大人版モテキ?『東京センチメンタル』


毎週楽しみに観ていたドラマ『東京センチメンタル』がいよいよ今週最終回。老舗和菓子屋の主人・吉田鋼太郎が毎回異なるヒロインと淡い恋模様を繰り広げるという大人のラブ・コメディ。


下町デートにおすすめの飲食店や観光スポット情報も織り込まれている“デート版『孤独のグルメ』”とも言えるけど、なにより吉田鋼太郎の“寅さん”ぶりが意外にも良かったです。この人『MOZU』の悪役に代表されるようにクドい演技の印象が強いけど、今作のような肩の力の抜けた雰囲気の方が個人的には好き。


鋼太郎がデートする各回のゲスト女優たちは、草刈民代市川由衣川栄李奈奥貫薫床嶋佳子、ハマカワフミエ、市毛良枝(!)、白羽ゆり高橋愛、さらに最終回には広末涼子と豪華かつ年代もさまざま。さらに、呆れつつも鋼太郎を気に掛ける元妻が大塚寧々で店のアルバイトが高畑充希…って、鋼太郎どれだけ幸せな環境なのか…。


よく考えるとこのドラマ、自分が長年切望していた大人版『モテキ』そのものではないですか。ただ恋心と自意識に苦しむ本家『モテキ』と違って、すでに達観の域に入った初老の男が「もしかして…」と期待し「やっぱりだめか…」と苦笑いする枯れた感じがいいのです。


演出では、三木康一郎今泉力哉監督の回が印象強し。なぜか小栗旬まで居酒屋店主役で出演する、今期の拾い物ドラマでした。

ドラマ24「東京センチメンタル」:テレビ東京

嘘の中の本当『バクマン。』


大根仁監督・脚本『バクマン。』期待通りの面白さでした。

もともと記号的表現の固まりである漫画を実写映像化する場合、漫画表現を活かした戯画に振るか、生身を活かした写実に変換するかは大きな選択の分かれ目である。

最近は写実に振る作品は少なく、漫画をそのまま絵コンテとして下敷きにしたような安直な戯画化がほとんどで、多くの場合失敗に終わっているのはご存じの通り。


映画版『バクマン。』は誇張されたキャラクターたちやペンを使ったバトル・シーンを見れば分かるように完全な戯画路線だけれど、他の失敗作と違うのは、作り手が戯画であることにとことん自覚的な点だ。

堤幸彦作品にも感じることだが、大根監督のルーツのひとつは久世光彦なのではないかと想像する。既存のドラマ作りの枠をはみ出す姿勢、それはお話をまともに語ることへの照れの表明でもあるし、嘘は嘘として伝えなければというある種の誠実さのあらわれでもある。


バクマン。』には、例えばペン入れの際に紙を回転させる動き、他人が自分の絵の上に線を足す不快感、編集者が原稿を読む時の異様なスピードなど、「嘘の中の本当」が詰め込まれている。繰り返すが、それらのディティールは戯画であることに自覚的だからこその拘りなのだ。

個人的なことだけど、20歳の頃、集英社の雑誌で漫画を描かせて貰っていたことがある。『バクマン。』を観て、当時の興奮や不安、焦燥感や作ることの快感が、しんどかった思い出と共にごちゃごちゃになって蘇ってきた。自分が得たこの感触は、『バクマン。』を観る漫画を描いたことのない人にもきっと伝わるのではないだろうか。


大根監督の昔のブログで、橋本忍伊丹万作の「原作物を脚本化する」ことについての会話が引用されていた(『複眼の映像〜私と黒澤明』)。伊丹曰く、原作ものに手をつける際の心構えは「“牛”を毎日見に行く。そして急所が分かると一撃で殺す」だそう。

バクマン。』における牛の急所とは、漫画を描くこと、読むことの熱狂に他ならない。



終わりなき殺人ゲーム『CHOSEN チョーズン: 選択の行方』

最近夢中で観ていたのが米のクライム・サスペンスドラマ『CHOSEN チョーズン: 選択の行方』。普通の暮らしをしている人に突然箱が届く。箱の中身は一丁の銃と殺害期限が記された見知らぬ人の写真。従わねば制裁あるのみ。さてあなたならどうする?というストーリー。


某ドラマのように、また延々と事件の真相を引っ張り続けるパターンかと思いきや、シーズン1の前半で謎は早々に判明。以降、終わりなき殺人ゲームの連鎖が続いていく。1話約20分と短く、物語の局面が目まぐるしく変化するので次々と先を観たくなってしまう中毒性あり。


設定を見れば分かる通りモラルとエゴイズムの衝突が主題ではあるものの、基本的には極限状況の刺激をひたすら追いかける即物的なアクション・スリラーである点がハッキリしていていい。ただ、殺さなければ殺されるという救いなき構図は競争社会の極端な戯画と言えなくもないか。いま日本で観られるシーズン3まで一気に観終わってしまったので早くシーズン4が観たい…!

『THE WIRE/ザ・ワイヤー』静かに燃える群像劇


このところ、米ケーブル局HBOの刑事ドラマ『THE WIRE/ザ・ワイヤー』をずっと観ていた。“THE WIRE”とは盗聴、盗聴器のこと。メリーランド州西ボルティモアの殺伐とした町並みを舞台に、麻薬組織とそれを追う特別捜査班の駆け引きが硬派なタッチで描かれる。

アメリカに警察もののドラマは数あれど、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』は別格である。別格というのはレベルが高い、低いではなく、似た作風のものが他にないという意味において。

ひとことでいえば、犯罪捜査ものにありがちな要素を排したリアリズム重視の作品、ということになるけれど、魅力はそれだけではない。犯罪ドラマの形を取りながらも、正義の刑事が悪の犯罪者を討つという単純な図式ではなく、麻薬の売人にも家族との生活や信条があり、警察官にも人間臭い過ちや欲望があるということを、野生動物を観察するような冷徹な視点で見つめていく群像劇なのだ。個々の場面は、驚くほど地味で静か。音楽もラジオやレコードから聞こえるものくらいで、盛り上げのための劇伴はほぼ入らない。

どのシーズンも、序盤は退屈にさえ感じるが、小さな展開を重ねるうち、火にかけられた水が湯になり、やがてグラグラと沸騰するかのように、気がつけば事態の行く末と登場人物たちの運命から目が離せなくなる。俳優では、インテリ指向の麻薬ディーラー、ストリンガーを淡々と演じるイドリス・エルバ(『パシフィック・リム』『刑事ジョン・ルーサー』)のクールで知的なムードが素晴らしい。

優れた作品だが、日本版DVDは発売されておらず、スーパー!ドラマTVでの再放送などを待つしかないのが残念。自分もシーズン4,5は未見なので観る機会を楽しみにしている。

※クリエイターのデヴィッド・サイモンは、ボルティモアの新聞社で実際に犯罪記者を務めた人物だそうで、同じボルティモアが舞台のドラマ『ホミサイド/殺人捜査課』の原作も手掛けている。

『風立ちぬ』〜「実感」の再発見


宮崎駿監督『風立ちぬ』、観た。全体としては新鮮かつ濃密な場面の連続! 大画面で映像作品を観る喜びが充満していて、自分は全編堪能。

特に感心したのは、風、雲、雨、煙、草花、影、地震といった人物以外の事象の表現。東映動画以来培われてきた、ある種完成された手法に止まることなく、どうすればそれらを迫真性を持って伝えられるか、もう一度いちから考え直しているような描写の数々に意欲と野心を感じた。町並みに走る衝撃波のロングショットと、同時に地面の小石がバラバラに動くクローズアップで伝えられる関東大震災のシーン。眼鏡をかけた人物の顔の角度によって、瞳や眉毛が二重に見えたりするあたりなど、とにかく拘りが凄い。

人物においては、主人公・堀越二郎と妻となる菜穂子の恋の場面に、ただ事ではないエロスが漲っていて、かなりびっくり。ふとした細かな仕草や表情の変化と、反対に爆発するようなダイナミックな動きの両方が官能を生み出しているのだと思う。

今回は、演出家・物語作家としての宮崎監督よりも、アニメーター・場面設計家(レイアウター)としての宮崎監督の天才性と意地が前面に出た気がする。絵が動くことから生まれる「実感」の再発見。この監督の真価が発揮された作品なのではないだろうか。


『アイアンマン3』おもしろかった!


★未見の方、ネタバレ注意です★


シェーン・ブラック監督の起用には驚かされたけど、観終わってみて納得。

「混乱して自分を見失った人物が、試練を経て新たな自我を確立する」というプロットは、『リーサル・ウェポン』まんまだもの。

そして、PTSDを克服するきっかけが、トニー・スタークにとっては、ホームセンターで買ってきた日用品で「ものを創ること」そのものだったとは…なんと感動的なことか。アイアンマン大量生産という一見狂った行為も、彼にとっては必然で、しかもそれがクライマックスの伏線になっている…。最近の娯楽映画に一番欠けている「頓知」に満ちたシナリオに感心しました。

そんな「ものつくり」をアイデンティティーとするトニー・スタークも、「あんた、アイアンマンばっかりに夢中でいい加減にしなさいよ〜!」と発狂した奥さんには顔面蒼白で戦慄。泣く泣く大事なアイアンマンスーツを爆破して、「おれ、大人になるよ…」と宣言とは泣かせます。・・・いや、自分にはそう見えました。

バルト9に展示中の等身大アイアンマンに群がってたのは男ばっかりだったしな〜w。


何度も読み返したくなる短編集『ゴーグル』


『ゴーグル』(アフタヌーンKCDX)は『アンダーカレント』『珈琲時間』の豊田徹也による短編集。幻のデビュー作でもある表題作『ゴーグル』が特に素晴らしい。

42歳の会社員と24歳の居候が住む部屋に、訳ありの少女が連れてこられて…。なにか劇的なことが起こるわけでもない、なんでもない時間の切り取り方が切なくて、正直少し泣いてしまった。安易な救済に走らず、起こってしまったこととそれでも続く未来を、ただ静かに見つめているような作者の姿勢が好み。

この人の漫画はいつも食べ物や飲み物が印象的。『ゴーグル』に出てくる、深夜に食べる麻婆豆腐や散歩の途中に買い食いするコロッケなどがたまらなく美味そう。

併録の短編のタイトルに、そのものずばり『とんかつ』なんてのもあるし。装丁も綺麗だし、とにかくおすすめの作品です。



ゴーグル (KCデラックス アフタヌーン)

ゴーグル (KCデラックス アフタヌーン)