私は50代半ばで住み慣れた北海道を離れて実家に移住し、実母の自宅介護を6年間担いました。 その間、大変なことはたくさんあったし、母に暴言を吐いたこともありました。 それでも介護をやり遂げたことが大きな自信となっています。 歌人の俵万智さんは私と同世代です。 その俵万智さんも60代になってから、「親の介護」に直面しました。 高齢の親を介護する中で「黒い歌」が生まれました。 母の言う「じゅうぶん生きた、死にたい」はデッドボールで打ち返せない ー俵万智ー お母様から「死にたい」と言われて絶句した時に生まれた歌だそうです。 こういった「黒い歌」を歌人人生で初めて作ったそうです。 歌を作ってから「あ、自…