鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ion De Sosa&"Sueñan los androides"/電気羊はスペインの夢を見るか?

さて、スペインである。最近日本でも魔法少女まどか⭐マギカ」リスペクトなノワール映画であるカルロス・ベルムト監督の「マジカル・ガール」が公開されたが、個人的には先に紹介したLuis Lopez Carrscoのデビュー長編"El Futuro"(紹介記事読んでね!)は今年ベスト級に虚無感で頬骨をブチ砕かれるような衝撃を受けた。そんな上記の2本は経済危機にあるスペインに対する強烈なペシミズムに裏打ちされた作品だという印象があるのだが、今回はそこに連なるだろうもう1本の虚無に満ちた作品"Sueñan los androides"とその監督Ion De Sosaを紹介していこうと思う。

Ion De Sosaは1981年バスク州サン・セバスティアンに生まれた。スペインの国立映画学校ECAMやバスクのアンドアイン映画学校(ESCIVI)で撮影について学び、撮影技師として映画界入り、"Lección de historia"(2004)や"Alma en pena"(2005)、"Madrid: la sombra de un sueño"(2007)などを手掛ける。映画監督としては2006年に短編ドキュメンタリー"Berlin 19"を製作した後、2011年には初長編"True Love"を手掛ける。監督はベルリン在住時、16mmとビデオカメラで恋人マルタとの生活を撮影したのだが、ある時彼女との別れが訪れてしまう。それでも監督は撮影を続けるのだがそこにマルタはいない……という自伝的ドキュメンタリーでプント・デ・ビスタ映画祭、ブエノス・アイレス映画祭などで上映され話題となる。そして2013年には先述した"El Futuro"で撮影を担当した後、Carrasco監督を製作に迎え2014年には第2長編"Sueñan los androides"を監督する。

そこは写真屋だ、所狭しと笑顔を浮かべる人々の写真が額に入れられ飾られている。老人たちが商品を吟味し、時には向かいから来る客に道を譲る。店員の女性たちは掃除をしたりレジを担当したりとそれぞれの仕事に励んでいる、そこにスーツの男が現れ彼女たちを一瞬で射殺し、店を去る。そして男マノロ(Manolo Marin)は行く先々で人々を射殺していく、それが彼の仕事だからだ。

コケとマルゴの若い夫婦(Coque Sánchez&Margot Sánchez)は彼らの間に生まれた最愛の赤ちゃんと共に慎ましいながら幸せな生活を送っている。そこに訪ねてきたのは友人のモイセス(Moisés Richart)だ。3人は夕食を共にし、モイセスのする馬鹿話に笑いあう。彼はしばらくこの地に滞在する予定だったのだが1つ心配もあった。最近よく見る悪夢について占い師に相談しにいったのだが彼女は言うのだ、何か大いなる危険がモイセスに迫っていると。

"Sueñan los androides"の舞台は2052年の遠き未来、世界は少しずつ崩壊へと向かっているらしいが、映し出される物の多くは今と殆ど変わる物がない。だが私たちは冒頭においてこの事実を言葉でなく心で理解できる筈だ。空にそそりたつビルの群れ、同じく天を目指しながらしかし姿形は不気味な不揃いを呈している。そして16mmの粒子越しに見えるこの摩天楼の光景は観客に郷愁深い既視感を抱かせながら、決定的な所で私たちの記憶と重なることを拒絶する。何処かにある何処にもない場所、そんな矛盾こそが1つの言葉すら必要とすることなく未来を指し示している。

今作は正に"ギリシャの奇妙なる波"以後の映画だと言えるかもしれない。理解しがたい現実を越えた事態の数々、しかし異常さとは裏腹にそれを冷ややかな観察的スタイルで捉える撮影。マノロが仕事を静かに遂行していくシークエンスは、奇妙なる波の水源の1つであるミヒャエル・ハネケ、そこから更に源流へと遡った、アラン・クラークのミニマルの極致たる暴力映画の傑作"Elephant"をも想起させられる。そしてカメラは摩天楼の奥に入り、その中に広がる虚さを見据える。だだっ広い空洞が広がるのみで他には何もない空間、壁から無惨にもチューブの飛び出た、おそらく工事すら放棄されたのだろうという場所、そこでいとも容易く行われる殺人という行為。この世界は虚無へと真っ逆さまに落ちていっている。

ある時マノロは飼っていた羊を安楽死させなくてはならない痛ましい瞬間に陥る。彼は役所へと赴き新しいペットを飼おうとするのだが、羊は希少生物であると法外な値段を提示される。勿論彼には支払える額ではないが、しかし……此処まで書けば想像もつくだろうが、この映画の元となった作品はフィリップ・K・ディックのSF作品アンドロイドは電気羊の夢を見るか?である。だが同じ作品を映画化したリドリー・スコットブレードランナーとは基本的設定以外は似通った点が全くない、ハリソン・フォードも居なければCGも殆ど存在しない、何よりブレードランナーを構築していたあのノワール的な暗黒は今作において16mmのあっけらかんとした明るさとスペインに満ちる陽光に掻き消され見る影もない。それでいて"Sueñan los androides"はかの作品が提示した以上の虚無を湛えると同時に、スペインという国に対する圧倒的な絶望をも鮮烈に浮かび上がらせる。

原作と同様にアンドロイドを殺害すれば報酬を手に出来るマノロは、羊を買うため手当たり次第にアンドロイドを殺そうとする。ある場所にゲリラ的な襲撃を果たすかと思えば、ゲイであるモイセスに甘い言葉で近づいていく、そして彼の毒牙はコケとマルゴへも向けられる。そんな彼の姿は経済危機に陥る現代のスペインそのものに重ねられるかもしれない、一般市民を躊躇なく踏みにじり、同性愛者など弱き立場に追いやられた人々を抑圧し、貧困に喘ぐ人々に対しては"お前らが子供を持てる身分か?"と脅し、彼らの子供には未来への痛烈な呪いを刻み込む。だがこの状況は何もスペインだけではなく世界中に見られるだろうし、何ならこの日本はもっと無惨な状況にあるのではないか?とすら思わされる(パナマ文書関連に対するメディアの沈黙や"保育園落ちた日本死ね!"問題を見ればそれは明らかだろう)こうしてそれぞれの状況に対する考えを促す強度がこの作品にはあるのだ。

劇中において、何の脈絡もなしに映像詩的なシークエンスが挿入される時がある。スペインの民謡に彩られながら人々が集まり笑いあう、ある夫婦が子供たちとかけがえない時間を過ごす、ホームビデオとして撮影されたと思わしき風景がふと現れるのだ。ここには日常に根ざした朗らかな喜びと、しかしこの時間はもう既に過ぎ去ってしまったのだという胸を締め付ける切なさが混ざりあっている。あの日確かに感じていた喜びは失われ、それを感じていた人々すら消え去っていく。もう戻ってこない、全てはもう戻ってこない。

参考文献
http://www.eyeforfilm.co.uk/feature/2015-05-22-interview-with-ion-de-sosa-and-chema-garcia-ibarra-about-androids-dream-suenan-los-androides-feature-story-by-rebecca-naughten(監督インタビューその1)
http://www.palicfilmfestival.com/?intervju=more-human-than-humans-an-interview-with-ion-de-sosa(監督インタビューその2)

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