ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

地井武男

 彼は俳優座養成所の15期だとテレビで知った。同期の中には原田芳雄前田吟林隆三小野武彦夏八木勲村井国夫秋野太作浜畑賢吉高橋長英栗原小巻とひと癖もふた癖もある俳優ばかりだ。最近亡くなった芸能人の中では地井武男は毎朝テレビで見かけていただけに、なんとなく親しみを覚えてしまう。どんな人だったかも知らないのに。若い時の彼がテレビで演じているのは好きじゃなかった。「北の国から」くらいからだろうか、見る様になったのは。尤もあの頃、私が日本から離れていて他に選択肢がなくてあのドラマのビデオを見る様になったからだったのではなかったか。
 だから、彼をよく見る様になったのは「ちい散歩」が初めてだったのだろう。それでも彼が下手な水彩の絵を描くのを見て出かけてみたことも何回かあったのだ。人の一生なんて短いものだとしみじみ思う。私もそろそろ終焉の支度をしなくてはならないのだろうか。

お富士さん

 家の近所にもお富士さんがある。富士浅間神社である。かつての富士講を彷彿とさせる。この時期になると植木市が開かれる。かつてはたくさんの植木露店が並んで多くの人出で賑わった。ここでクチナシやら買った記憶がある。滅多にいかなかったけれど、久しぶりだから行ってみようということになった。行ってみたら露天の数が驚くほどに減っていて、昔日の感は全くない。夜店ばかりで植木屋さんが少ない。時期だけに売っているものと行ったら山野草の類や盆栽の様なもの、釣り忍、苔玉、なんてものが多い。なんでこんなに植木屋さんが減ってしまったんだろう。どうも払わなくてはならない出店料というものが高くて出店しても元がなかなか取れないのか、植木屋さんがどんどん減っているらしい。そうなると人も集まらなくなる。こちらもデフレ・スパイラルなのだろうか。結局何も買わずに帰ってきた。

大飯原発

 ついに再起動。外では抗議の人たちと退治していた機動隊が強引に押しまくって抗議の人たちを蹴散らかしている。民主党野田佳彦がやろうとしているのはこういう政治なのだ。牧野とかいう副大臣は抗議の人たちが道路を封鎖していたので、海路原発に入ったのだそうだ。君がそこに行ってなんの足しになるというのだ。安全性が上がるとでも思っているのか。なんの役にも立たない。それが野田のやり方だ。それだったら、関西電力幹部の家族でもそこに連れて行ってみたら良いんじゃないのか。

何でも見てやろう


 いわずとしれた今は亡き小田実のヒット作である。私の書棚にあったのは河出書房新社から発刊されたもので、Kawade Paperbacksの1番である。その後河出のペーパーバックス・シリーズはどれほど出版されているのだろうか。「今や国際的流行のパーパーバック時代」だからと終わりに書いてある。
 1962年7月15日初版とされていて、それからたった2ヶ月半後の10月1日には六版発行とされている。どこで手に入れたのか、古本屋で買ったのであれば、どこかに値段が鉛筆書きででも書かれていないかとぐるぐると回してみたら、これは近所の図書館から放出された廃棄本の一冊で、多分入手した旨このブログのどこかで書いていることだろう。
 で、中身なんだけれど、実は活字が小さくて、小さくて、今の私にはどんな老眼鏡を掛けてもよく見えない。多分天眼鏡片手に読むということかなぁと思ったのだけれど、これとて自炊して画面上で大きくして読めば良いんじゃないか!と目覚めた次第。早速自炊に取りかかる。

すべてはあそこから

 昨年の3.11以降、大きく世の中が変わってしまった。福島の原発があんなことになってわかってしまったことがたくさん出てきた。しかも、その大半はもう何十年も前からわかっていたことで知っていて知らない振りをしてきたことばかりだ。
 廃棄物はどうするんだとずっといわれてきた。六ヶ所村になんか造っているのは知っていた。しかし、あれは最終処理ではないのも知っていた。海洋に投棄したという話も知っていた。新しい原発が建設されると決まって、現地では反対派と賛成派で必ずぶつかり合ったものの「このままだったらこの村(街)はにっちもさっちも行かなくなるんだぞ」という声が「放射能は怖い」という声を「科学的根拠がない」といって封殺どころか蹂躙されてきたことも何度も見てきた。
 それでも直接自分には関係がないと見てみない振りをしてきた。反対運動に現地に行くなんてことは一切したことがなかった。だけれども、原発霞ヶ関が仕切っていたのだから、私の責任じゃないんだからと自分に言い聞かせていた。それでも、原発を動かすということは廃棄物を作り続けることであって、放射能が拡散する危険性をどんどん作り出しているのだということも知っていた。知っていたのだから余計に始末が悪い。私たちの年代は第五福竜丸のことを知っている。水爆マグロという活字が新聞に載っていたことを知っている。久保山愛吉という人の名前を知っている。だから放射能が人にどんな影響を与えるのか知っている。それなのに、原発を建設するのは危険だと反対しなかった。
 こんな事になる前は自分に責任がある訳じゃなし、と思っていた。
 こうなってみたら、自分だけじゃない、経産省の役人も、電力会社も、三菱重、日立、東芝のメーカーの誰も責任を取るというつもりはない。じゃ、誰が原発をこんなに広げるという国家方針の責任を取るのか。
 こういう未完成なシステムを危険を承知で見逃してきた政治家たちの跋扈を許してきた選挙民の責任だといって良いだろう。つまり、私たちは個々の政治家を見張っていなくてはならないのだ。
 汚染された土壌の土地に魚市場を持っていくことを積極的に勧めている元不良小説作家をそのままと知事に選出し、保坂展人衆議院議員から落選させた東京都民は間違っている。

2012年06月30日のツイート