19世紀、ナポレオン率いるフランス軍のロシア遠征時、ロシア軍はひたすら撤退しつづけたが周辺の町を焼き払いながら撤退したため、フランス軍は町から武器・戦利品や食料を補給することができず非常に苦しい状態になった。 このことから敵の補給を妨害するために(敵の手に落ちる前に)自領を焼き払うこと、さらにそれが転じて企業の合併・買収(M&A)の前に、買収される企業が重要な資産(クラウン・ジュエル)などを売却して企業価値や魅力を失わせ買収を阻止すること、という経済用語も生まれた。
奥平謙輔が実権者として佐渡ヶ島に乗り込んだのは、明治元年十一月のことだった。 翌年八月には職を擲(なげう)って帰郷とあるから、彼の統治は一年足らず、十ヶ月かそこらに過ぎない。 だがしかし、と言うべきか。斯く短期にも拘らず、佐渡ヶ島が負わされた傷痕たるや重大で、まこと瞠若に値する、戦慄すべきものがある。 折から高まりつつあった廃仏の凶風(かぜ)。隠そうにも隠しきれない維新史の恥部。神仏分離の実行に、この長州系維新志士は度外れた情熱を発揮した――そりゃもう派手にやっちまった(・・・・・・)らしいのだ。 (Wikipediaより、佐渡ヶ島尖閣湾) 後年『東京日日新聞』所属の記者が該地を訪れ、物したル…
【辞書】 ◆焦土作戦 (Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A6%E5%9C%9F%E4%BD%9C%E6%88%A6 【ニュース】■2023年 ◆ダム決壊でクリミアが干上がる⁉️──悪魔のごとき「焦土作戦」 (Newsweek, 2023/06/08 18:56) https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2023/06/post-101845.php ⇒ https://war-log.hatenablog.com/entry/2023/06/08/000000_1
日本に於いて黄砂が観測されるのは、三月から五月にかけてが通常であり、わけてもだいたい四月を目処にピークがやってくるという。 が、それはあくまで海を隔てた、この島国に限った常識(はなし)。 黄砂の供給源である大陸本土に至っては、だいぶ事情を異にする。 (Wikipediaより、黄砂にかすむ京都市街) 早や一月から黄塵万丈、濛々として視界を塞ぎ、その状態がおよそ半年、七月まで持続するから大変だ。日本式の気構えで悠長に臨もうものならば、たちまち白眼を剥かされる。 「昭和十三年度のおれたちが、つまりはそれ(・・)の生き証人よ」 と、満鉄社員金子茂は紙面を通じて物語る。 この人もまた日高明義と同様に、日…