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鉄腸野郎Z-SQUAD!(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-07-18

Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく

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映画界における女性差別は世界のどこにおいても根深い問題だ。日本においても、アメリカにおいても、フランスにおいても……しかしメキシコにおいては少しばかり状況が違うらしい。劇映画の領域においては他の国と同じく男性中心の状況はほぼ変わっていないのだが、ドキュメンタリー映画の領域においては女性監督の目覚ましい活躍が見られるのだという。まずエルサルバドル出身のTatiana Huezo、彼女はエルサルバドルの住民たちがメキシコ革命時代を語るドキュメンタリー"El lugar más pequeño"を製作、アリエル賞の長編ドキュメンタリー部門を制覇することとなる。更にこのブログでも紹介した"Fogo"Yulene Olaizola(この紹介記事を読んでね)、"El Remolino"Laura Herrero Garvin"Plaza de la Soledad"Maya Godedなどなど注目すべき才能が多く現れ始めている(詳しくはこの記事この記事を読もう)さて、今回紹介するのはそんな系譜最先端にいる若きドキュメンタリー作家だ。

Betzabé García1990年メキシコのシナロアに生まれた。メキシコシティの映画学校CUECでドキュメンタリーについて学ぶ。2011年には後に紹介する長編にも繋がる短編ドラマ"Venecia, Sinaloa"を製作、洪水に沈みゆく村に住む男性が、同じく水に沈もうとしているヴェネチアで橋を作り続ける活動が行われているのを知り、その活動をこの村でも始めようとする姿を描いた作品だ。2013年には短編"Porcelana"を監督、1人の少女が現実とファンタジーの間を行き交いながら、家族やセクシュアリティ、死生を学んでいくという物語で、グアナフアト国際映画祭で作品賞を獲得するなど話題になる。そして2015年には初の長編ドキュメンタリー"Los reyes del pueblo que no existe"を監督する。

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冒頭、カメラはボートを漕ぎ続ける斜視の男と、彼の後ろに広がる川を写し出す。水面からは木々の枝が助けを求めるように伸び、霧がうっすらと漂う大気を突き刺している。そのうちボートはいつしかとある場所へと分け入っていくが、水の中から聳え立つのは、普通は地面に根差すはずの家屋の群れ、俄には信じられない光景がそこには広がっているのだ。建物の連なりは何処までも続きながら、それらは等しく濁った水に浸かっている。洪水か何かでこの光景は仕立てあげられたのか、いや違う、サン・マルコという村にとってはこれが日常の風景なのだ。

2009年、メキシコの北西部に位置するシナロア山脈にピヤチョス・ダムが建設されることとなった。当初は環境に影響はないとされていたが、水は地域一帯を浸食、多くの村が水没し人々は移住を余儀なくされる。サン・マルコもそんな状況に見舞われた村の1つだ。しかし殆どの村人たちがこの地を離れる一方で、此処に居続けることを選択した3組の家族がいる。そんな彼らの姿を描き出した作品が本作"Los reyes del pueblo que no existe"だ。

物語は3組の家族を中心に綴られていく。パニとパウラの夫婦はまだ水に浸かっていない――だがいつかは沈むだろう――陸地に居を構えトルティージャを作りながら、村を水没から救いだそうと孤独に活動を続けている。ミロは出ていきたいという思いを抱えながら、老齢の家族を見捨てられず村に残る日々を送っている。ヨヤとハイメはこの地に骨を埋める決意を固め、静かに終りの時を待っている。

彼らを取り囲む、終末の予感に満ちた幻想的な風景。撮影監督Diego Tenorioはそれを息を飲む美しさそのままに捉えていく。水に浸かる建物の数々は薄汚れヒビ割れ、時には泥のように濁った沼に引き摺り込まれていくような悲惨さを湛えながら、時には私たちの眼に映る以外の部分は実際には存在していないのではないか?と思わされる儚さをも湛える。だがどんな時でも水面は静寂の中で震え続けている。そして村の周囲には鬱蒼たる森が広がっており、鈍くも濃厚な緑の色彩を風に揺らしている。

そんな環境に住んでいるのは何も人間だけではない。村の陸地では野良犬や鶏が自由に駆け回り、村人に率いられロバや馬たちも残り少ない大地を踏みしめ、名残惜しげに横たわりその体躯に砂を擦り付ける。あるシーンにおいて、ミロがボートを漕ぎ森へと赴く。彼の元に現れるのは荘厳な威風を漂わせる真っ白い牛だ。降りしきる雪よりも白い体、深い雪毛の奥から突き出す角、何物も寄せ付けぬといったオーラに包まれながらミロには心を許し、彼が置いていくトルティージャに口を付ける。ミロがそれを見ながら浮かべる親しみ深いはにかみには、人間と動物とが共に生きていることを私たちに語ってくれる。

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それでもサン・マルコの村が翳りの時を迎えていることには変わりない。たった5年前には300組もの家族が確かに此処で生きていたのに、今現在住んでいるのはたったの3組。水は少しずつ嵩を増しており、村の終りは近いと厭でも思わされる。そんな中である男性はボートで村を巡りながら監督たちに語るのだ、あの店とこの店は売上を競ってたんだよ、あそこには頭のおかしい奴が住んでたけど足の傷が酷くなって死んじまった、はは、この分だと朝までずっとこの村について話せそうだよ、俺はもう40代でたくさんのことを経験したし、この村にはたくさんの思い出があるからさ……彼の瞳には豊かで痛切な郷愁が滲んでいる。

監督は今作の製作理由についてこう語っている。"私が初めてサン・マルコに来たのは13歳の時です。TATIUという、普段演劇を観ることのないコミュニティで舞台を上演する劇団があり、その活動の一環としてこの町にやってきたんです。2009年CUECに入学した後、町がピカチョス・ダムの建設によって水没しようとしているのを知りました。それがきっかけで町に戻り、この場所に残り続ける人々との交流が始まりました。彼らの協力もあり、私たちは町に住む家族の姿を元にして"Venecia, Sinaloa"という短編映画を製作しました。

町に滞在している間、"何故水や恐怖に呑み込まれようとしているこの町に住み続ける人がいるのだろう?"と自問していたんです。ダムの建設後、この水没しゆく町は血塗られた暴力の巻き起こる場と化しました。300家族からたったの3家族にまで住民の数も減りました。ゆえに洪水はつまり恐怖のメタファーのように思えたんです。そして私はしばらく休学して、余りに不利な状況でこの町に住み続ける人々についてのドキュメンタリーを作ろうと決意したんです"*1

"Los reyes del pueblo que no existe"において監督の視線は観察的であり、被写体とは意識的距離を取っているような印象を与える。だがその距離感はある種の余白として機能し、それを村人たちの記憶と暖かな親しみが満たすことで、この作品には無二の親密さが与えられている。ある時カメラは遠くから、夜の闇に浮かび上がる灯りを眺めるのだが、輝きの下では2人の男女が楽しげに踊っているのが見える、それはヨヤとハイメだ、老いの鈍さと全てを受け入れた故の軽やかさがそのステップには混じりあっている、いつかこの姿も水の底に沈んでいくだろう、記憶すらも闇に掻き消えていくだろう、それでも"Los reyes del pueblo que no existe"という名を伴いレンズに焼きつけられた全ては永遠の刻を生きるだろう。

今作はチューリッヒやカルロヴィ・ヴァリなどで上映され、SXSW映画祭では観客賞を、モレリア国際映画祭ではメキシコドキュメンタリー部門の作品賞を獲得するなど大きく話題となる。最新作は2016年に製作された短編ドキュメンタリー"Unsilenced"だ(ここで鑑賞可)今作の舞台は再びのサン・マルコ、アティラーノという中年男性は牧場を経営する傍ら、仲間と共にダム建設に抗議する活動を行っていた。彼はラジオ番組のパーソナリティーを務めるなどオピニオン・リーダーとして活躍していたが、日に日に状況は悪化していき、そして運命の日がやってくる……という作品で、"Los reyes del pueblo que no existe"を補完する重要な内容となっている。ということでGarcia監督の今後に期待。

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参考文献
http://ambulante.com.mx/es/director/betzabe-garcia(監督プロフィール)
http://www.indiewire.com/2015/03/sxsw-women-directors-meet-betzabe-garcia-kings-of-nowhere-los-reyes-del-pueblo-que-no-existe-204284/(監督インタビュー)

メキシコメキシコメキシコ
その1 Elisa Miller &”Ver llover””Roma”/彼女たちに幸福の訪れんことを
その2 Matias Meyer &”Los últimos cristeros”/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その3 Hari Sama & ”El Sueño de Lu”/ママはずっと、あなたのママでいるから
その4 Yulene Olaizola & ”Paraísos Artificiales”/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その5 Santiago Cendejas&”Plan Sexenal”/覚めながらにして見る愛の悪夢
その6 Alejandro Gerber Bicecci&”Viento Aparte”/僕たちの知らないメキシコを知る旅路
その7 Michel Lipkes&”Malaventura”/映画における”日常”とは?
その8 Nelson De Los Santos Arias&”Santa Teresa y Otras Historias”/ロベルト・ボラーニョが遺した町へようこそ
その9 Marcelino Islas Hernández&”La Caridad”/慈しみは愛の危機を越えられるのか
その10 ニコラス・ペレダ&”Juntos”/この人生を変えてくれる”何か”を待ち続けて
その11 ニコラス・ペレダ&”Minotauro”/さあ、みんなで一緒に微睡みの中へ
その12 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その13 アマ・エスカランテ&「エリ」/日常、それと隣り合わせにある暴力

私の好きな監督・俳優シリーズ
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & ”Pesn Pesney”/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & ”Môj pes Killer”/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & ”Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism”/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &”Comoara”/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
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その108 Andrei Ujică&”Autobiografia lui Nicolae Ceausescu”/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&”Her Story”/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&”Værelse 304”/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&”The Model”/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&”À peine j’ouvre les yeux”/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
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その118 アランテ・カヴァイテ&”The Summer of Sangaile”/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&”Juntos”/この人生を変えてくれる”何か”を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&”Zurich”/人生は虚しく、虚しく、虚しく
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その122 Léa Forest&”Pour faire la guerre”/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&”L’Homme de ma vie”/Alice Prefers to Run
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その135 アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生
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その138 ケリー・ライヒャルト&”River of Grass”/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
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その152 Tali Shalom Ezer&”Princess”/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&”Tore Tanzt”/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&”Songs My Brothers Taught Me”/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&”Leones”/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
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その157 Noah Buschel&”Neal Cassady”/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
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その161 ラドゥー・ムンテアン&”Hîrtia va fi albastrã”/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&”Sparrows Dance”/引きこもってるのは気がラクだけれど……

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