『美しい日本の私』について、知人たちと語りあい、へぇ!って思ったことを覚書。 megureca.hatenablog.com ・ノーベル賞受賞講演は、同時通訳ではなく、あらかじめサイデンステッカーが英訳を作っていた。講演タイトルは、最初は「美しい日本と私」だったのを川端が直前になって変更した。英語版は、そのままでいい、ってことになったらしい。俳句や短歌の訳も最初からあったのだ。 ・川端康成のノーベル賞受賞にあたっては、三島由紀夫も候補になっていた。三島は川端を先輩と尊敬していたけれど、本当はのノーベル賞が欲しくてたまらなかった。けど、三島はまだ若いからあとでもいいだろうというドナルド・キーンの…