元禄9年10月25日。快晴。この朝、浜嶋伴右衛門召仕山田惣助が市中を引き廻す。士の街道を引き廻す。文左衛門は井上文右衛門・能瀬彦之丞と卯半(午前6時)過ぎに土器野へ見物に出かける。巳刻(午前9時)過ぎ、惣助を火あぶりにする。肉が裂け、飛び散った血が煙を染める。その赤さは赬(赤土)のようであった。札には仲間の物を盗み、主人の長屋に2度ずつ火を付けた大罪でこの如く。先頃主人伴右衛門が江戸より戻る際、惣助は熱田まで迎えに行ったは罪がばれるのを恐れてのことか。大明神を拝もうと鎮皇門まで来たところ、夥しい衂血(鼻血)で参ることができず。仲間に代参を頼むと。