『サブスタンス』と同じ事情で公開二週目の鑑賞となったが(上映時間の関係で吹替版)、客がかなり埋まっており嬉しくなった。
30年近く続いた『ミッション:インポッシブル』シリーズは、本作をもって終わりと言われており、本作では旧作の映像も引用されているが、ワタシは本シリーズを当初好意的には観てなかった。
第一作目はブライアン・デ・パルマが不調から脱せていない苦しさがあったし、二作目はトム・クルーズの俺様映画でこのシリーズでやる意味ないだろと思ったし、三作目はフィリップ・シーモア・ホフマンを悪役で起用しながらやはり乗り切れなかった。
本シリーズが良くなるのは、三作目の監督にして段取りにだけ長けた凡才J・J・エイブラムスが製作に回ってからで、『ゴースト・プロトコル』、『ローグ・ネイション』、『フォールアウト』と文句なしの出来だったと思う。
前作『デッドレコニング PART ONE』までくると、本シリーズの見どころであるトム・クルーズ自身がこなすスタントが、キートンやロイドすら思わせる、尋常でないレベルになっていた。
本作もその延長上にあり、「エンティティ」という AI を倒すために北太平洋に沈む潜水艦に潜って終いには冷たい海をパンツ一丁でのたうち回り、そしてクライマックスは飛行機を足で操縦しながら相手を倒す曲芸を披露している。
そういうアクションが映画としての質を上げているかというと、はっきりいって貢献はしていないと思う。前作のバイクごとのジャンプや列車落としと比べるとアクションとしても地味だし。
前述の通り、本作はシリーズの旧作への言及があり、第一作目の名シーンに関係するあの人を引っ張り出してるのに唸ったが、映画のストーリーとして、なんでそこまでお前らが着いて来るんだよ、おい、なんでそこでお前が残るんだよ、と言いたくなる無理のある展開も散見される。そもそも、本作の「陰謀論にまみれて何も信じられなくなった世界」って、今の現実世界そのものであって、なんというか映画と現実の落差のなさが、本作のミッションのありがたみを減じている恨みもある。
しかし……そういうのは正直どうでもよくなる。
引用される旧作の映像を観て思うのは、30年前のトム・クルーズは今より大分シュッとしてたんだな、ということ。いくら容色を保っているとはいえ、30年前と比べるとやはり彼も老いた。でも、その彼が例によって全力で走りに走り、パンツ一丁で暴れることすら厭わない。素晴らしいじゃないか。
本作は169分というシリーズ最長の上映時間となったが、「僕の仕事は映画じゃない、僕自身が映画なんだ」という言葉がまったくおかしくない、まさにイーサン・ハント、そして映画そのものと化したトム・クルーズを観れるだけで、ワタシは満足だった。
トム・クルーズという人が、およそ40年にわたり映画スターとしての地位を誇りをかけて死守してきたことに深い敬意と感謝を表したい。