写真にこだわる Twitter

2017-05-24

2017 中国の最新写真事情

17:22

 中国の写真事情はどうなっているのだろうか? ということで、中国で4月21日から開催されたカメラショー「CHINA P&E」へに行ってきました。

 その詳細報告を日本カメラ財団情報提供コーナーへアップしました。ご覧ください。

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≪「CHINA P&E」の開かれたナショナルコンベンションセンター。北京には珍しい青空です≫

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≪人気のニコンブース。カメラを持って、すごい観客です。≫

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ソニーブースでは19日発表されたばかりのα9と100〜400mmズームが初日21日午後1時過ぎに到着。バスケットボールコートで実写体験。後で知ったのですが、この時点で実写体験できたのは外部の人間としてはきわめて早かったようです≫

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≪カメラ関係の店が400軒近く集まる3階建て「北京撮影機材城」。メーカーごとの店、アクセサリー屋さんプリント屋さん、衣装屋さん、カツラ屋さん、写真学校、修理屋さん、中古屋さんもあります≫

詳しくは日本カメラ財団情報提供コーナーへ。

2017-04-16

いま写真を改めて振り返ってみませんか

17:16

 このたび一般財団法人戸部記念財団の「アトリエ シャテーニュ」が主催するワークショップにて“市川泰憲の写真散歩”と題して、5月からプレミアム フライデーの夕方に写真セミナーを5回にわたり担当することになりました。

 お話しする内容は、

1) フォトキナ2016に見る世界の写真市場、

2) 日本のカメラ技術はこうして世界一になった、

3) パリフォトにみるフランス写真事情、

4) 日本の写真史/写真術渡来の時代から、

5) 日本はいつまでカメラ立国でいられるか、

6) いまだから話せるもう1つの写真史、

と大きく分類しましたが、いずれも私が見聞きしてきたことに実際の写真を加えての解説で構成しました。単なる一方通行のお話ではなく、軽く飲みながら、さまざまな疑問にもその場で答えていく参加型のセミナーを考えております。

 いま写真が、カメラ・レンズが、技術として、産業として大きな変革の時期にきています。改めてこの時期に、写真の進歩を振り返ってみることは意義あることだと思うのです。

詳細ならびにお申し込みは、「アトリエ シャテーニュ」までお願いいたします。

≪市川 泰憲≫

2017-02-05

ダルメイヤー・アドンと富士山

14:51

アドンに対する思い

 ダルメイヤー社のADON(アドン)は、僕にとって、長年一度手にしてみたかった古典レンズです。今から10年以上前に、僕が歴史的な古典レンズに興味を持ちだした頃に、写真業界の大先輩で写真雑学の大家ともいえる元日本ポラロイド社のSさんが『岡田紅陽が富士山を撮るときに使っていた「アドン」というレンズを持っているから、今度持ってきてあげるよ』といわれたの最初でした。さっそく古典光学書を調べると、イギリスのダルメイヤーが1900年ごろに発売した望遠レンズだということがわかりました。以後、Sさんに会うたびに"アドンを貸してくださいよ⇒いま探しているから"という問答を繰り返していました。ところが、僕がSさんに会うたびにしつこく聞くために、しまいには僕を避けるようになり、ある時から怒りだしてしまう始末で、結局アドンの存在に関しては不問にするようになりました。とはいっても、僕のアドンに対する思いは募るばかりでしたが、実際はほとんどあきらめの境地でした。

 そんなある日、写真仲間のTさんのオフィスへ写真展の打合せで行ったときに、4×5のリンホフボードに付いた風変わりなレンズが目につきました。手に取って鏡筒に書いてある銘を見ると「ADON」と刻印されているのです。一瞬、そのごろっとした円筒からして面白いと思いましたが、まぎれもなくダルメイヤー社のアドンなのです。各部をのぞき操作していると、Tさんは、興味あるなら貸してあげますよといってくれたのです。願ってもないことで、まずはありがたく拝借することにしました。Tさんいわく、中古カメラ店で8本3万円の山の中に入っていたうちの1本だから、どうぞごゆっくりというのです。しかも、ブリテッシュジャーナルの1910年のアドンの広告ページと解説文までコピーしてくれたのです。写真には伸縮状態のアドンレンズ単体を示しました。

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≪鏡胴の白い部分はアルミ製で、ADON、PATENT、JH Dallmeyer(John Henry Dallmeyer)、シリアルナンバーLONDONなどと刻印されています。レンズの直径は約32mm、撮影時は先端の部分を引き出してラックピニオンを回して一番引き出した状態でピントがきます。この縮長状態は60mm、伸長状態で約100mmです。また、前群と後群の間には虹彩絞りがあり、不等間隔で1・2・4・8・16・32と倍々に数値が刻まれていて、開放の1に対し、1/2・1/4……1/32と光量が変化していくことになります。同じような表記としては、1881年に英国王立写真協会が制定したU.S.(ユニフォームシステム)絞り値がありますが、U.S.1=F4、U.S.2=F5.6……U.S.8=F11、U.S.16=F16であり、それとは明らかに違うのです。焦点距離は実測で約310mmとなり、レンズの直径約32mmで割ると、F値は約9.7となります。カメラに取り付けた場合には、撮像面から先端まで約185mmですから、望遠レンズの大きさを表す望遠比(185÷310)は約0.6となりますので、かなり小型の望遠レンズといえるでしょう≫

アドンの不思議

 とりあえず何らかの形でカメラに取り付ければ撮影は可能となるので、手元にある35mm判フルサイズのカメラに取り付けようと、まずはソニーα7Rを用意したのですが、さまざまなマウントアダプターとヘリコイド中間リングを組み合わせて装着してみると、妙に長く見えるのです。またピントがきてもファインダー像を見ると、4隅がケラレてしまうのがわかったのです。結局あれこれ試行錯誤のすえ、フランジバックの長い一眼レフに取り付ければ見た目もバランス良く、問題ないことがわかりました。その装着の手順は、「アドンレンズ⇒アドンレンズマウント台座⇒L39中間リング⇒L39/M42マウントアダプター⇒M42ヘリコイド中間リング⇒Tマウント⇒カメラボディ」で取り付けることが可能になります。一眼レフフランジバックの関係からミラーレス機のようにマウントアダプターがほとんどないので、フランジバックの長い望遠系のレンズの場合に、中間リングとヘリコイドリング、Tマウントを組み合わせると簡単に撮影が可能とるのです。このTマウントは、ネジ側がM42ピッチが0.75mm規格の物は1957年に手動絞りの交換マウントシステムとしてタムロンから発売されていたものですが、現在ではケンコー・トキナーに引き継がれ、その後登場したキヤノンEFやミノルタα(ソニーA)、ペンタックスK、さらにはミラーレス用の各社新マウントも追加で作られていて、このような使い方をする時には大変便利です。

 デジタルでフルサイズの一眼レフとなるとTマウントには、ニコンF、キヤノンEF、ソニーA、ペンタックスマウント用がありますが、ここではニコンFマウント用のTマウントを使用しました。製作上の注意点としては、しっかりと無限遠がでるように中間リングを細かく調整しなくてはなりません。ピントを合わせるということでは、鏡胴が繰り出された状態では近接撮影が可能ですが、無限遠をだすとなると、このアドンでは中間リングをかなり縮めた状態でしか∞がでないので、工作過程で何度もやり直した部分です。

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ニコンD700アドンを装着。フランジバックが厚い一眼レフの方が、望遠レンズを付ける場合にはバランスがよかったのです。この工作のポイントは、黒のビニールテープを使ったことです。引っ張りながらマウント台座と中間リングに巻き付けると、中心も平面もきれいに押されてでます。以前は接着剤や両面テープを使っていましたが、頑丈さ、遮光性に加え、復元が楽なことなどすべての点でビニールテープの使用が優れています≫

 さて、いよいよ撮影をと思ったときに、改めてブリティッシュジャーナルのアドンの解説を読むと、"可変焦点レンズ"だとの記述があるのです。そこでカメラに取り付けた状態で、ラックピニオンを伸縮させたり、前の部分の引き出し具合を変えてみたのですが、ピント位置は1か所にしかないのです。これはどういうことだろうと、フェイスブックに『このレンズ有名だけど、使うにあたり仕様がよく分かりません。ダルメイヤー、ADON、1910年。無限遠がでましたので、後は撮影をするだけ。』と書くと、皆さんからさまざまな教えをいただきました。ズームレンズであるとか、アタッチメントを付け替えるとイメージサークルが変わるとか、謎のレンズだとか、よくわからないから売ってしまったということなどでしたが、おひとりだけ平成写真師心得帖などを執筆されていて古典大判カメラ用レンズに詳しい柳沢保正さんが、望遠レンズであると同時にフロントコンバージョンレンズだから、何かのレンズの前に手でもいいから押さえてのぞいてみるとよいというのです。

 そこでアドンのネジが取り付くレンズはないだろうかと、まずはライカ用のズマリット50mmF1.5に取り付けようとしましたが、口径が大きすぎて装着できません。あれこれ試したらズマール50mmF2の先端にねじ込むことができ、さっそく「ライカS/Mリング⇒ソニーEマウントアダプター」を介してソニーα7Rに取り付けると、ピントが合うことが確認できました。ところが、35mm判フルサイズでは周辺がケラレてしまうのです。そこで撮影結果が少しでも見栄えがいいようにと、画面サイズの小さいマイクロ4/3のカメラを使うことにしました。この場合には「ライカS/M⇒ライカM⇒マイクロ4/3マウントアダプター」という接続になりました。ただこれは基のレンズがどのようなものかによってイメージサークルは変わるものだと思うのですが、機材的に間に合わせることができないので、ピントが合って、アドンは、単体で望遠レンズ、他のレンズと組み合わせるとフロントテレコンバーターレンズとして機能することが確認できただけでよしとすることにしました。

望遠レンズとしてのアドン

 望遠レンズとフロントテレコンバーターとして使えることがわかりましたので、とりあえずニコンD700に取り付けて望遠レンズとして撮影した結果をお見せしましょう。アドン望遠レンズですが、ブリティッシュジャーナルの解説文によれば、望遠レンズだからと遠くのものを撮影することだけを考えてはいけなく、建築ポートレイト、風景、自然史などオールマイティーに使えるレンズだというのです。その点を含んで、身近な所で撮影しました。

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≪自転車:絞り 2、1/200秒、ISO200、AWB≫

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ヒヨドリ:絞り 2、1/80秒、ISO200、AWB≫

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東京駅:絞り 11、1/200秒、ISO640、AWB≫

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≪窓ふき:絞り 11、1/160秒、ISO640、AWB≫

 全体をご覧になっていかがでしょう。暗いレンズですが、すべて手持ち撮影で、焦点距離に対して小型なためにぶれないように苦労しました。100年以上も前のレンズですから、基本的にはよく写るレンズだといえます。掲載にあたって注意したのは、もともとこのレンズが作られた時代は、湿板であり、乾板であっただろうと思われるのです。レンズのイメージサークルとしては、所有者のTさんによれば4×5インチをカバーするということですが、当時としては引伸ばして使うことは考えなく、密着プリントの時代でもあり、引伸ばしてもそれほど拡大率は高くはないと思うのです。デジタルの時代では、それだけのイメージサイズを持つカメラは一般的ではありませんので、24×36mmの35mm判フルサイズのカメラを使うと超望遠となり、手札判ぐらいのカメラなら望遠レンズとなるわけです。その点において、ここでの掲載は横640ピクセルとしていますが、それでも極端な拡大になっているわけです。したがってD700の4256×2832の約12Mピクセルにおいても十分を超える大きさとなるのです。もちろん、それを画素等倍にしてみるのも可能ですが、カラーのない黒白写真の時代にあって、色収差の発生をいうのも気が引けます。画質としてあえて言うならば、なるべく絞り込んで使うということで、かなり良好な画像が得られます。また、これらをクリアして使えるのも高感度を簡単に使えるデジタルならでは生きてくるのだとも思うのです。

●フロントテレコンバージョンレンズとしてのアドン

 今までアドンは、望遠レンズとして使えても、テレコンバーターとして使えることはわからなかった部分です。そこで何とか画にしてみようということで撮影したのが以下の写真です。ここは、画質が云々ということでなく、画角的にどのように結像するかということに主眼を置きました。本来ならば画面サイズの大きい蛇腹式の大判カメラで行うのでしょうが、ここでは最大でも35mm判フルサイズしか機材的に対応できないのです。とくに今回はアドンのネジ径に合うマスターレンズはズマール5cmF2(1936年)しか、ありませんでしたのでなおさらです。写真にはマイクロ4/3のルミックスG1を使いズマールの前にアドンを装着した状態です。

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≪「ルミックスG1ライカMマウントアダプター⇒ライカS/Mアダプター⇒ズマール5cmF2⇒アドン」という組み合わせで使用できました。撮影時はマスターレンズは、絞り開放で、∞にセットしておき、ピントはアドンのラックピニオンを使って合わせることになります。また絞りもアドンの絞りを使うとよいとされています。つまりまったくのフロントコンバージョンレンズです≫

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ルミックスG1、絞り 11、左)ズマール5cmF2。右)ズマール5cmF2+アドン。ズマール5cmF2のみの画角は50mmレンズの2倍ということで100mmレンズ相当の画角です。そこにアドンをつけると長さで約2倍ぐらいになっているので、約200mm相当となり、アドンは2倍のテレコンバージョンレンズといえるでしょう≫

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ソニーα7R、絞り 11、左)ズマール5cmF2、右)ズマール5cmF2+アドン。同じようにフルサイズで撮影した結果ですが、アドンをつけると周辺がケラレが目立ちます。アドンをつけると長さで約2倍ぐらいになっているので、約100mm相当とななりました≫

アドンの時代

f:id:ilovephoto:20170203004301j:image:right ここには1910年のブリティッシュジャーナルの年鑑に掲載されていたADONの広告を示しました。ここにはアドン望遠レンズであること、3・1/2x2・1/2インチから15x12インチ(大名刺から半裁)までをカバーすること、わずかな延長で拡大画像が得られること、硬い革ケース付きで3ポンド10セントであること、フィルムカメラ用にJUNIOR ADON(2£10s)があることなどが書かれています。

 ところで、望遠レンズとして、テレコンバーターとして使えるアドンのレンズ構成はどのようなものなのでしょうか。最近の光学書では、アドンのレンズ構成もさることながら、アドンの名称もほとんど見当たりません。もちろんネット上にはわずかにありましたが、レンズ構成までの記述は少ないのです。唯一、1935(昭和10)年に誠文堂新光社より発刊された最新寫眞科學大系の「寫眞光學入門」にでていましたので右に示しました。レンズ構成は、分解して見たわけではありませんが、現物のレンズの外観と照らし合わせると、前群に色消しの凸を使い、後群の凹で拡大する、これらしいのではないかと思ったのです。この本によると、設計者は「英吉利のドーリメヤーのブース(L.B.Booth):原文ママ」、糸巻き型収差の欠点があることなどが書かれています。そして最後に思ったことは、ADONとは、レンズの前に追加するテレコンバーターでもあることから、Add+ONの組み合わせから作られたのでないだろうかということです。

アドンと岡田紅陽と富士山

f:id:ilovephoto:20170201114641j:image:right  アドン望遠レンズであり、テレコンバーターとしても使えることがわかると、もうひとつ調べてみたいのが岡田紅陽とアドンの関係です。写真家、岡田紅陽(1895〜1972年)は、富士山を撮る人にとってはよく知られていて、岡田紅陽写真美術館やいまでも紅陽会なる富士山をテーマにした写真クラブが存在するほどなのです。そこで冒頭のSさんのいうアドンが岡田紅陽に使用されたということを調べてみました。1940(昭和15)年にアルスから発行された写真集「富士山」を調べてみると、掲載されている105枚の富士山の写真のうち19枚がアドンで撮影されているです。つまり全体の18%がアドンによるものなのです。さらに撮影年代で分類すると、昭和9年4点、昭和10年5点、昭和11年5点、昭和12年1点、昭和13年3点、昭和15年2点と分布しているのです。これにより昭和10年から11年までが岡田紅陽がアドンを最も愛用した時期だと考えられます。本の表紙と作品番号2番のデータを示しましたが、アドン望遠としっかりと書かれていて、富士赤外線乾板を使っていることがわかりました。このほかに使ったレンズを調べてみるとWプロター単玉、ダゴールなどが使われ、カメラとしてはローライコードをみつけることもできました。

 もうひとつ、実はアドンを使って富士山を撮ろうかと考え、夕日の落ちる頃を目指して近所の7階建てスーパーの屋上へ向かい、3度ほど撮影を試みましたが納得できる写真は撮れませんでした。そこで一計を案じた結果、連日ご自宅のベランダから富士山を定点撮影している写真仲間の神原さんにレンズを預けて、撮影してもらおうと考えたのです。神原さんは僕の知る限りここ数年は、富士山と月を多数撮影しています。ロケーションのよさと、タイミングを見計らっての撮影には、どこにも負けない環境です。

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横浜からの富士山。2017/02/07/AM9:00。撮影:神原武昌。ニコンD700、絞り値8、1/250秒、ISO800、Photoshopにて自動レベル補正、晴天の朝、美しく撮影されている。遠景描写特有のもやった感じがあるので、レベル補正を加えてきりっとさせました≫

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横浜から富士山赤外線撮影。撮影:神原武昌。2017/02/07/AM10:27。ニコンD200IRカットフィルターを除去してある)、マルミHWB83IRフィルターをレンズ前に装着、絞り値8、1/320秒、ISO800、2017/02/07/AM9:00、Photoshopにて自動レベル補正、赤外線写真専用にボディ内のIRカットフィルターを取り外してある改良ボディ。D200APS-C判なので、この場合は35mmフルサイズに換算すると焦点距離465mm相当の画角となります。マルミHWB83IRフィルターは、830nm以長の波長を透過するフィルターで、赤黒くファインダーをのぞいてのピント合わせはできないので、無限遠位置から徐々にピントをずらながらシャッターを切り、もっともピントのよいカットを選んであります≫

●古典レンズ遊びは楽しい

 「写真の楽しみ方はいろいろ」というのは、僕のいつも考えていることですが、ダルメイヤー・アドンの発見は、さまざまな楽しみを体験することができました。レンズの歴史的解明に始まって、レンズのもつ特性、レンズを使った写真家の作品の捜索、カメラに組み付ける工作、実際の撮影、撮影画質の検討など、あげればきりがありません。まさに写真考古学であるわけです。いまから100年以上も前の時代に、このような万能レンズを作った先人たちのアイディアに感服するわけです。 )^o^(

2017-01-23

ありがとう!コニカミノルタプラザ

22:54

 新宿駅東口の高野ビルにあるコニカミノルタプラザが2017年の1月23日19:00をもって閉館し、多くの人々が、その最後を見届けようと集まりました。

 実はコニカミノルタプラザの歴史は、それをさかのぼる29年前の1988年に新宿駅東口の三中井靴店(新宿3-24-2)の2階、3階に「コニカプラザ」としてオープンしたのが最初です。それから5年後の1993年に契約更新がまとまらず、新宿高野ビル(新宿3-26-11)の4階へ移ったのです。その当時のコニカプラザは高野のお店の延長線上にあり、エレベーターに加えエスカレーターでも会場に入れたのです。フロアには写真ギャラリーのほか、ライカなど歴史的なカメラ展示コーナー、図書室やセミナールームを兼ねたサロンなどもあり、写真業界の多くの人たちの憩いの場であり、打ち合わせの場でもありました。コニカがミノルタと経営統合したのは2003年でした。その直前に写真展示室を3スペースに増やし、エレベーターだけで出入りする、現在までの形にリニューアルしたのです。コニカとミノルタが経営統合した時に、2つはコニカが、1つはミノルタ関係がというような話題も業界雀にはありましたが、結局、コニカミノルタとして統合された形で、プラザも運営されたのはご存知の通りです。

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≪最終19:00を回ったときのAギャラリースペース≫

 このコニカプラザは、そもそも1986年末ごろに、新宿駅東口の「カメラのさくらや」の前を当時のコニカの担当部長と夜通った時に前を見上げて、今度この近くに写真ギャラリーを作るといっていましたが、それがコニカプラザだったのです。そのころ僕はカイトフォトグラフィーという、凧でカメラを吊るして空撮する写真団体に入っていましたが、コニカのお偉方に、凧に理解の深い方がいて、当時の本社を構えていた新宿・西口の野村ビルのギャラリーで写真展を開かせてもらったり、この時の国際シンポジウムを高野ビルの旧コニカプラザで開かせてもらったり、その後は国際カイトフォト展を開かせてもらったりして、多くの写真仲間とともに大変お世話になりました。そして、2006年3月をもって、コニカミノルタは写真事業を終了させ、それから10年経ったこの1月23日にコニカミノルタプラザは閉館したのです。いつかはこうなるとは思っていましたが、致し方がないことだと思うのです。

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≪前衛美術作家、糸崎公朗さん(右下)の声掛けで集まった有志で手を振って記念撮影≫

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銀座にあった小西六ギャラリーから、コニカミノルタプラザまでの流れに沿って感謝の気持ちを書き込む写真家の松本徳彦さん≫

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≪最後に高齢者仲間で記念写真。右から:写真家・妹尾三郎さん、写真家・松本徳彦さん、僕≫

f:id:ilovephoto:20170123154238j:image:right 写真業界も大きく様変わりして、感光材料、カメラの業界地図も大きく塗り替わり、ギャラリーも企業系ではソニーイメージングギャラリー銀座に新設されたり、個人ギャラリーも全国にたくさん生まれました。それでも、新宿に生まれたコニカミノルタプラザが、閉館するということはやはり気になるので、その最後を見届けに行った報告でした。

 当日、持参したカメラは、コニカミノルタに敬意を表すために、ソニーα7Rにマウントアダプターを介してヘキサノンのAR40mmF1.8とフィッシュアイAR15mmF2.8を付けてです。ソニーのαカメラがミノルタαの流れをくむのは周知の通り、カメラとレンズの関係も大きく変わりました。  (^_-)-☆

2017-01-18

交換レンズの完全電子マウントがもたらしたもの

00:07

 キヤノンのEFマウントが完全電子マウントで、30年前にスタートしたことは前回の本項で報告したとおりですが、レンズ交換式カメラのマウントで近年ユーザーに見える形で最も大きな変化をもたらしたのは、レンズ内AF駆動と絞り羽根の電磁制御だと思うのです。それまでのレンズ交換式のAF一眼レフカメラでは、ボディ内のモーター回転をAFカプラーを介してAFレンズの焦点調節を行っていたのに対し、レンズ内にAF駆動用のモーターを組み込み、さらに従来レバーで機械的に絞り羽根の開閉が行われていたのを電磁制御としたのですから、機械的な連係はなくなりかなり設計製造に自由度が増したのです。例えば絞りレバーの運動方向でいえば、AF時代を迎えたときのレンズを取り外してマウント側から見ると、ミノルタαマウントでは絞り羽根が絞られていて、レバーを時計方向に押すことで開放方向へ開くのです。これがニコンマウントになると、絞り羽根が絞られていて、レバーを反時計方向に押すことで絞り羽根が開放方向へ開き、さらにペンタックスはレバーを時計方向に押すことで絞り羽根が開放方向へ開くのです。これに駆動部分としてレンズ駆動のためのAFカプラー部分が加わるわけですから機械的にも動きは複雑です。この間AFに対応させたミノルタはαマウントでは、レンズ側の絞りリングをなくしましたが、他社もその後にレンズ内駆動式に変え、絞りリングをなくす方向へと動いていることはご存知の通りです。

f:id:ilovephoto:20170110214334j:image:right この過程において、ミノルタのαマウントを引き継いだソニーは、ミラーレスのEマウントボディに一眼レフのαマウントレンズを装着して、フルにAF・AEの作動する“LA-EA2”マウントアダプターを開発したのです。このマウントアダプターはフランジバック長の違いを利用して、ソニー独自のトランスルーセントミラーと呼ばれる半透ミラーが組み込まれ、さらにAFと絞り制御用のモーターが内蔵されたものでした。これにより狭いマウントコンバーターのなかで、機械的な運動を電気信号に変える、電気信号を機械的な運動に変えるということができることが実証されたのです。

 ミラーレス一眼登場の初期段階では、マウントコンバーターによる他社レンズや過去に消滅したカメラボディのレンズが装着可能なことによりかなり普及へ拍車をかけたということは紛れもない事実です。これらは、いずれもマニュアル絞り、マニュアルフォーカスを前提としているのですが、通常の撮影ではこれでも間に合うという人も多いようで、ミラーレス機にはボディとマウントアダプターを持っていても、専用のAFレンズは持っていないという人も存在するのです。とはいっても、やはりフルにオートで撮影できる専用レンズ使用の便利さは、誰もが認めるところです。過去のレンズ資産を活かしながら撮影を楽しむのか、最新の専用レンズで、早くAFでピント合わせて撮影を楽しむのかは、撮影者の考えと撮影テーマにもよるのですが、昨年登場したシグマの「マウントコンバーターMC-11」では、ソニーのα7シリーズのボディに着けて、シグマSEマウントかシグマ製キヤノンEFマウントの一部交換レンズを装着してAFで使用ができるというのです。まさしく、完全電子マウントの特徴を生かしたわけです。また、ソニーのマウントアダプターの逆手を行くような、AFには全く無関係のライカマウントレンズを、アダプター内のモーター駆動でレンズ全体を進退させてAF撮影を可能とするTECHARTの「ライカM➡ソニーEマウント」アダプターが発売されたのです。どちらも、機械制御式マウントの時代には考えられなかったことです。どちらも2016年の発売ですから、少し時間がたちましたが、改めてこの時期に使う機会を得ましたので、簡単にレポートしてみました。

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《左は、TECHARTのアダプターを介して、ズミクロン35mmF2(第2世代)を装着。右は、シグママウントコンバーターMC-11を介して、ソニーα7RにキヤノンEF50mmF1.8を装着した状態です。この組み合わせは、本来シグマが推奨しているレンズではありませんが、推奨レンズの持ち合わせがなく、手元にある手軽なレンズとして装着してみたところ、AFは特に問題なく作動していると自分で判断して使ってみました》 撮影はどちらも新しいボディのほうがいいだろうということで、どちらもα7RIIのボディを使いました。

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《上:α7RIIのボディ、TECHARTアダプター、ズミクロン35mmF2:絞りF2.8・1/60秒、ISO 640、AWB》

 結果はご覧の通りです。もちろんAFは100発100中ではありませんが、目線とピントがうまく狙った右目のところにきたのを合格としました。基本的にほとんどのカットはピントは十分にきていますが、タイミングの合わせが難しいのです。つまり合焦のスピードが気になるのです。これは時には、80年も前のライカスクリューマウントレンズもAF撮影を可能にしてしまうのですから、しょうがないですね。今回は対応させていませんが、すでにファームウエアアップも発表されているので実際はもう少し早いかもしれません。結果として、ベストピントをここに掲載したのですが、ピントは合ってあたりまえで、実は最も驚いたのは1970年製の角付き2代目ズミクロンの描写です。フィルムで使っていたときはここまではわかりませんでしたが、4620万画素のα7RIIの画素等倍で見ると、みごとシャープに解像しているのです。これにはびっくりしました。自分で持っている他のライカ用35mmレンズと比較すればいいのでしょうが、目的とするところが違うので今回は省略しました。なお、ここでの掲載はノートリミングで左右640ピクセルへリサイズしていますので、その解像感の詳細はわかりませんから、モデルさんには悪いけれど画素等倍にしたトリミング画像をお見せします。ここでほめるのは解像感だけでなく、この拡大に耐えるお肌もご立派です。

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《上:ズミクロン35mmF2で撮影の部分を画素等倍に拡大トリミング》 

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《上:α7RIIのボディ、シグママウントコンバーターMC-11、キヤノンEF50mmF1.8:絞りF2.8・1/60秒、ISO 500、AWB》

 こちらも同じ条件で撮影してみました。このレンズは、実はキヤノンEF交換レンズ群で最も安価だったレンズで、最近一部では撒き餌レンズとかいわれる1万円するかしないかのものでした。ただ写りとしては定評があります。ズミクロンと同じように画素等倍で観察するとわずかに解像的に劣るかなとも見えるのですが、発売時の価格差もさることながら、現実としてはここまで大きくすることはないでしょうから、発色特性、露出レベルなどの個体要素を別にすれば、かなり高性能といえるでしょう。ここでの掲載はズミクロン同様にノートリミングで左右640ピクセルにリサイズしていますので、その解像感はわかりませんから、ズミクロンと同様に画素等倍にしたトリミング画像をお見せします。厳密にいうと、焦点距離の違いに加え、影距離、撮影倍率も違いますが、その点はご容赦を。

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《上:EF50mmF1.8で撮影の部分を画素等倍に拡大トリミング》

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《左:ソニーα7RIIボディ、TECHARTアダプターとズミクロン35mmF2の間の情報のやり取りは電子接点だけ、右:ソニーα7RIIボディとシグママウントコンバーターMC-11とキヤノンEF50mmF1.8間の情報のやり取りも電子接点だけで行われるので、それぞれ異なるレンズでのAF撮影が可能となります。つまり、レンズの撮影光学系とボディの撮像素子の間に物理的に介在するものはないので、露出やAFのレベルを別にすれば、レンズ性能そのものが写りに効いてくるのです》

f:id:ilovephoto:20170110002812j:image:right 今回のタイトルは『交換レンズの完全電子マウントがもたらしたもの』としましたが、30年前にキヤノンが完全電子マウントのEFレンズを発売してから約30年経った今日、まったくマニュアルライカレンズをAFにしたり、異なるメーカー間のレンズがAFを含めて機能したり、というような使い方は考えられたのでしょうか。すでにキヤノンでは、一眼レフフルサイズ➡ミラーレスAPS-Cフォーマットへと、フランジバックの異なるものを変換するマウントアダプターをEOS-Mとともに発売してきていましたし、シグマでは購入後の異種マウントへの交換を有料で行うサービスを実施しています。またニコン、ペンタックスも、すでに一部レンズに電磁絞りを採用して完全電子マウント化を徐々に進めています。同様にタムロン、シグマの交換レンズメーカーも絞りレバーのない完全電子マウントのニコン用交換レンズを発売しだしました。

 今後レンズ交換式カメラボディの電子マウント化がさらに進むと、交換レンズメーカーにとっては機械的な加工が少なくなり、交換レンズの種類を増やすのが楽になるでしょうし、一眼レフではペンタックスのように少数派ボディの交換レンズも作りやすくなるのではとも考えるのです。一眼レフ⇔マウントアダプター⇔ミラーレス一眼⇔交換レンズの関係が、新しいカメラのスタイルを生み出すかもしれません。 (^_-)-☆

2017-01-09

キヤノンEFマウントが登場して30周年

23:31

 キヤノンがEFマウントを採用したEOSシステム最初の機種は、1987年3月1日に発売された「キヤノンEOS 650」でした。この年キヤノンはちょうど会社創立50周年を迎えたときでもあり、今年2017年は、このEFマウントを採用したEOSシステムが登場して30年、キヤノンが創立80周年を迎えたことになるのです。

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f:id:ilovephoto:20170109220131j:image:right 一眼レフへの本格的なAF機構の搭載は1985年2月に発売された「ミノルタα-7000」にまでさかのぼることができるのですが、キヤノンではその1985年の4月にキヤノンとしては初のCCDラインセンサーを利用したTTLコントラスト検出方式のAFを採用した一眼レフ「キヤノンT80」を発売しています。そのとき新聞広告は、ミノルタがα-7000の全面広告を打った翌日に、キヤノンがT80の全面広告を打つといった具合に衝撃的なものでした。結果はカメラファンならご存知の通り、ミノルタの圧勝だったのですが、それに遅れること2年、キヤノンが発売したEOSシステムは、1986年に発売された「キヤノンT90」で採用されたデザインを踏襲しながらも、交換レンズマウントには新たにEFマウントを採用したのです。このEFマウントは、カメラボディと交換レンズとの情報交換をすべて電気接点により行う「完全電子マウント」であり、AFのレンズ内駆動、電磁駆動による絞り制御など、それまでのAF一眼レフとはまったく異なった手法でカメラシステムを構築したのです。それは、今日の各社カメラシステムの根幹となる技術をも内包した、未来型のカメラシステムだったのです。

 発表会当日、当時のカメラ開発センター所長であった相沢紘さんは、右手にEOS 650を掲げ、『EOSとは「Electro Optical System」の略称で、EOSはギリシャ神話に登場する“曙の女神”の名前でもあり、将来に向かって大きく飛躍する新しいシステムの性格を象徴するもので、これからは“交換ボディの時代である”』という挨拶をされていたことを今でも鮮明におぼえています。

 このEOSシステムに採用された新技術は、AFのレンズ内駆動、電磁絞り制御などに加え、新開発の高SN・高感度ラインセンサーBASIS(Base Stored Image Sensor)、超音波モーター、ガラスモールド非球面レンズの採用などがあり、今日各社の交換レンズシステムが、AFのレンズ内駆動、超音波モーターの採用、電磁絞り制御などに向かっていることからも、いかに将来を見据えたシステムであったかわかるのです。時代は変わり2012年には、ミラーレス用としての小型・軽量を目指して「EF-Mマウント」をスタートさせていますが、マウントアダプターによるEFレンズの活用など完全電子マウントならではの特徴がフルに発揮されているのです。EOSシステムが登場した30年前といえば、一眼レフカメラシステムはボディ至上主義でした。当時はボディをないがしろにするものだという声もありましたが、カメラはフィルムの時代からデジタルへと変わり、ボディはまったく変わりましたが、交換レンズは30年前のものが、今も機能をフルに生かして最新ボディでそのまま使えるのです。30年前、EOSの発表会で相沢さんがいわれた、『これからは交換ボディの時代』といわれた意味がやっとわかった気がします。  (^_-)-☆

2017-01-02

謹賀新年 2017

23:41

 日頃のご愛読ありがとうございます。

 本年もよろしくお願いいたします。

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