姦通の女に石を投げるよりも難しいのは、そういう自分は無罪なのかと胸に手を当てて自省することであり、社会の不正や不平等を糾弾するよりも難しいのは、そのように批判する自分自身こそ驕り高ぶっていると自覚して、自己批判をすることではないだろうか。 1908年に発表された木下尚江の長編小説『乞食』を読んだ。 著者の長年私淑してきたトルストイの影響が随所にみられる。たとえば、東京での遊民生活を捨てて群馬の田舎で土にまみれた農民となる狩野孝一は『アンナ・カレーニナ』のリョーヴィンを想起させるし、主人公石田省吾と濱との関係は、『復活』におけるネフリュードフとカチューシャのそれに似ている。トルストイの『復活』の…