覚え書:「インタビュー 子育て支援で街づくり 兵庫県明石市長・泉房穂さん」、『朝日新聞』2017年12月06日(水)付。


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インタビュー 子育て支援で街づくり 兵庫県明石市長・泉房穂さん
2017年12月6日

写真・図版
「障害があろうと小さな子どもがいようと当たり前に出かけられるやさしいまちをつくりたい」=滝沢美穂子撮影

 子どもを核にした街づくりを進め、人口増、税収増を実現している自治体がある。人口約30万人の兵庫県明石市。さまざまな取り組みは全国から注目される。子どものための政策にはどんな考え方が必要か、他の施策とのバランスをどうするのか。2011年の市長就任以来、独自の視点で取り組む泉房穂さんに聞いた。

 —なぜ、子どもを核とした街づくり、なのですか。

 「子どもは『まちの未来』だからです。すべての子どもたちを市民みんなで本気で応援する、そんなまちこそが発展すると思っています。明石市は、神戸や大阪への交通の利便性が高く、家賃相場も周辺より安いベッドタウンです。市民のニーズは大学や企業の誘致より子育て支援の充実で、それに応えることが市の発展にもつながると考えました。そこで、中学生までの医療費、第2子以降の保育料、市営施設の子どもの利用料などをすべて所得制限なしで無料化したのです。応能負担である保育料が月に3万〜4万円かかっていた世帯年収400万〜600万円の共働きの中間層の負担を一気に軽減したのが特徴です」

 ——所得制限をつけないことに、批判はありませんか。

 「所得制限は親を問うていることになります。子どもを親の持ち物のようにとらえ、親の所得によって子どもを勝ち組と負け組に二分するようなものです。子ども全員を対象に低所得者層だけでなく中間層の子や孫にも恩恵が及ぶようにした方が、納税者として市の財政の支え手にもなっている中間層に理解が得やすくなるのは明らかです。当初は所得制限すべきだとの声もありましたが、多くの市民が恩恵を受け、今はそうした声は聞こえません。以前は若者が進学や就職で外に出て、結婚後は阪神間で暮らすのが一般的でした。最近は子育て世代が明石に戻ってきている。帰ってこないと思っていた娘が戻り親も喜んでいます」

 ——人口が増えていますね。

 「4年連続で増加し、その間、約6千人増えました。今年だけでも周辺の神戸市は約2千人、加古川市姫路市は1千人以上減っていますが、明石市は2200人以上の増です。30歳前後の中間層の夫婦が子連れで転入するのが典型で、2人目、3人目の出産につながり、出生数も回復しています。市税収入も、納税者数や住宅需要の増加などにより、5年前と比べて約30億円増える見込みです」

 ——急速な流入認可保育所に入れない待機児童が多いですね。

 「間に合っていないのは事実です。昨年も今年も関西でワースト1。今春は全国で6番目に多い547人でした。後手に回ったことを反省して、緊急対策で毎年、認可保育所の定員を1千人規模で増やすことにし、新たに働く保育士には最大30万円の一時金を支給するほか、家賃や給料も補助。また、認可外保育所の利用者に月2万円、待機児童を在宅で育てる世帯に月1万円を助成することにしています。子育て支援と待機児童対策は車の両輪と思っています」

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 ——予算はどうやって調達しているのですか。

 「予算確保のやりくりには苦労しました。市長になった当初は、高齢者から子どもに予算を回すことを考え、地域に出向いては高齢者に訴えかけました。『これまで夕食はフルコースの後に、果物とケーキを両方食べていませんでしたか。お孫さんはおなかをすかせています。今後は果物かケーキのどちらかにして、お孫さんに片方を分けていただけませんか』と。甘かった。総スカンでした。高齢者も将来不安で余裕がなく、公の無駄の削減から始めなければ理解は得られない、と気づきました」

 「市役所の組織再編などで職員の数を1割、200人減らすことにし、給与も一律4%減らしました。また公共事業を減らし、下水道整備計画に基づく予算総額を600億円から150億円に削減するなどして予算を捻出しました。子育て環境充実のための予算は、毎年約20億円ずつ増やし、今年度は174億円です。本年度の土木費は5年前から約50億円減っています。建設業界だけでなく、市職員にも都市基盤整備こそ町づくりの核心と思ってきた人が多いので、当初は『なんちゅう市長や』という空気が強かったです」

 ——11年の初当選は69票差でしたが、2期目は大勝しました。市民の視線が変わったのですか。

 「いまは右肩下がりの時代。従来の発想では行政はできません。明石市は子ども最優先の発想で公共事業から子育て支援策への予算シフトをいわば社会実験的に強行したわけですが、人が流入し、住宅の建設需要が生まれ、地域経済も活性化しています。金がないという思い込みは間違いでした。金はある。国も同様でしょう。こども保険もこども国債も消費税もいらない。スーパー堤防や五輪施設などを造らず回せばいいんです」

 「かつて日本社会は大家族主義で、ムラ社会でした。うちは漁師で、10人兄弟だった父の長兄は戦死、身ごもっていた妻は5番目の兄と再婚しました。また知的障害があっても漁網を引っ張る仕事があり、親族や地域の中で食べていくことが可能でした。でも、いまはサラリーマン社会になり、核家族化が進み、コミュニティーの支え手機能が薄れました。ひとり親家庭や障害のある人への行政の支えが必要な時代になったのです」

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 ——独自の施策が目立ちます。

 「離婚後の面会交流や養育費の取り決めの支援、無戸籍児への支援、犯罪被害者への賠償金立て替え制度などを始めています。人はだれでも困るときがある。離婚も少なくない。突然、事件に巻き込まれるかもしれません。いざというときの備え、市民みんなのためのセーフティーネットを構築するのは行政の責任です」

 ——昨年、自治体での児童相談所の設置拡大を目指す児童福祉法の改正がありました。改正後の第1号として、19年春に開設するそうですね。

 「児童虐待などに対応する児童相談所は、子どものセーフティーネット拠点、いわば駆け込み寺です。本来なら各自治体にあってしかるべきですが、実際はそうなっていません。障害福祉サービスや生活困窮者施策をもつ市が、児童相談所を設置し、子どもを施設に入所させるなどの措置権という権限を持つことで、総合的に子どもと家族を支えるのです。市民に近い市だからこそ早い段階で気づき、継続して支援できます」

 「明石市では児童相談所の開設までに、28の小学校区全部に子どもを支える『こども食堂』を開く予定です。地域の人が近隣の子どもに関心を持ち、『いつも汚れた同じ服を着ている』などの気づきの拠点にもなります。情報が寄せられたら行政は時に毅然(きぜん)と一時保護をしないといけませんが、親と離れても子どもの生活圏は変えないようにしたい。それで全小学校区での里親づくりにも市を挙げて取り組んでいます」

 ——政府の子ども政策についてどう思いますか。

 「あまりにもお粗末です。『子どもの貧困』は『子どもへの政治の貧困』と言うべきでしょう。安倍政権が『幼児教育・保育の無償化』を掲げ、少し前進しそうですが、総合的支援の必要性からすれば、まだまだ不十分。借金を増やして将来の子どもにツケを回すやり方ではなく、予算シフトで子どもへの財源を確保し、待機児童対策とセットで取り組むべきです」

 ——これだけ新しい政策を打ち出すと、反発もあるのでは。

 「国の動きを待つことなく施策を展開しているので、相当なエネルギーや強引な部分も必要で、反発は織り込み済みです。でも、いずれ理解に変わると思っています。それは施策に普遍性があるからです。私が市長でなくなっても続けられる施策であり、どの町でもできる施策です。私はやさしい社会をつくりたいだけなんです」

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 ——やさしい社会や子どもへの強い思いは何が原点なのですか。

 「原点は弟と過ごした子ども時代です。4歳下の弟は生まれつきの障害で歩けませんでした。5歳でやっと歩けるようになりましたが、自治体からは遠くの養護学校に行くように言われました。両親の懸命の交渉で私と同じ地元の小学校への通学が認められました。でも、条件がついた。何があっても学校を訴えないことと、兄である私が登下校に責任をもつこと。2人分の教科書をランドセルに詰め、冷たい視線の中を弟と一緒に毎日通学しました。なんて冷たい社会なんだと、世の中の理不尽さを子ども心に憎みました」

 「運動会でのことです。小学2年の弟が『50メートル走に出たい』と言い出しました。『迷惑をかける』と両親も私も止めましたが、弟は聞きません。当日、同級生からずいぶん遅れて、でも、うれしそうにゴールする姿を見て、涙が止まりませんでした。弟が笑われたらかわいそうと言いながら、本当は自分が笑われたくなかったのだと気づきました。幸せを決めるのは本人であり、それを支えるのが周りの役割なのだとも。その思いは、いまも変わっていません」

 (聞き手 編集委員・大久保真紀)

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 いずみふさほ 1963年生まれ。大学卒業後、NHKでディレクターを務め、弁護士に。民主党衆議院議員を経て、2011年から現職。社会福祉士でもある。
    ーー「インタビュー 子育て支援で街づくり 兵庫県明石市長・泉房穂さん」、『朝日新聞』2017年12月06日(水)付。

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(インタビュー)子育て支援で街づくり 兵庫県明石市長・泉房穂さん:朝日新聞デジタル