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2016-05-25

Rina Tsou&"Arnie"/台湾、胃液色の明りに満ちた港で

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ディーパンの闘いの試写会に行った時、映画監督のトークショーがあった。彼らはこの映画を私とは全く違う部分から切り込んでいき、その内容をとても興味深く聞いていたのだが、その一方で違和感もあった。今作は故郷から命からがら逃亡を果たした難民たちが平和かと思われた新天地で暴力の連鎖に巻き込まれるという作品であり、監督たちはそのテーマに関してはどこか他人事な返事をしていた。そこにとても温度差を感じたのだ。私は今作の結末に物凄くうちひしがれ、今この時代に難民たちが幸せになる風景を描くためにはあんなにまで直前の展開から飛躍しまくった、ご都合主義的すぎるラストにしなくてはいけないのか?と思ったのだ。

そこで感じたのは日本人にとって移民/難民というイシューは他人事でしかないのかということだった。移民といえばアフリカとか中東からヨーロッパに向かうとかそういう奴でしょ、ニュースでやってるよ、でも遠い世界の話じゃない?と言った風に。だが日本でも外国人労働者が悲惨な待遇で搾取されているというニュースは多いし、東京入局管理局でスリランカ人男性が亡くなった事件は記憶に新しい。私たちはこのイシューに対して他人事ではいられない、いてはならないのだ。

今まで私はアフリカからイタリアへと必死の思いで旅を成し遂げた青年たちが、今まで抱いていた微かな希望すら打ち砕かれるジョナス・カルピニャーノ監督作地中海(紹介記事読んでね)や、地中海の真ん中に浮かぶ島国マルタ共和国を舞台として"この残酷な世界を生き抜きたい"という人々の痛烈な思いを描き出した"Simshar"(この紹介記事も読んでね)という日本未公開映画を紹介してきた。今まではヨーロッパを舞台にしたものだったが、今回は台湾を舞台として外国人労働者の苦しみを描く作品"Arnie"とその監督Rina Tsouについて紹介していこう。

Rina Tsouは1988年6月20日に生まれた。父は台湾人で母はフィリピン人。2歳から10歳の間まではフィリピンで育つが台湾に移住、しかしフィリピンでの生活に慣れていたTsouや両親らはこの地での生活に馴染めず苦労したのだという。そんな時に助けになったのがテレビで放送する映画、特に香港映画の数々だったという。最初は大学でファイナンスについて学んでいたが、それに嫌気がさしたTsouは2年生の終りに国立台湾芸術大学へと移籍し映画を学び始める。そして2011年には初の監督作である短編"Monster"を製作、自分の家が裕福だと嘘をつき続ける女子小学生の心を追ったサイコスリラーで、Tsou自身の境遇を反映した今作はロカルノ国際映画祭で上映され話題となる。

第2短編は2012年製作の"Lunch"、舞台は近未来の汚染された地球、人々はこの地を離れ別の星へと移住する過渡にあった。そして中国人の老女と彼女の孫、2人もまた宇宙船に乗り込み地球での最後の食事を迎える……というSF作品だ。そして2013年には第3短編"Chicaron"を製作、父は台湾人で母はフィリピン人である主人公が家族と共に移住するのだが、深い孤独感を味わう日々を送る。しかしそんなある日彼女は不思議なチチャロン(豚の皮を油で揚げたおつまみ的食べ物)を持ったフィリピン人の少年と出会う……初監督作と同様、自身の体験を反映したこの作品は2014年度の金穂賞で最優秀短編賞を獲得することとなる。そして2015年にはベルリナーレ・タレンツ・トーキョーを修了し、新作短編の"Arnie"を完成させる。

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現在、台湾にはベトナムフィリピンなど東南アジアからの出稼ぎ労働者が多く生活している。故郷では低賃金で働かなくてはならない状況が広がっており、より良い賃金生活水準を求めて彼らは台湾へとやってくる。そして台湾側も現在は若年層の人口が減りつつあり労働力の不足が懸念されている(日本はそれと同じ状況にあると言える)。それ故に外国人労働者の受け入れを広く行っているという訳である。

フィリピン人のアーニー(Whakin C. Maniego)もそんな労働者の1人だ。彼は故郷に母親に妹、そして最愛の恋人を残し、台湾漁船で働いている。だがその労働はひどく過酷な物だ。日々の激務は船員たちの心身を著しく磨り減らし、この前も労働に耐えかねて1人のフィリピン人船員が海に身を投げて命を落とした。更にはその激務を経ても船長からの給料が滞ることなど日常茶飯事だ。母親から仕送りの催促電話がかかってくる中で、それでもアーニーは硬いベッドの横に張ったチラシ、モダンな豪邸の描かれたチラシを見ながらちっぽけな希望を胸に眠りにつく。

Tsouは"Arnie"において労働者たちや彼らを取り巻く環境はじっくりと観察する。アーニーたちが停泊する港は高雄港、台湾最大の規模を誇る港だ。魚市場は活気に満ち溢れ、次々と魚が捌かれては取り引きされていく。そして船員たちは夜になると港町へと繰り出し、酒を飲んでは軽口を叩きあう。Tsouの演出で独特な点は撮影だろう。彼女の撮影は妙な揺れを孕んでいる。それはドキュメンタリーとしての臨場感を喚起するものではなく、アーニーたちが船上で味わうものとしての揺れだ。地上でもこの微妙な揺らぎは徹底され、終止不穏なものが彼らの物語には付きまとう。

ある日アーニーは一大決心を果たす。故郷に残した恋人にプロポーズをしようと決めたのだ。町の行商人から結婚指輪を買おうとするが、給料が少なすぎてとてもじゃないが払えない。それでも仲間たちのカンパと交渉で指輪と花束を買い、Skypeを通じて愛の言葉を告げようとするのだが、それに対して彼女が送ってくるのはお腹の中の赤ちゃんを写したレントゲン画像、しかしそこには自分が妊娠してどのくらいかが書かれている。仕事で海に出ていた期間を考えると、その期間は有り得ない筈だ。つまりその写真は彼女からのアーニーとの決別を意味するものだった。

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劇中において印象的なのは、港を覆う胃液色、もしくは肝硬変で野垂れ死んだ男の顔面を覆うだろう黄疸の色彩だ。アーニーたちはその灯りに照らし出されながら好き勝手に酒を飲んで騒ぐのだが、希望を失い泥酔するまで酒に溺れるアーニーの姿をも照らし出す。前者においては港の灯り以上の存在感はないが、後者においてはアーニーの人生の破綻を予感させる不気味なものと化す。そしてあの不可解な揺れを見せるカメラワークとこの色彩は渾然一体となって彼を幻想の世界へと誘う。

この世界に浮かび上がるのは、監督であるTsou自身のアイデンティティの揺らめきだ。今作で繰り広げられるのはフィリピン労働者たちが台湾人によって搾取されるという残酷な現実だ。台湾人フィリピン人、2つのルーツを持つ監督はここにおいて引き裂かれ、その痛みがアーニーと同じく深い悲しみに暮れる名もなき台湾人女性(このシーンの前にも少し顔をだしている)として現れ、彼らは束の間心を重ね合わせる。それはせめてもの償いとして、ちっぽけな救いとして胃液色の光の中に溶けていく。

ラスト、私たちは船の錆び切った壁を見る。そこには番号と一緒に誰かの名前が書いてあり、その中にはアーニーの名前もある。船員はそこに白いチョークで線を引き仕事へと戻っていく。人1人消え去ってもーーそれが外国人の労働者なら尚更ーー全ては何事もなかったかのように進んでいく。それは今では普通のこと、移民たちは夢の地に向かうその過渡で命を落とし、そしてその夢の地においても容易く命を落とす、それは普通のことでいちいち気にしていたら埒が開かない、ナイーブすぎるだろうか。いやそうではないとTsoはそういった無機質で冷笑的な姿勢に怒りを抱く。今も現在進行形で肥大していく社会においては、潰されようとする個に目を向けることだ。それがこの世界で誠実であるための唯一の手段なのだから。

現在は初長編を製作中。2013年の台風30号によって大きな被害を被ったフィリピンを舞台として、救援活動にやってきた台湾人青年と台風によって家族の半分を失ったフィリピン人少女の出会いと成長を描いたカミング・オブ・エイジもので、2015年8月の時点で脚本の第1稿は完成済みで今後更に手を加えゆくゆくは製作に取り掛かるそうだ。ということでTsou監督の今後に期待。

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参考文献
http://www.indiewire.com/article/this-up-and-coming-filmmaker-bridges-taiwanese-and-filipino-culture-20150819(監督インタビュー)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&”Take Out”/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &”Mapa para Conversar”/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &”Body Rice”/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &”Parabellum”/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &”Lucifer”/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &”René”/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&”Yardbird”/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &”Lamma shoftak”/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &”El último verano de la Boyita”/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&”Nana”/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &”El color de los olivos”/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&”Attenberg”/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&”I am Jesus”/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &”Los últimos cristeros”/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& ”Corridor #8”/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& ”Code Blue”/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& ”Simshar”/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&”Gözetleme Kulesi”/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &”Dukhtar”/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &”Araya”/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &”Felix & Meira”/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& ”Mouton”/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& ”Corta”/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&”Before Dawn”/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&”Meditrranea”/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&”Dólares de arena”/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&”失孤”/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&”Que Horas Ela Volta?”/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&”Djeca”/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&”Tilva Roš”/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & ”El Sueño de Lu”/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & ”Matière Grise”/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & ”Die Unerzogenen”/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & ”Polyglot”/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & ”Difret”/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & ”Pelo Malo”/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & ”Paraísos Artificiales”/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&”The Gift”/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & ”A fost sau n-a fost?”/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&”The Look”/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & ”Rusalka”/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & ”Lošėjas”/リトアニア、金は命よりも重い
その100 Radu Jude & ”Aferim!”/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & ”Pesn Pesney”/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & ”Môj pes Killer”/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & ”Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism”/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &”Comoara”/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
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その109 Sydney Freeland&”Her Story”/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&”Værelse 304”/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&”The Model”/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&”À peine j’ouvre les yeux”/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
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その122 Léa Forest&”Pour faire la guerre”/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&”L’Homme de ma vie”/Alice Prefers to Run
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その127 Gabriel Abrantes&”Dreams, Drones and Dactyls”/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&”Free Entry”/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
その129 张撼依&”繁枝叶茂”/中国、命はめぐり魂はさまよう
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その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイド供/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
その132 Salomé Lamas&”Eldorado XXI”/ペルー、黄金郷の光と闇
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