8月新橋演舞場 二部・三部

kenboutei2010-08-14

今日は二部、三部を続けて観る。
第二部
『暗闇の丑松』橋之助の丑松、扇雀のお米、獅童の料理人祐次、福助のお今、彌十郎の四郎兵衛。
橋之助扇雀、ともに初役。ちょっと台詞が感情的で騒々しい。特に扇雀はうるさい。しかし、引付座敷で、死を覚悟した憂いの表情を見せながら、盃を交わすところは、雰囲気があって良かった。
獅童の祐次は、一人だけ商業演劇的な台詞の調子で、違和感があった。
福助のお今(これももちろん初役だろう。配役を知って驚いた。)が、とても良かったのは、その下品で性悪な女性像が、ニンに合っていたのかもしれない。(あまり褒めたことにはなっていないか。)
彌十郎の四郎兵衛と前後して出てきた時の、この夫婦のどうしようもなさが、よく表現されていて、面白かった。昨夜、二階で何をしていたのかまで、想像できるような夫婦像であった。
風呂屋の釜前は、あまり面白くなかった。番頭の動きが単調すぎる。芝のぶセミヌードが観られたのだけは収穫。
それにしても丑松は、命乞いするお今の媚態から、お米も自分のために四郎兵衛に身を任せたのだと悟り、それを女の浅はかさとして憤るのだが、お米の行動心理を悟ってもなお、お米を許さないでいるということが、自分にはよく理解できなかった。
娘道成寺福助の花子。道行なしで、押し戻しがつくという出し方は、あまり記憶がない。
そのせいなのかはわからないが、福助の花子は、何だか気持ちが入っていないように感じた。乱拍子や謡で見せる姿勢も、腰の入り方が十分ではなく、ただ流しているようであった。
鈴太鼓では、妙に観客に向かって愛嬌を見せながら鈴太鼓を打ち、その後急に表情が変わり、鐘に向かって恨みを見せる。
踊りでも表情過多となり、ちょっとびっくりした。
押し戻しは海老蔵福助も蛇体の隈取りで、この過剰表情コンビは、さすがに胃もたれする思い。久しぶりに、「マンガみたい」という言葉を思い出した。
 
第三部
東海道四谷怪談南北の四谷怪談は、それだけで上演史が書けるだろうが、今月の新橋演舞場での若手役者による興行もまた、その歴史の1ページに特記されるものになったのではないだろうか。
それほど、今日の舞台、特に勘太郎初役のお岩は良かった。
勘太郎のお岩は、実にきっちりしていて、一瞬の気の緩みもない。初役としての緊張がうまく作用しており、余計な事をしないのが良い。父親のお岩は、手慣れているせいか、幾分遊びみたいな部分があったり、くどかったりすることがあるのだが、勘太郎にはそれが一切ないので、お岩としてのストレートな芝居を見ることができた。
伊右衛門から母の形見の櫛を奪われそうになり、必死に抵抗するところで、勘太郎はその櫛を愛おしく、丁寧に扱う。それによって、その櫛がお岩にとってどれほど大事であるのかが、とても良くわかる。そして、続く髪梳きの場では、その櫛を使って、丹念に引っ掛かった髪の毛を取り除こうとする。観客としては、髪の毛が大量に抜けていくということへの恐怖だけではなく、それを梳いている櫛についても、一定の思い入れを持つことになり、単なるホラー場面に終わらない、髪梳きのリアリティが増してくるのであった。
蚊帳を持って行こうとする伊右衛門に、蚊帳ごと引きずられていく時も、勘三郎のようにズルズルとスライドさせて笑いが起きるということはない。そもそもこの蚊帳を持って行かれると、赤ん坊には死活問題にもなるからお岩は必死なのであって、こんなところで遊びを入れる場合ではないことに、勘太郎の真剣なお岩を観ていると、気がつかされる。
まあ、お岩といえば殆ど勘三郎のしか観ていない(前の福助のは論外)のだが、正直言って、勘太郎のような「真剣な」お岩をこそ観たかったのである。
勘太郎は、小仏小平、佐藤与茂七もそれぞれ良かったが、まずはこのお岩が第一であった。
海老蔵も初役で民谷伊右衛門。その雰囲気はまさにぴったりだが、台詞廻しがやはり雑。甲の声に締まりがないのが致命的。一方で、低音でドスを効かすような時の台詞は、凄みがあって良い。
海老蔵の面白いところは、勘太郎とは違って、こういう初役でも自分流の味付けをしようとすること。
その良し悪しはあるけれど、例えば、浪宅の外で、口にくわえていた爪楊枝を指でぽんと大きくはじき飛ばすところや、花道で宅悦を刀で脅す時の、その派手でスピーディーな刀さばきの工夫などは、観ていて恰好良く、面白く感じた。
但し、裏田圃の場で、獅童の直助と組んで、お岩・お袖姉妹を騙し終えて幕となるところで、ぺろっと舌を大きく出すのは、やり過ぎ。
獅童の直助権兵衛も、良かった。特に、序幕の浅草観世音額堂から地獄宿、裏田圃の場までに至る直助は、女好きの悪童的雰囲気があり、お袖を何とか自分のものにしようとする欲望が明快に伝わってくるのが、良かったと思う。
お袖は七之助。それほどの色気はないが、それがかえって、地獄宿で身の上話をして何とか身体を売るのを避けようとする、武家の娘っぽさにつながっていた。与茂七の勘太郎との売春宿での夫婦のやりとりも面白かった。
序幕では、宅悦女房役の小山三も活躍。
コクーン歌舞伎はともかく、普通の歌舞伎の四谷怪談では、序幕はあまり面白く感じてこなかったのだが、今日はこの序幕がとても面白かった。
場として良かったのは、この序幕と、勘太郎お岩の独壇場の「元の浪宅の場」だったが、反対に、「隠亡堀の場」は、極めて平凡だった。やはりこの場は、役者としての味がないと難しいのだろう。
「三角屋敷」は省略で、その代わりに猿弥の舞台番が、筋を解説。
伊右衛門に一目惚れし、この悲劇の原因となるお梅に新吾。女形としては甚だ不細工なのだが、それがこの芝居では意味があることなのかもしれない。
市蔵の宅悦が好演。
とにもかくにも、勘太郎海老蔵獅童七之助という花形若手が、真っ正面に取り組んだ熱演。
歌舞伎における新しい『四谷怪談』の誕生。