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神保町系オタオタ日記

2016-06-28

吹田草牧『渡欧日記』に桜沢如一の名が

画家吹田草牧が大正11年から12年にかけて渡欧していた時期の日記が京都国立近代美術館ニュース『視る』の303号、平成4年9月から478号、27年8月まで断続的に連載された。わしは全部読んだわけではないが、同時期に渡欧していた入江波光、黒田重太郎、土田麦僊、里見勝蔵、保田龍門らも登場して、興味深い日記である。大正11年6月22日の条には、次のような記述があった。

(大正十一年)

六月二十二日(木曜)

(略)

発信 保田忠兵衛、日高喜一、黒田松之助、同卯兵衛、高橋眞悟郎、井街輝子、岩佐富治、桜沢如一、山中英一、土田千代子、野村一志、吹田富三郎、黒田重太郎

桜沢如一が出てくる。マクロビオティックの桜沢であれば、松本一朗『食生活革命児 桜沢如一の思想と生涯』(昭和62年6月、竹井出版)によると、大正6年熊沢商店神戸支店に入り、一年おきに欧米を回り、若いがやり手の貿易商人として注目されるようになっていったという。フランスから放送機、受信機、高速度・微速度撮影機などを持ち帰ったこともあるという。日記の桜沢と同一人物とする決め手はないが、多分そうだろう。連載開始時に編集担当だった加藤類子氏(元・同館主任研究官)が同誌478号の「吹田草牧の『渡欧日記』のことなど」で、「小冊子にして出版できれば、より研究に資することが出来るだろう」と書いておられるが、ぜひとも刊行してほしいものである。

2016-06-27

夢は東京古書会館でステッキの高さまで古本を買うこと

紀田順一郎氏の『古本屋探偵の事件簿』に、古本屋で毎回ステッキの高さまで古本を買っていく爺さんが出てきたことがあった。本の内容よりも、決めた量まで買わないと気がすまないという一種の病気であろう。しかし、わしも年取って金持ちになったらやりたいなと思っていた。もっとも、安い本が増えたとはいい東京古書会館でやったら金がかかりそうだが、西部や南部古書会館のガレージ本なら今でもできそうではある。

ところで、坂本一敏『古書の楽しみ』(財団法人国鉄厚生事業協会、昭和58年4月)の「西洋の愛書秘話」を読んでたら、フランス愛書家アントワアヌ・マリイ・アンリ・ブウラアルについて次のような記述があった。

ブウラアルは弁護士であった。彼もはじめは普通の愛書家で、主として中世紀の写本を蒐めて楽しんでいた。(略)彼は七十一年間の生涯に六十万冊の書物を蒐めた。彼が書物漁りに出かけるときには、いつも長い杖を曳いて行った。その杖の長さは一メートル九四九で、彼は毎日杖の長さだけ書物を買わなければ気がすまなかった。

この人をモデルとして紀田氏が創作したのかな。

2016-06-26

[]酒井勝軍の孫が小説の主人公になる時代

その昔、『地球ロマン』復刊全6号や『迷宮』全3号という雑誌で取り上げられた戦前のトンデモない人達も、今や小説や漫画の登場人物となり、身近な(?)存在となっている。

安彦良和虹色のトロツキー』の安江仙弘、大塚英志氏の木島日記シリーズの藤沢親雄らがそれで、2009年10月に刊行された藤木稟『太古の血脈』(光文社)には酒井勝軍の孫(架空の人物)が主人公として登場する。酒井自身も登場するが、

酒井勝軍は、明治から大正、昭和にかけて常に日本軍の要職にあり、当時流行した日ユ同祖論(日本人とユダヤ人が同祖であるとする説)を唱えた先駆け的存在である。さらには世界を駆けめぐって、ピラミッド日本起源説等を提唱したという、異端の歴史研究家であった。

と紹介されている。酒井や酒井の孫が登場する小説が読める時代が来るとは。と学会の人達のおかげかな。

なお、巻末に酒井の孫である万澤安央氏と高橋克彦氏への謝辞が述べられている。

太古の血脈

太古の血脈

2016-06-23

おーい、『ミステリ通信』(京大推理小説研究会)でてこーい。

一昨年、京大11月祭で『蒼鴉城』40号(京都大学推理小説研究会、平成26年11月)を購入。研究会の創立40周年記念ということで、OBの作家、森川智喜、円居挽大山誠一郎麻耶雄嵩我孫子武丸法月綸太郎綾辻行人各氏が執筆。法月氏の「祝辞と追伸」には、

追伸 一九七〇年代のミステリ研に興味のある人は、OBの巽昌章氏が「ミステリ通信」(二十、二十一、二十三号)に連載した「何回目かの眠れない夜ーーミステリ研作品漫歩ーー」(小城魚太郎名義)というエッセイを読むことをお勧めします。(略)

とある。七〇年代のミステリ研というと横山茂雄先生も登場するんじゃないかなあ。読みたいが、日本の古本屋ではヒットしない。盛林堂書房が持ってないかなあ。

2016-06-22

戦前期古書目録の発行部数の一例

大観堂書店の古書目録が削除処分を受けたことについては、「発禁になった大観堂書店の古書目録」で紹介した。『発禁年表』記載の「処分理由又ハ摘要」欄に「美濃部博士の禁止出版物広告掲載」と記載されている典拠は不明だが、『出版警察報』82号に同目録に関する記載があった。「地方庁に於ける出版物取締状況」の「警視庁管下に於て行はれたる出版物大量執行実積」に、「出版法ニ依ルモノ(削除)」として、『大観堂一般古書販売目録(昭和十一年度)』があがっていて、発行部数3000、削除部数3000、削除処分6月20日、執行署戸塚署とある。古書目録の発行部数が3000部というのは想像していたより多く、1000部も無いだろうと思っていたので、意外であった。

2016-06-20

長谷川鉱平宛久保隆一郎(久保喬の本名)葉書

何枚か入手した長谷川鉱平宛葉書の一枚。昭和15年8月20日付けの消印で、文面は、

少年保護拝受致しました。(略)

新しく(久保喬)の名にて再出発の覚悟であります。(略)

長谷川伸三編『近世思想・近代文学ヒューマニズム 長谷川鉱平評論選』(いなほ書房、2006年1月)所収の年譜によると、長谷川は当時財団法人司法保護協会書記であった。

また、五十嵐康夫編著『久保喬=研究と資料』(高文堂出版社、昭和58年10月)所収の年譜では、久保は昭和15年11月児童文学同人誌『少年文学』(同人、二反長半、山本和夫、永井明、中村時雄等)に処女作短編童話「海の顔」を発表とある。

この葉書は、児童文学作家久保喬誕生直前の重要な資料のようだ。

2016-06-19

原武史皇后考』で疑問に思ったこと

原武史皇后考』(講談社2015年2月)は、『蘆花日記』や『関口日記』まで言及されていて感心した。ただ、一点資料の使い方に疑問がある。535頁で、

その翌日、高松宮は日記に謎の記述を残している。

陛下ノ時局ニ関スル御判断、楽観ニスギルヲオソル。御性質「大宮御所トノ関係、沼津ヨリ御皈リノ時ノコト、等」。(前掲『高松宮日記』第八巻)

最初の一文が、まだ戦争終結の決断ができない天皇に対する批判を意図しているのは明白である。問題はその次の文である。「御性質」とは、天皇の性格のことだろう。高松宮は、四二年十二月に皇太后沼津から戻ってきたときの天皇の態度を想起しつつ、皇太后を恐れる天皇の性格について危惧していたのではないか。(略)

「謎の記述」について、高松宮の考えとしているが、その日の高松宮日記は次の通りである。

(昭和二十年)

六月九日 (略)

一七三〇松平元宮内大臣([ママ]用(キク子、大本営施設ノ話ハキイテヰルガ、未ダ極秘ニテ宮内省ヨリ見分シアラズ。陛下ノ時局ニ関スル御判断、楽観ニスギルヲオソル。御性質「大宮御所トノ関係、沼津ヨリ御皈リノ時ノコト、等」。「新宮廷婦人服装ノコト」等々)。

(略)

この文章で、「大本営施設」つまり松代大本営の話は聞いているが、宮内省からは見分してないとか、陛下(昭和天皇)の時局に関する判断大宮御所との関係、新宮廷婦人服装などについて発言したのは誰だと考えるのが適当であろうか。私は、松平恒雄元宮内大臣だと思う。丸括弧の中は松平が訪問した用件の内容と見るのが普通であろう。また、松代大本営について「宮内省ヨリ見分シアラズ」と発言するのは宮内省側の立場に立つ人と考えられる。気になるのは、「キク子」とあることで、一見、キク子(高松宮夫人)の発言のようにも見える。この点については、新宮廷婦人服装の話があるので同席したキク子の名を付記したと推測している。いずれにしても、高松宮の考えと見るのは誤りと思われる。皆さんは、どう判断されるでしょうか。

皇后考

皇后考