシス・フォードの『The Last Stand』から、ウォルシュの『壮烈第七騎兵隊』をへて、ロバート・シオドマクが最晩年に撮った彼の唯一の西部劇『カスター将軍』(もともとは黒澤明が監督するはずだった)、そしてアーサー・ペンの脱神話的西部劇『小さな巨人』に至るまで、数々の西部劇がこの複雑なイメージに彩られた人物を好んで描いてきた。そこに、ロナルド・レーガンがカスターを演じた『カンサス騎兵隊』やそれよりもずっと出番の少ないデミルの『平原児』のような作品、あるいはカスターという名前の人物こそ登場しないが、明らかに彼と第七騎兵隊を題材にしたと思われるジョン・フォードの『アパッチ砦』、さらには最近の『ナイト・ミュージアム2』のような作品まで加えるならば、カスターが登場する映画は、これまで数限りなく撮られてきたと言ってもいい。だが、そんな数あるカスターもののなかでも、マルコ・フェッレーリフランスで制作した『白人女にさわるな!』ほど奇妙な作品はないだろう。『最後の晩餐』がスキャンダルを巻き起こし、それで懲りたはずなのにまたこんな珍作を撮ってしまうところが、フェッレーリのフェッレーリたるゆえんかもしれない。





『白人女にさわるな!』に描かれるのは、多くのカスターものと同じく、リトル・ビッグ・ホーンにおけるカスター率いる第七騎兵隊インディアンとの戦いである。しかし、フェッレーリはふつうの意味におけるリアリズムにはまったく関心を払っていない。19世紀のアメリカで起きたこの神話的出来事が、この映画においては、同時代の(つまりは70年代初頭の)パリで、全員フランス語を話す俳優たちによって演じられるのである。カスターは、初めて画面に登場する時、汽車ではなくモダンな電車に乗ってパリの北駅に降り立つ(なぜ彼が北からやって来るのかも謎だ)。駅のホームには、北軍の軍服をまとった俳優たちに混じって、カートを押して歩く今風のフランス人女性などの乗客の姿が見え、当時の北駅の風景がふつうに画面に写っている、といったぐあいである。(ちなみに、リトル・ビッグ・ホーンでカスターらの第七騎兵隊が全滅する戦いが起きたのは、この映画が撮られた1974年のほぼ100年前の、1876年のことだった。)

しかも、よりによってマルチェロ・マストロヤンニに、ジョージ・アームストロング・カスターをこの上なく愚鈍で滑稽に演じさせ、さらには、見栄っ張りのバファロー・ビル役にミシェル・ピコリを、カスター中佐の上官であるアルフレッド・テリー将軍*1役にフィリップ・ノワレを、カスターを惑わす『オセロ』のイアーゴめいたインディアン斥候役にウーゴ・トニャッティを起用するという(つまりは『最後の晩餐』の4人組)キャスティングがふざけている。アラン・キュニーがシッティング・ブルを、セルジュ・レジアニがクレイジー・ホース(?)をという、インディアンの配役もでたらめであるが、見ているうちに全員しっくりしてくるのが不思議だ。(しかし、そもそも、 イタリアマカロニ・ウェスタンの国であったことを忘れてはならない。)

天井桟敷による実験的な市街劇を多少思い出させもする作品だが、俳優たちは自分たちが現代のパリにいることは決して口にせず、あくまで19世紀のアメリカに生きているふりをしている。彼らが同時代に言及するのは、2年前(72年)に起きたウォーターゲート事件ニクソンの名を口にする時だけであるといっていいかもしれない。テリー将軍らの出入りする部屋の壁や机の上などあちこちに飾られた肖像写真によってもニクソンの存在は強調されている。これだけでも、この映画が政治的な含みを持たされていることは明らかだろう。実際、アメリカ映画の(ということはアメリカの)象徴であると言っても過言ではない*2西部劇は、ニューシネマの時代には反西部劇というかたちで、ある種政治的な意味合いを持たされることになるし、ゴダールの『東風』(実は、フェッレーリはこのゴダール作品にチョイ役で出演している)やリュック・ムレの『ビリー・ザ・キッドの冒険』などといった作品においても、西部劇のわかりやすい表象は、資本主義政治体制を批判するために《政治的に》活用されていた。もっとも、フェッレーリのこの映画が非常に政治的な作品であるのは確かであるとしても、そのターゲットはアメリカでもニクソンでもない(少なくとも、それだけではない)。

『白人女にさわるな!』の中心をなし、クライマックスのリトル・ビッグ・ホーンの戦いの場所となるのは、かつて「パリの胃袋」と呼ばれたレ・アルのパヴィリオン・バルタールがあったその跡地である*3。そして、この映画の政治性は、ニクソンの肖像写真ではなく、パリにぽっかり空いたこの《穴》にこそ表れている。デュヴィヴィエの『殺意の瞬間』の舞台ともなった巨大な中央市場レ・アル(前にも書いたが、築地のようなところだと思っておけば良い)は、70年代の初頭に移転され、その跡地には巨大なショッピング・センターが建設されることになっていた。この映画が撮られたのは、ちょうどその解体作業が終わり、しかしいまだ新たな建物の建設は始まっていない時で、そこには何もない巨大な《穴》がぽっかり空いていたのだった。当然、そこにいた庶民たち、あるいはそこを生活拠点にしていた浮浪者やヒッピーたちは、この移転によって立ち退きを余儀なくされる。フェッレーリは、この映画のなかで彼らのような存在を、自分の居場所から追い出されたインディアンたちの姿と重ね合わせて描いているように見える。

フェッレーリがアメリカの西部の物語と現実のパリとを重ね合わせている部分はそこだけではない。映画のなかで、鉄道建設の話題が何度か出てくる。このジャンルに詳しいものならば、西部劇において鉄道が持っている意味を知っているだろう。簡単に言うならば、西部劇における鉄道(あるいは鉄道建設)は、一方において、進歩の象徴であり(例えば『アイアン・ホース』)、他方において、貧しいものたちを搾取するものたちの象徴でもあった(例えば『無法の王者ジェシー・ジェームズ』などのジェシー・ジェームズもの)。ところで、フェッレーリがこの映画を撮っていた時、パリでは実際に、パリ市内と郊外を結ぶ鉄道網 RER(イル=ド=フランス地域圏急行鉄道網)の本格的な開業が進められていたのだった(いま、飛行機でパリに到着する旅行者の多くは、この RER に乗ってパリに入っていくはずである)。フェッレーリは、当時進んでいたこの RER の建設を、西部劇の鉄道神話と重ね合わせているのである(それが成功しているかどうかは微妙だが)。

おそらく、こうした並行関係は、当時のフランスを知るものが見れば、さらに見えてくるのだろう。例えば、カスターを始めとする騎兵隊の隊員たちが着ている制服が、デモなどの鎮圧にあたる CRS(フランス共和国保安機動隊)のユニフォームとそっくりだと言うものもいる。フェッレーリがそういうことを意識していたのかどうか定かではないが、この映画が作られたのは5月革命の熱気がまだ消え去っていない時代であったことを考えると、こういう見方が出てくるのも、ある意味当然かもしれない。

多くの西部劇がそうであるように、この映画の主要な登場人物たちも男たちが占めている。例外は、カスターの心を奪うフランス人女性、マリー=エレーヌ・ド・ボワモンフレ夫人であり、この女性を終始白いドレスをまとったカトリーヌ・ドヌーヴが演じている*4。この映画のタイトル「白人女にさわるな!」の「白人女」とは、実は、ドヌーヴ演じるド・ボワモンフレ夫人のことを直接には指している。カスターのインディアン斥候(トニャッティ)が夫人にさわろうとすると、カスターがこのセリフを言って制する場面が何度か出てくるのである。ハリウッドで映画化されたカスター映画においても、カスターは、多くの場合、多少とも人種差別主義者として描かれてきたが、フェッレーリはこの映画において、人種差別主義者カスターのイメージを極端に推し進めていると言っていいだろう(そもそも、それをタイトルにしているのだから)

ところで、西部劇というジャンルは、時として、フェミニズムなどの立場からその男性中心主義を批判されることが少なくない。その意味においても、フェッレーリはこの作品において一石を投じている。象徴的な場面を一つ挙げるとするならば、プラトニックな関係を貫いてきたカスターとド・ボワモンフレ夫人がついに結ばれる場面であろう。普通ならば男が女を抱えてベッドに向かうところを、フェッレーリは、ドヌーヴにマストロヤンニをお姫様抱っこさせて、ベッドまで運ばせるのである。男女の関係を端的に逆転させたこのシーンに、西部劇のセクシャリティに対するフェッレーリの批判的な態度を見て取ることができる。

成功作か失敗作か訊かれたなら、たぶん失敗作に近いのではないかと思うのだが、それでもフェッレーリのフィルモグラフィーにおいて極めて興味深い作品であることは間違いない。とりわけ、西部劇に関心のあるものなら、必見の作品であると言っておく。


と、真面目に注釈を書いてきたが、フェッレーリがこの映画を作ったのは、たんなる復讐のためだったという説もある。『最後の晩餐』は大きなスキャンダルとなったのだが、その一方で、その醜聞が宣伝となって興行的には大成功したのだった。ところが、何かと問題の多いプロデューサーのジャン=ピエール・ラッサムは、フェッレーリに入るはずだった利益の大部分を彼に渡さず、次の作品の製作費に使ってしまった。フェッレーリはそれに激怒し、復讐を誓う。彼がこの映画を、ラッサム製作で、しかも『最後の晩餐』の俳優たちを使って撮ったのは、『最後の晩餐』の成功に気を良くしたラッサムに、同じレシピで作られたこの次作に巨大な製作費を投じさせた挙句、最終的には興行的に失敗させるためだったというわけだ。事実、『白人女にさわるな!』は興行的には惨憺たる結果に終わったわけだが、「わたしにとっては、成功だった」とフェッレーリは嬉々として語っていたという。


*1:ちなみに、「将軍」というのは、正確には、階級ではない。将官クラスのものならばみな「将軍」と呼ばれることがあるのでややこしい。カスターもしばしば「カスター将軍」と呼ばれる。

*2:「アメリカ映画」という言葉は同語反復であるとセルジュ・ダネーは言っていた。なぜならアメリカ=映画であるから

*3:わたしは実物を見たことがないのだが、パヴィリオン・バルタールの骨組みの一部が日本に寄贈されて、いま横浜にあるらしい。これほどの歴史的建造物が、写真で見ると、何だかもったいない展示のされ方をしている気がするのだが。

*4:ハリウッドの西部劇のなかにフランス人や時にはスウェーデン人などの外国人が登場することは珍しくないが、この映画では、そもそもパリでロケされ、全員フランス語を話す役者たちがアメリカ人を演じているというなかでの、フランス人という設定であるから、ここにも一種のパロディ精神が感じられる。

2018-03-23

[]モンタージュをめぐる座談会





リヴェット:ちょっと回り道になりますが、おそらくここで、ダイレクトとモンタージュの関係の問題に立ち戻らねばなりません。というのも『世界の続きのために』のような作品は、ペローが(ルーシュと同様に)、素材(定義からして、映画の「企画」よりも過剰な)の選択と整理としてのモンタージュの段階を素早く乗り越えることができたことを、非常に明確な形で示しています。また、この作品が、たんなるドキュメントとしての価値を超えた詩的な価値を身につけるのは、その素材が、非常に明確な形式的図式のうちにまるごと回収されると同時に、弁証法的にその図式を暗に示し、それに情報を与える限りにおいてだということを、示しています。以上のことは、ショットとショットの関係のレベルにおいてと同様に、(音楽的な)変化 (mouvements) と(フィクショナルな、あるいはテマティックな)チャプターへの作品の構造化のレベルにおいても、言えることです。これは、『光の支配』においていっそう明確に見て取れることであり、それは[ルーシュの場合]『ジャガー』や『われは黒人』よりも、『La Chasse au lion à l'arc』においてのほうが、モンタージュの創造的介入がよりいっそう明白であるのと同じです。『ジャガー』と『われは黒人』は年代記形式 (forme-chronique) に近く、『La Chasse au lion à l'arc』は叙事詩形式 (forme-épopée) に近いといえます。
 今の考察から、もう一つの考察、もう一つの類似性が浮かび上がってきます。エイゼンシュテインの場合、撮影前の段階から(撮影中にはなおさら――それが、複数のカメラのしばしばシステマティックな利用によるものに過ぎないにしても*1モンタージュの視野が (horizon) が入り込んでいたように、このダイレクト・シネマの映画作家ペローのこと]は、モンタージュための素材を、このナマの素材を、あとで再検討し、そういうものとして破壊することを視野 (horizon) におきながら、撮りためているということです。この展望 (perspective) は、カサヴェテスにおいても同様の原動的な役割を演じています。もっとも、それは、カサヴェテスによる「テクスト」(この段階では、意味によって不意をつかれた最初の「出現」状態にあるプレ・テクスト)の捕獲 (captation) の実践によってもたらされるドラマツルギー(ただし、しかじかの素材の使用によってラディカルに表され、蝕まれた、つまりは方向をそらされ、ひっくり返されたドラマツルギー)の視点から見られたものにすぎないとしてもです。*2
 逆に、『妥協せざる人々』の場合、モンタージュの細部は厳格に制御されていることが、ストローブが一つひとつの結合=つながりを締めたり緩めたりし、テンポのヴァリエーションで戯れていることが、要するに、映画の原理を編集台に帰着させていることが、よく見て取れます。しかしまた、完成作品の「予想」に従って、厳密に必要なものだけが撮影されていたことが、この映画は、脚本の段階から、その素材に先立って存在していたことが、見て取れます。けれども同時に、この凝縮し、選択し、整理しなおす仕事は、実は、基底をなす一つの広大な素材(ハインリッヒ・ベルの『九時半の玉突き』が、この作品においては、ふつう「脚色」と呼ばれるものとはもはや何の関係もない、縮減 (réduction)、解体 (dislocation)、変換の作業を被っています)を出発点にして、なされていることにも着目すべきです。従って、この作品においては、脚本の準備的な作業がモンタージュとして機能しているということです*3





 さらにストローブは、観客に(少なくとも初見の何も知らない観客に、しかしまた、部分的には、2度め3度めの観客にも)、執拗に方向をそらされ、目的地は観客であることを知らないような、不明瞭な言語を課していて(もっとも、この言語は、それとなく、その機能をはたしているのですが)、この不明瞭な言語は、それが観客に伝えることになっているように思える「知」に、観客がたどり着くのを妨げています*4。この映画は、観客の目の前で、まるで夢のように、一つの無意識の産物であるかのように(だが、だれの無意識でしょうか。文学的テクストの? ドイツ50年の歴史の? ストローブ=ユイレの? 映画の「登場人物」自身の?)作用し、その構造は、言葉 (mots) そして/あるいはイメージの戯れの極みにある無数の文学的な交差と残響のみでできているのであり、情報をもたらすすべての要素もまた、パズルにとらわれていて、位置をずらされ、覆い隠され、ごちゃまぜにされているのです。例えば、あの母親による中心をなすモノローグ(このモノローグが、 (faisceau) の構成要素が集束かつ分岐する場所に置かれているのは偶然ではありません)、あれは、そこにおいてすべての時間とすべての空間が衝突し、混ざり合う(モンタージュ/ミキシングの作業において回収される)時間=空間のディスクールなのです。ところで、この映画の数時間後に『ゲアトルード』の再映がわれわれに突きつけたのも、これと非常に似たような問題でした。[『妥協せざる人々』と比べて]より「論理的な」、とにもかくにもよりクロノロジックな[年代順に語られる]ドライヤーのこの作品は形式的には夢のように作用しないにしても、この映画もやはりまた、「夢のような」(onirique) ボキャブラリーを課してきます。夢の物語であると同時に、分析の時間 (séance) です(そこにおいては役割が絶えず交換される分析。流れに、長回しショットの規則的な流れに従う分析、休みなく動くカメラの動きの催眠術師のような手わざに (passes magnétiques)、様々な声の単調なむらのなさに、視線の固着に、つねにそむけられ、しばしば観客に向かって平行に、観客のわずかに上方に向けられた視線の固着に従う分析、長椅子やソファにすっぽり収まり――その背後ではもう一人が沈黙したままでいる――、儀式的な姿勢のうちに固まった身体――そこでの身体は、言葉が通過して、光のゾーンによって恣意的に区切られた薄明かり、そこに夢遊病者たちがひとりでに収まりにくる薄明かりのなかへと滑り込んでゆく場所でしかもはやない――のぎこちない動きのなさに従う分析)。従って、この2作品は、無意識という言葉で示されるもの「すべて」と作品の機能の仕方(働き (operation))との間にある同じ類似性を、2つの異なる道を通って、認めさせているわけです。しかし、同時に、この2作品においては、根本的な作業は、意図と脚本(écriture) の段階でなされていたように思えます(ストローブにおける最初のテクストの粉砕。ドライヤーにおける最初のテクストの凝縮と「濃縮」(concentration))。最後に、この2本の作品においては、モンタージュの契機(モーメント)が、この作業の完遂として、そしてまた、恣意的なものの介入として、「働いている」(joue) ということです。ところで、モンタージュというこの「謎めいた」機能は、ドライヤーの作品に常に存在し、欠如=欠落(検閲のしるしでしょうか?)を「課すこと」を通じて作用しています。『あるじ』における一つひとつのショットの始まりと終わりは、どのように、その(いつも部分的に欠落のある)運動の中で、体系的に中断され、細切れにされ、隠されているか、つまりは、いくつかのイメージの「間違った」つなぎになっているか(このことは、『裁かるるジャンヌ』について、よりいっそうあてはまります)。『吸血鬼』から『奇跡』に至るまで、ドライヤーは、どのように、ほとんどすべてのカメラの動きを、途中で掴んで、断ち切って(カットして)いるか。最後に、『ゲアトルード』においては、2つの流れるようなショットが接続される部分 (collure) において、3つか4つの省略的切断 (coupes-ellipses)が、シーンのいわゆる連続性(コンティニュイテ)に静かに介入してきます。挑発的で、意図的に調子を狂わせる省略であり、観客は、例えば、ゲアトルードはどこに「行ってしまった」(passé) のだろうか、などと自問せざるを得なくなります。ところで、ゲアトルードはその接合部分 (collure) のなかへと移行していったのです。そしておそらく、モンタージュの段階において(モンタージュに、撮影前のテクストを書き写させるだけにとどめたり、ブレッソンのように、何よりも「音楽的」な役割だけをモンタージュに演じさせるかわりに)、脚本 (écriture) のなかに(それが、モンタージュ以前の段階において、どれほど正確で、注意深いものであったとしても)、このような切断、断絶、跳躍、つまりは非合理なものを故意に導入しようとする意志によって、文字の戯れによる罠にかけられた無意識 (in-conscient) の「移行」が行われるのです。

ナルボーニ:今ブレッソンについてなされた音楽への言及は、ストローブの全作品についても当てはまるものでしょう。ストローブの映画は、この方向に向かう関心によって形作られており、[映画と音楽との]ありうる相当性の探求なのです。いささか適当に例を挙げるならば、テンポの分配と配合、交互に現れる緊張のゾーンと緩和のゾーン、濃密な核の部分と沈黙の部分 (plages) 、「細胞」の自律と相互依存の複雑で変化する戯れ、大きなブロックあるいは点のような要素による、持続と断絶による構成、極めて骨組みのしっかりした構造とより「自由な」構造のコンビネーション、要するに、かつて否定されたストラヴィンスキーによる表現性の拒絶の原理の適用です。シュトックハウゼンが『マホルカ・ムフ』について書いた言葉を思い出しましょう。この言葉はストローブの全作品に当てはまるものです。
「あなたの映画で興味深いのは、音楽の場合におけるような、映画固有の時間の組み立て方 (composition) です。あなたは、出来事にほとんど動きがない場面(比較的短い長さに縮められたこういう作品において、間(ま)やゆっくりとしたテンポを用いるのはどれだけ勇気がいることでしょう)と、出来事が極めてスピーディである場面(まさにこのために、新聞の切り抜きを、画面の垂直に対してあらゆる角度で引用するという才気煥発)との間に、見事な持続の均衡を実現なさいました。加えて、様々なテンポにおける変化の比重も素晴らしい……。一つひとつの要素を、それなしでは考えられないような、それ自身のかけがえのない瞬間においてもたらすこと。何の飾りもなく。「すべてが必要不可欠 (essentiel) である」と、ウェーベルンはこういう場合に言っていました(ただし、それぞれのものが、それ自身の時間において、と付け加えねばなりませんが)……。街路やホテル(実に素晴らしい場面です。ホテルの部屋のずっとつづく何もない壁。その《剥き出しであること》から観客は逃れることができません)や、窓辺に置けるにおけるカメラのあの先鋭化、あの驚くほど素早い動き、それに時間の「非現実的な」凝縮。とはいえ、観客はせかされるわけではないのですが。真実、濃縮、(現実の知覚に炎を上げて突き刺さる)先鋭化の鋭い稜線の上に、進歩は可能になるのでしょう」
 20分間で語られる、西ドイツのある高官の、極めて出来事に富んだ一日[『マホルカ・ムフ』のこと]について当てはまるこの指摘は、ドイツの歴史 (l'Histoire) の負けず劣らず[出来事の]詰まった50年間を、55分の映画に加工し、変更した作品(『妥協せざる人々』)や、30年間にわたる並外れた音楽的創造活動を、1時間30分間のイメージとサウンドの展開に変えた作品(『アンナ・マグダレーナ・バッハの年代記』)にも当てはまるでしょう。

*1:「不慮の出来事の機能」について書かれたノエル・バーチの記事(「カイエ」194号)を参照。

*2:ダイレクト・(サウンド/シネマ)は何の「証明」であるか? まずは、ジャン=ルイ・コモリによる記事「Le détour par...」を参照のこと。ダイレクト・サウンド=「現実」の断片の出現を示す徴、歴史 (Histoire) のとある瞬間(今・此処 (hic et nunc) 、しかしすぐさま、過ぎ去った・他所となる)における偶発的な何ごとかを捕獲する作業 (opération de captation) の痕跡。撮影=捕獲 (prise) は、[カメラという]機械による「出来事」、[カメラと現実の]出会いによる最初の書き込み (inscription) から生み出される。だから、ラッシュは、まさに生まれんとしている状態にある映画である。そして、モンタージュとは、継起する映像-音声どうしが、そして同時に[フィルムの]映像トラックと音声トラックが出会い、 死後の (posthume) 状態である完成した映画 (<<le>> film) へと向かってゆくという戦略 (tactique) である。「…」

*3:もっとも、明記しておかねばならないのは、この映画を支配している口頭のディスクール、というよりもディスクールの断片の「セリー」の働きによって、ストローブは、(最初の「処理=準備稿」 (traitement) のあとで)この作品の最終的な構成をいわば強制されているということである。

*4:これは、難解にしようとする意図からではなく、その逆に、ストローブは、ふつうは順々に、締まりなく使われる諸機能 fonctions(つながりの厳密さ、諸要素の自律)を、すべて同時に働かせてその融解点にまで推し進め、要するに、観客が慣れている曖昧な部分をあまりにも少なくしてしまうからだ。同様に、ここには、それが「難解」であるのは論理とスピード、明晰さゆえでしかないマラルメの詩に似た側面がある。

  
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