百人一首第61番目の歌の作者は伊勢大輔いせのたいふ。 伊勢神宮祭主大中臣輔親の娘で、百人一首第49番目の歌の作者大中臣能宣朝臣の孫にあたります。 代々歌人として才能を評価される家に生まれた人でした。 今回は伊勢大輔について紹介します。 伊勢大輔とは 生年が989年頃、没年は1060年頃。 伊勢大輔も一条天皇中宮彰子に仕えていた人でした。 一条天皇中宮彰子の周りには才人の集まったサロンのような状況ですね。 この歌は、一条天皇の御前に奈良の八重桜が献上されたときに詠まれたもの。 伊勢大輔はその頃、まだ新参の女房でした。 桜の受け取り役を先輩の紫式部から譲られました。 その場に居合わせた藤原道長が、…