気ままなねこのように

2013-12-20

京騒戯画をみた感想――鏡都はだれを映し出す鏡なのか

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京騒戯画10話見終わりました。いやぁ、良い作品でしたね!(まだ復習編あるけど・・・)
自分はテレビ放送から視聴をはじめたんですが、0話の爽快感あふれる演出にやられてしまって視聴継続を決意しました。
それから1〜9話とSFテイストを混ぜながら、最近の深夜アニメには少ない家族の関係性についての話を丁寧にやっているなーと見ていたんですが、
10話をみて「あれ?この作品ってもっと面白いことをやっているのでは?」と思いつき、いま記事を書いています。
その思いつきって何かというと
作品の内と外(現実)の状況がグチャグチャに混ざり合いながらもリンクした作品だったんじゃないか?
ってことです。ややこしいですね。以下で説明していきます。

京騒戯画という作品の身の上話

まず現実(外)での京騒戯画という作品の遍歴が結構特殊なんですよね。
じぶんもTVシリーズ見始めたので特別詳しくはないのですがwikiによると、
最初はネット上で公開される単発の30分アニメとして作られ、好評を受けて第2弾が10分程度の短編アニメとして作られネット上で公開されたらしいです。
そして現在テレビで放映されている『京騒戯画』は第1弾と第2弾を再構成して、1つの物語としてTVシリーズとして放映されているものらしい。
またテレビシリーズの第0話「予習編」はネット上で公開された第1弾を編集した物のようです。制作上いろいろ紆余曲折あったんじゃないかな・・・と想像してしまいますね。
京騒戯画とは (キョウソウギガとは) [単語記事] - ニコニコ大百科


ここで大事なのは『京騒戯画』制作スタッフにとってTVシリーズはまさしく「やり直し」であっただろうということです。
そして『京騒戯画』は「ある一家を巡る愛と再生の物語である」ので再生という要素が現実とリンクしていると言えます。

メタ的なシリーズ構成

実質TVシリーズ1話といえる第0話はネット上で公開された第1弾が編集されたものですが
その内容はテレビシリーズの7話までのお話のダイジェスト版にもなっています。
よってテレビで各話が放送されるたびに「予習編」と同じ場面が登場するんですが、キャラクターの台詞や状況などが微妙に変わっているんですよね。
これは「編集」を視聴者に強く意識させますが、それがTVシリーズになったという現実(外)の要因によるものなのか、はたまたアニメの中で歴史改変がおこっているのか視聴者には判断できません。
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ただわざわざ0話で「予習編」をやったこと(予習が出来るということは未来が確定しているということ)、
5.5話で「京都実録編」という実写をやったことを考えると制作スタッフが現実と虚構をごちゃ混ぜにしたメタを狙ってやっている可能性は高いと思います。

また各話のなかで過去や現在に時間軸がポンポン飛ぶ作りもそれぞれは断片であり、それらが再構成されたものという作品の構造を説明しているとも取れます。
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鏡都は作り手を映し出している

京騒戯画』ではもともと12個の並行世界があり
認められていない13番目の並行世界である「鏡都」を舞台に話は進行します。
この複数の並行世界が存在するという設定も、元々はネット上で公開された作品だったものがTVシリーズとして再構成されている現実の『京騒戯画』の在り方とうまい具合にリンクしています。

またメタ的に考えると「創造の力」をもった神様で生命を与えたり鏡都をつくったりできる明恵上人は『京騒戯画』の制作スタッフの依り代となるようなキャラクターとも考えられます。
物語の舞台となる鏡都をつくるということは、このアニメ自体を作ることにも意味合い的に重なってくることですからね。
「創造の力」が数珠という複数の球を束ねたもので表現されていることも注目に値します。

そういう視点で『京騒戯画』10話を見てみるとめちゃくちゃ面白いんですよ。

キャラクタと制作者 自己肯定の物語

僕が10話で面白いなっておもったのは明恵とコトが神様のいる高天原から、月の様なところにいる上人と古都のもとへ向かうシーンです。
明恵とコトがいままでの話の断片映像がバーッと浮かぶ空間に飛び込むシーン。
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これは明恵とコトがこの場所に来るまでの道筋でもあるし、このアニメで視聴者の僕たちが見てきたことを映像的に表現しています。つまりこの空間が『京騒戯画』というアニメそのものなんですよ。
それをみたコトは「なんだこりゃ!」って笑顔でつぶやいて
明恵は「わけわかんねぇ」って叫びます。

京騒戯画』って「わけわかんねぇ」作品なんですよ、きっと。
そしてそんな光景をみて考えたコトが次のシーンで発した台詞が僕にはこんな風に聞こえちゃうんです。
「もう少し一緒にいられないかな。なんだかんだ今まで『京騒戯画』作っちゃったんだし、せっかくTVシリーズも放送できたんだし、やめるなんていつでも出来るんだしさ。嫌なこともあるかもしれないけどこのアニメ作って良いよ。ただの我侭なんだけどさ」
っていう制作者の声に聞こえるんだよー!!!(病気っぽい

そういってコトはアラタマでいままでの『京騒戯画』の世界をぶっ壊してリブート(再構成)します。このシーンもまた新しいものを作ろうという制作者の想いが伝わってきてめちゃアツくなりました。
そして物語の中で物語をぶっ壊すってのはやっぱ面白い。アラタマでガシャーン!とやるのも爽快感があって好きです。
アラタマでぶっ壊してるのは「鏡」でありテレビ画面の液晶でもあると勝手に思っていますw
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そして明恵上人(=制作者)だという視点に立つなら、上人がじぶんの存在理由を確認するシーンは非常に重要です。
「消えないで、先生」とコトに訴えられ、上人はそこに愛があることを感じて「うん」と返事をします。すると『京騒戯画』は上人が存在してもいい世界に再構成されます。
それでもまだイジけてる上人に父親である神は「いるだけじゃいかんのか?理由としちゃそれで十分よ」と諭します。
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このあとの上人が自分の存在を認めて笑顔を浮かべるシーンでは、
制作者もこの作品を認めることができたのかなー、でもそれってすごい自己完結してるよ!!と思えてとても面白かったですww
でも『京騒戯画』がすごいのはメタ視点をもって見ると「在ってもいい」と上人が納得することで『京騒戯画』という作品自体が「在ってもいい」ことになるところです。
キャラクターが自己肯定すると同時に作品自体が作品を肯定(救済)してるんです。
これってすごいです。そのような構造のおかげで『京騒戯画』という物語はきれいな球体のように閉じているように思えます。

まとめ

僕はこの作品があってほんとに良かったなと思います。もちろんほかのたくさんのアニメについても同様です。
「在るだけでいい」というメッセージは優しいもので、まず在ることで偽物の世界でも、偽物の家族でも、どのようなアニメ作品でも、そこに関係性が生まれて、愛が生まれるっていうのは希望があって好きです。
スタッフのみなさんには『京騒戯画』という作品を生み出してくれた感謝でいっぱいです!

  

2013-12-14

いま女児向けアニメを見ていないオタクは今すぐオタクを名乗るのをやめるべき

最近ちょっともったいないなーと感じることが多いことがあって
僕は周りに日常的にアニメを見るという人たちが結構いる環境にあるんですが、
深夜アニメは見ていてもアイカツ!プリティーリズムRLを見ている人は圧倒的に少なくて、そのことがとてももったいなく感じてしまうんですよね。
なぜかというと僕はいまのTVシリーズアニメではアニメ史に残るような面白いことが現在進行形で起こっていて、そして女児向けアニメはそのことが一番感じられる場所ではないかと思っているからです。

いまアニメで何が起こっているのか?

それは3DCGの急激な進化です。
いま放送されているTVシリーズアニメでは3DCGの進化が日進月歩でおこなわれています。
5年前だとモブや背景の車などが3DCGによって描かれるのは劇場アニメにしか見られないことでした、しかしいまでは多くのTVシリーズアニメでそのような3DCGの使われ方がされていますし、
今期放送中の『蒼き鋼のアルペジオ』は全編が3DCGで作られています、ほかにも機体が3DCGで作られたロボット物の『マジェスティックプリンス』など、アニメにおいて3DCGの技術はもはや切り離せないものになってきています。
この流れはますます加速していき、10年後のアニメという表現媒体において3DCG技術が重要な位置を占めることは容易に想像できます。
そしていまは3DCGという技術がTVシリーズアニメで使えるレベルに達して、試行錯誤し、日々進化しているのをリアルタイムで感じることのできる時代だと思います。そんなものを見せられてワクワクしないはずがありません!


最先端をゆく女児向けアニメ

じゃあ何故それがアイカツ!プリティーリズムといった女児向けアニメを見るべき!―――という大きな物言いに繋がるのかというと、
3つ理由があります。

  • 長いスパンで視聴できる
  • CGパートへの力配分が多い
  • 毎週見れる

という3点です。順番に解説していきます

長いスパンで視聴できる

最近の深夜アニメは1クール(12話)や2クール(24話)で3ヶ月ほどで終わるものが多いです。一方、女児向けアニメは1年を通して50話ほど放送するものが多く
アイカツ!は現在2年目に突入して現在61話まで放送されています。
1年という長いスパンでやっているからこそ同じ作品の中で技術レベルが上がっていっていることが実感としてわかります。
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例として初期のアイカツ!のCGパートと今のCGパートを比べてみるとその違いがわかると思います。
これは放送されている中で試行錯誤を重ねた結果、進化してきたのだとハッキリと感じることができます。

CGパートへの力配分が多い

アイカツ!ではほとんどの回で3DCGで作られたライブシーンパートが必ずあります。
これはアーケードゲームアニメリミックスさせたためというビジネスからでてきた作品構造ではあるけど
そのためにビジネス的要請からライブシーンは非常に力の入ったクオリティの高いものになっています。(たぶんすごいお金が投入されてる・・・)
その結果、子供だけではなく大人も楽しめるハイクオリティなものがほぼ毎週放送されるという状態になっているんです。なにそれ怖い。
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毎週みれる

前項と少しかぶるけど、3DCGによるライブシーンがほぼ毎週楽しめるというのは贅沢すぎる。
しかも毎回工夫をこらした演出があり、新しいものを見せてくれる。ライブ感をもってそれらを感じることができます。
1年間という長い期間付き合ってきたキャラクタが晴れの舞台にたつ姿がみられるというのも大きな魅力ですね。

まとめ

3DCGを使ったアニメーション表現の進化をリアルタイムで追いかけて目撃することはいつも僕に新鮮な感動を与えてくれます。
きっとCG技術者は今はやりたいことがありすぎてきっとすごく楽しいんだろうなーと想像してしまいますし、視聴者として僕も
毎週どんな表現が生まれてくるのか楽しみにしています。もう毎週の生きる希望がプリリズになっています。
最近だとプリティーリズムRLのジュネ様のプリズムショーがあまりに凄すぎて泣いちゃいましたし、
アイカツ!の風沢そらのライブシーンはPV的な演出を取り入れていて、まだまだ新しいものが出てくるなとワクワクしました。

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というわけで今日は女児向けアニメを薦めたいがために、3DCGパートに注目して記事を書いてみました。
この「イマ」を目撃してないアニメオタクはこれからオタクを名乗れないとおもうけどな。
いや、書かなかったけどストーリーもいいんだよ!王道で!! ラブライブ!カレイドスターが好きな人は好きだと思うなー。
すこしでも興味がわいたらアイカツ!プリティーリズムを見て欲しいです! 後悔はしないと思います。
そして少しでも仲間が増えれば嬉しいんじゃ〜(>w<

  

2013-11-18

風鈴がでてくるアニメをまとめてみた。

どうしても気になる存在

アニメに出てくるモノの中でなんだか気になって、どうしようもなく好きなものがあります。
それが「風鈴」

なんでかは上手く言語化できないけど、たぶんスィーリア先輩がテディベアが好きなことと似たようなものです!

注意してみていると風鈴ってけっこう色々なアニメに高い頻度ででてくるものだとわかってきました。
そこで、今回はアニメの中で見つけた風鈴シーンをまとめてみました。

うる星やつら ビューティフル・ドリーマー


自分が風鈴を意識するきっかけになった作品。
なぜか友引町から出られないことが判明し、一夜明けて登校のシーン。
しのぶが路地裏に目を向けると風鈴屋が横切り、合わせ鏡のような路地裏空間に閉じ込められてしまい、そこには無数の風鈴が舞っています。
ビューティフル・ドリーマーのなかでもこのシーンは非常に幻想的で大好きです。夜の街へ買出しに行くシーンと双璧ですね。
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攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG


第11話「草迷宮」に風鈴が登場。
素子が夢のような商店街に迷い込んだ直後に風鈴がありました。
風鈴のつかわれどころがちょっとビューティフル・ドリーマーと似ていますね。そもそも攻殻神山健治監督は
ビューティフル・ドリーマーをつくった押井守監督の弟子といえるので、もしかすると意図的なオマージュだったのかもしれません。

ドキドキ!プリキュア

第26話「ホントの気持ちは?六花またまた悩む!」に登場。
甘味処でお茶をしている主人公たち。六花が将来のゆめについて悩んでいると、風鈴が鳴って隠れていた亜久里へカメラが移るというシーン。
正確にいうと風鈴そのものは映ってないです^^; 風鈴の音がなるシーンではカキ氷の旗がたなびいてるのがみえる。

作中での描写はとても夏っぽくてBGMにはセミの声も入っています。最初のシーンで主人公たちは強い日差しの下でスイーツを食べているんだけど
そこで風鈴の音が鳴って、それをきっかけに暗く涼しげな室内にいる亜久里へカメラは移ります。
明暗、温度のコントラスト契機として風鈴の音がうまくつかわれています。
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のんのんびより

第4話「夏休みがはじまった」
いままであげてきたのとは違って今度は「鳴らない風鈴」です。
夏休みが始まってれんげが軒下でダラけているシーンで風鈴が映し出されています。
けれどここで映し出される風鈴は弱い風にふかれている描写があるものの鳴りません。弱い風はたぶんれんげが回している扇風機の風かな。
ここでの風鈴がならないという演出は、このシーンはれんげが「何も起こらない田舎に退屈している」という気分だから。
http://farm4.staticflickr.com/3699/10922647586_0e9c305ba3_o.jpg 
そして、実は話のなかでもう1度風鈴が登場して、今度はちゃんと鳴っています。
それはどういう場面かというと、短い夏休みの間だけ友達だったほのかちゃんかられんげへ手紙がきて、それを読み上げてもらったシーン。
ここで再び「風鈴」が登場して鳴るのは何故かと考えると、元通りの退屈に戻ったように見えて
ちゃんと友達が出来ていたれんげへの「祝福」の意味かな?と思います。

まとめ

こうしてまとめてみると「風鈴」というひとつの道具を演出で使うにも様々な使い方があることがわかりました。
もしアニメに登場する道具ひとつひとつが意味をもっているなら、それはとってもすごいなって。(某魔法少女風に
じぶんが見たアニメはまだまだ少ないので、見落としがたくさんあるというか見落としまくりだと思いますがとりあえずまとめてみました!