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2018-02-02 【安倍の改憲宣言を受けて】社会運動は今こそ革命の可能性を語ろう

[]【安倍の改憲宣言を受けて】社会運動は今こそ革命の可能性を語ろう 最悪の時代こそ最良のチャンスだ(米国から)

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国会初日に安倍首相がついに「改憲を実現する時」と宣言した。私たちは運動をする人が少なく、あまりに課題が多く、メディアはまともに報じないため、このままでは押し切られる危険性が高い。だが、戦争と安倍政治に不安を感じている人々は多い。どうつながるかが問われている。

 そこで米国活動家の提言を紹介する。トランプ政治も「最悪の時」だが、それは人々が資本主義批判し、新たな社会建設へと行動する「最良のチャンス」でもあり、社会主義にも関心が高まっていると著者は言う。あとは活動家知識層が恐れずに変革の必要を提言することだと。人民新聞でも改憲阻止と変革のためにインタビューや提言の連載を始める。その導入としたい。

米国から】社会運動は今こそ革命の可能性を語ろう 最悪の時代こそ最良のチャンスだ

「Zコミュニケーション・デイリー・コメンタリー」より、マイケル・アルバート米国人文筆家、活動家

●民衆は変革を求めている

米国社会ではトランプや反動的潮流のことばかりが強調されているが、民衆の間で「資本主義批判と「社会主義」への好感が公然と語られるようになってきたことについては、進歩的メディア活動家知識者もあまり注目しない。

 民衆が反動化、差別搾取激化、核戦争脅威、地球温暖化のために悲観的・無気力になっているわけではないのだ。例えば私は次のようなアンケートを試みたが、一般の人々からより良い方の答えが返ってきた。

*2千万人の朝鮮の人々の皆殺しか、それとも交渉による解決か、どちらを選びますか?

地球温暖化異常気象をもたらす化石燃料発電か、それとも太陽発電や風力発電か、どちらを選びますか?

一般民衆から金持ちや大企業への所得移転となる税制か、後者を規制して一般民衆、特に貧しい人々へ所得移転する政策か、どちらを選びますか?

人種差別同性愛差別女性差別を仕方がないと思いますか、それとも多様性人権を尊重する政策を望みますか?

 現在は最悪の時である。同時に最良の機会でもある。政治家や企業が階級的敵意をむき出しで狂気へ走っているが、同時に大衆が急進的で革命的な思想に心を開くようになっているからだ。抵抗が革命へと変わる気配があるからだ。

 進歩的メディアやそこにモノを書く人々がなぜそれに注目しないのか。なぜトランプ等の否定的面ばかりを取り上げて絶望的未来を説き、実り豊かな未来の可能性を語らないのか。鬱と不安に取りつかれているのか、無神経で怠惰なのか。

 私のアンケートに人間らしく答えた人々は、そんな社会的病気にかかっていない。無神経や怠惰が原因とは思わないが、進歩的知識人一種の鬱、悲観主義、敗北主義を少し感じる。

●民衆の問いに応え、お互いに支え合う

 それが多様な運動、革命的世直し運動の形成を妨害しているように感じる。「アンチ(反対)」に留まり、それを越えて民衆解放ビジョンという包括的運動を志向する「プロ(賛成)」に行かないのだ。

 なぜ、例えわずかでもかつての民衆の権利を取り戻し、まだ勝ち取っていない新しい解放を目指そうと語る人が増えないのだ。「そういうユートピア社会作り運動は徒労に終わるだけで、積極的な参加の対象にならない。せいぜい我々にできるのは、狂気の支配を回避する闘いだけだ」という水準以上には出ないのだ。

 なぜ、社会の個別的な課題で資本が我々に与えた損失を相殺するか、少しでも不正を減らす闘いという水準以上から出ないのだ。

 なぜ積極的な民衆を解放する目標を掲げ、多様な人々の要求や課題を共有し、多様な人々を結びつけ相互支援する包括的運動に向かわないのだろう。

 トランプや資本の露骨なやり方に対し勇敢に闘っているのに、民衆の人間的要求を取り上げ、民衆の潜在的可能性を解放させる、何か新しい社会機構を、民衆とともに考え、創り出す運動にあまり関心を寄せないのは、いったいなぜだろう。

 陰口や足の引っ張り合いを止め、お互いに支え合うのだ。活動家が働きかける民衆は、「うん、君が反対するのはよく分かる」「で、それに代わる望ましいものは何か?」「それを実現するにはどうすればよいのか?」と問うている。その問いに答えるべきだろう。

ユートピア運動への冷笑的態度を克服しよう

 もう一つの可能な社会を心に描き、信じ宣伝し運動としてその理想のタネを蒔くべきだ。ユートピア運動に関心を寄せないのは、長い過去の失敗の経験から身に付いた「最初から失敗することを予測し、結果として予測通りになると思い込む」からなのか。

 長期的ビジョンがなければ、希望を語れないし、長期的な社会変革の戦略も生まれない。刹那的反抗が繰り返されるだけだ。

 反体制メディアの人々にはそれぞれ優先したい課題があるだろうがそれと同時に、過去から引きずっているユートピア運動への冷笑的な態度を克服することが大事ではないか。ビジョンがない運動は分断され、最後は絶望に至り社会的自滅を招くのではないだろうか。

(翻訳:人民新聞編集部・脇浜)

2017-10-22 【シェア歓迎:総選挙声明】「直接行動」「左翼」「3.11反被ばく」を

【シェア歓迎:総選挙声明】「直接行動」「左翼」「3.11反被ばく」を取り戻そう!

総選挙の結果が出始め、安倍与党の大勝が見えてきた。不意打ち身勝手解散が理由でり、絶対に許されない。選挙中は改憲を隠しながら、開票と同時に「改憲勢力勝利」「改憲論議が促進」と騒ぐ自民メディアも許されない。台風直撃なら延期もアリのはずだ。その問題はすでに十分言われているので、私たちの側に何が足りず、どうしていくかを書きたい。

 

 まず、あまりに突然の大変な選挙を闘った方々は本当にお疲れ様でした。まだ結果のでない大阪9区の服部さんの当選を望みます。また皆さんへ、大きく絶望する必要はありません。安倍は森友・加計疑惑の最大の危機を脱しただけで、自公は現状を維持しただけだ。疑惑追及や戦争反対が簡単に終わる訳はない。

僕は大阪避難後の今年、「3.11関東からの避難者たち」と「安倍政権を倒す梅田解放区」の2つに取り組んできた。それは足りないものを埋めたいと思ったからだ。でも今、なかなか盛り上がらずに苦しんでいる。だから皆さんと再共有をして、共に動きたい。

 崟鐐菲’兒澆野党共闘運動」で「失われたもの」もしっかり総括すること。

 

私たちは「野党共闘」が至上命題化し、その長短を振り返る作業をあまりに怠ってはいないだろうか。それが一番大事だ。「野党共闘」は、2013〜14年に安倍政権改憲に対抗するため、長年運動現場で別れてきた社民党系と共産党系に、一緒に憲法集会や市民集会をやらせようと市民が動き始めたことが始まりだ。それは達成された。

14年戦争法の閣議決定以降、民主党も巻き込んで法案阻止に動き出した。民主には改憲派議員も多いが、そうでなければ止められない、といういわば「ギリギリの後退戦」だ。

かつては社会党だけで国会の三分の一を占めていたのだから。

15年強行採決以降は、翌夏の参院選自民を負かし法案を阻止する「国民連合政府」を共産党が提唱した。野党連合が権力を奪取しようという宣言だ。採決の瞬間から、国会前の若者たちも「選挙に行こうよ」とコールし出した。だが民主党共産党と一緒の政権は嫌がったため、一段下げて「戦争法廃止の一点で選挙協力をする」事になった。

 参院選でも自民勝利したが、一定成果を挙げたため、路線は継続した。「来る衆院選に備えて」が合言葉になった。だから自民はそれを壊すために、民進の蓮般や山尾しおりを次々攻撃した。そして突然の解散総選挙という禁じ手で、前原に民進党を解党させた。

 この禁じ手解散はいわゆる「不正選挙」並みで、海外のように市民の抗議や暴動で無効にされて当然だと思う。でなければ与党勝利は必然なのだ。なので梅田解放区は「身勝手解散自体を許さない」と9月末からデモや抗議集会を繰り返してきた。もっと大勢来てほしかった。

だが選挙をやる以上は選挙戦も重要だ。多くの人が野党支援で頑張り、立憲民主党の誕生と躍進、共闘の継続などを生み出した。民進党与党側にさせず、選挙議会与党独裁に一定の歯止めをかけてきたことが、野党共闘の最大の成果だろう。

 しかし、だ。選挙選挙。金を持ち、時期を決められる側が圧倒的に有利なことは自明だった。14年衆院選も、今回もそれが出た。本来、選挙は様々な闘い方の一つだと定め、デモ、集会、ストライキ、直接行動などと平行に取り組み続けることが普通だった。だが15年以降、それらが選挙運動の「ため」に「従属」し、市民の怒りや勢いを失ったことが今回の一因ではないのか。


失われた、創るべきもの С稿行動の勢いと参加者の主体性

 これは特に東京がそう。安倍が最も追い詰められたのは15年夏の反安保国会前だ。全世代国会前の路上を占拠し、権力者が一番恐れる直接行動を爆発させたからだ。今でも12年官邸前や15年国会前を路上開放した写真が使われ続けるのは、私たちにも世の中にも一番インパクトがあるからだ。

 だが「選挙に行こうよ」「野党共闘」の結果、国会前集会などはまず野党の党首が発言し、市民発言は無しか最後の方。参加者は「偉い」議員に拍手する駒となり、15年のように「自分が主役」の意識は薄れた。警察の規制線を超えても法案を阻止するという行動も減った。

また議員は大まかな発言しかしないので、市民運動の具体的な発言が減り、運動初参加者が様々な課題を学べる場ではなくなった。この2点から、安倍政権は15年のような民衆の力を恐れることなく、野党さえ潰せばいいと思ったのだろう。

なぜ去年の韓国を見ないのか。真冬も欠かさず半年間毎週土曜に合計3千万人も街頭に集まり続けて、ようやく大統領を倒して監獄にぶちこんだ。そういうものだ。だから私たちも梅田中心部に集まり続けた。なぜ同じことをしないのか。沖縄や世界中のたたかいのように。運動全体の高齢化、硬直化だが、それを乗り越えて、取り戻すのは私たちの「直接行動」だ。


失われた、創るべきもの◆А左翼」の主張と政策。

 今、世界は米国サンダース英国コービン、仏メランションなど、「左派」自称と「新社会主義」と呼べる政策が議会野党の中心を占めてきている(シリザ、ポデモスも前例)。議会外なら余計に若者の運動も左傾化している。米国は反トランプで、先住民、黒人、セクシャルマイノリティの運動がパレスチナとも幅広くつながって高揚している。

資本主義国家主義が限界に来て、世界中が真の危機にある。そこで「アラブの春」からオキュパイNYへの街頭抗議が議会政治と結びついたからだ。「資本主義と戦争はもう終わりだ!」と

 ところが日本も反原発や反戦争法が高揚したが、なぜか誰もが「左翼」「左派」と名乗ったり呼ばれることを恐れている。「リベラル」「中道」と言いたがっている。これはいかにも日本的な、「みんなから浮きたくない」という村社会の恐れの表れだ。極めて特殊な状況だとまず自覚したい。

 そして野党共闘は、民進党をつなぎとめることがメインなので、民進が同意しない政策は棚上げや、優先順位を下げることに。代表例が沖縄辺野古の新基地建設の反対だ。沖縄で闘う仲間はそれでいいのかと問うていた。

また共産党議席を増やすごとに、「一般国民」の支持を増やすため、天皇制自衛隊日米安保を次々と認めていった。「ブラック企業撲滅」「時給1500円」要求に留まり(それ自体は大事なことだが)、資本主義経済を根本から問うことは少なかった。さらに今回立憲に合わせて候補者も次々降ろした。その結果が議席の激減だ。

 これらの結果、「左」の主張や政策も大きく後退した。最大の問題は、差し迫る米日の朝鮮攻撃に絶対反対ができるのかだ。朝鮮への経済制裁非難決議は、国会が全会一致で賛成し続けている。

「日本も攻撃される」と煽られた時、自衛隊安保肯定する野党は、徹底反対ができないだろう。従軍慰安婦などの戦争責任を取らず、侵略戦争を昔も今もしている日本は、「実際は自分たちが侵略攻撃をする」という認識から出発することが「左」の条件だ。そして世界の左翼と同じく反資本主義を掲げよう。

 それが具体的な改憲反対だ。市民が野党を左に引っ張り、共産社民が立憲民主を左に引っ張る形でしか、これはできない。今後民衆から新たな政党を作る動きが加速するだろう。僕も賛成だ。その時は、中途半端で危険なリベラルではなく、ちゃんと「左翼」「反侵略」「反資本主義」で「新しい世界をつくる」を立脚点にしよう。


失われた、創るべきもの:「放射能汚染により、福島首都圏大量虐殺」へ対応すること。

 これが一番誰も言わない大問題。いつものように全国選挙がやられたが、福島宮城、関東などは放射能汚染で大勢が死に続けている緊急事態です。汚染水、食品、廃棄物は全国に出回り、全国も汚染されている。史上最悪の核惨事が進行中。福島棄民政策放射能戒厳令は空前の酷さだ。また関東だけで毎年約40万人、50年間で1200万人もの死者予測だ。殺されるのだ。科学者による詳細:http://www.gowest-comewest.net/higai/watanabe20170326.html

 総選挙で全く話題にならないのが異常事態だし、「希望」の無内容な「原発ゼロ」を許した。小池劇場は、東京五輪と同じく「首都圏の汚染=莫大な死者」という空前の問題を隠すための空騒ぎにも思える。終わりなき最悪の収束作業をどうするか、汚染の実態認識、東日本から莫大な人数を避難させること、それを持って世界から核をなくすこと。日本政府はそれら全てを放棄しており、結果今後「放置型のジェノサイド」を起こすのだ。

 あまりにも問題にされなさ過ぎている。いつまでも目をそらすのはやめよう。この大虐殺が問題にされれば、大虐殺をしている与党政権も持つはずが無いのだ。「関東からの避難者たち」はカンパを集め、避難移住支援を始めようとしている。しかし東日本から皆が避難の動きを始めなければ、汚染を話題にし始めなければ届かない。また僕ら避難当事者が必死に支援体制を作るだけでなく、全国の住民が事態を理解し、政府にやらせなければ動かない。その両方を強く求む。

 選挙結果を受けて、被曝という根本問題を話題にしない場所では、有効な運動もできないのだと、活動家の仲間たちに今こそ思ってほしい。さあ動こう、未来を変えよう。

2017-09-07 東電が回答「被曝の影響は誰にも一切ない」/9月8日『松平耕一さんを

[]東電が回答「被曝の影響は誰にも一切ない」/9月8日『松平耕一さんを追悼し、東京電力に抗議する集会』へ参加を

雑誌『新文学』を主宰し、国会前抗議、反ヘイトスピーチ、『福島原発事故による健康被害者の会』、弾圧の救援会など様々な運動に参加していた東京都府中市の松平耕一さんが、8月に39歳の若さで亡くなりました。15年末に末期大腸がんが発覚したからでした。彼は「この若さで末期がんになるのは、原発事故の放射能が大きな一因だ。国と東電を許さない。」と書き続けていました。

インタビュー:http://jimmin.com/2017/07/17/post-3692/

上記インタビューにあるように、彼は東電被曝労働の一種をしていました。

その影響もあると思います。そこでお葬式の後、友人・知人有志で東電前での

追悼・抗議・申し入れ集会が持たれました。

報告と申し入れ内容:http://d.hatena.ne.jp/Ryota1981/20170821

松平さんの事は、もっと多くの方に知って欲しいと思います。

また東電から、「被曝の被害は誰にも一切出ない」という許されない

回答も来ているため、第三回・月命日の明日に集会が持たれます。

すみません、私は大阪で行けないのですが、関東方面の方、ぜひご参加下さい!

『松平耕一さんを追悼し、東京電力に抗議する集会』

9月8日(金)19時半〜20時半

場所:東京電力本店前(JR新橋駅SL広場から右へ徒歩5分)

キャンドルプラカードなどをお持ち下さい

呼びかけ 松平さんの友人、知人有志

以下に東電の回答を載せます。許されません。

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松平耕一さんの友人・知人有志 さま

東京電力ホールディングス株式会社

 当社福島第一原子力発電所における事故、および放射性物質の漏えいにより、立地地域の皆さま、さらには広く社会の皆さまに大変なご迷惑とご心配をおかけしておりますことを、お詫び申し上げます。

 2017年8月18日にいただきました質問について、以下の通りご回答させていただきます。

1:私たちは福島原発事故由来の空気や食品からの内部被曝が、松平さんの末期大腸がんを発病させたと考える。責任は東電にあると考える。それを東電はどう考えるか答えよ。

(回答)

 国連科学委員会(UNSCEAR)から2014年4月2日にリリースされた報告書「2011年東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくのレベルとその影響」では、福島原発事故の結果として生じた放射線被ばくにより、今後がんや遺伝性疾患の発生率に識別できるような変化はなく、出生時異常の増加もないと予測しています。

 さらに、その後に入手した知見を含めた最新のレビュー報告書(2016年白書)においても、健康影響に関する項目の報告内容は現在も有効とされております。

2:賠償書類の処理労働の実態を全公開せよ。当時の作業室内の放射線量を明らかにせよ。職員への危険周知や対策をなぜ行わなかったか。なぜ業務内容の過剰な口止めをしたかを明らかにせよ。その責任をどう考えるか、現在この労働がどう行われているかを回答せよ。

(回答)

社内管理に関する内容については、回答を差し控えさせていただきますが、当社といたしましては、労働基準法や関係法令等に基づき、適切に対応させていただいております。

3:福島の小児甲状腺癌を始め、健康被害は増幅している。要求した全ての被害者に治療費を払え。国は放射能安全キャンペーンを張っている。これを東電がやめさせよ。また福島原発の代表取材をやめさせ、屋根の吹き飛んだ惨状を自由報道させよ。責任を認めよ。

(回答)

 当社といたしましては、福島県ご当局と協議のうえ、平成24年1月、「福島県民健康管理基金」に対して、250億円を拠出させていただいており、健康被害対策に充てていただけるものと伺っております。

 また、当社事故と相当因果関係が認められる健康被害があった場合には、誠実かつ適切に対応してまいります。

 なお、国の活動について、当社はコメントする立場にありません。

 取材については、核物質防護に関する法令に基づき、発電所構内での撮影は一部制限があることから、基本的に代表取材にてお願いさせていただいております。

 なお、当社はホームページ福島第一原子力発電所1号機〜4号機の映像をリアルタイムで配信しています。

◯福一ライブカメラ(1号機側)

http://www.tepco.co.jp/nu/f1-np/camera/index2-j.html

◯福一ライブカメラ4号機側)

http://www.tepco.co.jp/nu/f1-np/camera/index-j.html

4:被曝を避ける最大の方法は避難である。東電は全ての避難者に内部留保を用いて引越し代を払い、避難先での仕事と住宅を用意せよ。

(回答)

 当社は、「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」等を踏まえ、本件事故との相当因果関係が認められる損害については適切に対応させていただいております。避難指示等にともない負担された避難・帰宅費用は、必要かつ合理的な範囲でお支払をしております。

5:トリチウムを含んだ汚染水を無制限に太平洋に放出することをやめよ。また、原発から放射能の放出を防ぐために、チェルノブイリ同様の石棺化を行え。なぜこれまでそれをしなかったか、いつまでに行うか、答えよ。

(回答)

 トリチウム水の取扱いについては、2016年11月より開始された、多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」において、風評被害などの社会的な観点等も含めて、総合的な検討が行われております。当社としては、小委員会議論を踏まえ、今後も国や関係者の皆さまと相談しながら、最終的には当社が責任をもって対応してまいります。

 廃炉に関しては、「東京電力(株)福島第一原子力発電所1〜4号機の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」に示されている通り、当社としては燃料デブリを取り出すという方針に変更はなく、2021年から取り出すことを目標としております。

以上

扱い:東京電力ホールディングス(株)

立地地域部 原子力センター

2017-08-21 8.18「松平耕一さんの追悼・抗議集会」で東電へ渡した公開質問状(9

[]8.18「松平耕一さんの追悼・抗議集会」で東電へ渡した公開質問状(9月1日までに文書回答すると確約。9月8日19時半〜月命日の東電前追悼・抗議集会

拡散希望】『松平耕一耕一さんを追悼し、東京電力に抗議する集会』松平耕一さんの月命日の9月8日に開催します。

9月8日(金)19時30分〜20時30分東電本店前 (JR新橋駅徒歩5分)キャンドルプラカードなど持参を。呼掛け 友人有志

集会の概要は http://d.hatena.ne.jp/Ryota1981/20170816

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東京電力会長 川村隆

同 社長 小早川智明様

同 2011年3月時会長 勝又恒久様

同 2011年3月時社長 清水正考様

原子力センター副所長 飯島繁様

松平耕一さんの末期大腸がん死に対する抗議・公開質問書

松平耕一さんの友人・知人有志

 私たちの友人である、東京都府中市で生まれ育った松平耕一さんが、2017年8月8日に末期大腸がんで死亡した。15年11月に37歳の若さで発病し、長く苦しい闘病生活を強いられた。松平さんは「病者」として、「放射能の影響がある。国と東電を許さない。責任を取らせたい」とインターネットなどで公言してきた。3.11事故の核心と言える、初めての声ではないだろうか。

 松平さんが被曝の影響があると考える理由は、?関東全体も被ばく地帯。内部被曝はわずかでも病気になりうる。?事情で自宅に帰れず、ほぼ毎日「食べて応援」を掲げて福島産の食材を無制限に使う「吉野家」や「サイゼリヤ」などで外食し続けたから。そして、?事故後は仕事で毎日銀座の街頭に立っていた。その後も東京では特に汚染の高い湾岸部、有明セントラルタワーで事務仕事をし続けた。しかもその仕事内容は、東京電力ADR原発事故被害者の賠償要求の書類をひたすらコピーし続ける仕事だった。福島から送られてきた大量の書類だ。つまり狭い室内で、封筒や書類についた放射性微粒子が粉じんのように舞い上がり、それを吸い続けていたからだ(別紙インタビューを参照)。

「市民と科学者内部被曝問題研究会」の渡辺悦司氏は語る。「放射性微粒子は、肺に沈着すると思われるが、かなりの部分は痰として消化器官に入る。消化器官に入った微粒子は、ナノサイズのものは、消化管から体内に吸収されるが、大きいミクロンサイズの粒子のものは、消化管のどこかに付着すれば、そこで周囲の細胞放射線を照射し続け、がんを発生させる可能性が十分に考えられる。松平さんは、おそらく作業された当時、サージカルマスク(N95マスクが良いが)でもされていれば、結果は変わったかもしれない。」

東電は、そうしたことをせず、危険な仕事を自分たちではなく、何十もの多重派遣派遣労働者にやらせていたのであり、原発労働と同じ棄民、差別構造だ。その酷い実態は多くの労働者がネットで告発している。

https://www.google.co.jp/amp/gamp.ameblo.jp/inoushi71/entry-12122069265.html https://www.google.co.jp/amp/s/anond.hatelabo.jp/touch/20140728201354%3fmode=amp

 しかも、「この仕事をしていると外部に言うな」と口止めまでされていた。労働者は、家族にすら「職場の住所・緊急連絡先・事務の仕事をしている」の3点しか言うことが出来ず、これは労基法にも違反する、被曝労働・詐取労働の隠蔽である。種類の個人情報を守るためなら、そう言えば良いだけだ。つまり東電は、これが被曝労働であり、将来莫大な被曝被害者を生むかもしれないと予測していたからこそ、労働者に口止めをしたのではないか。

東電はこれまでの原発賠償裁判などで、福島原発からまかれた放射能は「無主物」だと主張し続けたが、福島原発東電原発であり、そんなことは絶対にあり得ない。すでに通常100万人に1〜2名しか出ない小児甲状腺癌が福島県では190名も出ている。区域内・区域外避難者はいまも10万人以上に及ぶ。私たちの仲間の園良太もその一人であり、15年夏に心臓の不整脈で倒れ、東電から一切金銭支援も謝罪も受けずに昨年末大阪避難した。セシウムは心筋にたまりやすく、この責任は東電にある。多くの「病者」が東日本で生まれ、全国の病院の統計発表でもがん・心筋梗塞脳出血は明らかに増えている。その全ての責任は東電にある。何ら対策を取らず、放射能の危険性も認めず、東電が過去最高利益を上げ続けることは全人類にとって絶対に許されない。よって以下、質問と要求をする。

1:私たちは福島原発事故由来の空気や食品からの内部被曝が、松平さんの末期大腸癌を発病させたと考える。責任は東電にあると考える。それを東電はどう考えるか答えよ。

2:賠償書類の処理労働の実態を全公開せよ。当時の作業室内の放射線量を明らかにせよ。職員への危険周知や対策をなぜ行わなかったか、なぜ業務内容の過剰な口止めをしたかを明らかにせよ。その責任をどう考えるか、現在この労働がどう行われているかを回答せよ。

3:福島の小児甲状腺癌を始め、健康被害は激増している。要求した全ての被害者に治療費を払え。国は放射能安全キャンペーンを張っている。これを東電がやめさせよ。また福島原発の代表取材をやめさせ、屋根の吹き飛んだ惨状を自由報道させよ。

4:被曝を避ける最大の方法は避難である。東電は全ての避難者に内部留保を用いて引っ越し代を払い、避難先での仕事と住宅を用意せよ。

5:トリチウムを含んだ汚染水を無制限に太平洋に放出することをやめよ。また、原発から放射能を放出を防ぐために、チェルノブイリ同様の石棺化を行え。なぜこれまでそれをしなかったか、いつまでに行うか、答えよ。

上記のFAX番号に、9月1日(金)までに回答せよ。以上

2017-08-16 放射能被ばくで大腸がんの松平耕一さん死去。17、18日夜に東電前で追

[]放射能被ばくで大腸がんの松平耕一さん死去。17、18日夜に東電前で追悼・抗議集会を開催。参加を。そして皆さんへ被ばく被害の声を上げ、避難準備を始めることの呼びかけ

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雑誌『新文学』を主宰し、国会前抗議、反ヘイトスピーチ、『福島原発事故による健康被害者の会』、弾圧の救援会など様々な運動に参加していた東京都府中市の松平耕一さんが、39歳の若さで亡くなりました。心から冥福を祈るとともに、悔しさがたくさんあります。

15年末に末期大腸がんが発覚したからでした。彼は「この若さで末期がんになるのは、原発事故の放射能が大きな一因だ。国と東電を許さない。」と書き続けていました。

大阪から、14日の通夜と15日の告別式に行きました。数名の知人とともに友人挨拶を依頼され、「新文学」での活躍、運動の中で出会いや協力、そして彼が訴え続けた被曝原発との関連を、号泣しながら話しました。翌日は気持ちを整理し、東電に責任があると言いました。

通夜で他の方も被ばくとの関係を話しました。司会職員反原発運動を頑張ってきたと話し、ご家族はモーツァルトの『怒り』を流しました。最後は何も食べれなくなったため遺体のお顔が痩せてました。遺体を焼いた後に、若さゆえ骨が多く、骨壺に溢れました。親戚には『彼の分まで生きてね』と言われました。

だからこそ。松平さんを追悼・抗議し、友人知人有志で東電本店前で集まりを行います。皆様も様々な現場で彼と同居していたと思います。また、東北・関東の全ての放射能被害、国の避難者切り捨て、東電の事故責任などもあわせて訴えます。ぜひご参加下さい。以下の私の呼びかけに賛同しない方も、この場には来て下さい。

『松平耕一さんを追悼し、東京電力に抗議する集会』

8月17日(木)、18日(金)

19時〜東京電力本店前(JR新橋駅SL広場から右へ徒歩5分)

キャンドルプラカードなどをお持ち下さい

呼びかけ 松平さんの友人、知人有志

大阪3.11関東からの避難者たち』定例アピールでも追悼の場を持ちます

8月26日(土)18時〜19時、大阪梅田HEPファイブ前

キャンドルプラカードなどをお持ち下さい

呼びかけ 3.11関東からの避難者たち


原発東電の責任】

松平さんの文章:https://radiationdamage311.wordpress.com/2016/08/12/

放射能がどのように影響したかの具体的なインタビューより:http://jimmin.com/2017/07/17/post-3692/

1:関東全体も被ばく地帯で。内部被ばくはわずかでも病気になりうる。

2:事情で自宅に帰れず、ほぼ毎日、福島県産食品を無制限に使う『吉野屋』や『サイゼリヤ』で外食し続けたから。

3:事故食後から東京東部の野外で仕事し続けた。その後数年続けた仕事は、東電の多重下請け派遣で、福島から郵送された賠償書類をコピーし続ける作業だった。けていたのように舞う放射能を吸い続けていた。しかも東電派遣会社には、何の仕事をしているかを言うなと口止めまでされていた。原発労働者と同じ、被曝隠しだろう。

多重派遣の許されざる実体は、以下。https://www.google.co.jp/amp/gamp.ameblo.jp/inoushi71/entry-12122069265.html

https://www.google.co.jp/amp/s/anond.hatelabo.jp/touch/20140728201354%3fmode=amp

主催者自身の追悼と思い:https://t.co/SHGwW0ssx5?amp=1

【ありうる疑問に答えます。参加をお願いします。そして今後の東日本での活動・生き方を一緒に考えて下さい】


Q:追悼と東電抗議は無関係では? やりすぎでは?

A:本人が病気の原発東電の責任を言い続けました。事故後に例のない、貴重な声です。そのたたかいを受け止めるのが友人・仲間の役割であり、追悼だと考えます。新たな犠牲者を出さないために、思いとたたかいを引き継ぎましょう。日雇い労働者の街である東京山谷で、80年代なかばの年末に2名の仲間が手配師関係の右翼ヤクザに殺されました。それを追悼・抗議して、毎年の年明けに集会とデモが行われ、全国から人が集まります。それと同じです。

Q: 被曝ががんの原因だと言い切れないのでは?

A:広島原爆チェルノブイリ事故では各種のがんが激増しました。福島県では、通常100万人に1〜2人しか出ない18歳以下の小児甲状腺がんが、190人に激増しています。若者ほど影響が出ます。小林麻央さんを含め、30代での末期がんが事故前まで周囲に複数いたでしょうか。そもそも病気は様々な要因の複合で起こります。全ての東日本在住者は内部被曝をしており、病気要因の一つに被曝があります。自然界に無い猛毒の核物質が体に入ると、大病は促進されます。それだけで「被曝被害だ」と公言すべきであり、事実です。そしてそれは国と東電の責任であり、国と東電に「殺されること」です。

内部被曝研」渡辺悦司さんのコメント:http://d.hatena.ne.jp/Ryota1981/20170809/1502204987 

「きっと皆さまは、今回のような場合に、「周辺で多発しているかに見えるがんは、福島第1原発による放射能がもたらした被ばくが原因とは断定できない」などという、残酷なコメントに直面されておられると思います。しかし、現在のがん科学(腫瘍学)、がん生物学、がん分子生物学の最新の発展は、このような「不可知論」「分からない論」「確認できない論」に、大きな疑問符を投げかけています。

現在のがん科学の教科書は、がんの発症が、偶然に、放射線により遺伝子変異が起こるというのが原因ではなく、何十個から何万個もの遺伝子変異の多段階での「蓄積」こそ、がんを生じる原因であることを、最近可能になった全遺伝子の解析によって、明らかにしています。

大腸がんについても同じです(私の東京たんぽぽ舎での講演のスライドより)。https://drive.google.com/file/d/0B_BelY_HvnqVN3lqQWJacDQ2ckE/view

松平さんの場合には、(1)本来、大腸がんでは40〜60年かかる前がん病変の進展が、放射線被曝の影響により、ゲノム変異の蓄積が加速したか、(2)それとも、放射線により(おそらくは微粒子による内部被曝により)より、決定的に重要ながん抑制遺伝子遺伝子変異の修復や異常な細胞アポトーシス細胞死]を制御している)が、最初から変異させられたことによる「デノボがん」であったか、のいずれかでしょう。どちらの場合も、福島事故由来の放射線によって変異蓄積の「最後の引き金が引かれた」か、放射線により「新たながんが生じた」かのいずれかでしょう。」


Q:東京の人が「被曝で病気」と言い張るのは無理があるのでは?

A:東電福島原発事故は「史上最悪」の核事故、今も日本は「原子力緊急事態宣言」中です。この空前の事態の意味とは、放射能被害が福島県境では全く止まらないということです。国が避難区域をとても狭く円状に設定したため、「関東や福島以外の東北は当事者ではない」という意識が多くの人にすり込まれました。しかし、関東でも病気や突然死が増えている実感は多数聞きます。福島・関東の病院の発表データでも11年以降にがんなどがはっきり増えています。そして主要地点の空間放射線量だけでも、関東に現在の4500万人が今後も住み続けるとすると、何と毎年約40万人、50年間で約1200万人もの死者が予測されるのです。詳細:http://www.gowest-comewest.net/higai/watanabe20170326.html

私は、家族や仲間のみなさんに死んでほしくありません!

もちろん、より多くの死者や病者は福島から出ています。しかし福島県庁やメディアが完全に安全派と化し、県民は分断され、健康被害はないことにされています。その上で国は公的避難者と避難区域を2020年前後にゼロにすることを目指し、それを持って復興庁解散です。こんな究極の棄民政策を変えるには、松平さんのように首都圏からも大勢が声を上げ、上がった声を拡大し、隠せなくさせるしかありません。関東からの被害告発避難の波を、福島へ広げましょう。

Q:でも、周りで全然被害を聞かないよ?

A:自分も周りも言えなくさせられています。国が放射能安全キャンペーンと福島帰還政策を猛烈に進めたからです。私たち自身も、推進派が原爆原発の被害者に常にぶつけてきた「因果関係が証明できない」という口封じを、次第に内面化したと言えます。この社会では病気は個人プライバシーとされ、「病者」は実際に家や病院から出られなくなります。言えない・見えない・わからない状態です。昨年東京で40代で末期がんになった運動圏のとある方は、誰にも言えずに実家に帰り、亡くなったことが後からわかりました。松平さんも「放射能のせいだ」とネットに書き続けましたが、反原発運動が取り上げることはありませんでした。とても残酷な状況です。3.11後に大勢が原発反対で立ち上がったのは、放射能が危険だからでした。しかし東日本に多くの住民が残される中で、放射能の危険はタブー化しました。自他の命を守るために、タブーを破る必要があります。



Q:危険は薄々感じているが、日常の忙しさに流される…。

A:私もそうでした。水・空気・大地・海の全てが汚染されていると思いながら生活することは本当に身が持ちません。感覚をマヒさせ、「大丈夫だろう、今日と同じ明日は来るだろう」と思ってしまう。「正常性バイアス」と呼ばれる防衛意識です。しかし原発事故は続き、放射能は「脳出血や心臓麻痺での突然死」「発覚時には末期がん」を激増させています。取り返しがつきません。被害事例を見つめることで、事故直後の危機感を取り戻しましょう。



Q:じゃあ、どうすればいい?

A:放射能からは距離を取るしかありません。西日本北海道・海外などへの避難移住です。時間がかかります。被害や避難を公言し、準備を始めて支援を求め、国・東電にも避難費用と政策を要求することです。私たち関西の「3.11関東からの避難者たち」も、全国の避難者や保養運動も、避難を強力に支援しています。『原爆ブラブラ病』が有名なように、被曝は体力、気力、知力を全て奪います。動けるうちに動くのです。



Q:仕事や家が無い!親の介護で動けない!

A:首都圏以外は家賃が大きく下がります。仕事は探せば必ずあります。低所得でも助け合えるよう、避難移住者は近い地域に住み合えばいい。子育て介護を助け合い、仕事もシェアするのです。避難者が声を上げ、今年から大阪市営住宅に誰でも入れるようにしました。http://jimmin.com/2017/06/02/post-3076/

つまりすでに避難した人たちの近くに来たり、理想は地域や運動体や学校・職場ごとに声を掛け合って集団移住することです。集団移住は外から見えやすくなり、避難者の無視や切り捨てを防ぐ力になります。進学、就職、仕事の終了や雇い止め、友人や恋人からの誘いが避難のタイミングです。動きましょう。

関西版の『移住マップ』を作りました。仕事、住宅、スポット、人間関係がわかります。関西ならこれをぜひ使ってまずは下見に来て下さい。

http://www.gowest-comewest.net/map/

移住支援希望の連絡を下さい。

gowest.comewest@gmail.com

全国移住支援情報。『脱被ばく実現ネット』の取りまとめ。https://fukusima-sokai.blogspot.jp/p/blog-page_12.html

Q:すでに心身の調子が悪く、移動するのは大変だ。

A:これも多くの話を聞きます。被ばくの影響もあると思います。大病になって病院にかかると、病院を変えることが困難になるため、避難移住はますますできなくなります。つまり汚染地帯での治療はなかなか回復せず、むしろ悪くなりえます。大病になる前に避難移住し、治療した方が良いです。知人を頼って避難移住し、一緒に役所の窓口に行き(冷たい対応をさせないために)、生活保護を取りましょう。家賃も医療費も無料になり、治療に専念できます。大病の疑いの場合はより生保が取りやすくなります。生保憲法で保証された権利です。みんなで権利を行使し、当たり前にする。心身が回復し、働きたければ働く。そうすれば避難先の方が今より必ず健やかに過ごせます。


Q:福島にも関東にもみんな残っている。自分だけ被害や避難は言えない。

A:いま必要なのは未来予測です。共倒れか、共に生き延びるか。子どもの未来が奪われています。福島父親を残した母子避難者も多く、体調面や経済面が深刻化しています。避難者が増え、避難が当たり前になるほど、国や自治体避難先の住宅作りや仕事作りに動かざるをえなくなり、多くの命が救われます。全国の原発再稼動も止める力にもなります。自分も避難、みんなも避難、つまり集団避難です。国は首都圏労働力を縛り付けるために福島からも避難をさせず、オリンピックまで開催する。残り続けることで、他の人々も避難できなくなる。「避難はエゴ」は倒錯です。避難は後に続く全ての人の命を守ることです。原発収束作業は事故の責任者からやるべきです。



Q:日本中どこでも同じだよ

A:違います。宮城福島〜関東はさえぎる山が無いため、原発からの放射能が日々直接降り積もり、「土壌汚染」が深刻です。東京湾仙台湾の汚染も最悪です。風の流れで他の地域にも拡散していますが、山や距離があるためその量が違います。ヤケクソになってはいけません。また安倍政権や政治の酷さは同じですが、空前の311被害を隠している事が酷さの根っこです。隠しきれない空前の暴力を無理やり隠しているのが、今の権力者の最大の弱点です。避難はそれを暴く、人生を賭けた最大最善の方法です。そうした『直接行動』を取る人が増えれば、沖縄の闘いのように根っこを暴き出し、変える事ができるのです。



Q:首都圏社会運動での役割があるし、人間関係もあるから避難はできない。

A:私自身もこれが最大のネックでした。国家と闘っており、主要施設は全て東京にあります。関わる団体もあります。しかしみんなが体調悪化や死亡したら元も子もありません。また、根本的問題を放置して運動をし続けるのは、どこかに嘘を抱え、展望を持たずにやることではないでしょうか。勝つためには生き残り、若い世代に引き継いでいき、彼らを被曝させてはならない。私たちは被曝により余命が削られ、タイムリミットが出来ました。人生を逆算し、避難時期を決め、それまでにやることを決めましょう。組織ごと、グループごと移動し、避難先で避難者として国とたたかいましょう。カネと嘘で私たちを支配する首都圏の権力をストライキし、解体しましょう。それは最も強力で必要なことです。


Q:もう年だし、慣れた場所で最後まで生き抜くよ。

A:それを他者が止めることはできません。個々の考えは大事にしたい。しかし、日本の社会も、社会運動も、圧倒的に高齢者が多く、また年功序列です。年配者の意向や行動や人数が、下の世代にモロに影響します。高齢者も多く残る事で、全体として避難できなくなっている現状があるのです。少なくとも若者、子ども妊婦には逃げろと促して下さい。首都圏の運動に縛りつけてはいけないし、縛られてもいけない。

さらに、被曝は体力の弱い人から直撃するため、これまでは年配者から次々死んでいったと思います。福島県の死亡者は増えています。80代で亡くなるはずの人が60代で死に、『ちょっと早いけど、まぁ年だしね…』とうやむやにされながら。年寄りは仕方ないという事は絶対に無いし、悲しみと介護の縛りを周りにも与えます。『自分が死ぬまでに何をやり抜くか』から、『子どもや若い世代のために、一緒に生き抜こう』へと発想を変えて下さい。

国の支援が無い中で、いきなり避難は難しい。首都圏の運動も必要だ。ならば、まずは首都圏で唯一と言える、反被ばくの定例大衆行動『脱被ばく実現ネット』に参加して下さい。空前の大量虐殺という、巨大なタブーを破る貴重な行動。なのに参加者がいつも本当に少ない。タブーだからです。みなさん様々な課題で忙しいと思いますが、ここに月一度でも集まって下さい。そこで被曝避難を話し合う事からだと思います。多くのご参加を!

★『脱被ばく実現ネット』の毎月の官邸前抗議。僕も参加します。

8月19日(土)18時半〜19時半、首相官邸

毎月第四土曜日の新宿アピール

8月26日18時〜新宿アルタ前広場

大阪梅田へップ前と同時行動)

詳細 https://fukusima-sokai.blogspot.jp/

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——私は東京で生まれ育ち、2015年夏に心臓の不整脈で倒れました。艱難辛苦と激しい葛藤の末に16年末に大阪避難しました。ここで書いたことは避難前から考えてきて、避難後の体験で確信したことです。「仲間がいれば絶対に何とかなる」。「国に無駄に殺されることだけは避けよう」です。必要なのは「このままでは死ぬ」という「恐怖」、「国と東電に殺されてたまるか」という「怒り」、「避難した方がよりよく生きられる」という「希望」です。恐怖・怒り・希望を一緒に取り戻しましょう。まずは今週、東京でお会いしましょう。

2017-08-09 人の末期大腸がんの松平君が死去しました。追悼文です。通夜と告別式

友人の末期大腸がんの松平君が死去しました。追悼文です。通夜と告別式行きます。国と東電を許さない声を

末期大腸がんで都内に入院していた友人の松平耕一さんが、8日朝、亡くなりました。39歳でした。心から冥福を祈ります。ぼくも通夜と告別式に行きます(日時・場所の詳細を知りたい方は連絡下さい)。多くの人に賑やかに見送ってほしいと本人は話していたそうです。ぜひ参加をお願いします。自分も大阪から行きます。彼への思い、私たちの今の気持ちを共有しましょう。

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【追悼文】

『自分がもし病気になったら、原発事故と関連があるんじゃないかと想像してほしいし、そう主張してほしいし、主張する人がいたら手伝ってあげてほしいと思います。』

覚悟していたが、その時が来てしまった。無念さ、悔しさ、悲しみ、原発への怒りと恐怖でいっぱいだ。

松平君は多くの人とつながりを持っていた。僕は社会運動で出会った友人だった。僕が彼の病気と原発問題のつながりを強調するのは、お互いの苦しみの交差点だったからだ。反原発反戦デモなど色んな現場で一緒だった。顔の骨格や体型が似ており、「デモで公安に園さんと間違われたんですよ」と笑って話されたこともあった。また彼は弾圧問題に関心が高く、僕の「2.9竪川弾圧」の裁判に何回も来てくれた。大腸がんと発覚する直前の2015年11月19日も来てくれた。僕は彼の容態がわからなかった。

そして、2013年12月の「秘密保護法靴投げ弾圧」の救援会で初めて一緒にやった(全く運動経験のなかった人が、秘密法の強行採決に激怒し、採決の瞬間に国会傍聴席から靴を投げ、逮捕・3ヶ月勾留・有罪にされた)。あの大変な救援で、彼は常に的確に動き、弾圧当事者が最もピンチの時に、自分の経験を生かしてアドバイスと病院への付き添いをしてくれた。大事な仲間だった。

運動経験のあった彼は、末期がんで倒れた時、被曝が原因だと思い、勇気を出してそう主張し始めた。彼の力になりたかった。また僕も同じ2016年初頭、不整脈で倒れ続けていた。このままでは家で寝込んだまま黙らされると思い、被曝も原因だと主張し始めた。僕はまだ動けたため、避難を決意した。だが諸事情で延期された。望んだ引っ越しとは違う。悔いが残る。それは関東に仲間も家族も皆いて、事故5年目、健康被害が続発していた。なのに被曝被害や避難の話ができなくなっていたからだ。自分だけが助かりたいのではない。この状況を変えたかった。そこで彼や、被曝被害に苦しむ仲間に声をかけ、ともに4月に『福島原発による健康被害者の会』を立ち上げた。

彼の精神力は、すごいものだった。闘病方針を自ら選び取り、ネットで公表し続けた。末期がんの体でも3回の集会に自ら出向き、横たわりながら発言した。「因果関係が云々」を恐れず、「原発被曝のせいだ」と言い続けた。それは確実に3.11事故後の初めてで最大の声だ。誰にそんなことができただろうか? 敬服する。広げるのは友人の責務だと思った。

僕は艱難辛苦の経験の上に、東京離脱を決め、自分のことで次第に精一杯になった。活動をともに出来ないことも増えた。申し訳ない気持ちもあった。彼の原発放射能への怒りは、僕の声だった。彼の最大の願いは、自分の存在が知られることだ。

その悔しさはとてもよくわかる。病者は、自動的に、病院や家に隠されるからだ。だから避難しても、新聞で広げ続けた。願いに応えるとは、広げること(被曝被害を認める)、同じ犠牲者を出さないこと(被曝対策や避難をする)、加害の責任を取らせること(国や東電に)、だ。彼の声は、他の人々の命をも守る、未来への警鐘なのだ。

心底つらく悲しいが、黙っているわけにいかない。最大の追悼と教訓とは、人類史上最悪の核被害が続いており、原始視力緊急事態宣言=戦争中だと思い出すこと。こんなにも被曝被害や避難を言えなくさせられ、まるで過去の事になっている状況を、とてつもなくありえないことだと見つめ直し、変えることだ。

松平君は、東京生活内部被曝をしていた。そして東電の下請けで、福島からの賠償書類をコピーし続ける被曝労働をしていた。その身体への影響もかつて語っていた。さらに東電派遣会社には、仕事内容を言うなと口止めまでされていたのだ。詳細:http://jimmin.com/2017/07/17/post-3692/

多重派遣の許されざる実体は、以下。https://www.google.co.jp/amp/gamp.ameblo.jp/inoushi71/entry-12122069265.html

https://www.google.co.jp/amp/s/anond.hatelabo.jp/touch/20140728201354%3fmode=amp

上記の記事で、その労働の危険性を指摘した「内部被曝研」の渡辺悦司さんは、同じくがん死した小林麻央さんをこう書いた。「小林麻央さんは、放射線影響のがんの犠牲者であった可能性の高い事例の一つとして、一時ではなく永遠に、記憶され追悼することになると確信します。それこそがわれわれとして小林さんを追悼する、最もふさわしい道だと。」http://jimmin.com/2017/07/11/post-3611/

僕は友人として、健康被害者として、避難者として、心からそう言いたい。

「松平耕一さんは、放射線影響のがんの犠牲者であった可能性の高い事例の一つとして、一時ではなく永遠に、記憶され追悼することになると確信します。それこそがわれわれとして松平さんを追悼する、最もふさわしい道だと。

時間は巻き戻せない

失った命は帰らない

核・原子力はいらない

国と東電を許さない

命を返せ

友人を返せ

彼が生きるはずだった数十年を返せ

そして私たちの未来を返せ

関東東北の友人たちへ、避難して下さい。避難先で一緒に闘って下さい。あなたを失いたくないのだ。友人の歌を引用し、筆を置く。この作業員とはもはや全ての東日本の住民のことです。また書きます。

『作業員全員撤退せよ 作業員全員ストライキ

作業員全員逃げたら 自民党員120万人にやらせろ

世界最強のストライキ フクイチストライキ

どんな要求だって通すぜ

要求を断ったら 北半球が壊滅

あいつらの全財産が人質だ

作業員全員撤退せよ 作業員全員ストライキ

=======================

渡辺悦司さんからのコメントです。

「皆さまに、心よりお悔やみ申し上げますともに、患われた「大腸がん」についての私の考察を、ささやかではありますが、松平様のご霊前に捧げたいと思います。

きっと皆さまは、今回のような場合に、「周辺で多発しているかに見えるがんは、福島第1原発による放射能がもたらした被ばくが原因とは断定できない」などという、残酷なコメントに直面されておられると思います。

しかし、現在のがん科学(腫瘍学)、がん生物学、がん分子生物学の最新の発展は、このような「不可知論」「分からない論」「確認できない論」に、大きな疑問符を投げかけています。

現在のがん科学の教科書は、がんの発症が、偶然に、放射線により遺伝子変異が起こるというのが原因ではなく、何十個から何万個もの遺伝子変異の多段階での「蓄積」こそ、がんを生じる原因であることを、最近可能になった全遺伝子の解析によって、明らかにしています。

大腸がんについても同じです(私の東京たんぽぽ舎での講演のスライドより)。https://drive.google.com/file/d/0B_BelY_HvnqVN3lqQWJacDQ2ckE/view

ここに掲げてあるような、いろいろな遺伝子の変異が、次々と積み重なることによって、大腸がんが生じるのです。

ですから、がんを発症させる要因もまた、本来、一つではなく、複合的なものです。

農薬大気汚染などの化学物質や環境汚染要因もあれば、喫煙も飲酒も、食品添加物も、生活習慣も、ストレスも、自然放射能も、原爆実験による放射能も、原発通常運転の放出放射能も、すべて影響を及ぼしており、それらの上に、さらに、福島原発事故による大量の放射能とそれによる外部被曝内部被曝も加わっているのです。

遺伝子変異の蓄積を促すものは、何であっても、福島事故由来の放射能であっても、当然、がん発症の原因の一部なのです。

添付ファイルの中に、被曝と大腸がんの例を挙げておきましたので、ぜひご覧下さい。

松平さんの場合には、(1)本来、大腸がんでは40〜60年かかる前がん病変の進展が、放射線被曝の影響により、ゲノム変異の蓄積が加速したか、(2)それとも、放射線により(おそらくは微粒子による内部被曝により)より、決定的に重要ながん抑制遺伝子遺伝子変異の修復や異常な細胞アポトーシス細胞死]を制御している)が、最初から変異させられたことによる「デノボがん」であったか、のいずれかでしょう。

どちらの場合も、福島事故由来の放射線によって変異蓄積の「最後の引き金が引かれた」か、放射線により「新たながんが生じた」かのいずれかでしょう。

だが、いずれにしても、福島事故由来の放射線が、がん発症をもたらす遺伝子変異の「蓄積」に特定の大きな役割を果たしたことは、誰も決して否定できません。

これは、われわれにとっても同じことです。この点を、ぜひ松平氏の御霊前に報告いたしたいと思います。ご冥福をお祈りいたします。

私は、松平氏の活動を残念ながらよく知良ないまま来ましたが、残されたわれわれが彼の遺志を引き継いで前進していくことこそ、彼の悲劇に報いる唯一の道だ、と確信いたします。

2017-08-03 友人の末期大腸がん、東電と原発を許さない このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

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園です。「原発事故の影響だ」と明言する、末期大腸がんで入院する松平君のことで、追伸です。

今日面会に行った友人から連絡があり、松平君本人から、彼の意思で今後は睡眠し続ける状態になるため、起きて話せない、面会は無理ですとのことでした。

ご配慮ください。

彼は、最後の力を絞り、フェイスブックを更新していました。注視して下さい。

詳細は、これを見てください。

http://jimmin.com/2017/07/17/post-3692/

そしてのインタビューなどに出ていない、彼から聞いたことがあります。

彼が東京でやっていた長期派遣の仕事は、東京電力のADR=被害者の賠償要求の書類をひたすらコピーし続ける仕事です。

福島から運ばれてきた大量の封筒と書類です。つまり狭い室内で、封筒や書類についた放射能が粉じんのように舞い上がり、それを吸い続けていた訳です。それも大きかったと言っています。東電は、そういう危険な仕事を、自分らではく派遣労働者にやらせていた訳です。原発労働と同じ差別構造です。許せるはずがありません。

この問題の専門家と言える、「市民と科学者内部被ばく研究会」の渡辺悦司さんが、それについてコメントしました。転送します。

ぼくは、自分自身も心臓病で倒れた一人の人間として、東日本のみなさんに、本当にもう誰も、何も犠牲者を出したくないと、心から思います。

8.6の広島で、関東の放射能汚染と、松平君のインタビューを、チラシにして配ってきます。

===============

園様 皆さま

 渡辺悦司より

この情報は、非常に重要だと思います。

私は、2014年ごろに、放射性微粒子の問題を懸命にやっていましたが、そのときに、東京圏の微粒子汚染について、その危険な状態について気が付き、周囲の人々に警告しました。

ですが、今となっては、もっと皆さまに広く知らせる方法が何かなかったかと、心が痛みます。

当時の論考は、以下を見てください。

http://blog.acsir.org/?eid=31

東京圏の汚染は以下にあります。

http://blog.acsir.org/?eid=33

放射性微粒子は、肺に沈着すると思われていますが、かなりの部分は痰として消化器官に入ります。

消化器官に入った微粒子は、ナノサイズのものは、消化管から体内に吸収されますが、大きいミクロンサイズのものは、消化管のどこかに付着すれば、そこで周囲の細胞放射線を照射し続け、がんを発生させる可能性が十分に考えられます。

松平さんは、おそらく作業をされた当時、サージカルマスク(N95マスクが良いですが)でもされておられれば、結果は変わったかもしれないと思われます。

彼の場合、がん発症は、事故以後4年を経過していますから、アメリカCDC(疾病予防局)による固形がんの最短潜伏期間4年をクリアーしていると考えられますので、弁護士さんと相談されて、(まだ可能な病状ならですが)、労災認定請求されたらいかがでしょうか?

現実には、がんは遺伝子変異の「蓄積」で生じますので、4年に達しなくても、放射線の影響で最後の引き金が引かれた可能性も十分に考えられます。

今からでは、もう遅いかもしれませんが、あとは作業されていた部屋の壁を1平 方メートル分(1m×1m)、ウエットティシューで拭き取って、どこかの市民放射能測定所(たんぽぽ舎など)に、放射線量を測定してもらうことです。

いずれにしろ、松平さんの意思を受け継いで、被曝の危険性を訴えていく運動をさらに進めていくことが、私も含めて、われわれの課題だと痛感いたします。

松平さんに、われわれ人間が「神」と認識するもの、つまり自然と運命のご加護がありますことを、心からお祈りいたします。

2017-06-07 私たちの被ばく病気経験、権力の大虐殺政策、東日本の今と避難の呼び

[]私たちの被ばく病気経験、権力の大虐殺政策、東日本の今と避難の呼びかけ:前編

これは今年一番力を入れた、また勇気を使った呼びかけです。

 僕は2002年から東京社会運動を続けてきた、35歳の者です。2015年に心臓の不整脈で何回も倒れ込み、放射能の影響だと思い、生まれ育った東京から昨年末に大阪避難しました。関西で「Go West, Come West!!! 3.11関東からの避難者たち」という集まりを避難者たちと立ち上げ、活動しています。http://www.gowest-comewest.net/

 僕がこれから描くのは、3.11東電福島原発事故放射能によって、人々がどのようにむごたらしく大規模に殺されていくかを、自分と友人の体験を元にした「未来予測」です。それがこのまま隠され続けたら、私たちと日本社会がどのようになるのかを考えることです。それは関東・東北に住む仲間である皆さん自身に起こることです。自分たちの人生を「逆算」してどうしていくかを一緒に考えて行動することが、まず何より大事な友人であるみなさんを守ることであり、今最も必要な「運動」でもあるからです。

その結論は、「東日本からの総撤退、集団移住。私たち避難者は原発=核=現在の世界構造を変える生き証人になること。最後に残る『収束作業を誰がやるのか』という問題は、まず全ての事故責任者から最初にやらせること。」です。ですがその結論に今は異議や困難を感じる人も、どうか最後まで読んで欲しい。今最も必要な作業が、最も放棄されているからです。未来へ生きるために、現実の全体を捉えよう。

(※この作業は、ほんらい人文社会科学自然科学表現者の力を交差させて総力で行うべきことであり、それを放棄している日本の学問やアーティスト、とりわけ自分が大学で学んでいた社会学を強く批判します。「復興がんばろう」「食べて応援」などの「ことばとイメージ」が、私たちをどのように騙しているかを分析・批判するのが社会学の役目なのです。今からでも着手せよ。)

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1:今後数十年間の東日本の被ばくで「殺される」のは、最低でも一千万人以上。数十人に一人に及ぶ。

 日本政府と、IAEAなどの原発推進の国際勢力は、東電事故を全力で隠蔽しています。私たち住民を避難させないようにしています。「自主避難者は自己責任」発言は、国の「復興政策」の基本方針なのです。まずこれが最大の問題であり、変えるべきことです。

 そして彼らが何もやらないだけでなく、反原発運動に参加するような人も含めて、なぜみんなが東日本に残っているのか。これが今一番みんなで考えたいことです。僕も昨年末まで残っていたので、よくわかります。

1:これほどの被ばくは初体験なので、知識も薄いしどうしたら良いかわからない。

2:大変すぎて、考えたくないし、考えられなくなる。

3:国の6年間の隠蔽政策がかなり成功し、避難者も黙らされている。そのため東日本の住民が棄民政策をやられていることがわかりにくいし、棄民政策を直にされてきた避難者と住民が切り離されている。

4:避難したくても今の仕事や活動をやめられないし、家も手放せないし、慣れない場所は余計に不安だ。

5:親の介護、友人、仲間、恋人などが東にいるから、離れられない。

 1、2、3は現実をどう認識するかという問題であり、4と5は実際にどうするかという問題です。まず認識を改めることが必要で、その上で現実の諸課題を一緒に解決したいのです。

 そこで、まず「1」の基本事実を確認します。3.11東電福島原発事故は世界初の4基連続の過酷事故、半永久的に続く事故です。つまり人類史上未曾有の事態であり、空前の環境破壊と死者を出します。この凄まじさを世界と私たちが忘れかけている理由は、想像を絶する事態であること、放射能が目に見えないこと、国際社会日本政府隠蔽と責任逃れが凄まじいことです。

 次に死者数を大まかに述べます。1986年にチェルノブイリ原発1機が爆発し、やがて収束した事故では、ロシアベラルーシウクライナが広範囲に「放射線管理区域」並みに汚染され、人が住んではいけない場所になりました。そしてこの30年間でおよそ100万人の住民と被ばく労働者ががん、心臓病、白血病脳出血などで死にました。この範囲と汚染はまず東日本の全域に当てはまります。汚染地帯の住民は、日本は巨大な東京圏が含まれるために、チェルノブイリの十倍以上の約5500万人に上ります。つまり今後30年間に一千万人以上が被ばくで殺されるのです。しかも東電事故は4基連続で、放射能も出続けているため、さらに大きな被害になるのは確実です。

 「市民と科学者内部被ばく研究会」の渡辺悦司さんも、ここ数年の東京放射線量を元に、東京圏の住民の致死リスクは、毎年でおよそ9万人、50年間では260万人。人口4.5倍の関東圏全体の致死リスクは毎年およそ40万人、50年間では1200万人となるのだ」と明確に計算しています。

http://www.gowest-comewest.net/higai/watanabe20170326.html しかしこの数字も、事故直後、2011年3月15日などの高濃度初期被ばくや、今回の浪江町山火事汚染は抜きにしています。初期被ばくは私たち避難者の多くも浴びているし、山火事は最も汚染を拡大する「第二の3.15」です。死者数はさらに多くなるでしょう。

 東日本は、最低でも、毎年100人に一人が殺されます。最も大事なことは、天災や事故や寿命で「死ぬ」のではなく、国・東電が起こした爆発と、避難させない棄民政策により、「殺される」のだと確認することです。被ばくを強いられる私たちは今後、誰もが「天寿を全うして死ぬ」のではなく「殺される」のです。

 僕は35年東京にいて、運動していたため、数多くの友人知人がいます。FBの関東友達は800人くらい、FBしてない人も入れれば二千人以上はいる。そのうち毎年20人以上は殺されます。しかも「若くして/突然に/周りに分からずに」です。末期大腸がんで苦しみ続ける松平耕一君が代表で、彼は発信してくれるから分かる。しかし多くの人はそんな発信もできずに消えている、すでに今も。僕にはそのことが見えるし、元々「汚染されている」という状況は外からの方がよく見えます。東日本はこれから真の地獄になります。第二のホロコーストです。だからはっきり汚染と避難を呼びかけているし、移住者の支援を始めたのです。

 

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2:3.11 被ばくで倒れるとはどういうことか

 僕が最もリアルに語れるのは、「大変すぎて、考えたくないし、考えられなくなる」の理由とその先にあるもの、つまり関東東北の今とこれからです。昨年東京で心臓病で倒れて苦しんだ自分は、未来を先取りしてしまった面があるからです。ざっと振り返ると、僕は3.11直後に「首都圏は恐怖心と計画停電で、家から出られずに『収束を祈るしかない』状態にさせられてる。米軍自衛隊が収束作業メディアを埋め尽くし、菅首相ACジャパンのCMが『国民の団結』を訴えてる。作業員が特攻隊員のように英雄視され、自粛ムードが広がって集会も中止になってる。これは全て戦中の日本と一緒だ。今、事故の責任者は政府東電だ!と名指しをしなければ、本当に何も出来なくさせられる」と思ったので、仲間と東電へ抗議行動を始めた。3月18日のことだ。

http://d.hatena.ne.jp/Ryota1981/20110321/1300649351

そこから反原発デモ東電抗議が広がった。それを全力でやり続けたが、それは次第に「被ばく地福島の支援と連帯」か「再稼働反対」がメインになった。「関東も、自分も被ばく当事者だ」という意識はみんな薄く、そう思った人は避難した。デモがあまりに忙しく、深く考える余裕がなく、自分らが大規模被ばくするという初の事態は想像も絶した。それでも僕は「福島集団疎開裁判の会=脱被ばく実現ネット」に関わり続けたため、東京の中では被ばく問題を考え続けた方だ。その蓄積は大きい。

 とはいえ、福島沖縄を始め安倍政権のあらゆる暴政を止めたかった。全ての政府機関は東京に集中する。だから喜びも苦しみもある運動を続けていた。だが2015年7月、支援に行っていた沖縄辺野古で倒れた。苦しみながら何とか帰京し、10日間入院した。心臓の脈が3回に一回ほど欠ける不整脈「徐脈」だった。それがリラックスした時=寝る直前や寝ている時に毎日出る持病だと診断されたのだ。前から疲れ切った時に貧血のように倒れ込むことが多かった理由が分かった。チェルノブイリで心臓病が一番多かったのは知っていたので、被ばくの影響があると思った。ただ何よりも、直前の5月の「経産省弾圧」で、「逮捕された園が悪い。自己責任」という攻撃と分断が周囲やネットから起こったことのストレスが大きいと思った。それも間違いなく理由だ。まとめ:http://d.hatena.ne.jp/Ryota1981/20170605

 だが翌16年の1〜3月、昼間起きている時も不整脈が頻発した。すると本当に立っていられなくなる。デモや会議の後に何回も倒れ、仲間に車いすやタクシーで自宅に連れて帰られたりした。「見ていて死ぬかと思った」と言われたし、自分もそう思った。週末はほとんど寝込んで、心底苦しんだ。生まれ故郷だから悩みに悩んだ末に、東京からの避難を決意した。当時の相方が住む場所へ行こうとしたが、3月に相方の目の前でも2回倒れてしまった。それをきっかけに関係が破たんしたため、「人民新聞」の仕事があり、知人が多かった大阪避難したのだった(このように、被ばくの病気によって人間関係が破たんすることも、今後増えると思っている)。 

 医者には「もっと悪くなればペースメーカーを入れるよ」と言われた。僕は病気をほとんどせずに行動や発信を続けていたため、ショックは大きかった。しかも手首を触ればすぐ脈欠けが分かるため、測りすぎてノイローゼ気味になった。「命」について、短期間に凝縮して心底考えさせられたし、「冗談じゃ無い、この年でペースメーカーを入れてたまるか、殺されてたまるか」と思った。

 だからこそ、3.11被ばく被害を考えぬきました。被ばくはがんや心臓病などの大病を潜伏させ、しかも進行を早めるため、「気づいたときには手遅れ」が増えます。さらに人は倒れたら当然だが家や病院から出られなくなります。行動も発信もできなくなります。しかも「病気は被ばくのせいだ」という社会的合意が抑え込まれているため、本人も周りもそれに気づけないし、分かっても訴えることができません。そうして病者からまず周りに知られず消えていきます。だからみんなが「今の病気は被ばくのせいだ」とも「これから被ばくで病気になる」とも思えなくなるのです。国・東電はそれを全て分かっているから、避難を止めて後は放置しておくだけで被害者は死んでくれます。全滅のスパイラルです。

 被ばくはまず甲状腺がんのような特定臓器の疾患を起こし、莫大な死者を出します。凄惨ですが、わかりやすい面もある。僕はズキューンと心臓に来たので、危機感を持って避難を決断できました。子どもの病気に衝撃を受けてすぐ避難した多くの母親と同じです。それは幸運でもあったと思います。しかし、被ばくは免疫力を下げる「総合的な老化現象」でもあるため、多くの人は持病や風邪やうつをだんだん悪くしていきます。だからその状態に慣らされるし、通常時との区別も付きにくく、決断もしにくくなります。

 しかも、被ばくは神経系も壊します。自分の健康状態や取り巻く社会状況を考える「知力」や、動いて避難しようとする「気力」も奪っていきます。どんどん頭と心と身体がぼんやり・もうろうとしてくる。これが真に恐ろしいことです。汚染地帯=東日本では、広島長崎原爆の「ブラブラ病」が全社会に広がります。自分と社会の放射能汚染隠蔽健康被害について向き合い動くことができなくなるのです。これまでのどの公害事件よりも!時間が経てば経つほど!こうして、あまりにもむごたらしい形でこれから一千万人以上が「殺されていく」のです。 

 チェルノブイリ事故では5年目から健康被害が激増しました。そうして5年目の去年から30〜40代の友人知人に話を聞けば、末期大腸がん、膵臓がん胆管がん白血病甲状腺異常、逆流食道炎、化学物質過敏症などで日常生活を送れなくなる人が激増していました。だからまずはそうした仲間と4月に『福島原発事故による健康被害者の会』を作りました。健康被害の存在と「被曝のせいだ」という声を上げることが必要だと思いました。スタート集会と健康被害の事例:https://radiationdamage311.wordpress.com/2016/04/15/%e5%a0%b1%e5%91%8a%ef%bc%9a%e6%94%be%e5%b0%84%e8%83%bd%e8%a2%ab%e5%ae%b3%e3%80%8d%e9%96%8b%e5%82%ac%ef%bc%81%e9%96%a2%e6%9d%b1%e3%81%8b%e3%82%89%e3%82%82%e8%a2%ab%e5%ae%b3%e8%80%85%e3%81%8c%e3%81%a4/

 その上で、僕はやはりこのまま残り続けたらただ殺されることになる、避難して闘っていこうと思い、相談や苦悩の上で、昨年末に大阪への避難をしました。

 東日本の住民は、大地震原発事故を身をもって経験しています。心から忘れることはありません。この空前の凄惨な未来をどこかで感じているからこそ、考えずに日常に戻る「正常性バイアス」となります。目の前の仕事や活動にのめりこみ、それを理由に動かない、動けなくなるのです。

 これが、何かの差別ではなく、自分も体験した事実です。この状況を変えて、避難をしましょう。後編で「3」の政府復興政策6年を検証し、徹底批判します。そして4、5の具体策を考え、提案します。

6月23〜25日に東京に行きます。24日、この集会に参加します。会って話しましょう。

★脱被ばく実現ネットからのお知らせ★ 学習会

  「被ばく被害、そして その先にあるもの」講師 山田國廣氏

日時:6月24日(土) 13時開場(13:30〜16:30)

場所:光塾(渋谷

詳細→ http://fb.me/13IFeQSLo

他の時間も空いてます。まずは何よりも東日本で話し合い考える場が必要です。会ってこれからを話しましょう!(後編に続く)

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3:政府隠蔽と私たちの諦めの正体――それは変えられる

 東日本の住民は、大地震原発事故を身をもって経験しています。心から忘れることはありません。前編で描いた空前の凄惨な未来をどこかで感じているからこそ、考えずに日常に戻る「正常性バイアス」となります。目の前の仕事や活動にのめりこみ、それを理由に動かない。動けない。どんどん具合が悪くなり、ますます動けなくなる状態です。

 それゆえに、日本政府隠蔽=「福島復興政策」はほとんど批判をされずに全社会を覆ってきました。まず事故直後から収束作業を国と東電が独占した。福島放射能安全キャンペーンと、11年夏から「除染」を開始した。12年から本格化した、ゼネコンが食い物にする箱物復興計画と、全国への「食べて応援」やがれき拡散。、関東と世界に向けた2020年東京五輪。14年からの避難区域解除。今年の住宅支援打ち切り、汚染土の全国拡散。全てがノンストップで進められました。

 また、今回の茨城大洗被曝事故は、常に生身の人間が危険すぎる手作業をしていることをまたも明らかにしました。この極みが福島原発労働です。死を強制する労働です。しかしその全てを国・東電がコントロールし、実態が隠されてきました。だから最大の被害者である福島の住民、全国の日雇い労働者、外国人が担っています。自分がやれない労働を、誰かにやらせてはいけない、収束作業を必要とするなら、IAEA日本政府東電経産省三菱東芝日立…など、まず全ての事故責任者からやらせなければいけない。まさに逆さまの世界。福島原発の実態は、究極の差別と暴力で隠されているのです。


復興政策を支えてきた手法とは、一言で言えば、問答無用、です。まっとうな議論をしない、異論を受け付けない、事業の検証をしない、方針転換はありえない、という態度です。福島の「復興」をどうするかという問題は、きわめて重要な問題であるにもかかわらず、公的な場ではほとんど議論されないできたのです。

“「復興」の名のもとに、汚染被害も人的被害も隠されてしまいます。国策のために目をつぶれ、というわけです。かつては「中立性」だとか「両論併記」だとかいう建前をまもってきた新聞社も、こと「復興」政策に関しては、中立性の建前を捨てて一方的に「復興がんばろう」なのです。これは異常な事態です。”

(『3.11後の世代とともに 「復興」破たん後の未来構想を』矢部史郎、『人民新聞』2017年5月15日号)http://jimmin.com/2017/05/19/post-2826/


いま、「日本列島改造論」は、「国土強靭化」というスローガンに焼き直されて、ふたたび列島を覆い尽くしている。……このようなスローガンのもと、列島改造論を再現させたかのように、列島には公共事業がばらまかれる。東北被災地もまた、現代版土建国家の標的とされた土地のひとつだ。放射能からの避難指示解除が進められようとしている福島県大熊町では、総事業費約31億円をかけた町役場新庁舎を建設するのだという。この事業によって真っ先に利益を得るのが土木建設資本であることは、間違いない。

 なによりこうしたインフラは、いったん建設されてしまえば「既成事実」と化してしまう。莫大な資金を投じて新庁舎を建設してしまえば、それを空っぽのままにするわけにはいかなくなる。新庁舎が完成したあかつきには――このとき土木建設資本はすでに十分な利益を懐に入れているわけだが――投ぜられた資金に見合った機能を発揮しつづけねばならないし、それに見合った地域社会と経済がなければならないし、それに見合った住民人口を確保しなければならない。

 こうして既成事実は、次から次へと折り重ねられていく。インフラの建設を正当化するために、がむしゃらにでも住民の「帰還」が強いられることにもなろう。自主避難に対する住宅提供資金打ち切り、あろうことか避難を「自己責任」と言い放った大臣の逆切れは、まごうことなき土建国家の本音である。

(原口剛『「ネオリベラリズム土建国家」の正体と「生」の収奪人民新聞2017年5月5日号。http://jimmin.com/2017/05/12/post-2713/

そして、復興庁は2020年に「解散」が決まっています。それまでに公的避難者と避難区域をゼロにし、天皇代替わりも済ませる。事故は完全に終わったと五輪で国内と世界中を「一致」させることがプログラミングされています。

 東日本の住民と汚染を忘れている人々には、今、プログラムが全くありません。政府にどのように対抗し、自分と人々の命をどのようの守るかというプログラムが、ない。誰もが昨日と同じことを続けています。確実に迫る大量虐殺にどのように対処するか、特に社会運動は全力で話し合わなければならない。多くの民衆とともに避難をしなければならない。残っているなら、いつまでに避難をするか、それまでに何を成し遂げるのかを逆算して決めなければならない。東日本や、汚染物質を受け入れる人々は、いま時間の止まったまどろみの中にいることで、生の未来から死へと退行しています。それが政府による大量虐殺を許しています。今この国で最も大きく、最も手付かずの問題が、3.11復興政策への批判と、避難の準備・実行です。

 

 

東電公害事件は、日本、ロシア北米放射性物質拡散させた。日本だけに限定しても、放射性降下物の被害で4千万人、物品を通じた二次拡散で1億3千万人の人口を呑み込む大規模公害事件である。

 この事態に際して、日本政府放射線防護対策を放棄した。人々に汚染被害の受忍を要求する被曝受忍政策にでたのである。日本に暮らす人々は、被曝防護か被曝受忍かをめぐって分裂した。防護派は東日本から退避・移住し、放射性物質の二次拡散を監視している。たいして受忍派は、汚染被害を忘れようとしている。こうした大きな分裂を背景にして、被曝を受忍させる権力とその翼賛が形成されている。忘却、無関心、権威主義議論のはぐらかし、結論の先延ばしが、生活の一般的規則として上昇する。

 シジフォスは、ギリシャ神話に描かれた永遠の囚人である。ゼウスの怒りを買ったシジフォスは、山上に大きな岩を運びあげる作業を課せられる。この作業に終わりはなく、彼はこの無益な仕事を永遠に繰り返さなくてはならない。

 汚染地域に生きることは、シジフォスの時間を生きることだ。除去できない汚染のなかで、「復興」という掛け声が繰り返される。具体性を欠いた空論が、具体性を欠いているがゆえに、あきれるほど自由に喧伝されている。人々に課せられた「復興」は本当に実現可能なのか、「復興」の最終目標はどこか、そもそも誰の何のための「復興」なのか、詰めきれていない問題が山積している。それらがなにも明確にされないまま、ただ国民的団結が要求されているのである。

 解決可能な問題を先延ばしにし、出口のない偽の課題に向かわせているのは、政府被曝受忍政策とそれへの翼賛である。東京被曝を受忍するシジフォスたちの都市になった。

 ……このとき、関東・首都圏被災と汚染は、その被害規模の大きさにもかかわらず、いや被害が甚大であるからこそ、人々の視線から排除されることになるだろう。東京は、自分自身を襲った現実ではなく、どこか別の地域の「現実」に眼差しを向けるよう誘導されている。人々は自分の身に起きている現実を語るのではなく、「福島現地」で見てきたものを語るよう誘導されている。”

矢部史郎山の手緑『シジフォスたちの陶酔:「Project FUKUSHIMA!」を批判する』)http://piratecom.blogspot.jp/2014/03/blog-post_13.html

私たちに欠けているのは、構想力です。「復興」政策破たん後の社会を構想すること。復興」政策が破たんして日本社会がどうにもならなくなった先に、私たちは、「復興がんばろう」ではない別のやりかたで、社会を再構成しなければならない。そのときに、どのような人間が、どのようなやりかたで、どのような社会をつくっていくのか、というビジョンです。”(矢部史郎人民新聞・同上)


 東日本の住民も、避難者も、復興相の「自己責任」発言を大きなきっかけにしなければいけない。東日本で普通に暮らしているつもりでも、巨大な棄民政策の犠牲にされていること。そこから脱出した避難者が、押しつぶされていること。残る住民と避難者がますます分断され、争わされ、または互いに無関心にさせられていること。これらに気づき、声を上げるのです。全国の避難者が避難先で大集合して声を上げる。関東・東北ではまず「避難させろ」と政府に一大要求行動を起こし、同時にみんなで実行するのです。http://www.gowest-comewest.net/statement/20170404imamura.html

再び書きます。これら全てを踏まえれば、結論は東日本からの総撤退、集団移住。私たち避難者は原発=核=現在の世界構造を変える生き証人になること。最後に残る『収束作業を誰がやるのか』という問題は、まず全ての事故責任者から最初にやらせること。」になります。それは可能だし、こうした具体的実践があります。http://jimmin.com/2017/06/02/post-3076/

次回、それをまとめていきます。

2017-06-05

共謀罪反対の中で、語られていないこと――「仲間を見捨てない文化」を

仕事先の『人民新聞』で連載を書き始めます。自分や仲間の大変な経験を、共謀罪の反対と結びつけます。ぜひ、話し合っていきましょう。

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連載・共謀罪と「弾圧」「救援」の経験共有

第一回 共謀罪反対の中で、語られていないこと――「仲間を見捨てない文化」を

編集部・園良太

リード:共謀罪参議院での可決・成立が狙われている。この大きな狙いの一つは、3.11原発事故や一昨年の戦争法反対から立ち上がった様々な市民を萎縮させることだろう。

共謀罪不当逮捕=「弾圧」の恐れを広げ、運動に参加しづらくさせる。共謀罪が奨励する「密告」は、運動の根幹である人と人との信頼関係を壊す。これは従来からこの社会と運動に広がりつつある傾向で、社会運動の中で被逮捕者に対するバッシングも繰り返されてきた。

共謀罪成立を阻止する過程で、萎縮をなくし関係性を維持する具体的対策も必要とされている。それは弾圧の経験と救援活動に凝縮されている。私は東京社会運動でこの9年間で4回不当逮捕され、仲間の救援活動にも多数関わった。そうした経験と、それをめぐる議論を振り返り、共有することで対策に役立てたい。

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共謀罪は、運動と信頼関係を警察に「忖度」させる

 今号3ページ目の<「忖度の文化」と第五の権力=電通メディア支配」で、本間龍さんがこう書いている。いまのメディア政権に脅されているだけでなく、メディアの側にも「権力側から要求されたわけでもないのに『こんなことしては、まずいのではないか』などと勝手に『忖度』し、自主規制をかける雰囲気が蔓延している」と指摘されている。

これは、残念ながら警察の弾圧社会運動の関係にも当てはまる。60、70年代のような実力闘争がほぼなくなった現代日本では、デモや抗議行動での些細な接触や、活動家の日常生活から弾圧でっち上げることがほとんどだ。警察に少しでも身体が当たれば「公務執行妨害罪」、役所の中で抗議すれば「威力業務妨害罪」、免許証の住所と住民票がずれていただけで「免状不実記載罪」などで弾圧してくる。

近年は大飯原発再稼働反対テントの参加者や、沖縄山城博治さんらが数ヵ月も前の案件を持ち出されて逮捕され、警察は「現行犯逮捕」の基本原則すら無視している。そして国会前の歩道などに従来は無かったコーンとポールをずらっと並べて参加者を道路脇に押し込み、警官もずらっと並んで威嚇・規制し、逮捕を引き出す挑発を暗に繰り返す。

 このように、運動の中で誰を・いつ・どのように逮捕するかは警察がほとんど自由に決められること、警察は常に計画していること、弾圧は警察が悪く、責任も彼らにあることをまず確認したい。

だが、警察側の自由が拡大し続けるため、まず市民に「こんなことしては、まずいのではないか」という先回りの萎縮が広がることになる。

主催者や参加者が、権力や警察により強く抗議する参加者に「そんなことしてはまずいぞ」と抑えこむ傾向も強くなる。

そして運動の中で警察が弾圧する事実や危険性自体を言わなくなり、逮捕された時にその事実や「抗議しよう」ということもアナウンスしない、救援は弁護士任せ、ということも増える。

最悪の時は主催者周辺がネットで「警察に抗議したり、逮捕された方が悪い。自己責任だ」と被逮捕者を攻撃し孤立させることも、繰り返されてきた。

これにより、被逮捕者も救援活動の担い手も疲弊し、拡大した反原発運動や戦争法反対運動が縮小・解体することが続いてきた。

 共謀罪のあらゆる中身に、運動のこの傾向を助長させる狙いがあることは、言うまでもないだろう。

「警察と揉めたらまずい」という自己規制は、「ネットに書く・話し合う・集まるだけでまずい」に深まりかねない(すでに今年から「こんな話し合いも共謀罪扱いだよね」という会話をよく聞く)。それは「お前もまずいぞ、やめろ」と仲間を抑え込むことに伝染しかねない。さらに萎縮せずに実行した仲間を「あいつが悪い、自己責任」と攻撃することから、「私は違う。それを証明するためにあいつの情報を渡すから、見逃してくれ」という警察への哀願に進みかねない。こうして誰も何もできなくなり、最後の信頼関係も根こそぎ奪われる。全ては、治安維持法下の戦中日本社会で、弾圧されたら拷問される恐怖が生み出し経験したことだ。

 現代は、弾圧されてもいきなり拷問されることは少ない。だが逮捕はされうる事実、その時の対処方法、救援活動で信頼関係は維持できることが運動の中で遠ざけられていたら、萎縮も弾圧も拡大するだろう。誰でも逮捕は怖いし、それをめぐる事実も知らされない。僕もそうだった。共謀罪への関心と反対が高まる今、その共有が最も求められている。

 

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<●私の弾圧と救援の経験>――「負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じること」

 本紙読者は様々な弾圧事例をすでにご存知だと思うが、私の概要をまずお伝えする。一度目の弾圧は2008年10月の「麻生リアリティツアー弾圧」。当時の首相麻生太郎の62億円の豪邸を見に行き、格差と貧困の原因を知る行動だった。だが渋谷駅から歩き出したら先頭にいた私が「無届けデモの先導者」扱いされ、「公安条例違反」で逮捕・12日間勾留された。私を助けようとした2名も弾圧された。だが逮捕の瞬間の映像がyoutubeで30万回も再生され、全国に支援と抗議が広がったため、釈放された。その勢いで国と東京都への国家賠償請求訴訟を起こし、最高裁まで闘ったが敗訴した。

 また09年4月に「在特会」が埼玉県蕨市で初めて大規模なデモを行ったとき、抗議した私たちのうち2名が弾圧され、そこから様々な救援活動に関わり始めた。次に3.11後の反原発運動が高揚する最中の11年9月、第一回「差別排外主義に反対する新宿デモ」で、警官と警官の間から横断幕を掲げていただけで公務執行妨害弾圧勾留された。

 13年1月、普天間基地閉鎖の「建白書」を持った翁長現沖縄知事らが上京し、議員会館周りをした(「オール沖縄」のきっかけ)。だが右翼街宣車2台で大音量で上京団を罵倒し続け、議員会館前で支援集会をする私たちの真ん中をデモ行進で通り抜けた。あまりの横暴に私が右翼に抗議すると、私は集団でボコボコにされた。にも関わらず右翼は私に対する被害届を出し、4月に警察が実家に押しかけて「署に連行したい」と言い張り、拒否したが8月に書類送検され、あわや起訴寸前に。仲間とともに直接東京地検に抗議申し入れを行い、阻止した。

 3回目の不当逮捕は、12年2月、東京江東区役所の野宿者排除に抗議して役所に行った所、強制排除された。私が抗議して蹴ったガラスが意図せずに割れてしまい、器物損壊罪で逮捕。威力業務妨害罪に切り替えて起訴され、拘置所に移され、4ヶ月半も勾留された。1年半の裁判を闘ったが、一審・二審とも裁判所検察側主張を丸飲みして私たちは敗訴。13年11月に懲役1年・執行猶予3年が確定した。

しかもそれで終わらずに、「園は逮捕時に江東区職員にケガをさせた。公務員労災組織『地方公務員災害補償基金』が職員治療費約4万円を払った。なので園は『基金』に4万円を返せ」という請求が届いた。全く事実無根なので拒否すると、「基金」は15年2月に民事訴訟を起こして請求してきた。「基金」の弁護士は悪名高い労働組合つぶしの専門家だった。裁判費用、弁護士費用(全て税金)だけで優に4万円を越える。嫌がらせ・疲弊目的の「超低額SLAPP訴訟」だった。事実が存在しないため、「基金」側は何とイラストと再現写真を証拠に出してくる、あからさまな冤罪事件の始末だった。それでも私は敗訴したため、いつ銀行口座から4万円が徴収されるかわからない状態にある。

 4回目の弾圧は、15年5月。経産省の入口に立ち入って抗議行動をした所、2人の仲間とともにいきなり拉致され、12日間勾留された。拉致された後に「建造物侵入罪」と告げられた。だがそれは「経産省前テントひろば」が立ち、通行人も行き交う「公開空地」と呼ばれる公共空間であり、とても「侵入罪」に問えるものではなかった。しかも私たちの税金で立てた場所だ。

だが、運動の底流にあった「逮捕された方が悪い、自己責任だ」が、ここで私に火を噴いた。一緒に弾圧された人の仲間にそうした考えの人々がいたため、ツイッターや救援会の内部で「いつも警察に抗議する園が悪い。他の2人は巻き添えを食った」「園以外を助ければ良い」と公然と主張したのだ。現場にいなかった人々であり、全く間違っていた。

だから、私も他の2人も外の仲間も奮闘して同じ黙秘を維持し、同じ「勾留理由開示公判」を開き、3人同時釈放を勝ち取った。釈放後も「不当弾圧だった」という認識でまとめ上げようとしたが、それはできなかった。普段抗議行動の現場をともにしていた人々が背中から刺すような行為に、私は深く傷つき疲弊し、釈放の翌月に心臓の不整脈で倒れて入院した。東京での運動に全力投球をできなくなり、放射能被ばくと合わせて東京を離れる一因となった。そして、これら4回全ての弾圧で実家に家宅捜索に入られた。

 この数ヵ月後の15年9月16日、戦争法案の採決直前の国会正門前で、一度に13人が弾圧された。歴史的な車道解放を再び勝ち取り、採決を止めるための攻防のピークだった。そこでも「逮捕された方が悪い」「全員セクトが暴れただけ」などの誹謗中傷を「東京デモクラシークルー」などの人々がネットに書き込み、自ら分断を起こした。

さかのぼれば3.11直後に最も昂揚した、高円寺素人の乱」による「原発やめろデモ!!!!!」も、11年9月11日のデモで警察が12人も弾圧し、解体させられた。

ここ大阪では12年秋に大飯原発ゲート前テント〜放射能汚染がれきの受け入れ反対運動の過程で、11人逮捕・7人起訴の大弾圧がなされた。ゲート前で果敢に直接阻止行動を行い、権力にとって最大のタブーである放射能汚染を正面から問題にしたからだ。

運動のピーク時に警察が大量弾圧し、萎縮だけでなく内部分裂を引き起こし、解体することが常に繰り返されてきた。これを克服しなければ、共謀罪の成否にかかわらず、私たちに未来は無い。

 

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●<黙秘をすること、救援会で仲間を助けること―仲間を見捨てない作風を>

 これだけ弾圧の話を聞けば、げんなりする人も多いと思う。だが、克服方法はシンプルだ。まず私は最初の弾圧東京と全国の仲間が救援活動をしてくれた。だから自分もやった。自分も全部最後まで闘った。被逮捕者のバッシングは一度もしなかった。仲間を見捨てない作風を運動の中に育むことが最も大事になるのだ。それこそが沖縄の運動と「本土」の運動との一番の違いだろう。

次回以降、さらに今までの救援や議論の個別事例から考えたい。

2017-02-10 【近況報告です】

[]【近況報告です】

東京で35年生まれ育った。今も家族や大多数の友人が残ってる。地元に、新宿に、渋谷に、官邸前や国会前に、思い出が詰まってる。でも「放射能でもう住めない、戻れない」。だから僕は大阪に来た。しかも残っている友人に病者が続出だ。自分自身と「あなた」の両方の事で涙が止まらない。これが福島の人たちが味わってきた気持ちか。でもこれで終わらせない。必要なのは避難移住と、責任追及だ。皆で生き延び、原子力ムラにやり返そう。

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★仕事先の『人民新聞』最新号です http://jimmin.com/category/1604%E5%8F%B7/

巻頭は「現代若者座談会」。他に東京MX抗議行動、トランプへの米国大規模抗議。僕は「東西で強行される被災者切り捨て 阪神大震災22周年で神戸市役所前に抗議テント/福島避難者も発言」執筆。ぜひ購読を

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★浪江の避難者と多くの支援者が「解除するな」と抗議しました→避難指示解除に関する浪江町住民懇談会 in 大阪

まとめ:https://togetter.com/li/1079771

映像:http://twitcasting.tv/jg9u08w8wjtjt/movie/346132331

国の解除ありきの姿勢に怒り爆発。530シーベルトデブリの場所に戻すな、復興費用を全て避難者支援に使え。無理矢理説明会を打ち切った国を、参加者が駅まで追いかけていきます。

福島での説明会も抗議の嵐:http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/blog-entry-113.html

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原発が爆発した日に、真っ先に東京から名古屋避難した矢部史郎さん。関東の彼や僕の仲間が被ばくで病気になり始めてるのを受けて、「命」の文書きました。ぜひ一読を http://piratecom.blogspot.jp 「生きるとは、死に向かっていく時間に抗い、逆向きに進んでいく、運動である」

安室なみえのこの曲は、曲自体もとても良いんだけど、僕ら避難者が失った311前の東京の風景が見事に映されている。悔しいよ。2006年末 【FULL】Baby Don't Cry / 安室奈美恵 (Amuro Namie)

https://www.youtube.com/watch?v=8NKyeUpO_3I

表参道代々木公園、丸の内、品川湾岸…。

でも、全ては生きていてこそ、だ。生きることで必ず未来を切り開くことはできる。僕も大阪に来て、本当に良かったと思っているから。ぜひ一緒に。

「きっとこうして人はちょっとずつ

過ぎた季節に記憶を隠す

いつか零れた涙集まって

陽を浴びて輝くまで

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