民主党菅直人副総理の愛称。ポスト鳩山由紀夫とされている。
おもに四国遍路のこと。弘法大師空海が開いたとされる88箇所の寺(これを札所という)を巡拝すること。もしくはその巡拝中の「お遍路さん」のこと。 通常は1番札所霊山寺から番号順に巡っていって、88番札所大窪寺で終了する(これを結願もしくは満願という)。逆に88番から回るのを逆打ちという。 現在では車やバス(ツアー)で巡る人が多く、本来の「歩き遍路」は圧倒的少数派である。
鬱病で苦しんでおられる方には申し訳ないのですが、自分も鬱なのではないか?そんなふうに感じています。 日中は仕事をして、夜は何となくYouTubeを見たり、練習のある日は子どもたちを指導し、休日は無意義に時間が過ぎてゆく…そんな日常に寂寥感と無常感を感じながら一日が終わる。 このまま人生が終わるのかなと、何ともいえない日々。なので、一日に何度も亡妻に線香を供えたり、することのない日にはバイトを入れたり、気晴らしにドライブしたり。 かといって、金銭的に余裕があるわけでもないので、旅行などの余裕もなければ、妻のいない外出には寂しさばかり。 親戚や子供たちとごくたまに過ごせる日は、それなりに心が満たさ…
目次 20年という歳月と、前歯の「寿命」 費用と少しの違和感 20年前の四国遍路と、ある歯科医師との出会い 「人生の成功」と、20年後の現在地 20年という歳月と、前歯の「寿命」 歯医者へ行ってきました。 今回は、前歯4本に詰めていたコンポジットレジンを新しくすること。 20年前に処置したものですが、1本だけ色が灰色っぽく変色していました。 ネットで調べてみると、コンポジットレジンの寿命は「長くても5年程度」と書かれていました。 そう考えると、20年持ったのは驚異的!(変色している時点で持ってないかもしれんがw) 治療を終えると、歯は自然な色に! 「また20年、持ってくれるかな」なんて、つい期…
川内から久万高原町へ、妻と生前、岩屋寺に行った際に通ったルートを走ってみました。違ったのは、久万高原町に住むいとこの家に立ち寄ったことと、「ふもと温泉」という秘境の温泉に立ち寄ったこと。 いとこには連絡してなかったので、春休みだし勤務先の面河山岳博物館の方にいるかも…と思いながら、自宅へ。てか、私より年上だからもうとっくに引退してたんですが(^^;ここまで来る途中、川内の桜がすごくきれいに咲いていたり、黒森峠近くで野生の鹿を見たり、妻と訪れた時とは違う景色がポツリポツリ。「ふもと温泉」は、火・土・日のみ営業の、3人も入ればいっぱいになる小さな温泉ですが、ツルツルしてていい泉質の温泉で、道すがら…
87番長尾寺から88番大窪寺間の道標・丁石 長尾寺境内の大きな樟の前には2基の道標、1基は各所を案内していて東に向かうと町田へ3里、白鳥へ4里半、引田へ4里、西に向かうと高松へ4里、仏生山へ3里、滝宮へ2里、金毘羅へ9里、丸亀へ9里 大窪寺迄は3里半の道法 現在歩くと15.5㎞程です 遍路道より少し外れているにある道標 道の左、ブロック塀に囲まれた小さな墓地内には最初の丁石 146丁(享和3年 1803年) 143丁石は道の右側の墓地に在り この道標は遍路道本道からは外れたところにある 中務茂兵衛標石(明治27年 1894年)手前の讃岐街道沿いにあった物が移設されたと思われる 川原の庵(寶政寺…
86番志度寺から87番長尾寺間の道標・丁石 徳右エ門標石 志度寺より長尾寺迄1里半 現在歩くと7km程の道法 志度寺の庭園には真念標石が保管されている 遍路道と霊芝寺への道の分岐に在った道標が栗林公園内に移されている 県道3号線と272号線の交差点の道標 三叉路を右へ行く 玉泉寺前には2基の中務茂兵衛標石 87番奥ノ院玉泉寺 造田神社登り口の中務茂兵衛標石 県道37号線に出た所にある中務茂兵衛標石 是より右へ川沿いに行く 87-09の川向うにある道標 鴨部川沿いの道標 87-09の茂兵衛標石付近に在ったものだろう 遍路橋を渡る所には3基の道標が残る 旧遍路道は少し手前で川を渡っていた 今は通ら…
85番八栗寺から86番志度寺間の道標・丁石 大師堂を案内 八栗寺から志度寺迄は50丁、今の遍路道を歩くと約7kmほどです。 八栗寺には88ヶ所のミニ霊場がある 右へ行くとケーブル乗り場 1丁石(文久2年 1962年)現在の徳島県石井町の人により建てられた。この先、同じ形の丁石がいくつか残る しばらくは車道を進む 2丁石 摩滅してわかりずらいがへんろミちと記す (明和1年 1764年)土地の年配の人の話では子供の頃には遍路道造沿いの曲がり角所々に同様の地蔵が多く見られたとのこと。 3丁石 4丁石 この先で昔の遍路道は左側山中へと入っていったが瓦、レンガ用の粘土の採掘で寸断され消滅している。 山中…
84番屋島寺から85番八栗寺間の道標・丁石 屋島寺の徳右エ門標石 八栗寺迄1里 屋島寺からは血の池のを通る。その先、判りづらいが旧遍路道が残る。旧道の出口に道標(坂道8丁と記す) この先、道は急な下り坂となる 6丁石 急な坂道を下る 丁石は二種類あり享保11年の丁石は丁数が減じていき享保14年のものは増えていくようで八丁で終わっている 益田氏の標石 昭和初期に建てられており四国中に多くの標石が残る 6丁石 1丁石 大楽寺前の丁石 八丁 ?丁 佐藤次信の石碑前にある益田氏の道標 下りきった所を右に折れる。中務茂兵衛標石 菊王丸墓には3基の道標 地蔵堂には4基の道標 相引川を渡った先の小祠内に地蔵…
83番一ノ宮寺から佛生山法然寺を経て84番屋島寺間の道標・丁石 山門を出て右(南)へ向かう 佛生山法然寺迄18丁 是より東へ向かう 県道280号線との交差点の小祠内には地蔵型道標 以前は少し南に在った 交差点を右折しすぐに左に小道がある。佛生山裏門道の道標。 現在は再建されたものが立つ 高松市立みんなの病院の南側を通り琴電を横切るが現在は通れない。この先で道は右へ折れる すぐに左へ 150m程で右へ行く 是より東へ行くのが本道だが裏門より入った方が早く行ける(安永4年 1775年) 同所にもう一基の道標(明治23年) 320m程の所に南進したところに道標 法然寺の裏門入り口の道標 法然寺を出た…
83番一ノ宮寺から84番屋島寺間の道標・丁石 一ノ宮寺門前には3基の道標(北へ向かうと屋島寺へは3里の道法、南に向かうと佛生山へ18丁)法然寺(佛生山)経由で屋島寺へ向かう人も多くいたようです 2基の道標が並ぶ 遍路道は右の細い道 水路脇の手差し道標 この先の遍路道には多くの手差し道標が見られる 光臨寺境内の道標 右の路地が旧遍路道 野田池の東側の道標 野田池の西側の道標 他にも指差し道標が有ったようだ見られなくなっている 琴電の踏切を渡り右へ向かう 三叉路を右へ 春日川橋を渡る 屋島寺は是より左へ向かう 潟元には道標、丁石4基が集められている 付近には一ノ宮を示す道標がいくつかある 池の脇に…
82番根香寺から80番を経て83番間の道標・丁石 来た道を戻りこれより国分寺へ下ってゆく。 山道を下ってきた所に道標 遍路道から少し東の民家内に倒れて置かれている 国分寺敷地が見える 国分寺敷地の北側にあり MAP82-80(カシミール3Dにて作成) 国分寺門前の道標 80番国分寺から83番一ノ宮へ75丁 南に7km程行くと滝宮神社 県道183号線との交差点には2ケの道標 少し南には82番奥ノ院鷲峰寺がある 道路脇に少し埋まっている 香東川に架かる円座橋の西にある 水鉢の道標(新しいものが地蔵前に在る) 円座橋を渡った先の再建?された道標 右へ行く 道標が2基 左の細道に入る これは別の遍路道…