アイザック・H・ジョーンズ『世界のエグゼクティブを変えた超一流の食事術』(サンマーク出版、2016)
何が良い油で、何が悪い油なのか、どこに糖質がひそんでいるのか、等々について、基本となる考え方を具体的に分りやすく説く。
あまりにも大事なことを、米日の食事を比較しつつ説明し、広い視野も得られるので、食育の副読本あるいは教科書にしてもよいのではないかと思えるほど。
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内容にふれる前にひとつ問題がありそうなので、それを先に片づける。
あるユーザ書評が本書について根本的な疑義を提出しており、それがもとで評価が影響を受けかねない。
そのユーザの疑義は、著者の経歴や資格に関するものだ。いわく、著者の出身は無名の大学である、著者は「医師」ではない、というもの。そんな書に騙されるなという趣旨である。
これが事実であれば、その疑義には正当性があるが、評者が調べたかぎりでは、ユーザの疑義は誤解である。著者の出身大学はカイロプラクティク専門大学の Life University (Marietta, GA) であり、著者の取得した学位は Doctor of Chiropractic (D. C.) である。
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本書の監修を担当するのは、白澤卓二で、学位は医学博士 (Doctor of Medicine, MD) である。なお、ユーザが用いた「医師」とは、日本では医学部医学科を卒業し医師国家試験に合格して医師免許を取得した人のことで、医学博士とは異なる。医師を英語では doctor とか medical doctor というので、ややこしい。
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読者としては、上記の経歴や資格のことよりも、書いてある内容がどれほど確かなことで、それがわたしたちの生活にどう関係するかのほうが大事だろう。その観点からゆくと、本書はきわめて満足度が高い。
本書には翻訳者名が記されていない。本書を読むと、著者が日本に来て打合せをしたことが書いてある。おそらく、米国の事情のみを書いたのでは日本の読者には分りづらいので、日本の事情とのすり合わせをしたのだろう。読者にとっては有難いことだ。そういう打合せの成果か、文章は読みやすい。
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〈アブラを摂ると健康に悪い〉との観念は広くゆきわたっている。が、これが間違った考え方であり、そのアブラ=悪者説が60年前に始まったことが本書に記されている (2章〈「アブラは体に悪い」という誤解はなぜ広まったか?〉)。
1950年代にミネソタ大学生理学教授のアンセル・ベンジャミン・キーズが〈飽和脂肪酸 (動物性脂肪) が心血管疾患を引起こす〉とする仮説を発表した。本書は、それについて、簡潔に「このときのデータは意図的に操作されていた」と記す。
ひかえめな書き方であるが、これは実は、砂糖業界に都合の良い結果となるよう操作されたのだということが、2016年のカリフォルニア大学サンディエゴ校 (UCSD) のクリスティン・カーンズ博士らの研究で明らかにされているのである ('Sugar Industry and Coronary Heart Disease Research', JAMA Internal Medicine, November 2016)。
何と真実は60年間も封印された。その間、世の健康観は大きな影響を受けてきた。かく言う評者もそのひとりで、ローファットが健康に良いと信じて疑うことは、本書を読むまではなかった。
本書によれば、〈実際には「良いアブラ」を摂ることで心臓病のリスクは減ったはず〉だという。まったく逆だ。
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本書は、評者のようにローファット信者であったひとには、コペルニクス的転回をもたらす書である。
本書を読んだことがきっかけで人生を転換させた医師、石黒 成治の著『食べても太らず、免疫力がつく食事法』(2020) を読んでいなければ、本書にめぐり合うこともなかった。健康的な人生を真剣に考えるひとにおすすめする。