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オイルショック

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社会

オイルショック

おいるしょっく

1970年代に2度あった、原油価格高騰による経済混乱のこと。石油危機、石油ショックとも称される。

第一次オイルショック

1970年代石油依存型経済の発展から石油需要は拡大し、原油価格は上昇圧力を受けていた。また産油国外資による石油資源の「収奪」に不満をつのらせていた。

1973年10月、第4次中東戦争が勃発するとOAPEC*1が戦争中の原油の生産削減を宣言、同時にOPEC原油価格の70%引き上げを通告。さらにアラブ産油国は次々とイスラエル支援国であるアメリカオランダに対する石油禁輸措置を発表した。これら一連の措置は石油を武器として中東戦争を支援する「石油戦略」とよばれる。停戦後生産削減・禁輸措置は緩和されるが価格はさらに引き上げられ、それまでほとんど変動のなかった原油価格はわずか3ヶ月ほどで3ドルから11.65ドルに急騰した。

安い石油に依存していた先進諸国の経済は混乱し、特に日本経済は大きな衝撃を受け戦後高度経済成長が終焉した。

第二次オイルショック

1979年2月イラン革命によりホメイニ政権が誕生、それによる混乱からイランの石油輸出が停滞し、国際需給が逼迫した機に乗じてOPEC原油価格を3ヶ月ごとに引き上げることを決定。同年11月にはテヘランの米大使館占拠事件、翌年9月にはイランイラク戦争開戦と中東情勢は緊迫が続き、原油価格は18ドルから39ドルまで高騰した。

欧米では第1次を上回るパニックとなり、原油供給途絶への恐怖が巨大な備蓄需要を生み出してインフレ期待を煽った。一方第1次オイルショック後の構造転換が奏効した日本では目だった混乱もなく、そのため80年代以降日本経済が注目されることになった。

管理価格の終焉

二度のオイルショックは石油消費国に不況と省エネルギー化の流れをもたらし、石油需要を減退させた。一方石油価格の高騰は生産コストの高いアラスカ北海油田の開発を促し、供給余力は拡大した。主権国家で構成されるOPECは加盟国に生産調整を強制できず、カルテルとして経済史上最も強大な影響力を行使しながらも需給バランスが余剰に傾くとたちまち脆弱さを露呈した。85年末にサウジアラビアがスウィングプロデューサーの役割を放棄して増産を宣言すると原油価格は一気に暴落OPECの価格管理は崩壊した。

*1アラブ石油輸出国機構。OPEC加盟国のうち反イスラエルアラブ産油国による同盟

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スポーツ

オイルショック

おいるしょっく

「すっごいすべるよっ!!」

2006年大晦日におこなわれた『K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!』。桜庭和志VS秋山成勲戦にて、秋山が身体にオイルを塗ったり、指定外のグローブに異物を詰めて戦っていたという一連の騒動。格闘技版オイルショック(『kamipro NO.107』特集記事より)

ヌルヌル男