享保2年3月18日。船越金右衛門若党根岸平助を請人甚之右衛門のところへ連れてくる。大小をだまし取り、手鎖をして蔵に入れ置く。金右衛門から伯父の鮎川甚之右衛門のところへの手紙には、平助は行方をくらました不届者なので、請人に探し出させろと云々。その後金右衛門は自殺する。このため遺言で憎しみがあったのは平助だと甚之右などが考え、請人などの手でこの如く。しかし、金右衛門の自殺は平助と関係なく、また逃げ出したという証拠もなかったと云々。あるいは、金右衛門が大小を盗まれた際に、平助は金を貰えれば近辺を訪ねて探してくると言って金を請け取り、直ぐに逐電したとも。詳しくはわからず。または、質屋にあったので請け出…