【短編小説(ホラーorサスペンスかも)】日記(書き手:20代〜30代、男性)


4月20日。
今日から日記を書こうと思う。


通勤にも少しは慣れて来た。
それはそうだよな、電車で四年間大学に通っていた訳だし。
乗っている時間も同じ様な物だ。
学生の頃との違いはスーツを着ているかいないのか位だろう。


自分でも経理に配属されたのは驚いた。
まぁ簿記の資格を持っていたのが評価されたのだろう。
経理にはもう一人自分と同じく新人が配属された。
女性だ、なかなかかわいい。


先輩から色々とアドバイスを貰った。
中でも重要だと言われたのは日記をつける事だ。
仕事で気になった事を書く。仕事以外の事でも良い。
そして少し時が経過したら読み返す。
これだけで仕事の質が上がるという事だ。

早々に経理に配属してくれた
会社の期待には答えたい。がんばっていこう!



4月25日。
飲み過ぎた。
帰りにウチの近所で猫を見かけた。
子猫だ。野良だろうなぁ、親猫はいないのかな?
猫は好きだ。飼って世話できる自信はないけどね。



4月26日。
いけない。日記を全く書けてないじゃないか。
それにしても昨日の会社飲み会で、
例の同期の女性とちゃんと話す事が出来た。
笑顔がかわいい、好きな音楽が一緒だった。
俺と同じく猫が好きらしい。
もっと仲良くなれると良いな。


名前は森田美佳子さんだ。



5月1日。
やはり身だしなみは大切だ。
洗面所の鏡だけじゃなくて、
玄関にも鏡を置こう。
出かける前に履いている靴がちゃんと見える大きい奴を。
今度の休みに買いに行く。



5月2日。
またあの猫を見かけた。
しゃがんでおいでおいでと呼んだら、
こちらに近づいて来た。
可愛いけど、ちょっと不用心だろー。
おかしい奴も多いからな.



5月5日。
先輩から手帳の役立つ使い方を教えてもらった。
手帳なんて予定を書くだけだと思っていたけど、何事も工夫だなぁ。
森田さんの手帳も見せてもらった。
シンプルな薄い水色のカバーの手帳だ。

落ち着いていて清潔で彼女らしいなと思う。



5月6日。
課長に怒られた。
ミスをしたのだから仕方がない。
でも分っていてもムカついてしまう。
しかし課長は凄いとも思う。
他の部署の課長と比べても全然若い。
まだ20代じゃないのかなぁ。
それはやはり凄い何かを持っているからだろうと思う。
よし、見習える所は見習おう。



5月7日。
今日初めて森田さんと2人きりでランチを食べた。
以前から他の人を交えて大勢でお昼を食べることはあったけど、
2人きりではこれが初めてだ。
嬉しいなぁ。



5月10日。
革靴の磨き方を本格的に覚えようと、
靴磨きのセットを購入した。
この時期に合わせてなのか、
ファッション雑誌に革靴の磨き方や、
スーツやシャツの手入れの仕方が特集されていた。
それも購入した。



5月11日。
猫は誰かからご飯を貰っている様だ。
俺は野良猫にご飯を上げるのが正しいのか間違った事なのか
判断できないから、あげてないけど。
誰かっていうかもしかして近所の皆からなのかも、
あいつかわいいからなー。



6月15日。
日記を書けてない……。
学生のころも一度付けてみようと思った事があったけど、
結局だめだったんだよな。
明日は飲み会。



6月16日。
うおおおお、森田さんとデートの約束をできたぜ。
音楽の趣味が一緒だったのが決め手だった。
一緒に音楽を聴きにに行く予定。
森田さんは笑顔が可愛くて、
言葉遣いも女性的で素敵だ。



6月17日。
また課長に怒られた。
他の人もしているミスだと思うんだけど。



6月18日。
革靴を磨くのは面白い。
なんというか無心になる。
アイヌの宗教では木彫りの熊を彫るのも
宗教の一環だったと聞いた事がある。
もしかしてこうやって落ち着いた気持ちになる為に木を彫っていたのかも。



6月20日。
飲み会が多い。
肝臓を守るにはシジミの汁がいいらしい。
インスタントみそ汁でシジミの奴を常備しておこう。



6月21日。
森田さんと例の野良の話しをした。
今度写真を撮って来て見せてあげようかな。



6月23日。
シャツにアイロンを掛けるのが上手くなった。
コツは立体と平面を意識する事だな。
もう少し給料が多ければシャツは全部クリーニングに出すんだけどなー。



6月24日。
森田さんと初めて2人で出かけた。
すごい楽しかった。
楽しいとあまり書く事がないなー。
酔った森田さん可愛すぎだろ。



6月26日。
課長にむかつく、なんつーか気に食わない。



7月3日。
最近はよく森田さんとお昼を一緒に食べる。
幸せ。



7月4日。
まったくなんなんだよ!
くっそ!



7月6日。
最近は壁や電柱の影、草むらであの猫を見かける。
猫は涼しい所と温かい所を知っていると言うから、
あの場所は風通しが良かったりするんだろうなぁ。


季節はもう夏だ。



7月5日。
色々な先輩方や上司のお話を聞くに、
やはり社会人は体が資本で、
出来る限り若いうちから体を動かす習慣を付けておいた方がいいらしい。
学生時代はずっと文科系の部活動だったからな……。
ジムの会員にでもなろうかな。



7月9日。
今日も森田さんとデート。
今回は森田さんから誘ってくれて一緒に映画を見た。
手を初めてつないだ、っていうかなんというか
高校生の頃の恋愛の様にどきどきしている。
自分で自分を笑える。幸せだ。



7月11日。
最近名刺の渡し方が上手になっていると思う。



7月15日。
明らかに課長は俺を狙って説教している、
少しのミスであれだけ怒るのは俺に対してだけだ、
ふざけるなよ、くそやろう



7月19日。
物事を主観と客観で見る事は大切だよなぁと実感。



7月20日。
最近野良を見ない。
写真撮りたいんだけどなー。
事故に合ったり、誰かに悪戯されてなきゃいいんだけど。



7月22日。
課長が森田さんとよく話している。
仕事の事以外も話している様だ。
別に自由だけど、なんか嫌な感じだ。



7月26日。
少し森田さんとケンカをした。



7月30日。
森田さんと夜ごはんを食べた。仲直りを兼ねてだ。
イタリアンとフレンチがごっちゃになったような店だ。
味も雰囲気も悪く無い。楽しく話す事ができた。
早々に仲直りできてよかったー。



8月5日。
森田さんはお盆休みは実家に帰る様だ。
俺もそうするかな。というか父が帰って来いとうるさい。



8月7日。
課長と森田さんが2人して話しているのまた見かけた。
これで何度目かになる、別にいいけど。
俺は課長が嫌いだ。



8月12日。
今日は他の部署も含めた同期達との飲み。
横の繋がりの構築という奴だろう。
森田さんは前々から予定が入っていた様で参加せず。
それにしてもこういう機会はいいな。
いままで話し事の無い人とも話せる。
面白い奴を何人も見つけた。連絡先の交換をする。



8月14日。
最近は夜に森田さんとよく電話で話す。
楽しい。女の長話が苦になるって言う男も居るけど、
俺はそうじゃないと実感。
いや相手が森田さんだからかな。



8月20日。
実家から帰って来た。
こちらに帰って来てしばらく立つとホームシックになるんだよなぁ。
そして今自分が、この部屋を指して「帰って来る」と書いた事に驚いた。
俺の家は実家じゃなくて、この家なんだよなぁ……。
独り暮らしを始めてからずっとそうだったはずなのに、
字にすると改めて気がつかされる。


でも、今の俺には森田さんがいるな。
森田さんも同じ様に寂しくなったりするのだろうか?
こういう事を考えられる相手が居るのは幸せだ。


実家に帰ると親が老けていて戸惑ってしまう、という話しは良く聞くが、
父に関しては今の所それはないようだ。
父は母と別れてからの方が元気に成っている様に思える。
そりゃあの悪魔の様なあの母と一緒に暮らしていては元気も無くなるよなぁ。
帰郷して父には会うのは嬉しいが、母に関しては顔も見たく無い。
弱い物に暴力を振るい続ける最低最悪の女だ。
未だに背中にある火傷の後は消えていないのだ。
一生許せる事はないだろう。



8月22日。
野良を完全に見かけなくなってしまった。
たまに顔を合わすご近所のおばさんに話しを聞いてみたけど、
彼女も最近は野良を見かけないと言っていた。


大丈夫だろうか。



8月23日。
シャツの下に着る肌着の重要性を思い知らされた夏だった。
汗が乾くのが速くて気心地が良い物を買うべきだなぁ。
値段が多少高くても仕方がない。



8月24日。
例のご近所さんと立ち話。
なんでも最近、不審な男が近所に数回出没したとかで、
小学校では生徒に注意を呼びかけているらしい。
男の年齢は30歳前後くらいの様だ。
そういえばこのおばさんには小学生になる娘がいるんだっけか。


もしかしてあの野良も不審者に何か酷い事をされたんじゃないだろうな。



8月26日。
森田さんを初めて美佳子さんと名前で呼んだ、そしてキスをした。
すごい照れた。
これで小さい物も含めれば6回目くらいのデートだろうか。
やっとだなぁ。
ちゃんと告白なんてしていないけど、付き合うってこう云う物だよな。
なんつーか幸福感溢れすぎるだろ!



8月30日。
また課長と美佳子さんが2人きりで話している。
美佳子さんも笑っている。愛想笑いだと思う。
別に付き合っているからと言って彼女を束縛するつもりはないけど。
しかし、課長の説教が最近厳しい。




4月1日
押入れを整理していたら昔の日記を見つけた。
読み返して2つの意味で笑ってしまった。
意味1つ目、結局日記が1年も続かなかった事。
意味2つ目、仕事の為の日記が美佳子の事しか書いていない事。
良くも悪くも微笑ましいな。


そして今の自分なら日記が続くだろうか?
と再びこうして日記を書いている。
妻との出会いと想い出が詰まったノートに、
今の幸せな気持ちと想い出を書いて行くのも悪く無いだろう。


それはさておき、
日記を長持ちさせる秘訣はまず毎日書こうとしない事だろうな。
こういうのは気が向いた時でいい。
楽しい事があった時はそれを記憶する為に書く。
悲しい事や嫌な事があった時には気持ちを整理する為に書く。



4月3日
美奈江は早くも新しい学年で友達を見つけたらしい。
3年生になると小学校では初めてのクラス替えがある。
クラス替えで問題が起こる事もあるようだが、
美奈江は友達と言う面は早々にクリアしたらしい。
友達を作れるのは才能の1つだ。それは凄い事だよと褒めてやった。



4月8日
やっぱり美佳子のご飯はおいしい。
美味しいしとても幸せな味だ。
美奈江が食べている姿を見るのも良い。


母や死んでしまった父は、
俺が帰省する度にごちそうを出してくれて、
それを食べる俺を笑顔で見ていたが、
あれはこんな気持ちだったのかもしれない。
両親の気持ちを理解できて嬉しい反面。
死んだ父に孫の顔を見せる事が出来なかったのがやはり悔やまれる。



4月18日
最近やけに眠い。
常飲している薬を医者の指示で変えたのが原因かもしれない。
風邪薬の様に眠くなる副作用はないと言っていたのだが。
副作用については今度会った時に改めて聞いてみよう。
単に年で疲れ易くなっているだけなのかも。
いやそれは認めない、若くは無いとはいえ。
流石にそこまでの年ではないだろう。
でも腰が痛いのは……年なのかもな。



4月22日
今日から数日母が家に泊まる事になっている。
俺は自分の事を親ばかだと自覚しているが、
どうやら母は祖母ばからしい。
美奈江と遊んでいる時の
あのにやけた顔といったらない。



4月23日
親子三人と母で遊園地へ行く。
美奈江がまだ小さいので乗れる乗り物は少ないが、
彼女も大変楽しんだ様だ。


美佳子と美奈江がメリーゴーランドに乗っている間、
母と2人で少し話す。
あんたも立派になったと言われた。
親にそんな事を改めて言われると照れるが、
やはり嬉しい物だ。


帰りには四人でファミリーレストランへ。
母は明日の夜に帰る。



5月1日
プロジェクトは順調に進行中。
だが新人の扱いには少々悩む。
課長によく説教をされていた事を思い出す。
立ち場が代わると相手の気持ちが分る。
自分に対して苦笑しか出ないな。
しかしその課長と肩を並べて同じ仕事をするとは思わなかった。
だが今でも自分の上司という感じはある。
あの人は頼れる人だ。


昨日は2人で飲んだ。
これで数度目だ。
これからも上手く関係を築いて行きたい。



5月100日
昨日は、美奈江をお義母さん預けて
美佳子とデート、昼間少し買い物をして、
映画を見た。そして食事をして、ホテルに泊まった。
美佳子が服を選んでいる時にブラウスを2着見せられて、
どちらが似合っているかと訊かれた。
本当にどちらも似合っているのでそう答えたら、
「あなたっていつもそうね」と怒られてしまった。
確かに付き合っている時から俺はいつもそうだ。
そして美佳子は当時から「あなたっていつもそうね」と毎回言うのだ。
その後に俺は毎回、本当にそう思っているのだから仕方がないと言う。
それを聞いた美佳子は少し笑って俺の肩や胸を叩いたりする。


店の店員からすれば良い迷惑と言うか中年の惚気に見えるだろうが、
いや実際に惚気なのだから仕方がない。
そんな事に幸せを感じてしまう。
服は購入したのだから店員には許してもらおう。


2着両方購入しても良かったのだが、
美佳子にもったいないと言われてしまった。
実にしっかりした妻だと思う。



昼頃にお土産のケーキを持って美奈江を引き取りに行く。
さすがに小学3生生ともなれば夫婦の仲が良い事は
家族という物を維持して行く上で大切だと分るのか
(或は女の子だからかもしれないな)
「デート楽しかった?」と笑顔で聞いて来る。
そしてケーキを食べながらデートの内容をあれやこれや聞いてくるのだ。


数ヶ月に一度こんな事をしている。
理解ある義母と娘がいて良かったと思う。


幸せだ。



5月11日
食卓では美奈江が近所で見かけたと言う、
可愛い子猫の話題になった。
そういえばこの日記をつけた当初、
美佳子に出会った時期にもウチの近所に可愛い野良猫が居た事を思いだす。
この日記の最初の方にも何回か登場している。



5月12日
今読んでいる本は、
デニス・ルヘインシャッターアイランドだ。
彼が書いたミスティックリバーは以前読んだが、
とても良い作品だった。この本も面白いとよいのだが。



5月18日
今日は美奈江の授業参観だった。
国語の授業で勢いよく手を上げる美奈江。
担任の先生に指されて黒板に回答を書く。
見事正解。
さすが美奈江だ、我ながら親バカだと思うが。
帰りにケーキを買ってやった。
成功には報酬を出して行きたい。
それが子供のやる気を育てるのだと思う。



5月22日
美奈江が言っていた野良を見つけた。
なるほど茶色と白の配色が可愛い子猫だ。
白地をベースに茶色い斑が体中に配色されている。
顔と鼻にかけて斑があるのが少し不細工で可愛い。



5月30日
課長……
現在では課長ではないのだが、どうもそう呼んでしまう。
さすがに仕事中にそう呼ぶ事はないが、
2人で飲んでいる時にそう呼んで笑われてしまった事がある。


ともかく、課長の奥様とお故さん、
そして俺と美奈江と美佳子で食事をした。
場所は和風なレストランだ、料亭と呼ぶ感じではないが
それなりに高級な場所だ。
床は深い色の木材で覆われている。
テーブルからはガラスで囲われた中庭の枯山水が見える。
翠の竹と上品に苔が生えた黒い岩と白い砂利と小さな青い池の一体感。
そしてそれを上から淡く照らす日の光が美しい。
課長とはたまにこうしてお互いの家族を率いて食事をする。
家族ぐるみのお付き合いと言う奴だ。


課長のお子さんも娘さんだ。
つまり家族構成は我が家と同じと言う訳だ。
課長が幸せそうな表情を浮かべていると俺も嬉しい。
いや本当は少しの引け目を感じているのだ。


課長と一緒にプロジェクトを開始して
初めて2人で飲みに行った時だ。場所は何時ものBra。
課長から実は美佳子の事が好きだったと打ち明けられた。
でも過去の話しだから安心してくれとも言われた。
そう、課長がまだ職場に勤めていた頃の
美佳子にちょくちょく話しかけていたのは美佳子の気を引く為だったのだ。


結果は今がある様に、美佳子は俺の妻になった訳だが、
俺は思う。恋愛なんてタイミングの話しだと。
何かが違えばもしかして美佳子の隣りにいるのは俺ではなく
課長だったのかも知れない。
だから彼には負い目の様な物を感じていたのだ。
課長がご結婚をされると聞いた時は嬉しかったが、
それは安心感と罪悪感から解放されたからだ。


そして今では家族一緒の付き合いしている。
課長の奥方は美しい女性だ。
美佳子には適わないけど。


とこの日記を美佳子に見られた時の保険を書けておこう。
嘘、保険じゃない。
本当に美しいと思っているし、愛しているよ美佳子。


閑話休題
今回の食事会も楽しかった。
食事も美味しかったし何より雰囲気がとても良い。
妻同士も子供同士も仲が良い。
そんな光景に目を細める2人の男だと言う訳だ。


幸せだ。



6月2日
美佳子も例の野良を数回見たと言う。
買い物帰りや、フラメンコ教室からの帰り道。
つまり夕方に良く見かけると言う。
美佳子の話しを聴くに、どうやら親猫はいないようだ。
あの野良はまだ小さい。
親猫がいなくてちゃんと生きて行けるのだろうか?



6月4日
テレビでビリー・ワイルダー監督のサンセット大通りをやっていた。
随分と古い映画だがやはり名作だと思いながら見る。



6月10日
美奈江が夜遅くまで外で遊んでいた様なので叱った。
俺が帰宅した時には流石に美奈江は家に居たが、
美佳子が言うには夜の7時を回っても帰って来なかったと言う。
美佳子は心配だっただろうな。
それに今回は何もなかったから良いが、
美奈江は美佳子が小さい頃の様に可愛い女の子なのだ。
次はどうなるかわからない、一応防犯のベルを持たせてある。
それにこの地域では夕方になると老人の方々が見回りの
防犯パトロールをしてくれる。
だがこういった事は何時どうなるか分らないのだ。
防犯意識を強く持つに越した事は無い。


叱るのは苦手なのだが、ここは心を鬼にして厳しく叱った。
もちろんちゃんと理由を話してだ。
泣かれた時は流石に堪えたが美奈江の為だ。
慰め役は美佳子だ。これで良い。
夫婦の役割は分担されていれば良い。
どちらも叱らないならば子供の為にならない、
どちらも厳しければ子供の逃げる場所がなくなる。
だからこれでよい。


美奈江は美佳子に慰められた後、ちゃんと謝ってくれた。
美奈江が心配だから叱ったんだよ、
美奈江の事が嫌いだから怒ったんじゃないよと改めて言う。
それから頭を撫でてやった。笑顔になる美奈江。
ほんとうに愛しい娘だ。


美奈江と美佳子は顔も性格も良く似ている。
この年にしては言葉使いも綺麗だ。
小さい頃の美佳子は美奈江の様な子供だったに違いないと思う。


女の子が居る男親と言うのは愛する娘を育てると同時に、
自分が知らなかった頃の妻の姿を見ているのだと思う。
そう考えるとなんだか得をした様に思える。
2人が愛おしい。
今は世の中がとても大変な時期だ。
そんな中で愛しい存在を2人も持てるとはとても幸せな事なのだろう。


幸せだ。



6月7日
昨晩寝室で美佳子と寝ていたら、
どこからか猫の鳴き声がして目が覚めた。
今朝その事を美佳子に聞いたら彼女は聴こえなかったという。
例の野良が我が家の庭に侵入したのだろうか?
体は大丈夫だろうか?


この日記を書き始めた若い頃には猫を飼う余裕は、
経済的にも心の余裕的にもなかったが、
仕事が順調にいき、妻が家を守ってくれているいまならば飼う事も出来る。
今度提案してみようか?
野良の場合病気等問題があるのだろうか?
今度調べてみようか。


しかし最近眠りが浅い、
やはり医者に処方してもらっている薬が合わないのだろうか。
昼間眠くなる事を質問したら薬の影響ではないと言われた。
反動なのか今度は夜が眠れない。
薬学の本が手に入るならば処方されている薬に付いて調べてみよう。
医者を信用し過ぎていい事等絶対にないのだから。


これを書いている今も猫の鳴き声がした。
やはり近所にあの猫がいるようだ、
我が家か近所の庭で良いベット代わりの寝床でも見つけたのだろうか。
親猫がいないのが寂しいのだろうか、猫が鳴き続けている。



6月11日
美佳子から意外な話しを聞かされる。


課長の奥方が気持ち悪い、気味が悪いと言うのだ。
そんな事を言う物じゃないと思うし、
食事会でも仲良く話していたのにどうしたのだろうと思った。
だが美佳子がそんな事を言うのには何か訳があるのだと思い話しを聴く。
美佳子は女性らしく感情的になる事も多いが、
決して人の事を印象だけでは語らない聡明な女性だ。


話しを聴くと課長の奥方が
自分の格好、服装や髪型、そして話し方さえ真似をしているのだと言う。
食事会で合う度に真似する箇所が増えると言うか、
真似の精度が上がって来ているらしい。


自意識過剰じゃないのかとも思うが、
確かに以前の食事会でお会いした時には短かった髪の毛を、
今回の食事会の時には美佳子と同じ位に伸ばして居た。
服装も以前はパンツルックだった物が、スカートを穿いて居た。
美佳子はパンツを履く事が少なく大抵何時もスカートを履いている。


偶然かとも思うが、課長が以前美佳子に惚れて居た事が心に引っかかる。
奥方が美佳子の真似をしているのではなくて、
課長が奥方を美佳子に近づけようとしているのでは?
などと言う考えも頭に過る。


考え過ぎだとも思うが、
一応、次の食事会を行う時は色々と検討しなくてはならないな。
開催するのか中止にするのかも含めて。



6月15日
先日サンセット大通りを見たせいなのか、
デイヴィット・リンチ監督のマルホランドドライヴを見たくなり、
レンタルビデオ店でDVDを借りて来た。
何時見ても恐ろしく悲しい話しだ。



6月16日
テレビでエイドリアン・ライン監督のジェイコブス・ラダー
やっていたのだが、眠かったので見ずに眠る。
すこし怖い夢を見たのは、この映画の内容を思い出したせいだと思う。



6月20日
仕事でトラブルが起きた。
課長が取引先の重要な情報が入ったディスクを無くしてしまったのだ。
なんとかディスクは見つける事が出来た。
大事な事にはならなかったが、今回の出来事を隠匿して、
その事が取引先に判明したらそれが大事になってしまう。
だから先方にも隠さずに謝罪をした。
情報が流出する様な事はなかったので、
先方は許してくれた。大きな問題にはならなかった。


課長は気が動転していたので俺が指揮を取った。
その事について課長に感謝された。
課長もこの様なミスをする事があるのだな。
でも誰にも失敗はある、だからお互い様でフォローをし合い、
被害を最小限に抑えれば良い。
そして失敗以上の成果を出せば良いのだ。



6月21日
夏目漱石夢十夜を読み終った。
黒澤明監督の夢はこれを元にした映画だったと思い出す。
若い頃に鑑賞したがまた見てみようか。



6月22日
今日も夜に猫が鳴き続けている。
美佳子も野良の事を心配してる。
懐中電灯を持って自宅の庭と近所を捜索してみたのだが、
野良はみつからず。
だが自宅に戻って暫くするとまた猫が鳴き続けるのだ。
とても大きな鳴き声で。
もしかして不審者に虐待でもされているんじゃないだろうな?


昔の野良の事を思い出す。
結局あいつはあの夏を境に見かけなくなった。
前後には不審者の情報でて、小学校では注意が呼びかけられた。
もしかして、と思ってしまう。


今度似た様な事があるならばその猫を守ってやりたい。



6月24日
今日は美奈江と2人でデート。
ただの買い物なのだが。こう云う事を書くと自分が親バカなのだと自覚する。
生活必需品を2人で買って、帰りに大型の玩具屋に寄った。
玩具屋に行く度に思うのだが、
今では女の子向けのゲーム筐体も置いてあるのだな。
俺が小さい頃にも玩具屋やデパートの玩具コーナーには
ゲーム筐体が置かれていたが、
それはすべて男の子向けの物だった。


ぬいぐるみを買った後、
ママには内緒と言い添えて2人でケーキ屋でケーキを食べた。
美奈江はショートケーキ、俺はチーズケーキ。



6月25日
クリストファー・ノーラン監督のメメントを見た。
部下が面白いと言っていたのだ。
なるほどなかなか面白い。
彼とは映画に付いて色々と話せるかも知れない。
部下にそう言う人物がいるのは良いな。
なかなか幸せな事だ。



6月26日
課長がまたミスをする。
今回は前にもまして小さい物だったが最近課長にしては珍しくミスが多い。
体調でも悪いのではないかと思い聞くと、最近夜に眠れずに寝不足だと言う。
確かに目の下の隈が目立っている。
大丈夫だろうか。
彼には一人前の社会人として育ててもらった恩と、
美佳子に関する引け目がある。
なんとかフォローして上げたい。



6月27日
最近は良く古典的な推理小説を読んでいる。
今読んでいるのはアガサ・クリスティアクロイド殺しだ。



6月30日
回覧板で不審者注意の情報が回って来た。
やはり出た様だ。警察と近隣の防犯協会は見回りを増やし、
小学校では集団登下校を実施する様だが、それでも不安だ。
美奈江にも防犯意識を高めなさいと注意を言い聞かせた。
知らない人には付いて行かない事、一人にならない事。


そんな事を美奈江に話して居たら、美佳子が微笑んでいた。
理由を訊くと、今回の事体は心配だけど、
さっきまでの俺と美奈江が、
小さい頃の美佳子とお義父さんの様だったからだと言う。
美奈江と同じく美佳子も可愛い女の子だったのだろう、
そりゃお義父さんも口を酸っぱくして注意をする。


でもきっと人間と言うのはこうやって役割を交代させて
何代も何代も社会を形成して来たのだろう。
今度は俺が父親になる番だ。妻と娘を守らなくては。



7月1日
また夜中に猫が鳴き続けている。
心配だ。前日にご近所さんとも話しをしたのだが、
五月蝿い位に鳴いているのが聴こえると言う。
これは本格的に捜索しなくてはならないのかも知れない。


もし不審者が何かをしていたのだと言うのなら、
俺はそいつを許さない、確実に警察に突き出してやる。



10月1日。
夜中に目が覚めた。
日記を書いている。
最近は悲しい夢ばかり見る。
悲しいが見ていたい夢だ。心地の良い悲しさだ。
久しぶりの冴えた頭で日記を読み返し、そしてこうして書いてる。
それにしても、猫が鳴き続けている。五月蝿い。


冴えた頭はいい物だ、この時間にちょうど薬の効き目が切れるのだろう。
やはりあの医者は俺にそういった類いの薬を出しているのだ、
人の頭をぼやけさせて大人しくさせる様な。
だが、俺の様な奴にはそれも仕方のない事だろう、くそやろうだ。
猫が鳴き続けている。五月蝿い



冴えた頭で日記の日付に注目する。苦笑する。
夢がやがては現実に追いついてしまうじゃないか。
あっちは7月1日こっちは10月1日。
くそやろう、猫が五月蝿い。


そうかもう10月なのか。
ということはあの聖人気取りの悪魔共が俺に面会に来るのだ。
くそやろう、何様のつもりだろうか。猫が五月蝿い。
君を追い込んだ責任は私にもあるだとふざけるな笑わせるなくそやろう。
五月蝿い、猫が。猫が。



カウンセリング?根本的な心的問題の解決?
あのヤブ医者はなにも分っていないのだ。
救済者気取りのくそやろうだ。
それよりこの五月蝿い猫を止めてくれ。



聖者気取りのあいつが責任を感じるのは自由だが、
あの女までつれてくるのが質が悪い。
森田……いや、今では鴨岸美佳子か。
俺に何かを感じるのならあの女を出来る限り遠くへやってくれ。
殺してやりたい気分だ、あの時の猫の様に苦しめてやりたい気分だ。
くそやろう。俺は糞野郎だ。地獄の責め苦だ。煉獄の罪悪感だ。
謝罪を繰り返し自分の頭を叩き割りたい。
おまけにあの女の腹の中には子供もいるという。
美佳子さんの子供ならば可愛い子に育つだろう、
俺の知らない所で幸せになればいいのだ。殺してやりたい。
俺の手の届かない所で幸せになればいい、
そうすれば完璧に諦められる。腹の中の子も含めて八つ裂きにしてやりたい。
諦めた後に訪れるのは、可能性の想像と妄想。心が安定する世界だ。殺したい。
俺は糞野郎だ。猫の亡霊だ。死の仕返しと、辺獄の苦しみだ永遠性だ。
あの男も女もくそやろうだ。
猫が鳴き続けている。
猫が鳴き続けている。



それでも一回も面会に来ない母よりはましと云う物だろうか、
あのくそやろう。
いや来たら来たらどんな手段を使っても殺してしまうかも知れない。
あのくそやろうの暴力女など死んだ方が良いのだ。
弱い物を傷め続ける最悪の女だくそやろうだ。
猫が五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い。



先月位からだろうか、新しく入った同室の患者が五月蝿い。
夜中になるとあの猫の様な鳴き声を上げて泣き叫ぶのだ。
病室の扉にはめ込まれた格子を揺さぶり助けを訴えても、
あのくそやろうの医者も看護士も一向に改善させようとする気配が見られない。
あいつを引っ叩けば、窓も何もない
それどころかベットすらないあの個室に移れるだろうか?
だが個室は臭い。ヤク中共が自分の糞を壁に投げつけ擦り付ける。
その臭いはたとえ清掃を行ったとしても消える事はないのだ。
猫が鳴き続けている。
五月蝿い。
五月蝿い。
こいつのせいで眠りの質が浅い。
そのせいで昼間さえ頭が異常にボケている、これは薬の影響だけじゃない。
薬も悪い猫も悪い俺も悪い。あいつとあの女と母と医者も悪い。
寝不足だ。苦しい、苦しい。
五月蝿い。
五月蝿い。猫が鳴き続けている。
苦しい。苦しい。苦しい。
苦しい。苦しい。苦しい。
苦しい。苦しい。
苦しい。


あのくそ猫やろうをぶっ叩いて口を叩き割って、
歯を粉々にして舌をまっ二つに割って黙らしてやりたい。
五月蝿い。
五月蝿い。
五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。
五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。
五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。


苦しい。苦しい。
苦しい。
苦しい。



猫が鳴き続けている。
猫が鳴き続けている。
猫が鳴き続けている。
猫が鳴き続けている。
猫が鳴き続けている。
猫が鳴き続けている。
猫が鳴き続けている。
猫が鳴き続けている。
猫が鳴き続けている。
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猫が鳴き続けている。
猫が鳴き続けている。


聖者気分の悪魔共目!!!!









7月3日
不眠が原因なのだろうか。
とても嫌な夢を見た。
とてつもなく不快な夢だ。
あんな夢はさっさと忘れてしまおう。
こういった物はさっさと忘れてしまった方が良いのだ。



今日から美奈江の集団登下校が始まった。
朝、美佳子が集合場所まで美奈江を送った。
そこで他の子供達のお母さん方と、
不審者対策、防犯計画をなどを話したと言う。
大切な子供達は我々が守らなくてはならない。


夜中になると相変わらず猫が鳴き続けている。



7月4日
会社近くの書店でカズオ・イシグロ日の名残りを購入したのだが、
帰宅時の電車の座席に置き忘れてしまった。
席に座った途端寝てしまい、駅について急いで下車したのが原因だ。
どうも体調がよくないな、あの夢のせいだろうか。



7月5日
課長の体調かさらに悪化している様に思える。
目の隈が以前より濃い。
やはり不眠が原因なのだろう。
何か精神的な物が原因だろうか?



7月6日
今日は珍しく定時に帰れる事が昼休み前に確定したので、
家に連絡を入れて、外で美佳子と美奈江と待ち合わせて外食をした。
こうした事をすると、美奈江が産まれる以前は、
2人の終業時間が近い時には美佳子と外食をした事を思い出す。
あの時は酒が飲める店をよく選んだ物だ。
そのままホテルに泊まる事もあった。
次の日が仕事の事も多く、
着替える為だけに早朝急いで自宅に戻ったりしたものだ。
懐かしい。


だが今は2人の間に美奈江がいる。
酒を飲める店を選ぶ事はないが、
これは2人の時とはまた違った形の幸せがあるという事だろう。
結局美味しい炭火焼のハンバーグが食べられる店を選んだ。
美奈江が大きく口を開けてハンバーグを食べる姿を眺める。
幸せだ。



7月70日
三人で近所の公園へ散歩。
売店で餌を買い橋の上から鯉に餌をやる。
美奈江はどうも鯉が怖いらしい。
だが帰り際には自分で餌を与えてやっていいた。


帰りに夕食の材料を買いにスーパーへ寄る。
美奈江はピーマンが嫌いなのだが、
自分から食べたいと言い出した。
どうした物だと思ったのだが、
どうやら学校のクラスで苦手な食べ物を
克服しようと言うキャンペーンを行っているらしい。
食べることが出来たら担任から猫のシールを貰えるという。
これを気に好き嫌いが無くなれば素晴らしい事だ。
それを聞いた美佳子は今日はがんばって料理をしなきゃねと微笑んでいた。


晩ご飯はピーマンの肉詰めのトマト煮。
美奈江は頑張ってピーマンを残さず食べることが出来た。
美佳子と2人盛大に褒めてしまった。
親バカだ。だが幸せだ。



7月9日
今はスティーブン・キング
ランゴリアーズに収録されている秘密の窓、秘密の庭を読んでいる。
キングが書く怖さの正体が分らない。



7月10日
課長にカウンセリングや睡眠薬の服薬を進めた。
先日よりさらに目の隈が酷いのだ。
だが課長はカウンセリングなどヤブ医者の商売だと言って
話しを聴いてはくれなかった。
睡眠薬などは悪魔の薬だと言う。
精神的に何か追いつめられているように感じる。
課長の奥方やお子さんは大丈夫だろうか。


今日の夜はさらに猫の鳴き声が酷い。
ずっと猫が鳴き続けている。



7月11日
帰宅すると美佳子が真っ先に不審者に関する情報を伝えて来た。
なんと昨晩、警察が不審者を目撃し追跡したのだと言う。
だが、残念な事に取り逃してしまったと言う。


闇夜だと言う事、不審者が紺色のパーカーを被っていた事、
不審者が途中で磯田さんの邸宅の石垣を登り越えた事。
不審者を追跡していた警察の一人が途中で足をくじいてしまった事、
さらに不審者はパーカーやジャージなど動き易い衣服を身に着け、
靴もこの狂気じみた行為をするにあたり購入した
軽いトレイルランニング用の物を装着していたため、
完璧に逃げ切り人相も判っていないと言う。


恐ろしい事に不審者を最初に目撃したのは
我が家の近くだと言う。
心配だ。とても心配だ。
猫が鳴き続けている。



7月12日
課長の調子が少し良い。
最近黙り気味だったのが今日は良く喋る。
昨日は長い時間眠る事が出来たと言う。
それは良かったのだが、課長は脚を引きずっている。
どうしたのかと思い聞いたら、自宅の階段から転げ落ちてしまい、
その時に出来た怪我だという、幸い大した物ではない様なのだが。


課長が例の不審者の事を色々質問してきた。
そして防犯に対するアドバイスをしてくれた。
ご自分は脚を怪我されていると言うのにありがたいことだ。
なんと優しい方なのだろう。
優しい、こういった優しい方は素晴らしい人だ。



7月13日
晩ご飯を自宅で食べている時に母から電話があった。
美佳子から不審者の事を聴き、心配になった様だ。
大丈夫。家族は俺が守ると言ってやる。
そうしたら母に頼もしい物だと言われた。
なんだろう、母はもしかしてこの年にして
親ばかになってしまったのだろうか。



7月16日
会社から帰宅後、自宅で映画を見た。
ブラッド・アンダーソン監督のマシニストだ。
美佳子と一緒に見たのだが、
作品の雰囲気に美佳子は怖いを通り越して
おぞましいと感じてしまった様だ。
映画の内容自体は悲しい男の悲劇なのだが。


映画の中の主人公は睡眠不足と言う設定だ。
不眠症と言うレベルの段階ではあるが。


今日もまた猫が鳴き続けている。
このままでは俺も映画の様に不眠症になってしまうかも知れない。



7月20日
課長の目の隈がまた一段と増している。
本当に元気がない。
何か話しを聴けないかと思い終業後にBraへ何度か誘ったのだが、
用事や体調不良を理由に断られてしまう。


最近の課長はなんというか身だしなみだらしがない。
俺が新入社員で課長が上司の時は良く服装に関しても注意を受けた物だが、
その課長の身だしなみが汚い。
ネクタイの締めが緩かったり、シャツの袖や襟が汚れで黒い時が多い。
奥方はどうしたのだろうか?


やはり心配だ。
そこでBraが駄目なら家族を交えての食事会はどうかと提案する。
承諾を貰ったので今週末に行う事にした。
これで何か話しを聞けたり課長の家庭状況が分れば良いのだが。
状況が分るのならば対処のしようもある。


美佳子が課長の奥方を気味悪がっていたのが
気がかりだが、あれはやはり偶然だろうと思いたい。
女性の服装や髪型には流行廃りがある。
それが偶然一致しただけだろう。



7月21日
帰宅してパソコンで食事会の店を選ぶ。
カジュアルなイタリアンを予約した。
坂の上にある一軒屋のレストランで白い無垢の木を基調とした内面だ。
予約した個室からは大変綺麗な丘の上からの眺めを見る事が出来ると言う。
料理は今の時期夏野菜を中心とした前菜を多く食べられる様だ。
前菜が多いと女性は喜ぶ。美佳子は勿論、課長の奥方も喜んでくれるだろう。
夏はトマトや茄子、スズキを使った料理が美味しいと言う。



7月24日
美佳子の言っていた事は正しかった。
食事会に表れた奥方が俺でも分る程に美佳子の外見を模倣している。
気味が悪い。


それだけではなく、課長は奥方の事を、
最近特に美しくなったと言う。
間違いなく課長は美佳子の事を今でも好いているのだ。
奥方も自分が美佳子の模倣をさせられていると気がついている筈なのだが、
何も気にしていない様に振る舞っている。


それだけではない、課長のお子さんまで
美奈江の外見を模倣しさらに立ち振る舞いや言葉使いもそっくりなのだ。


だがあの一家はそれが当たり前の様に一切気にする素振りを見せない。
おかしい。この一家はおかしい。


この場で事を荒立ててるのも恐ろしいので、
何事もない様に食事を終えたのだが、一切味が判らなかった。
課長の家族と解散後、美佳子と話すと彼女も同じ事を思ったと言う。


なんということだろう。
課長には十分注意しなくてはならない。
今日の夜も猫が鳴き続けている。



7月28日
あの日以来課長とはあまり接触を持たない様にしているのだが、
課長はさらに目の隈が濃くなり服装はだらしの無い物になって来ている。
毎日風呂に入っているのかも分かった物ではない。
それに口調が粗暴になってきている。
部下に対して大声で怒鳴り散らすのは当たり前で、
我々の上司に対してすら睨んだり馬鹿にした様な発言を行っている。
どうしたというのだ。
猫が鳴き続けている。



7月300日
課長が異常なミスをした。
いやあれは最早ミスなのではない。


プロジェクトを共同で行っている取引先との会議の際、
相手方の重役に日記に書くのも憚れる様な暴言を吐き、
さらには暴力を振るおうとしたのだ。
幸い直前で私と上司が止めたのだが。
なにか原因が有ったのではない。
相手方の重役と揉めたりしたいたのでは無い。
突如とし課長が暴言を吐き先方に殴り掛かろうとしたのだ。


異常だ。断言する。課長は異常だ。
どうしたのだ。
最近の状態も含めて、課長は狂ってしまったのだろうか?


そうでないのならば、自ら破滅を望んでいる様に見える。
先日の食事会を思い出す。
美佳子と美奈江の模倣をする課長の奥方とお子さん。
課長は美佳子に恋い焦がれ、それがどうしても適わないばかりに、
自ら破滅を望んでいるのだろうか?


課長には……いやもう課長と呼ぶのはやめよう。
あんな人はさすがに尊敬できない。
鴨岸さんには上司から謹慎処分が言い渡された。


取引先には後日改めてお詫びをする事となった。


今日は何時にも増して猫が鳴いている。



8月2日
取引先へ上司と共に課長の行為を謝罪しに行く。
鴨岸さんへの処分は解雇も含めて検討している事をお伝えした。
幸いな事に先方は警察へ訴える事などはしないという。
ちゃんと話せる事の出来る重役の方で良かった。



8月3日
今日は美奈江への誕生日だ。
昼間は学校のお友達を呼んで誕生パーティーを開いた。
プレゼントの交換、ゲーム、ケーキ、ロウソクの吹き消し。
美奈江もお友達も大変楽しんだ様だ。


夜は美佳子のご両親と、
美奈江お気に入りのレストランで食事をする。
食事の最後にはケーキが登場。
レストランのスタッフ一同がハッピーバースデーを歌ってくれた。
喜ぶ美奈江。ケーキに刺さったろうそくを1吹きで消してしまった。
大きくなった物だと思う。将来はどんな女性になるのだろうか。
美佳子に似た素敵な女性になるのは間違いない。


恐れ多い事に美佳子のご両親に
ここの代金をごちそうになってしまった。
今度何かお礼をさせて頂こう。


一方母は美奈江へのプレゼントを郵送で送ってくれた
だがこの場に来れない事を悔しがっていた。
今度現像した写真を送ってあげよう。


幸せだ。
不審者や鴨岸さんの事を含めて、
家族を守って行こうと改めて決意をする。



8月5日
鴨岸さんへの処分が会社で決定される前に、
鴨岸さん自らが書いた辞表が届いたという。
会社はこのまま自主退職という事にするようだ。
鴨岸さん含めご家族は大丈夫なのだろうか。


先方の重役に対しての罵詈雑言と、
暴行未遂を思い出す。正直恐ろしい物だった。
万が一それが美佳子や美奈江へ
向かう事があったらどうしようかと想像してしまう。
その時はなんとしても俺が家族を守ろう。



8月6日
今行っているプロジェクトの責任者に
俺が就任する事になった。
鴨岸さんがいる時も俺と2人が責任者という形であったが、
正式には鴨岸さんがプロジェクトのリーダーであった。
つまりこれはある意味出世と言う事になる。
これまで以上に頑張ろう。
上司も期待してくれている。


今日も猫が鳴き続けている。声が大きい。



8月10日
なんということだ。
今も興奮している。



8月11日
終業後、警察へ。
改めて事情を話す。
とても疲れた。



8月11日。
先日あった事の顛末を整理する為に書く。
結論から書くと不審者は逮捕された。


その日の夜は月も出ずに暗かった。
雨が静かに振って居た。
そして猫が鳴き続けていた。
聴こえるのは雨音と猫の鳴き声、
隣りで寝ている美佳子の小さな寝息だけだった。


だが一度、猫の鳴き声が途絶えた。
何かが起こったのだと直感した。
そして俺は懐中電灯を握りしめ外に行く。
危険に対する恐怖より、
何かが起こったのならば家族を守るのだと言う気持ちが
俺の中で溢れていた。


外に出て懐中電灯の電源を入れる。
一筋の光が空から振る細かな雨を照らしていた。


ぬかるんだ土を踏みながら歩く。
そうして我が家の庭を調べようと思った矢先、
猫がお隣の家の庭から我が家の庭に飛び出して来たのだ。
その後、一瞬の間をおいて、猫を追う様に男が飛び出して来た。
紺色のパーカーを着てジャージを履いた男が飛び出して来たのだ。
俺は確信した。こいつが例の不審者なのだと。
そしてこれまでの猫の鳴き声は
この男があの猫に対して何かを行った結果なのだと。
きっと猫に虐待を加えて鳴かせていたのだ。
俺はそう確信した。


そう確信した時、俺の心に芽生えたのは恐怖ではなく怒りだった。
それは勇気などではない、
弱き物を傷つけた人間に対しての純粋な怒りだった。
弱き物を一方的に傷つける行為を俺は許せない。


次の瞬間、俺は男に飛びかかっていた。
意味の分からぬ叫び声を上げて。
俺と男が絡み合い濡れた土の上に転がる。
俺の手が男の顔に向かい被っていたパーカーのフードを剥ぎ取る。
そして衝撃が走る。


フードの下に有ったのは鴨岸の顔だったのだ。



俺は理解した。
課長の変容、課長の家族の変容、出没する不審者、鳴き続ける猫。
それらは全て、
課長の美佳子への適わぬ憧れが起した事だったのだ。
鴨岸は俺と美佳子が付き合い出した当時も、
結婚をした当時も、美奈江が産まれた当時も、
常に美佳子への情景を捨て去る事が出来なかったのだ。
鴨岸自らが結婚し、子供をもうけた後もだ。
鴨岸の美佳子への捨てきれぬ思いは蓄積して行く。
そうしていつしか歪んで行った。
だが愛する女だ。直接手を下す事はできない。
そこまでは歪んではいなかったのだろう。
俺にもその気持ちは判る。
いくら自分の憧れが適わぬそして裏切った女であっても、
直接傷つける事などできやしないのだ。


だから鴨岸は叶わぬ願いをつかみ取る様に
自らの家族を俺の家族に模倣させる事にした。
そして夜な夜な猫を傷つけ虐待して鳴かす。
伝えられぬ自分の思いを猫の悲痛な鳴き声で代弁させる様に。


なぜか判らないが俺にはその鴨岸の気持ちが理解できた。
なぜだろう。それはきっと何かが変われば、
俺が鴨岸の立場に立っていたかもしれないからだ。



フードの下に鴨岸の顔が表れる。
その時の鴨岸は泣いていた。
そして逃げ出そうとする。
ここで逃がしては後々何をするのか判らない。
だから俺は決して鴨岸の体を離さなかった。
そこからなんとかして体を捻り力を籠めて、彼の上に乗っかる。
鴨岸の両腕を押さえる。身動きを封じようとする。
だが鴨岸の放った蹴りが俺の腹に直撃する。
体が水浸しの地面に吹き飛ばされる。
泥水が口に入る。骨が軋む音がした。
腰に激痛が走る。下半身の力が無くなる。
頭を打ち付け、視界がぼやける。
遠退く意識をなんとか繋ぎ正常に保とうとする。
背中を打ち付ける。肺が痙攣する。息が出来ない。
腕が痛い、脚が痛い。苦しい。苦しい。
なんとか立とうとする。だがどちらが地面でどちらが空なのか判らない。
混乱。息が出来ない。苦しい。混乱。骨の軋む音。混乱。
遠退く意識。苦しい。力が入らない。混乱してる。息が。俺は誰だ。
俺は誰なんだっけ?


冷静になろうとする。なんとかして顔を鴨岸の方に向かせ様とする。
見えたのは鴨岸の足だ。彼はもう立ち上がっていた。
そしてゆっくりと俺の方に近づいて来る。
そこで鴨岸が初めて言葉を発した。
あなたには俺の気持ちなんて分らないでしょうね、と。
俺は分るよ、お前の気持ちは分るよと言ってやりたかった。
だが息が出来ない。言葉がでない。混乱する。混乱している。


なぜだろう。それはきっと何かが変われば、
俺が鴨岸の立場に立っていたかもしれないからだ。



鴨岸がパーカーのポケットから何かを取り出した。
折りたたみ式のナイフだ。
あいつは俺を殺そうとしているのだ。
俺は死ぬのだろうか、冷静にそう思った。
俺が死ぬのはまだいいが、家族はどうなる?
鴨岸は美佳子や美奈江も手にかけようとしているのではないか?
だが分った。鴨岸が殺そうとしているのは俺だけなのだろうと。
なぜか理解できた。
なぜだろう。それはきっと何かが変われば、
俺が鴨岸の立場に立っていたかもしれないからだ。


目を瞑る。ゆっくりと人生を諦める。
その時、あの虐待され鳴き続けていた猫が
鴨岸に飛びかかり彼の手に噛み付いた。
鴨岸は慌てふためき体のバランスを崩す、そしてナイフを落とす。
俺はあの時の猫の目を一生忘れる事はないだろう。
それは地獄の責め苦だ。煉獄の罪悪感だ。
あの勇敢な目を、殺意を持った目を、
今まで傷つけられて来た事への復讐をしようとする目を、
まるで母から毎晩の用に虐待をされて続けて子が
母に対して決別を言い渡すときの様な
固い決意を心に持った目を。
そうだ、俺は弱き物を一方的に傷つける行為を許せない。
それは地獄の責め苦だ。煉獄の罪悪感だ。


口を精一杯開ける。
肺を強引に開かせる様に大きく息を吸う。
一回だけ呼吸が出来た。それで十分だ。
地面に寝転んだまま手で上半身を持ち上げる。
そして脚で地面を大きく蹴り、鴨岸へタックルする。
その姿はきっと猫が獲物へと飛びかかる様だっただろう。
倒れる鴨岸、そのままうつ伏せにして地面に押さえつける。
猫が鳴いている、鴨岸が嗚咽している。
俺は遂に鴨岸を取り押さえたのだ。
この戦いに勝ったのだ。
家族を守り切ったのだ。
そんな俺達を眩しいライトが照らした。


警察だ。警察だ。
騒ぎを聞き眠りから覚めた美佳子さんが直ぐさま警察に連絡。
近所をパトロール中の警察官が駆けつけたのだ。
動きを停止する俺達。
拘束、逮捕される不審者。


俺の元に美佳子と美奈江が涙を流しながら
無事で良かったと駆けつける。
俺は妻と娘を抱きしめる。
なんてことないのさ、俺の体なんてどうでもいい。
君たちが無事ならそれでいんだよ。
出来る限り優しい声色でそう告げる。
胸の中では美佳子と美奈江が泣いていた。


警察署へ連行される鴨岸の背中を見ながら思う。
彼はこの後どうやって生きて行くのだろうか、と。


次の日警察へ行き、改めて当時の状況を説明するのと、
鴨岸について色々説明を受けた。
猫はここ数ヶ月のあいだ毎晩の様に鴨岸に体を押さえつけられ、
手足を鋭利な刃物で傷つけられていたという。
担当の警察は詳しくは聞かない方がいいと話してはくれなかったが、
きっと爪の付け根に鉄製の串などを差し込んでいたのだろう。
なんという残酷な事だろうか。
鴨岸も猫好きな男だった。
美佳子への捨てきれぬ歪んだ情景と
俺への嫉妬がその様な行為に及ばせたのだ。
彼はこの後一生、あの猫への罪悪感に駆られ続けるのだろう。
そしてさらに心は歪んで行く。
入れられるのは刑務所ではなく、
精神科医が在中している様な施設だろう。
そこでも彼は美佳子への情景を抱え、
猫への罪悪感に悩まされ続ける。
それは地獄の責め苦だ。煉獄の罪悪感だ。


なぜだかそれを理解できた。
なぜだろう。それはきっと何かが変われば、
俺が鴨岸の立場に立っていたかもしれないからだ。


だから思う。
彼に対して何か出来る事があればしてやろうと。
助けてやろう、救ってやろうと。
今回の事件が終わり、安堵を感じているが、
それ以上に悲しさが俺の心には漂っている。





あんな事があったショックからだろう。
今日は夫婦のベットで美奈江が美佳子と一緒に寝ている。
その穏やかな寝顔を見ながらこの日記を書いている。
そして思う、幸せだ。危機は去った。今は平安が溢れている。
俺はなんと幸せなのだろう。
心から幸せだと思う。


幸せだ。



10月25日。


何もかも悲しいだけだ。


今日も、猫が鳴き続けている。









〈おわり〉














【あとがき】
ここからは作者によるあとがきのコーナーです。


初めてホラーを書いたので
後書きと言う物を書いてみようと思いました。
理由はホラーと云う物は読了感があまり良い物ではないですよね。
悲しかったり怖かったり不快だったり。
だから後書きを書けば少しはそれを払拭できるかも知れないと思い
こうして筆を取っています。
それにしても今日も猫が鳴き続けています。


ホラーを書いた理由は、
ホラーが他のジャンルと比べてアイデアを活かし易いからですね。
猫がうるさいですよね。


この【日記】でのアイデアは、
普通の中に1つ異常な物が入ると、
今まで普通に読めていた物が普通に見えなくなると云う物です。
猫が鳴き続けている。うるさい。


この【日記】での普通とは、
ある1日を抜いた日記の事で、異常とはある1日の事です。
ある1日というか正確には最後の日付も含めると
2日なんですけどね(笑)
猫が鳴き続けている。うるさい、うるさい。


ここまでお読みいただいた方ならお判りの通り、
その1日とは10月1日の事(と最後の10月25日の事)です。
このお話は10月1日の日記が無ければ、
ただの不審者を捕まえるまでの日記です。
(最初からお読頂いて10月1日だけを抜かして
 読んで頂ければそれが分ると思います)
ところが、ある1日、10月1日の日記があるだけで、
全ての日付の日記の意味が代わってきます。
それがアイデアでした。
猫がうるさい。どうしようもなくうるさいんですよ。猫。


その10月1日の日記もどこまで書くべきかと迷いました。
お話の全体像、事件の全体像は決まって居たのですが、
それをどこまで明確にするかを悩んだのです。
ただ、美佳子を殺してやりたい猫が五月蝿い。
と書いただけでは表面上は優しく振る舞うも
実は妻と猫に不満を持っている
旦那さんが書いた日記なってしまいます。
それでも日記の意味が変るのですが、事件性はありません。
結局、後に書かれる事件の顛末の意味を明確にする為に、
この様な形になりました。
つまり情報を多く提示して、
最後に落ちらしい物もあるという状態ですね。
猫が鳴き続けている。猫が鳴き続けている。猫が鳴き続けている。


これは、映画における技法の、
エーゼンシュタインのモンタージュ理論どうたらとも言えるのですが、
それはまた別の機会にお話しようと思います。
猫が鳴き続けている。猫が鳴き続けている。猫が鳴き続けている。
猫が鳴き続けている。猫が鳴き続けている。猫が鳴き続けている。



猫が鳴き続けている。
猫が鳴き続けている。
猫が鳴き続けている。
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聖者気分の悪魔共目!!!!







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