Dog Planet Cafe 〜 犬惑星 〜 このページをアンテナに追加

2017-09-21

パルスブックウォーカー

紙の本には、電子書籍にはない手触りがある。

装丁やデザインも含めて温もりがあるなどともいう。

そりゃあるだろう。

人それぞれの好みもあるし、否定はしない。

だが、僕にとっては電子書籍こそ小宇宙であり、そこにはロマンが広がっている。

何より画面が発光するのがいい。

美しいし、暗闇でも読める。

紙の本ではそうはいかないし、孤独な夜にスマホの画面を見ていると、そこにはたしかな温度がある。

紙の本には図書館や土蔵のような薄暗いところがお似合いだが、その実、読もうとすれば太陽光を必要とする。

なんと健全で味気ない。

まっとうな趣味嗜好のようでうんざりさせられる。

苦もなく何百冊もの本を持ち出せるのもいい。

この世のすべての本が電子書籍だったらいいのに。

すべての本を街に持ち出したい。

今なら合成音声による読み上げ機能もあるから、寺山修司が夢見たように、走りながらだって読書ができる。

こんなステキなことはない。

活字の宇宙を無限に持ち出し、なにか着想をえれば、それがそのまま筆記用具にもなる。

Googleドキュメントでメモしておけば、パソコンとの共有もたやすいから、せっかく書いたメモ用紙をなくしてアイディアがムダになるなんてこともない。

まあ、残念なのは仕事で使うような資料や希少本の類は電子化されていないことが多いし、まだまだ一般的でないから、紙の本を買っては裁断してドキュメントスキャナで自炊せざるを得ない。

なんだかそれがムダの多い作業で切なくなる。

本棚のすみずみまで、どんなくだらない雑誌の類もすべて電子化してスッキリしたいのに、それには時間が足りない。

そういうサービスもあるけれど、それはそれで、そこまでするほどじゃ…というためらいもある。

CDも初回特典のDVDも、最初からすべて電子化しておいて欲しいと思う。

本当にもう、クラウドでいい。

むしろCDよりデジタル音源にこそPDFなブックレットとかオマケをつけて欲しい。

紙の本やCDに情緒があるなんて嘘っぱちだ。

あるいは、たんなる嗜好の差異でしかないのなら、同じかそれ以上にデジタルだって趣き深い。

デジタルにだって精霊は宿る。

そう思うと、何十年も前に書かれたデジタルデビルストーリーってすごかったなと思う。

荒俣宏の帝都物語にも、似たような話、あったな…(´・ω・`)

2017-07-03

煩悩を打ち消す密教式ライフハック

≫ さあ、始めようぜ

≫ 今まで絶対できなかったことをしよう

≫ できないことができるって最高だ

これは、最近のプレイステーションのCM。

たしかにゲームの中なら、理想の女の子と結ばれたり、異世界を冒険したり、たいていの願望はかなう。

殺人などの背徳的な罪すら疑似体験できる。

さらにVRとTENGAさえあれば、煩悩はほとんど解消される。

技術力を駆使すればもはや、この世に未練はなくなる。

煩悩を打ち消すことを「解脱」と呼ぶなら、痩せ我慢して耐えるより、むしろ満たしてしまうという手法もあるワケで、それがつまり愛染明王が女性を抱いていたり、邪教とされる立川流のような密教的な解脱に違いない。

オウム真理教の「ポア」は、煩悩に苦しむくらいなら、いっそ殺して楽にしてやろうという超理論だったが、もともと仏教がなぜ解脱を志向したのかといえば、あらゆる欲望が社会生活の妨げになるからだ。

ならば、殺すにしろ自殺するにしろ、社会に悪影響を及ぼす行為は本末転倒。

いっそ社会に悪影響を与えないカタチで欲求を満たして、現実世界では安らかに暮らせばいい。

仮想現実の世界で楽しく暮らすため、現実世界で出稼ぎしてるくらいのゆとりがあれば、意外とこの世の由無し事は諦めがつく。

チベット密教の世界では夢の世界こそ現実で、現実こそ夢に過ぎないのだという。

まるで江戸川乱歩の「うつし世は夢、夜の夢こそまこと」みたいだ。

現実の快楽を諦め、稼ぐための労働に勤しむことこそ、現代的な解脱への第一歩かも知れない。

それって、すでに多くのオタクが実践してる方法か……。

2015-01-15

今年もありがとうございます

 

自分は基本的に怠惰で内向的なダメ人間なので、

才能と言うようなものは一切ないのだけれど、

「奇人変人と巡り会う才能」には恵まれているのではないかと思っている。

 

昔は街で変な人を見かける程度だったのが、

最近は「ご当地キャラ」がブームらしいので、

儲かるんじゃないかと勘違いした人たちが向こうから近寄ってくるようになった。

きちんと『ゆるキャラ論』読んでもらえたら、洗いざらい書いてあるので、

そんな勘違いはするはずないのになあと思いつつ、

世の中には活字があまり好きじゃない人、

そんな時間も余裕もない人たちがたくさんいるのもよくわかっている。

 

一方的に自分が被害者だなんてお高くとまるつもりはないが、

それにしても、ここ2年ほど、

世の中には訴えられたり捕まったりしない程度の悪人とか、

困った感じの人ってたくさんいるんだなあというのを実感している。

 

基本的には「ご当地キャラ」をやろうなんて人間はバカがつくほどお人よしで、

こっちが申し訳なるくらいに善良な人たちばかりを見てきてしまったので、

いわゆるふなっしーブーム以降に現れた人たちの何もかにもに惑わされてしまった。

実際にはブーム以前からの知り合いもいて、

自分が鈍感すぎてその本性に気づかなかっただけって人もいたけれど…

 

で、周囲の人たちにえらく叱られながら学んだのは、

下心のある人というのは善良なふりをして近づいて、驚くほど清々しく嘘をつくということ。

本人に嘘の自覚がないのかもしれないけど、なんか「断言」しがちな人というのは、

わりとあとからボロが出がちだなあというのを感じる。

ボクなんかはこの世の中に絶対なんてことがあるはずないし、

100%自分が正しいなんてことはありえないんじゃないかと思っているから、

なるべく断言とかせずに、なんか「自分なりに頑張ります」とか、そういう言葉でごまかして、

結果的に視線がうわついて挙動不審になりがちなのだけれど、

世の中にはハキハキと、目を爛々と輝かせながら嘘をついたり人を貶めたり、

いろいろする人たちがいるんだなと…。

考えてみれば、ボクが今まで出会った善良な人たちというのは不器用で挙動不審で、

仲良くなるのにそれなりに時間を要した人たちばかりだった。

 

去年はとくに、

主観的にはちょっと迷惑、

客観的にはものすごく面白い人たちが、

現れては消えていったり、

こちらからちょっと距離を置かせてもらったりした。

残念なのは、そういう人たちを面白がりながら晒せないこと。

昔だったら嬉々としてはてなダイアリーに書きまくっていたことが、

いろいろ立場上、守らないといけないものが出来たりなんだかんだで、

すべてできなくなってしまった。

 

唐突だけれど、中学生の頃にハマった『幻獣少年キマイラ』という夢枕獏の小説あって、

最近、角川文庫からラノベ風の装丁でもう一度出はじめてるんだけど、

久々に読むと、登場人物の誰に感情移入できるかというと

仙人みたいな老人、真壁雲斎だったりする。

たぶん、年齢的なものもあるだろう。

で、悪役ではないけど失うものが何もなくて汚い手を使って相手を倒そうとする

菊池良二という人物がいて、実は昔はそんな彼がわりと嫌いじゃなくて、むしろ好きだったのだけれど、

今の自分の境遇を考えると、いつの間にか自分は菊池の立場じゃなくなっていたんだと気づいて愕然とする。

むしろ、相手は本気でこちらを殺しにかかってくるのに、それを防御しながら、

同時に相手を殺さず、傷つけず、永遠に自分の大切なものを守り続けなければならないという、

劇中で雲斎や九十九にのしかかってくるテーマが、自分の立場に重なって、

思わずその答えを作中に見出そうとしてしまう。(もちろん、答えなんて出るはずがないんだけれど)

 

暴露したり相手を責めたりすれば一時的に自分は爽快感を得られるかも知れないけれど、

結果的に事態は解決もせず、むしろ悪い方向に向かってしまう可能性があるなんてことも

世の中にはたくさんあるんだなと、つくづく思い知った。

しかし、なんかこう、モヤモヤしたものを抱えながらも、

もはやドMとしてそれすら楽しんでしまうしかないんだなという悟りの境地みたいなものもある。

思えば、夢枕獏にハマっていた中高生だった頃、意味もなく出家したり苦行をしてみたいと思っていた。

将来の夢は坊さんになって山篭りすることだったけれど、

出家なんかしなくても苦行は可能で、むしろ浮世の苦界で悶々とする方がよっぽど苦行かもしれない。

そう思うと、まだ若くて幼かった頃の自分の夢は、今かなっているような気がしないでもない。

 

今年も、ネタにできないくらい面白い人たちに出会えそうな気がして、今からワクワクしている。

2011-08-18

「まんべくん失墜の謎に迫る!」

 

◆メガヒットの成功心理 第4回「まんべくん失墜の謎に迫る! <前編>」

http://t.co/Dwxg61F

 

◆メガヒットの成功心理 第5回「まんべくん失墜の謎に迫る! <後編>」

http://blog.garyuproject.com/20110819/4116.html

 

こちらの方はだいぶ更新が滞ってますが、

我流プロジェクトで連載している記事に

大きな反響をいただきました。

 

後編、ほぼできてますが、

基本的には水曜更新なので、

来週か、あるいは状況を見極めて

もしかすると早めにアップされることもあるかも知れません。

後編もアップされました!

http://blog.garyuproject.com/20110819/4116.html

 

あくまでも私見であり、

考察に過ぎないので

全部が事実というわけではありません。

 

----------------------

 

起業家を対象にしたサイトという事もあり、

儲かる儲からないといったお金の話をしていますが、

「ご当地キャラ=キャラクタービジネス」では決してありません。

 

運営団体やキャラクターによって

当然のことながら「目的」は違うし、

「成功の基準」も違ってきます。

 

「儲からないのになんでやるの?」

という疑問に対しては、

キャラクターを作る目的はおおまかに2つあると思っていて、

  

◆「外」に対するアピール

 地域外の人に知ってもらって観光に来てもらったりお土産を買ってもらう。

  

◆「内」に対するアピール

 地元の人にもっと地元のことを好きになってもらう。

 みんなで目的や理想を共有するための旗印としてのマスコット。

  

このふたつ。

いずれにせよ、儲けが最終目的ではなく、

地域全体が活性化することで

そこに住んでいる人が住みやすくなるようにというのが目的です。

そのための手段のひとつに「儲け」もあるという感じ。

 

だから儲からないまでも費用対効果として

かけたコストの割にアピール力があると判断されれば、

そのマスコットには存在意義が保障されるわけです。

まんべくんは完全に外向きに特化していたけど、

内向きのアピールはお金以外の「時間・労力」さえあれば

ほぼ100%効果が出ます。

行政がやってる大多数のキャラもおそらくこっちがメインなので、

あまり儲けに対して頓着がないのではないでしょうか。

  

あと一番大事なのは、

住民の意識が変わったとか、

町のイメージが変わったとか、

住みたいと言ってもらえるようになったとか、

お金に換算できない価値もあるので、

何を重視するかはやはり運営側次第です。

 

さらに、利益をあげるにはそれなりの

「コスト・努力・ノウハウ」が必要だけど、

これにプラスして時の運で大化けする可能性がゼロではない。

ある意味、買っときゃいつかは当たるかもしれない「宝くじ」

みたいな感覚でやってるところも少なくないはず。

 

ただ、たしかに乱造はどうかと思います。

作っておしまいみたいなキャラは、

結局コンサルや各種の制作会社が儲かるだけですから。

 

もちろん、ご当地キャラ業界が死屍累々の山といっても、

成功事例だってたくさんあります。

個人的には「ひあゆ丸」や「やなな」はすごく理想的な形で

ビジネスと地域性の両立を果たしてると思います。

あとは、やっぱりチーバくんのように後追いでも

巨大プロジェクトなら大きく育つ。

芸能人と一緒で、キャラクタービジネスは

投資額デカさがリターンに直接結びつきやすいので。

 

記事を読んで「全然違うよ!」と思う方も大勢いるでしょう。

間違っている部分があれば教えてください。

 

何かご意見があればぜひ、

メールでもコメントでも受け付けます。

 

----------------------

 

◆過去の記事は、こちらにまとめてあります

http://mt-dog.jugem.jp/?eid=238

2011-05-09 このエントリーを含むブックマーク

ブログは全然更新してませんが、

こちらで連載してます。

 

◆我流プロジェクト

http://garyuproject.com/

 

◆『我流プロジェクト』 連載 - 犬山デザイン製作所

http://mt-dog.jugem.jp/?eid=238