未練なく諦めがつく本と、うしろ髪引かれる本とがある。文学的評価とは関係ない。内容の稀少度(いわば文化的価値)とも市場価格とも関係ない。 『中野重治全集』第七巻第八巻を古書肆に出す。巨篇『甲乙丙丁』収録巻だ。もともとそのつど個別買いした不揃い全集だから、ばらしてしまうに躊躇はない。 『甲乙丙丁』は、かつて渦中に身を置いた文豪による、日本共産党初期運動の動かしがたき裏面証言である。あくまでも小説ではあるが、今日では後進の研究によって、おびただしい数にのぼる登場人物たちのモデルがそれぞれ実在した誰であるか、「作中人物とモデルの対照一覧表」まで出ている。かつて挑んで、早そうに挫折した。基礎知識貧弱な私…