「そこへ、古い角屋の座敷の塀のすぐ外を通つてゐる鐵道線路の方で、丹波口驛に汽車が入つたと思はれて、ピイといふ氣たゞましい汽笛の音が響いて、薄暗い蠟燭の灯に折角落着いてゐる松の間の廣い座敷を搖り動かす地響きがして通つた。」 「私達は藝者や小婢に送られて松の間から又薄暗い廊下を傳ふて、此度は夜眼にも處々に蝕ばんだ跡の見える古い艷びかりのしてゐる段階を踏んで、二階の座敷の、とある一室に連れてゆかれた。何處か先きの方の廣間ではまだ盛んに酒宴が催されてゐると思はれて、古い家の中に絃歌の聲がひゞいてゐる。」 「私の寢所ときめられた『八ツ橋の間』には、この時もう太夫が先刻の裲襠姿を改め頭髮の飾も取りはづして…