思い出しておこう−イメージと言語と身体と歴史と

2016-12-25 子育てとdual meaning

孫は近くの民間が経営する認可保育園に通っていて、そこでは2歳児クラスから「ハロータイム」という英語教育プログラムが週1で行われている。

それで家でも数を覚えるのに日英語で練習している。

まだ両手の指で「7」を作る練習もしているのだが、面白いことに気付いた。

指を9本出して「nine」、といってから両手を隠して「ない」というとすごく喜ぶのだ。

つまり三歳児にして誹諧のセンスは大ありということだ。


それで少し子育て中の事件を振り返ってみた。


まず、長男が小学校にあがって最初に上級生に遊んでもらったのがダジャレ遊びで「車は急にとまれない」というものだった。交通安全の相言葉を「9番のゾーンには駐車不可」とかけたものだが、我が家ではオトーサンは古典落語の蘊蓄では相当頑張るのだがオヤジギャグは嫌いで、そういうたぐいの会話がなかったから、長男にはそうとうインパクトがあったようで後々まで繰り返していた。

次がこれは兄妹とも気にっていた『おかえしのおかえし』と呼んでいた本をしつこく読まされたこと。

森の中に住んでいた狸の母子の隣に狐の母子が越してきて、引っ越しの挨拶をもらったお返しからお返し合戦がはじまる。何回も繰り返して、そのたびに「おかえしのおかえしのおかえしの ・・・・・・  お返しです」といわなくてはいけない。

そして驚くべきことに二人とも正確に繰り返された「おかえし」の数を認識しているのだ。

だからこっちがうっかり少なく言うと結構本気で「ちがう」と怒るのだった。

少したってからは、ニヤッとしながら数を間違える、という遊びをするようになって、二人とも私の表情を見ながら本気で怒るべきかどうか思案するようになっていった。

最後は絵本「のんたん」。

これは以前「クレヨン・ハウスとノンタンhttp://d.hatena.ne.jp/midoka1/20150501」でとりあげた


この本がなぜ1〜2歳児に人気があるのかと考えていくと、

これは「自他の差異」の解説書だからだ。


そう考えると

「おかえしのおかえし」は状況の差異で

「車はきゅうに止まれない」は文脈の差異。

そして「nine・ない」は形象の差異ということになる。

2016-10-30 『神話・伝承の研究;塚田六郎』

以前に書いた『祭暦』とつながる本に出合った。

http://d.hatena.ne.jp/midoka1/20060602


この本の早い時期にオウィディウス(bc43-bc17)のことが出ていて、ギリシャ神話の体系化は

この人の『転身物語』が基本文献だとあった。原義の「メタモルフェーゼ」は蛇や虫の変態という理科用語となっている。

ところが、この変態の過程の「羽化」となると「アブダクション/飛躍」ともいわれ、メルロ・ポンティの重要概念につながるから注意が必要。

2016-08-18 『持統天皇歌軍法;近松門左衛門』

謡曲「蝉丸」のことを調べていたら、近松にも同名の作品があるということで図書館で探していたら、万葉集28番がらみの作品もあることが分かった。 

『近松物語;渡辺保 2004』

内容は、継子の春彦の尊、第一皇子と実子夏仁親王のどちらを皇太子にすべきかの迷いから起きたドタバタ劇。鉤になるのが夏仁親王のお妃候補の土着民のむすめ長歌という名の娘。最後は万28の歌の呪力によって夏仁親王側の勝利に終わるというもの。

著者はこの話全体が天皇制をめぐる血統主義の神話と対する武家側のプライドの絡み合いと見立てている。

2016-03-02 称号「女帝」は卑称ではないのか

  正月のNHK伊勢神宮にかんする番組のビデオを見ていたら、持統天皇に関する記述として「持統女帝」という文字列があたかも「日本書紀」に出てくるような構成があった。

  だが日本書紀にはそもそも「女帝」の文字列は一つも無い。

  たとえ、有標化が必要だとしても、「女性天皇」を詰詘したとしても「女帝」となる理由はない。考えられるのは「女性皇帝」を詰詘して「女帝」を導くという方法だけ。

  これは事実上「日本国の天皇」とは認めない、あるいは認めがたいという底意を指事するのではないか。

   番組に顔を出していた国際日本文化研究センターの名誉教授の立ち位置には疑問がもたれる。このような文化程度の京都に文化庁が置かれるようになるのははなはだ心もとないことだ。

  奈良の高松塚古墳での失態もあるわけで、技術水準自体にも疑問符のつく地域と考えたい。

2015-09-11 元明天皇は藤原不比等の傀儡だったのか?

  国土交通省のホームページに東京一極集中を排して国土の多極化を進めようという趣旨の論文が掲載されている。

http://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/iten/service/newsletter/i_02_70_1.html

主張についてコメントするつもりはないが、論運には困ったことが挿入されている。

  というのは国際日本文化研究センター名誉教授  千田稔氏の文章に平安京の全盛時代を築いた藤原氏の祖先の藤原不比等を一方的に持ち上げている部分があるからである。

引用しよう

「そのための、藤原氏の大舞台、つまり首皇子天皇としてデビューを飾るべき場として、奈良盆地の北の端に新しい都・平城京を作ることが決意されたのである。

藤原京三代目の元明女帝は、平城京への遷都に反対であった。その理由はいうまでもなく、藤原京は天武天皇がうちだしたプロジェクトの都である。つまり「天皇の都」である。

それに対して、平城京は藤原氏という官僚がおのれの氏族の力を誇示する都である。はっきりといって「藤原氏の都」である。元明女帝は気がのらないまま、和銅3年(710年)に遷都に従わざるをえなかったのである」

引用おわり



    このブログでは既に、国際日本文化研究センター名誉教授の論文についてコメントしてきている、思い出しおこう

■;『蛇と十字架』

      http://d.hatena.ne.jp/midoka1/20060625

     ここでは、安田 喜憲氏の著作を取り上げた。そこでも書いたが本文の大要は黄河文明いっぽんやりの中国文明理解のありようへの対抗として揚子江文明を取り上げたもので、主張にコメントする理由はない。がやはり挿入句に自虐史観が丸見え。引用しておこう。

  「キリスト教を背景とした近代ヨーロッパの圧倒的な物質文明の前に、日本の伝統的な動物観は崩壊を始めた。それをいやがうえにも加速化し、決定的にしたのは高度成長文明である。それは里山の荒廃と軌を一にしていた」

   これは私の若い頃、中村真一郎氏らが「デカルトの要素還元主義が西欧を堕落させ、これに影響された日本近代も堕落した、という自虐史観と悪いのは東アジアに侵攻してきた西欧の所為」という子供じみた文明史観の継承。

    現在は研究者の若返りも進んでいるとは思うが、こういう先人のメガネにかなった若い人が、過去の過ちを反省するどころか西欧が悪いという野郎事大史観とその反動としての自虐史観、さらにはもっとおぞましい女性蔑視史観にまみれていないかよくよく注意していきたい。

   すくなくとも国交省のホームページで公言するようなことはやめてほしい。