がらーん、がらーん。と、手持ち鐘の音が近づいてきた。 ちりりん、ちりりん。と、風鈴の音も聞こえる。 くろーやき、くろおーやき。そこに力のない男の声が続いた。 亜里砂は猫のようにクッションから飛び跳ねると、音もなく、ドアの覗き窓に目を入れた。 「こっちにきた。……早く帰れよ」 声には出さずつぶやいた。鐘や風鈴、そして男の声は、確かに亜里砂の部屋の方へ向かってきている。 古いマンションのためか、覗き窓は魚眼レンズになっていない。視界はほんの周囲で、コンクリートの外廊下と、冬の晴天の空が広がるばかりだった。 と、その狭い視界にふと影が差した。 訝しい。白髪の小男が、紺の半纏にスーツといういで立ちで、…