写真にこだわる Twitter

2016-07-20

タムロンSP85mmF1.8を使って

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f:id:ilovephoto:20160714155115j:image:right タムロンがSPシリーズとして単焦点のSP35mmF1.8 Di VC USDとSP45mmF1.8 Di VC USDを2015年9月28日に、2016年2月にSP90mmF2.8 Di Macro 1:1 VC USD、2016年3月にSP85mmF1.8 Di VC USDを発売しています。これらのうちマクロを除く3本は、いずれも光学系が新設計で、すべて手ブレ補正機構、超音波モーターによるフォーカス駆動機構を搭載し、新しい外観デザインを採用してます。いずれもタムロンの高級レンズシリーズで、その描写は大いに気になるところです。発売から時間もたち、そろそろ次のシリーズレンズの登場があってもよさそうですが、遅ればせながら『SP85mmF1.8』をレポートしてみることにしました。

f:id:ilovephoto:20160714221343j:image:right まず85mmという焦点距離ですが、これは何に使うレンズかといわれると、やはりポートレイト用なのです。昨今のズームレンズ時代にあえて単焦点レンズを使う理由は、やはりボケ味が欲しいからです。フィルムカメラの時代には、単焦点といえば大口径で、つまり明るいレンズという考え方がありましたが、デジタルの時代になるとカメラ機種にもよりますが、フィルム時代には考えられなかったISO1600相当というような感度も常用に使えるようになりました。結果として、ズームレンズにはない大口径のボケを味わえるのが単焦点レンズであり、『タムロンSP85mmF1.8』なわけです。レンズ構成は9群13枚、特殊低分散ガラスと異常低分散ガラスが各1枚使われています。同じ焦点距離F値で、キヤノンが7群9枚、ニコンが9群9枚なので、タムロンはレンズの枚数が多い分だけ、高価だけど贅沢なつくりということになります。それでは、その効果のほどをご覧いただきましょう。

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≪花に囲まれて。絞りF2.5・1/200秒、マニュアル露出、ISO250、AWB、ニコンD810。最初に85mmはポートレイト用と書きましたが、もともとタムロンそのものがこのレンズをポートレイト用と定義しているのです。ところが僕のふだんのレンズ評価撮影場面のなかにはポートレイトはないのです。そこでこのレンズのもともとのオーナーである写真仲間の‘諸田圭祐さん’から拝借したのがこの写真なのです。感謝です≫

f:id:ilovephoto:20160714234747j:image:right とはいっても左右640ピクセルでは大伸ばしした時の鮮鋭度や調子はわかりませんので、50%に拡大した時の画像をトリミングして載せました。いかがでしょうか。ニコンD810は3,635万画素と高画素ですが、50%の拡大率でこの大きさですから、100%の画素等倍だとあまりにも大きすぎるわけです。いずれにしても、この拡大率でモデルさんにはさんにはごめんなさいという感じですが、高倍率に耐えられるお肌と、光学レンズ性能は立派なものなのです。

 そしてここで本当に見てもらいたいのは、トリミングのない全画面であって、ピントの合ったモデルさんをはさんだ前後ボケの描写なのです。これはシャープなモデルさんの髪の毛や眉毛に対し、滑らかな肌の感じ、さらには前後の柔らかなボケぐあいはタムロンSP85mmF1.8ならではというわけです。もちろん撮影した諸田さんの撮影技術にもよるところが大ですが、諸田さんの使用感では、柔らかな描写のなかにも解像性能が高く、ディストーションをまったく感じさせないところが、お気に入りの点だそうです。

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≪絞りF4・1/1250秒、プログラムAE、ISO200、AWB、ニコンD700。半逆光気味で、まだ若いカエデ種子を狙ってみました。種子シャープなのに対し、背景左の柔らかなボケ具合が、このレンズのもうひとつの特徴なのでしょう。そしてデジタルカメラでは目につく色収差の発生もかなり抑えられている印象があります。≫

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≪絞りF1.8・1/4000秒、絞り優先AE、ISO200、AWB、ニコンD700。いつもやるボケ味を見るテスト。手前の草の花にピントを合わせてありますが、背景のボケは絞り開放であるために大きくボケています。画面周辺にはわずかな口径食を感じますが、実際は少しでも絞り込めば、あまり目立たなくなります。しかしごく普通に使っていると、このクラスのレンズとしては画像の平坦性が良いと感じました。これはタムロンのテクニカルデータのMTF曲線を見ると、画面周辺までかなりフラットな曲線を描いていることからも読み取れます。≫

 いかがでしたか。メーカーがSP85mmF1.8はポートレイト用といってるのを、実はさまざまな場面での作例を撮影してあるのですが、野暮な写真の掲載はここまでにしておきます。

     ■完全電子マウントになったニコン用タムロンSP85mmF1.8■

f:id:ilovephoto:20160714232258j:image:right このレンズを使用しているときに面白いことに気づきました。今回使用したニコン用のSP85mmF1.8は完全電子マウントになっているのです。完全電子マウントとは、機械的な動作伝達でなく電気的な信号処理により、超音波モーターでレンズの進退、電磁アクチュエーターにより絞り羽根の開閉動作を行うものです。そこで改めて、先行の新SPシリーズのニコン用3本を調べてみると、従来と同様に絞り込みは機械的なレバー式となっているので、完全電子マウントは「SP85mmF1.8」が最初なのです。

 それでは、タムロン以外の社のニコン用はどうなっているのだろうと、いくつかの最新レンズを使用している写真仲間のHさんに調べてもらうと、以下のようになりました(作例写真もそうですが、もつべきものは友達ですね(^_-)-☆)。

 この完全電子マウントは、ご本家ニコンの場合には、2008年発売のPC-Eニッコール24mmF3.5D ED、PC-Eマイクロニッコール45mmF2.8D ED、PC-Eマイクロニッコール85mmF2.8D、2013年発売のAF-Sニッコール800mmF5.6E FL ED VRの4本を筆頭に、AF-S DXニッコール16-80mmF2.8-4E ED VR、AF-S NIKKOR 24-70mmF2.8E ED VR、AF-Sニッコール200-500mmF5.6E ED VR、AF-Sニッコール300mmF4E PF ED VR、AF-Sニッコール400mmF2.8E FL ED VR、AF-Sニッコール500mmF4E FL ED VRという具合に電子マウント化が静かに進んでいるのです。もともとPCレンズでは光学系を機械的に移動させるために絞りを動作させることはできなく、800mmでは光路長が長いので絞り羽根の動作を機械的に行うことは難しく、電磁式シャッターを採用するということを早くからやっていましたが、いつのまにか多くのニッコールレンズが完全電子マウントになっていたのは驚きです。これらは製品名にも明記されていて、開放F値の後に‘E’と表記されているので簡単に名称からも判別できます。さらにこの時期からタムロンも完全電子マウントになったわけですから、ちょっとしたニュースであり、技術の大きな流れの変化を感じるのです。

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≪左から、完全電子マウント:ニッコール24〜70mmF2.8E、レバー式:ニッコール14-24mmF2.8、レバー式:シグマ35mmF1.4DG≫

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≪左から、レバー式:シグマ50mmF1.4DG、レバー式:トキナーAT-X11-20mmF2PRO DX、レバー式:トキナーAT-X24〜70mmF2.8PRO FX


 これでおわかりのように、キヤノンEOSをのぞき、一眼レフでは一部のニッコールレンズとタムロンSP85mmF1.8だけが完全電子マウントなのです。当然これからの流れとして、ニコン、タムロン、他社を含めて今後は完全電子マウント化していくだろうことは明らかです。

 完全電子マウントは、現在に繋がるカメラとしては1987年に登場したキヤノンEOS650が最初でした。当時は本格的AF化を先行したミノルタα7000が、ボディ内AFモーター駆動でレバー式絞りバネ駆動であったのです。その時期ニコンAFはボディ内モーター、絞り羽根は機械的なレバー式であったのですが、約30年近い歳月を経て完全電子マウントに移行しつつあるのですから感慨深いものがあります。

 当時は「一眼レフAFはレンズ内モーターかボディ内モーターか」というような雑誌での特集企画が組まれたりもしましたが、懐かしい思いでです。完全電子マウントは、その後登場したミラーレス一眼ではほとんどすべてがそうであり、一眼レフでも完全電子マウント化への対応への流れは当然となり、残るところはペンタックスタックスKマウントだけとなりますが、これも時間の問題でしょう。

 今後もし各社交換レンズが完全電子マウントになれば、交換レンズレンズメーカーとしては、機械的なマウント部分と電子接点(もちろん情報の内容も含め)の対応で、各社のボディに対応できるようになるわけですから、製造する側にとってもユーザーにとってもメリットが出てくるわけです。これは、シグマのようにオプションでマウント交換をうたっているところにとっては朗報でしょう。そしてもうひとつ。4月にシグマが発売した「ソニーEマウントコンバーターMC-11」のように、「シグマ製キヤノンマウントレンズ→ソニーα7ボディ」でフル活用というような関係も、さらにニコンレンズへと拡大できる可能性がでてきたわけです。これはなにかすごいことが起きるような予感がするのです。 (^_-)-☆

2016-07-18

写真のもつ立体感“入江泰吉作品展「大和路郷愁」”より

23:51

 いつもさまざまな写真家の作品を鑑賞していますが、先日JCIIフォトサロンで“入江泰吉作品展「大和路郷愁」”を見ていてびっくりしたことが起きました。それというのも、会期最初に見たときは、しっかり見ようと作品に近づいて目を凝らして鑑賞ていたのですが、どうも昨今の写真に比べるとピントの甘さが気になったのです。展示作品は半切モノクロが約85点で、入江泰吉が、昭和20年代から30年代に撮影した大和路の風景や当時の暮らしぶりをスナップしたものでしたが、その時代のカメラ技術ではそんなところだったのだろうと、考えていたのです。

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古都遠望、1957頃、“入江泰吉作品展「大和路郷愁」”より≫

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≪会場展示の一部≫

f:id:ilovephoto:20160718231142j:image:right ところが改めて後日、展示会場に入り、作品と距離をとって見渡してびっくりしました。すべての作品が、ものすごく立体的に見えるのです。不思議な現象でした。何人か他の人にも同じようにして見てもらうと、異口同音に立体的に見えるというのです。使用したカメラとしてズミクロン50mmF2付きのライカM3(1954年)とトリオター7.5cmF4.5付きのローライコードI(1933年)が展示されていましたが、なぜ立体的に見えるのだろうかと、一般的に考えられるであろう理由をいくつかあげてみました。

1)入江泰吉の作風は立体的に見えるような構図の選択が多い。

2)入江泰吉の作品はパンフォーカス的でなく、手前の被写体にピントを合わせているのが多い。

3)フィルムカメラで撮影したから。

4)どちらもドイツ製のライカローライで撮影したから。

5)どちらも標準レンズで撮影したから。

6)当時の黒白フィルムは乳剤層が厚かったから階調が豊かだった。

7)当時のフィルムは使用する銀量が多かったから階調が豊かだった。

8)当時はあまりやらなかったであろう、プリント拡大率が半切と大きいので近くから見ると甘く見えるが、距離をとって見ると写真が階調的につながりをもって見ることができる。

9)バライタ印画紙で焼いているから。

 などなど、いずれも銀塩フィルム派なら喜びそうなことをあえて、上げ連ねてみましたが、当たらずとも遠からずといった感じです。では、現在のデジタルカメラではどうなのでしょうか?、まさか写真はデジタルカメラだと立体的な描写は得られないというようなことはありません。それはないはずですが、高画素タイプ(画素ピッチの細かい)の撮像素子になると、特定の場面では立体感が薄れるということは現実としてあります。こういう写真のもつ特性について、どこか大学の先生が解明してくれると助かるのです。いまや写真はエンジニア的な側面より、芸術的な部分での作品制作や写真史の研究が盛んですが、こういうことも研究テーマとして加わるといいなと思った次第です。入江泰吉作品展の会期は7月31日(日曜日)まで、百聞は一見に如かず、だまされたと思って、ぜひ足を運んで、作品を近くから・遠くからじっくり鑑賞してください。僕のいってることがお分かりいただけると思います。 (^_-)-☆

2016-07-11

サムスンのフラッグシップ機 NX1を使ってみました

13:26

f:id:ilovephoto:20160709144834j:image:right 韓国サムスンのAPS-Cミラーレス一眼「SAMSUNG NX1」を使う機会に恵まれましたので使用感を報告します。このカメラが発表されたのは2014年ドイツケルンで開かれた写真映像見本市のフォトキナです。APS-C判2,820万画素裏面照射タイプのCMOS撮像素子を世界で最初に搭載し、15コマ/秒のAF撮影が可能、WiFiにIIIE802.11ac規格を採用し、4k映像信号をワイヤレスでPC/スマホ/モニターなどに転送でき、バッターが球を打った瞬間、ジャンプして飛び上がったところなどを簡単に撮れるサムスンオートショットと呼ばれるユニークな機能を搭載するなど、技術的にも大変意欲的なカメラでした。そして僕が最も注目したのは日本語文字の採用です。それまでサムスンは世界的に第3位のデジタルカメラメーカーとまでいわれたほどでしたが、それらのカメラは日本では発売されていなく、日本語対応ではなかったのです。それがNX1では、日本語対応になったのですから、いよいよ日本でも発売かとも一時は思われたのです。

 ところがNX1は海外では発売されたものの、日本では未発売どころか、2016年にはサムスンはカメラ製造から事実上撤退してしまったのです。これはサムスンのカメラ製造の屋台骨であったコンパクトデジタルカメラが、スマートフォン隆盛の影響をもろに受けたというのが大方の見方ですが、スマートフォンタブレットでも「Galaxy」という優良ブランドをもつ企業ならではの将来を見据えた判断なのでしょう。2010年に世界初のAPS-C判のレンズ交換式ミラーレス機であるNX10を発売して以来、短期間で数々の新機種を投入してきましたが、結局、レンズ交換式の高級機分野ではシェアを確保できないままに、コンパクト機とともに撤退を余儀なくされたわけです。そういう悲運のカメラですが、どのような実力をもっていたのでしょうか。いずれにしましても、左右640ピクセルの画像では判断するのは難しいので、全撮影結果を画素等倍まで拡大して見られるようにと、いつものように「京都MJのサーバー」にアップしてありますので、詳細はそちらをぜひご覧ください。 (^_-)-☆

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アジサイの向こうで:SamusungNX1、プロフェッショナルスタンダードズームレンズ16〜50mmF2-2.8 S ED OIS、焦点距離16mm(24mm)、プログラムAEモード、F4.5・1/400秒、ISO100、AWB≫

2016-07-07

「ホースマン博物館」オープン

23:50

 株式会社ケンコープロフェショナルイメージングは、7月7日、ケンコー・トキナー本社中野ビル2階に過去のホースマンカメラ、アクセサリー、大中判カメラの歴史、HORSEMANの歴史などを展示した「ホースマン博物館(英名:HORSEMAN MUSEUM)」をオープンしました。博物館では現行品のホースマンAxella、VCC PROなどの展示も行われ、それぞれ実機に触れることもできる。また2008年にケンコー・トキナーに合併された藤本写真工業株式会社が戦前から終戦直後に製造したセミ判スプリングカメラのセミプリンス、セミスポーツ、ラック、さらにはラッキー引伸機なども特別展示されている。「ホースマン」ブランドは、2012年12月の事業譲渡にともない、駒村商会からケンコープロフェショナルイメージングに移管され、現在はシステムビューカメラや三脚などの製品展開を行っている。オープンの日はケンコープロフェショナルイメージングの創立10周年記念の日だった。

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【名称】ホースマン博物館(英名:HORSEMAN MUSEUM)【開館時間】平日12時〜20時、土日祝11時〜19時(火曜日定休、年末年始休業)【場所】東京都中野区中野5−68−10 KT中野ビル2階【スペース】約16平米【展示機材台数】カメラ約30点ほかアクセサリーなど約90点【歴史展示】トプコンホースマン760、970、980、ホースマンER-1、VH-R、45HF、LX-Cなど【現行品】ホースマンAxella、VCC PRO、SW612、CF4段三脚など【特別展示】ラッキーIII Gカラー引伸機、セミプリンス、セミスポーツ、ラック

 なおホースマン博物館では、歴史的なカメラの寄贈を受け付けている。問い合わせ先:株式会社ケンコープロフェショナルイメージング、〒164-0001 東京都中野区中野5-68-10 KT中野ビル3F、TEL 03-6840-3622 FAX 03-6840-3861

2016-06-21

ヘリアー ハイパーワイド10mmF5.6アスフェリカル

17:58

f:id:ilovephoto:20160620205109j:image:right コシナはこの5月に、現在市場にある35mmライカ判用では最も焦点距離が短い「ヘリアーのハイパーワイド10mmF5.6」を発売しました。超広角で画角130°というのは、実は僕にとってはまったくの未体験ゾーンで、ファインダーをのぞいて見るまではどのように写るかわかりませんでした。僕は、作例写真家ではありませんので、ここまで超広角なるとはたして使いこなせるか心配でしたが、使いこんでいくうちにどうにか、この種の広角レンズの活用法が見えてきました。使用にあたって最初に決断しなくてはならないのが、このレンズはライカMマウントかソニーEマウント用で提供されるので、どちらかを選ぶということです。もちろんそのどちらも専用マウントで、両方のボディを持っている人は、それぞれを購入できればベストなのですが、そうはいきません。そこでいままでだと、無条件でライカMマウントの方を選び、ライカM⇒ソニーEマウントにアダプターで変換してライカソニー両方のボディで使用というというわけですが、今回は少し事情が異なりました。

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 そこで仕様の詳細を調べてみると、ライカソニー用のどちらも光学系は同じ10群13枚構成ですが、ソニーEマウント用には電子接点がついているのです。その内容は、Exif情報が撮影後のファイルに付加され、レンズ名、焦点距離、最大絞り値、設定絞り値がわかるのです。さらに調べてみると、レンズ情報を読み取って周辺光量や色収差、歪曲収差の補正を行うようなのです。またボディによっては、5軸の手ブレ補正機構にも連動するのです。とりあえずは、AFには連動しないコシナスタイルを踏襲しているのですが、撮影時の距離もわかるこの電子接点の有無は、基本的な光学性能を超えたところで写りに作用するのだろうと考えました。種々悩み、結果としてライカMとソニーα7シリーズの現状と将来を自分なりに考慮して、僕はソニーEマウント仕様を選びました。

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絞り優先AE、F11・1/250秒、ISO1250、AWB、ソニーα7R≫10mmレンズに合う被写体はと考えていたら、老夫婦がゆっくりと芝生の庭園を横切り散歩している姿が目に入りました。10mm、画角130°という広角では建築物がとも思っていたのですが、でもこれだとばかりにシャッターを切った1枚です。結果としては、画面周辺は4隅に引っ張られたように撮れましたが、逆に写真として中心の老夫婦に視線が行くような流れができたのも超広角ならではの描写だと思うのです。大きく伸ばしてみるととってもいい感じになります。

  いずれにしましても、左右640ピクセルの画像では判断するのは難しいので、全撮影結果を画素等倍まで拡大して見られるようにと、いつものように「京都MJのサーバー」にアップしてありますので、詳細はそちらをぜひご覧ください。 (^_-)-☆

2016-05-25

「フラッグシップカメラあれこれ」講演会

20:56

 ありがとうございました。6月11日当日は増席しましたが定員を上回る約120人もの方に来ていただきました。わざわざ地方からの方も何人かおいでになり、北海道札幌からいらっしゃった方もいました。これからも皆様のご期待に応えられるように頑張ります。感謝です。

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写真はイントロで、1936年ベルリンオリンピックの時は、ライカとコンタックスの戦いでもあったとの話です。写真撮影は神原武昌さん。レンズはコシナ・ヘリアー ハイパーワイド10mmF5.6。

 日本カメラ博物館では、『カメラメーカーの威信と挑戦――ザ・フラッグシップ・カメラ展』を4月5日から7月3日まで開催していますが、来る6月11日(土曜)に『フラッグシップカメラあれこれ』と題して、私市川がお話をします。フラッグシップカメラというとこの時期は「ニコンD5」や「キヤノンEOS-1DX MarkII」が思い浮かびますが、今回はこれらに至る両社の高級一眼レフの歩みを歴史的な流れのなかに分析しました。“より早く、より高く、より強く”とオリンピック憲章を目標としたような技術進歩をいつもフラッグシップ機は目指してきました。このようなオリンピックで使われるようなカメラだけがフラッグシップカメラなのでしょうか、もちろんそうではないことはご承知のことと思いますが、各時代において、それぞれの企業やジャンルにおいてのフラッグシップカメラは多数存在したのです。海外のライカ、コンタックスはもちろんのこと、国産のオリンパス、ペンタックス、コニカ、ソニー、ミノルタ、フジ、マミヤ、ズノー、ミランダ、ヤシカリコーにもフラッグシップ機は存在したのです。カメラメーカー各社がそれぞれの時代に製造したフラッグシップモデルを、さまざまなカテゴリーに分けて紹介します。

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 そしてこれら企業のフラッグシップ機を時代の変遷とともにながめてみると、技術者たちが、その時代の最新技術をいかに組み込むかと腐心したことを再発見することができます。そのような視点でもって、日本が世界に冠たるカメラ王国となったきっかけとなる35mm一眼レフ技術の黎明期の各社一眼レフを改めて見ると、現在に通じる技術者の意気込みを感じさせるのです。各機種にまつわるさまざまな逸話、本邦初公開の資料など、いまだから話せる“フラッグシップカメラあれこれ”の講演会にぜひ足をお運びください。お申し込みは日本カメラ博物館まで。

2016-05-21

自撮り棒とカメラ用の潜望鏡(改)

23:06

 縁あって“カメラタイムズ”という写真業界紙に隔週「業界写真散歩」というコラムをここ1年程前から書いています。あるとき読者から最近流行の「自撮り棒の起源について知っていたら教えて欲しい」という連絡が入りました。そこで返答をかねて、自撮り棒に関するコラムを書きましたので、以下に紹介しましょう。

 自撮り棒の起源は、1983年にミノルタカメラから発売された”ミノルタディスク7とディスク5”のシステムアクセサリーの「エクステンダー」にあります。その時点でミノルタカメラが特許も取得していたというような公式的なことをお知らせし、私見としては、自撮りとは少し違うけど70年安保の頃、デモ隊に対し機動隊員が、ポールの先端にカメラを載せて参加者を撮影していたのが最初だったと思うと伝えました。

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≪ミノルタディスク7+エクステンダー+リモートコードD(1983、ミノルタカメラニュースレリーズ写真より)≫

 ミノルタのエクステンダーは、カメラ脇にある三脚ネジ穴に取り付けて、やはり別売の「リモートコードD」を併用して電磁レリーズでシャッターを切るのですが、ディスク7の前面カバーには凸面鏡が組み込まれていて、この鏡に自分の姿が映ればアングルを外さないという仕組みでした。エクステンダーの最大伸長は約50cm、ディスクフィルムの画面サイズが8×10mm、レンズが12.5mmF2.8、風景と人物上半身の2つのピント位置にマニュアルで合わせるというものです。このあたりは、スマートフォンカメラの撮像素子面積が小さく、焦点距離が短くて、深度が深いということで、どちらも自撮りに向いているのです。

 英語で自分撮りのことをセルフィーと呼ぶそうですが、 “自撮り棒”という日本語はどこからきたのでしょうか。旅行先で自分の写真を撮りたいと思ったら三脚を使うことになるのですが、私は旅行で記念写真用に三脚を持参したことはありません。シャッターを切って欲しいときにはまわりの人に頼めば気持ちよく引き受けてくれます。観光地では、いつも積極的にシャッターを押してあげるように心がけていて、ときには3組連続でご指名なんてこともあります。つまり日本国内の旅行ではもともと自撮り棒は不要なのです。最近、自撮り棒が日本国内でも流行っているようなことを聞きますが、私の見た限りでは日本人より、中国からの観光客に自撮り棒を使う人が多いのです。

 自撮り棒を使用するのは国民性の違いがあるのかなとふだんから考えていましたが、スマートフォンのアクセサリーとしての自撮り棒の登場は、その製造国である中国の存在も無視できません。海外の関連した見本市で、自撮り棒の生産メーカーはどのくらいあるかと数年前から気になっていて、2015年のコンシューマーエレクトロニクスショーで数え始めたことがありますが、あまりにも扱う中国企業が多くて止めたことがあります。自撮り棒の普及には諸説ありますが、小型軽量なスマートフォンの登場に加え、消費者のニーズと生産がうまく一致したのが中国だと思うのです。

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≪左)長い自撮り棒で車と自分を撮影(2015、CESにて)、右)ラスベガスのストリップを歩きながら自撮り棒でひょいひょいと撮影する人。あまりにも手際よく撮影するので、後ろからついて歩きました。(2015)≫

と、ほぼその全文をここに載せてみました。

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 それそのものは特に問題ないのですが、そのコラム欄を読まれた札幌の今井貞男さんからさっそく連絡をいただきました。僕のいう“機動隊が使っていたのは”、レンジファインダーニコンSシリーズ用の「潜望鏡付きエキステンションン・アーム」とか「モータードライブ・エキステンション・ユニット」(写真左)と、呼ばれていたものだというのです。これは群衆の頭越しに目標を撮影するために開発されたもので、モータードライブ付きカメラを収めるホルダー、50cm〜120cmに伸縮する一脚からなり、最下部にはレリーズ延長コードにマイクロスイッチ付きのグリップを付けることができるのというのです。ご丁寧にその写真入り文献(久野幹雄著:レンジファインダーニコンのすべて、朝日ソノラマ)をつけて知らせてくれましたが、写真を見ると確かにその通りで、さすがニコンです。これには驚きでした。50年近く前の記憶はかなり確かなものでした。今なら手元にスマホタブレットを置き、レンズスタイルカメラを棒の先に付ければ簡単に群衆撮影システムを組み上げられます。かつて僕らはカイトフォトと呼んで凧にカメラを付けて空撮していましたが、その時に長い釣り竿の先にデジタルカメラを載せて、手元でモニターしてシャッターを切るということをやって、空撮もどきの写真を撮る仲間がいました。写真右は2004年のことです。リモートセンシングではグランドトゥールスといい重要な技法です。今では誰でもが、手軽にドローン(自律飛行の無人機)で空撮という時代なのです。

 そしてせっかくですから、もうひとつ。ペトリカメラの交換レンズには1960年代ベトナム戦争の頃、塹壕の中から先方をのぞき撮影する「ペリスコープ(潜望鏡)」というクランク型の200mmの望遠レンズがあると、50年ほど前のアサヒカメラの記事で文章だけで小さく紹介されていたと記憶しているのです。いずれにしてもニコンの潜望鏡付きエキステンションン・アームとペトリのペリスコープレンズは、現物を見たことがないのです。先人たちのアイディアを、やがていつかは写真か本物でぜひ拝んでみたいものです。()^o^()

■その後わかったこと。

 SNSの世界は素晴らしいです。このレポートをアップしてから、すぐにいくつかの指摘をいただきました。棒の先にカメラを取り付けたのは、1964年の東京オリンピックの時に、聖火台に火をつける所をねらったそうですが、その写真付きで横浜の桑山哲郎さんからご指摘いただきました。また、ペトリのクランク型ペリスコープレンズ札幌のMichihiko Endoさんより、これでは(M42、100mmF4.5)ないかとお知らせいただきました。

 実は、記事をアップすることにより、新事実が明らかになるのではとひそかに期待しておりましたが、ずばりその通りになりました。ご指摘ありがとうございます。残るは、ニコンの「潜望鏡付きエキステンションン・アーム」の実物を拝んでみたいものです。木箱に入ってセットになっていたそうですから公官庁の払い下げ品の中にあったのではと思われます。

■さらに追加の新情報です。

f:id:ilovephoto:20160524214542j:image:right 船橋の後藤哲朗さんによると、1964年の東京オリンピック聖火のリモート撮影は「ニコンF+モータードライブ」だったそうです。竹竿の上に付け、伸ばしたリモコンのボタンを手元で押すことによりシャッターを切ったようです。すでにSシリーズ用にレリーズ延長コードとマイクロスイッチ付きのグリップが用意されていたので、1959年発売のニコンFが使われたとしても不思議ではありません。

 そして報道機関独自の工夫か、あるいはニコンの報道機材部門が協力したのかは不明だそうです。さらにどんな報道機関が撮影していたのかはやはり不明で、動画記録では、青い空を背景にした赤いせっかくの点火の背後でゆらゆら動いているのがわかるそうですが、どんな光景が撮影されたのかは、わからないそうです。そのシステムで撮影したようなカットを今までに見たことがないので、もしご覧になった記憶、実際の写真や印刷物を所有されていたらご一報いただきたいそうです。

 いずれにしても竹竿の上にニコンFを付けてリモート撮影するには、大学応援団の団旗などを持つのと同じように、専用支持ベルトを腰につけたりすることなどと、かなりの体力を必要とします。加えて潜望鏡機能は付加できなかったでしょうから、ファインダー像を下から覗くことはできなかったはずですので、思ったとおりのアングルで撮影できなく、苦労したのは間違いないなく、それで撮影した記録写真が公開されていないのもカイトフォト経験者としては納得いくのです。(^^)/