日記:「ビジネスで成功した人」「民間の人」という危うさ

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トランプ氏や彼が起用する人物を持ち上げる時、「ビジネスで成功した人」「民間の人」というフレーズが出て来る。

確かに、トランプや彼が起用する財界人は「ビジネスで成功した人」であり「民間の人」である。

しかし、これから彼らが活躍しようとする「行政」という現場は、ビジネスという現場や民間という現場と一直線につながっているのかと考えれば、甚だ疑わしいのも事実である。

本邦を振り返ってみよう。ここ10余年あまり、行政の悪しき宿痾を打ち破るべく「ビジネスで成功した人」や「民間の人」が起用されることが多かった。要するに「民間ではこうだから、効率をあげよう」というフレコミである。

現実に効率が悪いからその改革をというのは「字義通り」評価できる。しかし、全てがコスト・効率ではないのが行政とか公益に関わる分野でもある。ビジネスでは、儲けにならないからカットしてしまえばいいのだろうけど、そういう「民間」とは別に行政とか公益があったはずですよね、というシンプルな話を忘れてはいけない。

その代表が橋下徹大阪府知事大阪市長に見られる「維新」のパフォーマンスであろう。「民間では〜」をキーワードに確かに「お役所仕事」をスリム?にしたように見える。しかし、行政とか公益に関わる部門は、そもそも民間では運営不可能な、いわば儲けにならぬ公共の福祉に積極的に関わるのがその役割にも関わらず、蓋を開けてみると、本来、お役所が担わなければならない業務まで、「民間では〜」をキーワードにぺんぺん草も生えない荒野にしてしまったのではないだろうか。

「民間では〜」だからお役所「仕事」が批判されることは承知するし、日本の官僚(制度)の問題も否定しない。しかし、民間がフォローできないことを「民間では〜」式にカットしていくと、最期は、「役に立たないもの」「儲けにならない」ものはカットしてもしかるべきというナチス優生学とも交差するんじゃないかと危惧する。

「遺伝性の疾患を持つこの患者は、その生涯にわたって国に6万ライヒスマルクの負担をかけることになる。 ドイツ市民よ、これは皆さんが払う金なのだ」


選挙戦の最中もそうでしたが、トランプ氏が大統領選挙を勝利して以降、ナチスを彷彿とさせる排外主義的言説はスルーされ、まあ、ビジネスで成功した人だから、無茶しないだろうという報道に移行しつつありますけど、警戒を緩めてはならないのではないか。

そもそもビジネスで成功した人を想起すれば、ワタミの社長しかり…彼は自民党参院議員ですねw…、ユニクロの社長しかり碌なのはいない。公益よりも自身の利益を優先するのが「民間」な訳だから。

https://www.ushmm.org/wlc/ja/media_ph.php?ModuleId=0&MediaId=473



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覚え書:「ミルワード先生のシェイクスピア講義 [著]ピーター・ミルワード [評者]斎藤美奈子(文芸評論家)」、『朝日新聞』2016年12月18日(日)付。

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ミルワード先生のシェイクスピア講義 [著]ピーター・ミルワード
[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)  [掲載]2016年12月18日   [ジャンル]文芸 
 
■一様でない悲劇のヒロインたち

 2016年はシェークスピアの没後400年にあたる年だった。徳川家康の同時代人(没年がいっしょ)だというのに、なぜシェークスピアはいまも世界中の人々を魅了するのか。
 本書は5人の女性を取り上げる。ジュリエット、オフィーリア、『オセロ』のデズデモーナ、マクベス夫人、『リア王』の三女コーデリア。いずれ劣らぬ悲劇のヒロインである。
 〈ジュリエットの強さ、オフィーリアの脆弱(ぜいじゃく)さ、デズデモーナはあまりに善良であり、マクベス夫人の悪女ぶりといったら!〉とミルワード先生。それは〈女性の強さ、弱さ、善良さ、そして女性特有の闇の部分をさらけ出して見せているのです〉といわれると、ちょいと反発したくなるけれど、喜劇のヒロイン(たとえば『ヴェニスの商人』のポーシャや『お気に召すまま』のロザリンド)がなべて〈ボーイッシュなところがある〉のに比べ、悲劇のヒロインが「女性的」なのは事実かもしれない。
 実際、テキストの分析を通して浮かび上がるヒロイン像の差は「そういえば」な発見に満ちている。同じように非業の死を遂げるにしても、ジュリエットはロミオとの愛を積極果敢な行動によって貫いた。他方、オフィーリアはどこまでも受動的で、そのおしとやかさがハムレットを失望させ怒らせた。だから「尼寺へ行け」であり、だからオフィーリアはジュリエットより孤独だったのだ。
 後半は大学でミルワード先生に師事した翻訳者・橋本修一さんの教養講座で、「聴く芝居」である点でシェークスピアは落語のおもしろさに通じるとか、ロミオとジュリエットが出会ってから死ぬまではたった5日間だったとか、『マクベス』は英国では『四谷怪談』同様たたりのある芝居として知られるとか、興味深い雑学がいっぱい。
 高尚なイメージの戯曲がぐっと身近になる一冊。がぜん現物のシェークスピア作品を読みたくなる。
    ◇
 Peter Milward 25年英国生まれ。上智大学名誉教授。著書に『シェイクスピア劇の名台詞』など。
    −−「ミルワード先生のシェイクスピア講義 [著]ピーター・ミルワード [評者]斎藤美奈子(文芸評論家)」、『朝日新聞』2016年12月18日(日)付。

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覚え書:「浮遊霊ブラジル [著]津村記久子 [評者]大竹昭子(作家)」、『朝日新聞』2016年12月18日(日)付。

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浮遊霊ブラジル [著]津村記久子
[評者]大竹昭子(作家)  [掲載]2016年12月18日   [ジャンル]文芸 
 
■不器用な主人公に思わず笑みが

 津村記久子の小説には構えがない。短編七編のうち二編にうどんが出てくるが、つるつると喉越(のどご)しよく体に入ってくる。
 表題作はこうはじまる。
 「私はどうしてもアラン諸島に行きたかったのだけれども、生まれて初めての海外旅行に行く前に死んでしまったのだった」
 そこで男はアラン諸島に行きそうな人にとり憑(つ)いて願望を果たそうとする。かなり突飛(とっぴ)な設定なのに違和感を与えないのは、男の気配の薄さも関係しているだろう。彼に願いはあっても我執はない。霊の特権を利用して銭湯の女湯を見にいったりするものの、欲望からも遠い。霊になったからではなく、生きているときからそうだったのではないか、と感じさせる視線なのだ。ものを見る目に湿り気がなく恬淡(てんたん)としている。
 同じことは「給水塔と亀」にも言える。定年を迎え故郷に転居する男の話で、描かれるのは引っ越しの日の数時間の出来事だ。
 人生に多くを望まず、たまたまそうなった、という感じで独り暮らしをつづけてきた。積極的に生きる器用さに欠けたのだ。代わりに彼が身につけたのは、自己洞察と他者への観察眼、それを定点とした物事への距離感だった。
 と書くと冷たい人物が連想されるかもしれないが、まるでちがう。なめらかで、あたたかく、滋味があり、読みながら思わず頬(ほお)が緩む。子どもの頃に好きだった給水塔を見つけて男はこうつぶやく。
 「帰ってきた、と思う。この風景の中に。私が見ていたものの中に」
 懐かしい、とは言わない。シンプルだが動きのある表現で懐かしさの源に下りていく。物事に注がれる視線と距離のかたよりのなさが、その公正さが懐かしさの元を探る手立てとなるのだ。悟りや達観のような大袈裟(おおげさ)なことではなく、小さな発見と納得が人生の受容へとつながるところがすばらしい。絶妙な温度で人間を慈しむ傑作である。
    ◇
 つむら・きくこ 78年生まれ。作家。「ポトスライムの舟」で芥川賞。「給水塔と亀」で川端康成文学賞
    −−「浮遊霊ブラジル [著]津村記久子 [評者]大竹昭子(作家)」、『朝日新聞』2016年12月18日(日)付。

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覚え書:「娯楽番組を創った男―丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生 [著]尾原宏之 [評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)」、『朝日新聞』2016年12月18日(日)付。

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娯楽番組を創った男―丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生 [著]尾原宏之
[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)  [掲載]2016年12月18日   [ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝 
 
■大衆を丸ごと表現、TVを席巻

 1947年に放送が開始された「日曜娯楽版」は、辛辣(しんらつ)な政治諷刺(ふうし)が売り物のラジオ番組だった。最近のNHKは政治家の言いなりだと批判する時に「昔は違った」とよく引かれる、この伝説的番組の制作者は政治学者・丸山眞男の実兄で、娯楽番組プロデューサーを務めていた丸山鐵雄だ。
 そんな鐵雄の初の本格的評伝となる本書で、著者は瀧川事件に遭遇した京大生時代の彼が新聞投稿していた「替え歌」を発掘している。そこには権力に懐柔された日和見教授たちへの執拗(しつよう)な諷刺があった。
 鐵雄が戦前から持ち合わせていた諷刺精神を存分に発揮した「日曜娯楽版」は、52年に終わった。保守政治家の圧力がかかったといわれるが、硬骨漢だったはずの鐵雄が放送中止に強く抗(あらが)わなかったのはなぜだったのか。著者の調査は、鐵雄が自由のない時代にこそ諷刺は庶民のガス抜きになるが、やがて飽きられると予想していたことを示す。そして彼は支持をなくした番組は打ち切られて当然と考える放送局の論理を内面化した「サラリーマン表現者」でもあった。「自己の表現の限界にぶつかる前に、まず組織の壁とぶつかる」サラリーマンに「革新的な表現や思想」は育めないとする著者の評は厳しく、重い。
 たとえば今も続く「のど自慢」の生みの親も鐵雄だ。放送を通じて大衆を上から指導する姿勢を嫌った彼にとって、見たいものを大衆自身が示す番組はまさに理想的だった。だが出演者の勘違いや気取りまでまるごと表現するその手法は、後に一般人を晒(さら)し者にして視聴率を稼ぐ演出法に発展し、民放テレビ界を席巻してゆくのであり、それもまた放送局の論理に馴染(なじ)むものだったといえよう。
 こうして娯楽番組を創った男の実像を見定めようとする本書は戦後メディア社会の来し方を省みる機会を用意し、行く末を考えさせてくれる。多くの読者に恵まれて欲しい一冊だ。
    ◇
 おはら・ひろゆき 73年生まれ。NHKなどを経て、立教大学兼任講師。『大正大震災』『軍事と公論』など。
    −−「娯楽番組を創った男―丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生 [著]尾原宏之 [評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)」、『朝日新聞』2016年12月18日(日)付。

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覚え書:「リレーおぴにおん 本と生きる:4 言葉を学んで自分磨きたい 三宅宏実さん」、『朝日新聞』2016年09月13日(火)付。

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リレーおぴにおん 本と生きる:4 言葉を学んで自分磨きたい 三宅宏実さん
2016年9月13日

三宅宏実さん  
 20代の半ばまで、本はほとんど読んでいません。すぐ眠くなっちゃって。

 母から薦められた本で変わりました。道尾秀介さんの小説「向日葵(ひまわり)の咲かない夏」です。怖い話なんですが、「次、どうなるの?」と、一気に最後まで読みました。一冊を読み通せたのは、ほぼ初めてです。集中して読書に没頭するという経験が楽しかった。言葉に興味がわきました。

 2008年の北京五輪でメダルを逃して、「自分を知らないと勝てない」と。父や母、周りはサポートしてくれますが、バーベルを挙げるときは1人です。自分と向き合う必要性を感じていた時期でした。それまでは自分から目を背けていましたが、自己分析のためにノートをつけ、練習メニューも自分で考えるようになりました。そうしたら記録が急に伸びました。心技体が整い始めた。読書に目覚めたのは、そういうタイミングでした。

 言葉を学んで、もっと自分を磨きたい。アスリートに限りません。一流の人になるには、どうすればいいのか。人に会って話すことで学ぶこともありますが、本に探しに行く方が、自分に合った答えが見つかる気がします。それぞれの本に、響くワードが隠されています。今年からは、本のタイトルや著者とともに、響いた言葉をメモ帳に書き留めるようにしています。

 「一日一生」という、天台宗大阿闍梨(だいあじゃり)の酒井雄さい(ゆうさい)さんの本で出会った言葉が、「1日を一生と思って生きる」です。いつ何があるかわからないからこそ、1日を大切にしたい。練習でも、試合でも、その日全力でやりきることの大切さを学びました。どんな結果になっても悔いは残らない。言葉に支えられている、と感じています。

 北京五輪の前からは想像もできませんが、いまでは読書にのめり込む時間が好きです。人間は変われます。本当に変わりたいと思ったときこそ、力が出るのではないでしょうか。

 合宿や遠征先でも、時間があれば本屋に行きます。活字を追うのはつらい日もあります。そんなときも、色彩とかアロマテラピーの本で、集中力などを高める手法が見つかる。世界が広がれば、競技にプラスになるという思いがありますね。リオデジャネイロに発つ成田空港でも、3冊買いました。

 自分を探すために、本屋に行くのかな。私は何をしたいんだろうと思っていたり、自信がなかったり。軌道修正をするために行って、ベストセラーの棚から始まって本を選んで回る。心が動くタイトルやジャンルには、心理状態が反映されます。本屋はそれを確かめる場所にもなります。

 (聞き手と撮影・村上研志)

     *

 みやけひろみ 重量挙げ五輪メダリスト 1985年生まれ。2004年アテネから五輪4大会に連続出場し、12年銀、16年銅。「いちご」所属。手にする「夢をかなえるゾウ」は、お気に入りのシリーズ。
    −−「リレーおぴにおん 本と生きる:4 言葉を学んで自分磨きたい 三宅宏実さん」、『朝日新聞』2016年09月13日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12555476.html





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