2010年上半期ライトノベルサイト杯

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【10上期ラノベ投票/既存/9784829135259】

2008年下半期ライトノベルサイト杯既刊部門

 2008年下半期ライトノベルサイト杯の既刊部門に投稿する。
 この催しの趣旨は「まだ他人が読んでないだろう本を互いに紹介しあう」ということにあると理解している。けれど狭いライトノベルの枠の中では話題作は大概投票上位に来て新鮮味に欠ける結果になってしまうことに不満がある。そこでライトノベル外のレーベル中心に勝手にラノベ読みが読んだらいいなと思った物をピックアップしてみた。
【08下期ラノベ投票/既存/9784309463087】

ハローサマー、グッドバイ (河出文庫)

ハローサマー、グッドバイ (河出文庫)

 作者も言うように、SFであり青春小説でありさらにミステリの要素も兼ね備えている。特に最後の1頁は私的に「史上最高のどんでん返し」だった。
【08下期ラノベ投票/既存/9784150116729】
独裁者の城塞 新しい太陽の書 4 (ハヤカワ文庫SF)

独裁者の城塞 新しい太陽の書 4 (ハヤカワ文庫SF)

 ここで取り上げた中で最もリーダビリティが低いと思うが、まぁセヴェリアンの成長小説と読めないこともないので堪忍しておくれやす。夢とも神話ともつかない世界でセヴェリアンとともに読者も途方に暮れることは確実。だけど細流が大河に合さっていくようにやがて見えてくるその視界の途轍もない広さに読書の醍醐味を再確認できるだろう。
【08下期ラノベ投票/既存/9784087463248】
マイナス・ゼロ (集英社文庫)

マイナス・ゼロ (集英社文庫)

 前2作同様これも復刊。18年前の世界から「あこがれのお姉さん」だった少女が主人公の前に出現したところから話は始まるのだが、そこから主人公が過去へと飛んでしまうので容易に恋は始まらない。だが主人公が飛んだ先の1937年の東京が克明に再現されている様子に堪能させられる。前年2.26事件で非業の死を遂げた高橋蔵相の導きの結果、好景気を謳歌する東京は必見の価値あり。昭和戦前期の「暗い」イメージを払拭するには最適。
【08下期ラノベ投票/既存/9784198507954】
屍竜戦記〈2〉全てを呪う詩 (トクマ・ノベルズEdge)

屍竜戦記〈2〉全てを呪う詩 (トクマ・ノベルズEdge)

 1巻では竜と戦う使命を負った主人公達の外側にあった人間同士の陰謀劇が、2巻では主人公が積極的に関わる主題として描かれる。それは救いようのなさと主人公達の苦悩をより巧みに描く方向でテーマを深化させるのに成功している。竜同時の戦闘以外には、脂ぎった陰謀家、うろつきまわるゾンビというように「萌え」要素を一切描かないベテラン米田仁士によるイラストも作品の雰囲気にマッチしている。
【08下期ラノベ投票/既存/9784048674294】
さよならピアノソナタ〈4〉 (電撃文庫)

さよならピアノソナタ〈4〉 (電撃文庫)

 最後は本来のラノベから昨年1年の感謝をこめてセレクト。互いのまわりをグルグル回るような少年少女のもどかしい恋模様を堪能させていただいた。本年はどんな新しい展開を見せていただけるか杉井氏に期待。

2008年下半期ライトノベルサイト杯新規部門

【08下期ラノベ投票/新規/9784840124980】

 年を越えて発売された「原点回帰ウォーカーズ」も読んだが、この作者の魅力はヒロインの男の子に対する想いを描きし尽くすことにあると思う。話者2人の各視点から描く「弟」と携帯で会話する場面の心情描写は本当に感涙もの。
【08下期ラノベ投票/新規/9784840125000】 二巻は「キノ旅」の短編1話を長編まるごと使って書いちゃいましたみたいなお話。正直雰囲気優先の作品だと思うので、話の筋の整合性など求めない方がベター。
【08下期ラノベ投票/新規/9784894257696】 眼鏡へのこだわりだけで話の全てが組み立てられたり、学校の身体検査で3サイズを計測したりする変な小説。だけどゲストキャラクターを全編にわたって使い尽くす(例:2巻の眼鏡屋女主人)等、作者の構成力がしっかりしているのでさほど違和感はない。
【08下期ラノベ投票/新規/9784094510973】
どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1)

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1)

 精神的なレベルでの百合小説。耽美の世界に小一時間浸りたい人向け。
【08下期ラノベ投票/新規/9784044740023】 この中では一番読者層を限定しないと思われる作品。思いやりがあって賢くって男の子にはストレートな女の子は何時だって快い。

 以上、女の子が主人公の新人さんの作品でまとめてみました。

原点回帰ウォーカーズ 森田季節/MF文庫J

 “十哲”と称される一芸のみに秀でた奇人集団の“薄っぺらさ”を見せられたときには正直戸惑い隠せなかったが、読み終わってみれば前作・前々作同様、自分が望む結果に何度でもトライし続ける女の子の物語。「ビター・マイスィート」のように都市伝説的なホラー風味に味付けしようと本作のように永劫回帰の無限ループに囚われるSF的技巧をこらそうと、森田季節の本質は想う相手への少女の汲み尽くせぬ情念の深さに尽きると俺は理解するのだが、その熱さは今回読者にうまく伝わったのかどうか。フィクションの中で登場人物がフィクションを自覚的に再帰させてゆくという手法は他には野阿梓「兇天使」等が思いつくが、ライトノベル界隈ではあんまりお目にかかることはないのではないか。
 描く照準を少年少女にぴたりと当てながら、その技倆の高さ・器用さゆえにライトノベルの主要読者層に手を取って貰いにくくしているのではないだろうか(〜1/25大阪屋週間ランキングで249位は1月発売されたMF文庫Jの中では最低)。人気感想ブログの意外な低評価もその感を強める。
 
 (本書の感想・書評)
   ・だい亜りー(1/26) カサブタをとったあと待ち受けるのは、濃縮されたとても濃厚なエキス
   ・副長日誌(1/27) 制約抜きでやらせたら、更にすごいものを書くんじゃなかろうか。
   ・Grippal Infekt(1/8)  ここまで説明するともうこういうのが好きな人は一も二もなく食いついてくれることと思う。

原点回帰ウォーカーズ (MF文庫J)

原点回帰ウォーカーズ (MF文庫J)

兇天使 (ハヤカワ文庫JA)

兇天使 (ハヤカワ文庫JA)

景気ってなんだろう 岩田規久男/ちくまプリマー新書

 一般向け経済書の書き手としても定評がある一流の経済学者が書き下ろした景気変動とその安定化政策について基礎を学べる本。書店棚に時流にあわせて満ち溢れている「危機」本(帯に著者の顔写真が堂々とプリントされている類)のほとんどは信用が置けないのでこの1冊にお小遣いを賭けましょう。安いし、持ち運びし易いし。基本が中高生向けということで内容は平易だが、けっして水準を落とさず押さえるべき事柄は網羅しているところがミソ。
1.内容
 一国全体の景気動向を示す経済指標としてGDP国内総生産)を取り上げ、GDPの構成要素のうち民間経済主体が関与する家計消費・住宅投資・企業投資・輸出について、それぞれどのような経路によってGDPに影響を及ぼすかを見てゆく。このうち内需の牽引役となる企業の設備投資の増減について、収益や金利・設備価格などについて経営者が抱く将来予想が決定的な役割を果たすことになるのを強調している点後で見る財政金融政策を理解する点で重要となってくる。対照的に必需品の消費を含む家計の消費は、景気悪化の際のアンカー役としての役割が期待される。
 ‘02以降の景気回復が、内需ではなく輸出という外需頼みになっているのも重要な指摘だ。日本の輸出総額に占める米国のシェアは減少しているが、日本の輸出先として存在感を増しているアジア新興国の輸出に占める米国の割合が巨大なため、米国発の不景気が日本の経済成長率に悪影響をもたらす度合いは依然大きいことがここで得られる知見である。
 ‘02以降の景気回復が、以前の高度成長期やバブル期と異なり、国民にその実感を与えていないことについてもデータで論じてゆく。ここでも内需が十分に回復しないため、製造業を中心に国内企業が海外売上高や対外直接投資額を増しているように海外シフトしていることが原因として上げられている。厳しい海外企業との競争や海外への生産拠点移転が、輸出による企業収益改善を国内における実質賃金増加や雇用増大に結びつけにくくしているのだ。さらに、土地・株などの資産価格の高騰・下落が、「消費の資産効果」や金融機関の貸出の経路を通じて個人消費や設備投資の動向に大きく影響を与えることが語られる。
 以上により、日本の景気を取巻く環境やその弱点などを見た後、実状にあった景気安定化政策(現在の日本にあっては不景気の克服)を検討してゆく。
 ’70〜’90年代に多用された公共投資については、(1)公共投資により増えた所得について家計が一時的なものと認識して消費に回さない可能性(2)公共投資を行う資金調達のための増税が民間主体に負担となる。国債発行で賄っても国債価格減による金利上昇が民間投資にダメージ与える(3)(2)と同様のプロセスを経た金利上昇による円高が輸出にダメージ与える等により、乗数効果が減じていると説く。減税についても同様である。
 一方、日銀が担当する金融政策(金利引下げ策)は、(1)国債金利引下げを通じた市中金利引下げで民間投資を刺激(2)預金金利引下げで株・土地等への投資シフト促し「消費の資産効果」刺激(3)金利引下げによる円安で輸出刺激という経路で公共投資と比べて直裁に景気拡大に働きかける政策であると説明する。しかし、(1)金利引下げを幾度も繰り返した結果として余りにも金利が低水準になっていると引き下げ余地が乏しくなる(2)不景気が長引くと投資家、経営者、家計の先行きの見通しに弱気が定着してしまい、なかなか投資や消費を増やそうとはしなくなる(3)同様に円高差損を警戒して外貨獲得が滞りがちになり外為市場が円安へと誘導されにくい等の場合は、金融政策の効果は限定的になり、現在の日本はまさにこの状況にあることが示唆される。
 最後に、日本の長期にわたる平成不況や今回の米国発の世界同時不景気の引き金となった住宅等資産価格の高騰や原油価格の高騰と金融政策の関係が語られる。
 まず、かつて高インフレに悩まされた経験から生活の安定化のために金融政策が編み出されてきた経緯に触れた後、現代ではそれがインフレ率を低水準(1〜3%)で安定的に保つことを目指す「インフレ目標政策」として結実し、日本を除く先進国や新興国で共有化されている有様を見る。その際、インフレ目標政策を採用した国が採用後はインフレ率低下のみならず経済成長率を安定化させ不景気を免れてきたことに成功していることを示している。ここに著者が日銀もインフレ目標政策を採用する必要性を説く論拠がある。
 ここで重要なのは、「インフレ目標政策」採用国の中央銀行では、資産価格が高騰した場合でもそれが実際のインフレ率が中期的に目標インフレ率より高くなることが予想されない限り金融引締め策をとることはしない、という消極的な姿勢をとり続けていることである。実際に景気過熱していることが観察されない限り、資産価格引き下げを狙って金融引締めを行うことは景気後退をもたらしてしまうことを警戒しているためである。著者は、資産価格高騰に対しては価格暴落による不良債権を金融機関が過剰に抱え込まぬようにする金融監視政策で、原油などの資源価格高騰に対しては省資源・再利用・代替資源開発などいずれも金融政策以外の政策割当をもって処するべきことを説き稿を終えている。
2.効用
 まず、景気に関わる各経済主体がどのようなルートを経て景気全体に影響を及ぼすかについて、’00年代の日本という素材を用いて具体的に判り易く解説している本であるのが第1の効用であろう。景気のメカニズムを明らかにすることで本書後半に見られるように景気回復のため取るべき政策について論じることが初めて可能になる。
 そして、景気安定化(日本の場合は景気回復)を担うべき政策手段としての金融政策が出来ること、それが効果を発揮する条件、そしてその限界について明瞭に理解できるようになることが第2の効用である。
 例えば、「金融緩和策はこれまでも不況脱却のため度々とられてきた政策であり、それによって劇的に景気回復が観察されなかった以上、景気回復に有効な政策とは思えない」という意見に対しては、「失われた10年の間に行われた金融政策は余りに小規模かつ伝統的であったため国民のデフレ期待を覆せなかったのではないか、さらにデフレへの期待を深めたことが不況をより長引かせるスパイラル的な状況に当時あったのではないか」と疑問を呈することが可能になるだろう。
 また、今次の世界同時不景気に関して「資産価格バブルを拡大させないように金融引締めを行わなかったFRBこそ今回の世界同時不景気を引き起こした責任を問われるべきである」という意見に対しては、本書にあげられた望ましい政策割当や日銀の’90年代の“実績”をあげ「バブル潰しを目的とした金融引締めはむしろ不景気を前倒しさせるだけではなかったか」と問いを発することができる。
 さらに今次の不景気に際して日本は欧米やアジア新興国より傷が浅いといえるかについては、景気安定化はもちろんのこと物価安定化についてすら責を免れようとする中央銀行を有す日本が、’90年代以降不景気から逃れてきた実績を持つ「インフレ目標採用国」(事実上の採用を行っている米国を含む)と比べて果たして優れた対応能力を持つと言えるか自問してみることができるだろう。

景気ってなんだろう (ちくまプリマー新書)

景気ってなんだろう (ちくまプリマー新書)

緊急改訂 知られていない原油価格高騰の謎 芥田知至/技術評論社

 適度な分量で、経済学的視点と原油市場の分析から、原油価格が決定されるメカニズムと最近の高騰の理由を解説する好著。需給メカニズムで価格が決まるプロセスや先物取引の基礎を懇切丁寧に説いているところに、市場取引について全く知識を持たない読者にも手を取ってもらえるようにしようとする配慮が伺える。
 本書の主張を次の4つにまとめてみた。
1.原油の価格を決定する特定の国や団体があるわけじゃない。そしてそこから原油枯渇尚早論が導かれる。 
 原油の価格はいかに決定されてきたか。著者は、石油産業がアメリカで成立した20世紀初頭から今日までの歴史を振り返る。それによると、確かにセブンシスターズ(メジャー)やOPECが価格を支配した時代もかつてはあった。だが、いずれも瞬く間にその地位を失い、不特定多数の人々が価格形成に参加する市場メカニズムが機能する「プライステイカーのいない」状態に至って既に久しいことを明らかにしている。最大の輸出国サウジアラビアにおいても、値付けにあたっては灯油・ガソリンなどの加工製品の消費価格から流通マージン等を差し引く等して決定しているという。市場メカニズムが有効に機能しているからこそ(供給者・需要者・仲介者など市場関係者の思惑が価格・数量に反映されるが故に)、メジャーやOPECプライステイカーであった第1次、第2次石油危機の時に比べて今回の高騰がはるかにマイルドなものになっている指摘は重要である*1
 原油は最早一握りの国や企業が支配する「戦略商品」としての性格をとっくに失っている。このことは、原油が価格を通じて需給調整される「市況商品」であり、価格高騰が「長期的には」産油国や石油産業に増産するインセンティブを与えることを意味する。全世界で後約40年(中東は約80年)とされる確認埋蔵量も価格上昇・技術開発・コスト削減等で油田開発がペイラインに乗れば増える可能性が十分ある数字であること、カナダのオイルタール・深海底の石油など手つかずであったり未確認であったりする地域・分野の存在が、その見解を後押ししてくれる。
 また、巷間よく言われるBRICsの経済成長による需給逼迫論に対しては、ロシアの増産が中印等の消費量増加を上回っていることが示されており現時点においては誤りであることが確認できる。
2.では、何が今の原油価格を高くしているのか。市場関係者は足元の供給懸念をきちんと理解している。
 現在原油の市場価格を高くしている原因は何か。消費国側と産油国側それぞれの事情から読み解かれる。
 消費の中心地となる先進国、特にアメリカでは経営効率化による製油所の統廃合により製油能力の減少が顕著になっている。これにより石油製品すなわち灯油やガソリンなどの品薄が予想され、それらの石油製品の価格にプレミアムが乗せられる。このプレミアムが先に述べたサウジアラビアでの輸出価格が決定される要領に従い原油価格に反映される。
 産油国や石油産業の側では、’80年代の増産による値崩れの再来を警戒していることや経営効率化のため、新規油田開発や産出能力向上への投資に及び腰になっていることが多い。これが生産量の天井をもたらしている。
 以上の足元における2つの供給不安に対して取引当事者が持つ懸念が如実に反映される場が先物取引市場である。価格変動リスクを回避するために編み出された先物取引は、今や生産者、精製業者、電力会社、販売業者、輸送業者等全ての取引当事者にとって必須の取引手法だ。NYMEXなどの国際的な先物取引市場では、年々取引高は増える一方だが、実業者が営まない投機筋の取引の割合が増加しているわけではない。また投機筋のポジションも「売り」「買い」いずれのポジションに偏っているわけではないことも重要である。2007年後半以降、確かに投機的側面も増しては来ているが、それは景気後退によるドル安やインフレ懸念を背景とした理由が判明しているものであり、基本は先に見た2つの供給不安に対する取引当事者の懸念が率直に示された結果であり地に足が着いたものだと言えよう。先物市場に価格を吊り上げるモンスターが潜んでいるわけではないのだ。
 この供給不安がもたらした価格上昇が持続的なものか、1.で先述した「価格高騰が『長期的には』産油国や石油産業に増産するインセンティブを与える」予測と矛盾するものではないかという検討が必要になるが、それは4.の主張でなされる。
3.原油価格高騰は消費国から産油国への所得移転を招く。一方、オイルマネーは世界経済を支えている。
 価格高騰は当然、消費国から産油国への所得移転招くがそれが世界経済に与える影響はどのようなものか。著者は消費国について国ごとの影響の度合いを計るため、原油依存度(自国通貨建て原油消費金額/名目GDP)を(1)原油原単価(原油消費量/実質GDP)(2)ドル建て実質原油価格(ドル建て原油価格/米国のGDPデフレーター)(3)対ドル実質為替レート(ドル円相場/自国のGDPデフレーター×米国のGDPデフレーター)の3つに分解してそれぞれの要因が依存度の上昇・下降に与えた影響を数量的に示す。
 それによると(1)原油の使用効率を示す「原油原単価」は第2次石油危機直後の’80年代前半は各先進国で改善されたが、’90年代に入ってからは余り改善されていない(2)’80年代後半〜’90年代前半までの先進国の依存度低下を支えたのは、ダブつきによる「実質原油価格」の低下および(日欧においては)「対ドル実質為替レート」が自国通貨高に振れたことによるものだった(3)ただし途上国においては自国通貨がドルに対して余り上がっていない/大きく切り下がった(’97アジア通貨危機の影響大)ため依存度は先進国と比べて下がらず/むしろ上昇した国もある。ために価格高騰の影響は先進国より深刻であるのが一般的である。
 日本においては、農漁業やガソリンスタンドなど価格転嫁を行いにくい一部業種で深刻な影響が出ているのは報道されている通りだが、マクロ指標に与えている影響としては’00年代前半の円安基調とあいまって輸入物価指数上昇により名目貿易収支の黒字幅縮小があげられる(物価指数で調整され、物量感を反映した実質ベースでは黒字拡大基調)。
 一方産油国においてはそれらの国々の歳入拡大(OPEC諸国では石油会社が国営化されていることが多いので、会社収益の改善がダイレクトに結びつく)を促し、歳出拡大等により当該国経済に良い影響をもたらすとともに、湾岸諸国など元々所得水準にゆとりのあった国々では得られた黒字を積極的に金融資産への投資に回していることがレポートされている。産油国経済の活況による輸入拡大による先進国・新興国輸出拡大という貿易ルートと先進国の金融資産市場へのオイルマネー流入という投資ルートの2つによって世界経済(そして日本にも)に好影響がもたらされている。このことが2つの石油危機の時と異なり原油高騰による悪影響をよりマイルドなものにしている一因となっている。
4.この価格高騰は永遠には続かない。今までの議論から将来の価格動向を予測する。
 2.で見たように供給不安が主因となって原油の市場価格は高くなっているが、油田新規開発や産出能力向上には効果が出るまで時間がかかるため供給不足が長引く傾向を持つ。需要側で見ても原油は世界の必需品という特性を持つ為、高価格であっても消費量がなかなか落ちず、需要超過が解消されにくい。以上により需要超過・供給不足の状況が解消されにくいため価格上昇が長引く傾向を持つ(裏返しで需要不足・供給超過による価格下落が長引く傾向あり)
 だが、石油危機以降の歴史を振り返ってもわかることだが、価格上昇が続くとやがて需要は落ち込むので自ずとストップがかかる。著者はそれを第2次石油危機直後、原油依存度が最も高まった価格水準や代替エネルギーの価格水準を参考にしながら、現時点で取り得る価格上限を1バレル=103〜112ドルの間と推定している(下限は1バレル=52〜64ドルと推定)
 「世界経済は原油価格上昇を概してうまく吸収して成長を続けてきたし、これからもそれは持続可能だ」というのが本書全体の結論であろう。
5.感想
 本書刊行(今年5月)後、WTI原油先物取引市場での価格は7月に一時1バレル145ドルという高値を付けた後急落し、本日で65ドル台まで下落している。本書に記載のある価格予想の数字はあくまで数年単位の長期的なトレンドを示すものであり、一日で何十ドルと乱高下する短期的な市場価格を予想したものではない。よって当たる/当たらないで本書の価値を判断するのは早計であろう。
 むしろ、原油の持つ商品特性や歴史的経緯等からその価格形成のメカニズムを概観することで、「すわっ第3次危機」「’70年代の大インフレ再来」と短絡的に判断を下すことを戒めるところに価値を見出すことができる。また悪意ある犯人探しなどへ議論の方向を誤たさない効果も期待できるだろう。
 本書では、化石燃料による温暖化や省エネルギー代替エネルギーの必要性についても触れられているが、付けたりであり一般論を出るものではない。ここで温暖化の証拠としてあげられているICCPのデータについては気象学者から疑義が出されているように怪しげなものであったり、温暖化対策にCO2削減をもってするやり方が経済学者らから「最も愚劣」と評されたり(コペンハーゲンコンセンサス)している点は適宜別の本によって補う必要がある。
(メモ)
・「バレル」とは樽(barrel)。20世紀初頭、アメリカで原油は樽詰めされ運搬されていたことの名残。
・硫黄分が少ない原油はそれだけ除去する手間が省けるため「スィート」と言う。逆が「サワー」。
・石油は炭化水素。炭素の数が増えるほど沸点があがってゆき、これを利用して各成分を分留する。
OPECに対抗する主な石油消費国の集まり「国際エネルギー機関」(IEA)。中印露伯は未加盟。
アメリカは国内消費の約半分を国産原油でまかなっている。ヨーロッパは約20%。日本はほぼ0%。「原油原単価」が欧米より低い(それだけより効率的に消費)日本は、それが海外依存の程度の高さと打ち消しあって、結果として欧米と原油依存度の水準は変わらない。

[緊急改訂] 知られていない原油価格高騰の謎

[緊急改訂] 知られていない原油価格高騰の謎

*1:’80の原油価格をインフレ率勘案して現在の通貨水準に置き直すと1バレル104ドルとなり’08初頭より高い

産業政策論の誤解 三輪芳朗、J・マーク・ラムザイヤー/東洋経済新報社

 「日本の産業政策が有効に機能し、高度経済成長に積極的に寄与した」とする「通念」を検証し、それを全否定する。
 「通念」の検証にあたって二人の著者は、まず先の「通念」が検証され根拠が示されることなく「自明の理」視されてきたことを明らかにする。そして、産業政策が「最も有効に機能した」と信じられていた’60年代前半にスポットを当て、その当時発生した「日清紡事件」「出光事件」「住金事件」などの具体的事件に沿い、通産省はじめとする中央省庁担当部署、当該企業、業界団体などの事件における個々のプレイヤーの具体的行動に影響を及ぼしうる「政策手段」が存在したのか、そのような「政策手段」の行使を可能にする「環境条件」が整っていたか、「政策目的」の追求が政策意思決定に関わる政治家の誘因と整合的であったかを丹念に当時の新聞記事等から読み解いていく。
 二人の著者の結論は下記のとおりである
 (1)省庁は、個別企業の行動に重大な影響与える有効な「政策手段」を持たなかった(紛争解決はまず業界内で自主的になされ、解決できない時はじめて「調停役」として省庁は舞台に登場した。省庁は「不況カルテル」「生産調整」等を受け入れようとしない企業にそれを強要したり、応じない場合制裁したりする手段を持たなかった)。
 (2)例外的に有効と思われる「政策手段」(例、石油業法下で通産省が有した設備新増設の許可権限など)ある場合でも、省庁はその行使に及び腰であるか、全く行使しなかった。
 (3)様々なスローガン(例えば「産業再編成」)で彩られた「産業政策」の多くは、明確で具体的な「政策目的」とそれを実現するための「政策手段」を欠いていた。さらに実施省庁は「政策」を是が非でも実施する強固な意思を持たなかった。すなわち、「産業政策」は「失敗」ではなく実施されなかったのである。
 (4)民間経済主体に対して介入的な政策を行わなかった点では、日本政府は他の先進諸国政府と異ならない。また、自由な市場メカニズムを通じて経済成長を図った点でも変わらない。
 (5)「日本の『産業政策』が有効に機能し、高度経済成長に積極的に寄与した」とする「通念」は、明確な証拠に基づかず、観察事実に整合的でないという意味で誤りである。
 二人の著者は、省庁の背後にあった政権党・自民党と、その重要なスポンサーとして政策に影響を与えた経団連を初めとする財界の動向について、注意を促す。すなわち、貿易自由化・資本自由化の流れが不可避であることを十分に弁えていた自民党と、政府の統制を国民の経済的利益に資さないと一貫して自由化政策を要求し続けた財界こそが、戦後の経済政策をリードし続けた主役であったとする。省庁の策定する「産業政策」もこのような自由化・国際経済との一体化を主眼とする「基本政策」に逆らっては成立せず(例、介入主義的な特振法は再三にわたって流産した)、上記事件で通産省が慎重な態度を堅持し続けたのはその現れであると結論づける。時に特定の官僚のパフォーマンス(例、佐橋通産省事務次官の「住金事件」における一連の発言)が注目されることがあっても、それはマスコミの受けを狙った内容空疎なものに過ぎず、事件解決には何ら結びつかなかったことを示している。官僚達は、最初から「釈迦の手の上の孫悟空」であり、またそのことを十分に弁えていたと言える。

通念定着の理由

 著者は、誤った「通念」が長期間にわたり通用した理由やメカニズムについて「本書の課題ではない」と断りつつも、(1)言説を需要する側が、一端広く受け入れられてしまった「通念」の検証にコストがかかるため、検証を行う誘因を持たなかった(2)政策に関与する政治家・官僚・業界団体関係者が、自らの立場を投票者に向けて大きく見せるために「政策」が何か望ましいことが有効に実現できる(その実証は誰も行わない!)とする「見方」を好み、絶えずそれを吹聴し続けてきたことに求めている(pp.517―520)。ただし、それに加えて「議会を軽視し」「上からの統制を好む」マルクス主義が広く戦後日本の思潮を支配し続けたことに理由を求めているが(pp.152―153)、その実証はここではなされておらず状況証拠に留まっている。

本書の今日的意義

 本書は、産業政策のみならず広く経済政策における政府や官僚の役割をどのようにとらえるかについて示唆を与えてくれる。

 「聞きたいのは、『バブル経済』とそれに続く日本経済の長期停滞からの脱出策、日本経済の脱出策だ」と期待する読者も、ここまでくれば、政府にそんな期待を抱くのも「通念」の産物であり、見果てぬ夢だと観念するはずである。(p.521)

過去の歴史に関する誤った認識を改めるにとどまらない。われわれの生きる日本経済(さらに世界経済)の作動メカニズムを的確に理解することを通じて、よりよい経済社会の構築に貢献するはずである。(p.5)

 今次の経済危機に際し、景気浮揚に向けた対策を論じるにあたって、政府の各種施策と直結する財政政策ばかりが紙面を賑わし、中央銀行が担うべき金融政策がほぼ忘れ去られているところに、政府に過剰な期待をする「通念」が政治家やマスコミそして国民をいまだ捕えて離さないと見ることができる。

産業政策論の誤解―高度成長の真実

産業政策論の誤解―高度成長の真実