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メジロライアン

スポーツ

メジロライアン

めじろらいあん

(父)メジロライアン

生年月日1987年4月11日生まれ・牡・鹿毛
生産者メジロ牧場北海道伊達)
アンバーシャダイ
メジロチェイサー
母の父メジロサンマン
馬主メジロ商事(株)
管理調教師奥平真治美浦北)
競走成績19戦7勝
主な勝ち鞍弥生賞 京都新聞杯 宝塚記念 日経賞
(2着・日本ダービー 有馬記念
備考半姉メジロフルマー メジロアニタ?


メジロライアン美浦トレーニングセンター奥平真治厩舎に所属した引退競走馬。90年代前半のアイドルホースで馬名の由来はノーラン・ライアンから。1989年7月にデビューし2歳時は6戦2勝の成績でクラシックシーズンを迎えると、ジュニアC、弥生賞と連勝しクラシックの中心馬として注目される存在となった。しかしながら、皐月賞日本ダービーとも脚を余した形で3着、2着と僅差の勝負を取りこぼし、京都新聞杯レコードタイムで圧勝して望んだ菊花賞ではメジロの僚馬メジロマックイーンに勝利をさらわれ結果3着に終わり、続く有馬記念でも奇跡的復活を果たしたオグリキャップをゴール前追い込んでの2着だった。しかし、その時発せられた大川慶次郎氏の絶叫「ライアン!」を明石家さんま氏が揶揄メジロライアンの名前は一躍有名になった。


翌年古馬となっても中山記念において牝馬ユキノサンライズの逃げ切りに不覚をとるなど不器用さを払拭できなかったものの、天皇賞4着後に望んだ宝塚記念では引き続き主戦を勤めていた横山典弘の好騎乗により念願のGI制覇を果たした。このレース後屈腱炎を発症、半年の休養後3戦を消化し日経賞の勝ち鞍を増やしたが、このレースを最後に引退、1992年に種牡馬入りした。競走生活では他馬の後塵を拝することが多かったものの、父内国産種牡馬としてはメジロブライトメジロドーベルなどを輩出し成功した筆頭となった。2007年シーズンを最後に種牡馬を引退し、同年7月4日繋養先だった新ひだか町アロースタッドから生まれ故郷の洞爺湖町メジロ牧場に戻った。今後は功労馬として余生を送る。


代表産駒

牡馬生年母の父
メジロブライト1994年レールデュタン?マルゼンスキー
ウインブレイズ1997年スーパーセブン?ブラビオー?
メジロロンザン1996年メジロリスク?リーガルステップ?
メジロランバート1995年メジログラフ?ミスターシービー
トーホウドリーム1997年サクラササヤキ?ノーアテンション
エアガッツ1994年ショウワプライド?ニホンピロウイナー
ベラージオ1999年ラスティックベル?Mr.Prospector
コウエイテンカイチ?1995年イセスズカ?マルゼンスキー
ケイアイボイジャー?1999年ムーンオーヴァーアワー?Machiavellian
タマモリッチ2000年クラリッサ?トウショウボーイ
スキップジャック2002年ヒカリクリスタルラッキーソブリン
カサイグローリア?1996年イシゲスキー?ホリスキー
牝馬生年母の父
メジロドーベル1994年メジロビューティー?パーソロン
ドリームカムカム1998年ドリーミングガール?Lomond
ベストアルバム2000年ベストダンシング?トニービン
メジロベイシンガー2001年メジロストーク?モガミ
ラヴァーズレーン?2000年モガミヒメ?カコイーシーズ
シェリルウーマン?1998年シャンハイリル?ターゴワイス
マダムルコント2005年フルーリール?アフリート
ブルードメアサイアー生年
フレアリングベスト?2001年ホワイトマズルフレアリングセレス?
メジロモーガン?2000年アラジメジロブルテリア?


メジロライアンの血統


アンバーシャダイ ノーザンテースト
*Northern Taste
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Lady Victoria Victoria Park
Lady Angela
クリアアンバー
*Clear Amber
Ambiopoise Ambiorix
Bull Poise
One Clear Call Gallant Man
Europa
メジロチェイサー メジロサンマン Charlottesville Prince Chevalier
Noorani
*Paradisea Aureole
Chenille
シェリル
*Cheryl
*Snob Mourne
Senones
Chanel Pan
Barley Corn


リスト::競走馬

目次
    • (父)メジロライアン
    • 代表産駒
    • メジロライアンの血統