悪党三昧

  • 脇役列伝〜脇役で輝いた名優たち〜@新文芸坐
「しとやかな獣」(1962年、大映
監督川島雄三/脚本新藤兼人若尾文子伊藤雄之助山岡久乃/浜田ゆう子/川畑愛光/高松英郎山茶花究小沢昭一ミヤコ蝶々船越英二
けものみち」(1965年、東宝
監督須川栄三/原作松本清張/脚本須川栄三白坂依志夫/音楽武満徹池内淳子池部良伊藤雄之助小林桂樹小沢栄太郎黒部進森塚敏菅井きん千田是也龍岡晋/大塚道子/千石規子/稲葉義男/中丸忠雄小松方正佐々木孝丸

相変わらずの大入り。老年のおじさんが圧倒的に多い。なぜ人はこんなに新文芸坐に集まるのか。
今日は伊藤雄之助編。上映された2本はいずれも鹿島茂さんが『甦る 昭和脇役名画館』*1講談社)のなかで熱っぽく語っている(要約してくれている)ので、ストーリー展開はほとんど頭の中に入っていた。
もとより「しとやかな獣」はすでにDVD録画済で、先の年末年始に実家で観ようと携えていったのだけれど、観る機会を得ないまま、今日まで至っていたのだった。せっかくの2本立てで「けものみち」と一緒に観ることができるのだから、最初に観る機会がスクリーンであるのにこしたことはない。
「しとやかな獣」はあまりにも有名な作品であるうえに鹿島さんが伊藤雄之助の魅力について存分に語っているから何も言うことはないのだけれど、伊藤雄之助といい、山岡久乃といい、子供の浜田ゆう子も川畑愛光も、そして若尾文子にいたるまで、揃いも揃っての悪党ぶりがたまらない。
川畑愛光に出演料の一部17万円を詐取されたピノサクこと小沢昭一のインチキくささが絶妙。髪を金髪にしてもみあげを伸ばし、くるりと前にカールさせ、小さくて角ばった眼鏡をかけ、鼻歌を歌っている姿に、笑いをこらえるのが精一杯だった。伊藤らのアパートに押しかけてくるや、出されたジュースでうがいをしてベランダから外にそれを吐き捨てるというはじけすぎの演技に拍手。
そのほか気になったのは、山茶花究のオランダのユニフォームを思わせる鮮やかな長袖オレンジポロシャツと、川畑愛光が若尾文子に襲いかかって、和服の上から若尾の胸をわしづかみにして動かす左手か。
けものみち」も「しとやかな獣」に劣らず悪党揃い、最後に一番の大悪党が高笑いするストーリーに呆然とした。中風で寝たきりの夫を抱え旅館の仲居をして生活費を稼いでいる池内淳子が、性交渉を迫る夫に嫌気をさし、旅館の客として来ていた一流ホテル支配人の池部良と組んで夫を殺害してしまってから、少しずつ悪女に変貌してゆくさまがすごい。顔の表情や見かけにほとんど変化がないにもかかわらず、心の底で完全に悪女に変身しているあたりの怖さ。最近のテレビでは米倉涼子がこの役を演じたらしいが(未見)、あと5年ほど経って30歳を過ぎたあたりの松たか子にこの役を演じてもらいたいものだ。
伊藤雄之助の不気味な存在感と、小沢栄太郎のエロ親父ぶりはやっぱり鹿島さんの本に任せてしまおう。ここでは、伊藤・小沢らの満州でのつながりまで深入りし、最後には殺されてしまう刑事の小林桂樹に注目。いつも善良な役ばかりの小林桂樹、この映画でも悪を暴く敏腕刑事かと思いきや、この人も池内淳子の身体めあてで彼女を襲おうとする。「ええっ、小林さんまでーっ」とびっくり。池内淳子から逢い引きを誘われたとき、ちょっぴり頬をゆるめてすぐそれを引っこめるあたりの演技にゾクゾクする。
また小林演じる刑事はコーヒー好き。池内淳子と話をするのでも、「近くにおいしいコーヒーを出す喫茶店を知っているから」と誘ったり、池部の勤務先で出されたコーヒーをひと口すすり「うまい」と感嘆する。警察署内の食堂でもコーヒーを飲んでいたり、自宅でも家族が寝静まったあと、机に向かいながら自らコーヒーを淹れる。
最後に池内淳子が連れてこられる連れ込み旅館は、泉麻人さんが指摘するように、松本清張が好んだ多摩川沿いにあるのだろうか。佐々木孝丸龍岡晋が登場したとき、それとわかったのが嬉しかった。
しとやかな獣 [DVD]

情けない森雅之

「妻として女として」(1961年、東宝
監督成瀬巳喜男/脚本井手俊郎松山善三高峰秀子淡島千景森雅之/星由里子/大沢健三郎/仲代達矢水野久美飯田蝶子淡路恵子丹阿弥谷津子藤間紫中北千枝子中村伸郎賀原夏子/十朱久雄/関千恵子

本妻(淡島千景)と妾(高峰秀子)の間に立って何もできず、「このままでいいじゃないか」などと堂々と主張する建築系の大学教授森雅之のふがいなさに、同じ男として苛立ってしまった。
森の子供を二人産みながら奪われ、銀座のスナックを任され、毎月10万を淡島に入れ、自分のお金で食器などを揃えていったのに、最後には店まで奪われてしまう高峰。女性としてもっとも脂ののった時期を森に捧げたのに、店も奪われ、はした金同然の手切れ金で縁を切られそうになってからの逆襲に、思わず感情移入してしまって「行け行け!」という気持ちになってしまう。
大人たちの身勝手な行動に嫌気がさした星由里子と大沢健三郎姉弟。完全に崩壊してしまった森と淡島の夫婦関係を尻目に、この二人の上にだけ「まだまだ君たちには未来があるぞ」とエールを送っているかのようなラストだった。
空襲で家族中たった二人だけ生き残り、一緒に高峰と暮らしている祖母に飯田蝶子。歯切れのいい喋りと台詞回しで、このおばあさんはいったい誰なんだと訝っていたが、飯田蝶子だったとは。わたしの知っているイメージと違っていたのは、入れ歯をしているような口元だったゆえか。
3月に「石中先生行状記」を観て以来の成瀬作品だが、やはり成瀬映画は構成がしっかりしているから安心して観ていられる。身も蓋もない女性たちの愛憎ドラマで最初から最後まで一貫してしまうのだから、小津映画とまた違った意味で、この時期の映画のなかで「異様」だったのではあるまいか。