Hatena::ブログ(Diary)

r_shinehaの日記

2013-08-20

福島県浪江町の光景(2013年8月19日)

お盆のお墓参りをしに、浪江町に行ってきた。
(今年の4月の避難区域再設定以降、4月と5月に来ていたが、3か月ぶりの浪江だった)

家の中で、祖父・祖母の品の回収をした。
そして、町内の光景を撮影した。

なんというか、やっぱりね、人がいないってのは、言葉にならないのです。


また、夏という事もあり、草木が道や家にかぶさっていた。


以下、写真を何枚かアップさせて頂く。
(またいくつかの写真は、4月と比較する形で、以前の写真も併せてアップさせて頂きたいと思う。


※またTwitterにアップした写真については、kei_sadalsuudさんがまとめてくださいました。
この場にてお礼申し上げます。
ありがとうございます。
http://togetter.com/li/551257


以下、写真
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浪江町にある祖父の家。
玄関の方から
(2013年4月11日撮影)

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浪江町にある祖父の家。
庭の方から
草木が伸びて、家の中まで入ってきている。
(2013年8月19日撮影)

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診療所だった浪江町にある祖父の家、診療所の入り口の方。
(2013年8月19日撮影)
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浪江町にある祖父の家、玄関。
少し前にあった地震で、壁が更に崩れてしまった。
外の光が入ってきている。
(2013年8月19日撮影)
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地震で崩れてしまった印刷所
(2013年8月19日撮影)
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浪江町内の様子。
(2013年4月11日撮影)

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浪江町内の様子。
※4月のものとは撮影方向が逆
道端の雑草がかなり生えてしまっている。
(2013年8月19日撮影)

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請戸川
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海の近く

津波で流されてしまった橋
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打ち上げられた船
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津波で流されてしまった場所
草木で見づらくなってしまっているが、流されてしまった家の跡がいたるところにある。

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波で壊され、流されたた車、トレーラー
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2013-04-17

福島県浪江町の光景(2013年4月11日)

避難区域の再設定により、一時的にであれば入れるようになったので、福島県浪江町に行ってきました。

プライベートな理由としては、傾いた祖父の家の状況やお墓の確認。
また公的な理由としては、震災の被害を受け、更に2年の間アイソレートされてしまった地域が今どういう状況なのかを肌で知るため。
(一応、プライベートな要件を含むので、一応有給休暇の形で行った)


※今回は、粥川準二さんにご同行いただき、お世話になった。お礼申し上げます。
※※また、このエントリーの前にTwitterでの連投を、kei_sadalsuudさんがまとめてくださっています。http://togetter.com/li/486658


以下、全てではないけれど、ブログの方にいくつか、今の浪江町の光景をアップしておこうと思う。
(自分の低スペックのせいだが、デスマが続いており、全然更新できていなかった・・・)



福島県浪江町の一角の光景−2013年4月11日撮影>

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地震で崩れた祖父の家。祖父が他界してからは人は基本いなかったが、木造の古い家は、地震で二階部分が崩れてしまった。
また全体的に傾いている。
二階部分が崩れて屋根も抜けてたりするので中の壁にはカビが生えてしまっていた。



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祖父の家の中、トイレに行く廊下の部分


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祖父の家の中、食堂


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祖父がやっていた病院の入り口部分


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一応、不法侵入ではないことの証明として。
この家は、標葉一郎の自宅兼病院だった。


次は、浪江町内の光景。
※出来る限り別の個人の方や商店の名前が入っていない写真を選んでアップしています。

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そして、請戸湾付近の光景

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再び町内の写真。
請戸川の桜並木。
綺麗に咲き誇っています(だけど人がいない)。

ただ、ここで運よく浪江町に住んでいた方が丁度来られていて、お会いすることができた。
祖父の病院にも来て頂いたことがあるという。
今は福島市に住まれているらしい。

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2012-07-27

若手による雑感(根拠の薄い妄想)−その2

前エントリーでは、標葉という個人が、なんでまたSTSなんていうロクでもない分野に足をつっこんでしまったのかについての個人体験記を書きました。

若手による雑感(根拠の薄い妄想)−その1
http://d.hatena.ne.jp/r_shineha/20120726/1343309955

そして、この2つ目のエントリーでは、少し「STS」という分野自体について、ややメタに雑感を垂れ流してみたいと思います。

また、この次の第3回目のエントリーにて、結局STSが、3.11以前に何をしてきたのか、そして3.11以降に何をしていたのか、という点について、「(ある特定の)STS研究者個人」、「STS研究者一般」、「STS学会」、「STSという分野」といったレベルごとに、個人的な雑感と反省を書きたいと思います。

※ここからの話は、この分野に来て10年も経っていない若手の、根拠の薄い個人的雑感(妄想)ですので、例えば分野や学会の声を代表するものではありません。その点、強調しておきます。

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また、林岳彦さんが以下のエントリーを投稿されています。
Take a Risk: 林岳彦の研究メモ
http://d.hatena.ne.jp/takehiko-i-hayashi/20120726/1343232391
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<二つの略語としてのSTS

STSという言葉が話の中で躍る際に、個人的にいつも気を付けている(または気になる)のは、その人がSTSという言葉をどういうニュアンスで捉えているのか/使っているかだったりします。

STSという略語は、実は二つの言葉を含意しています。
一つは、Science & Technology Studies
もう一つは、Science, Technology, and Society
です。

個人的には、このどちらの言葉を念頭に置いてSTSと言うかで、少しずつSTSという言葉に込められる意味だとか期待される役割が異なってきて、逆にいえばそのための議論の擦れ違いなんかもあるのかなあと思っています。
敢えて、すっごく乱暴に言うならば、
"Science & Technology Studies"は、あくまで「研究」を志向する感じ(基礎研究?)。
"Science, Technology, and Society"は、「研究」を用いた「実践」を志向する(または実践を研究にする)感じ(応用研究?)。
(識者からの「はぁ??」って声が聞こえてきそうですが、あくまでなんとなくまとめると?って感じくらいの緩さでご了解いただければ・・・)

一言で言えば、「STS」といっても、関心や問題意識からアプローチまでかなり多様ということになります。

STS自体は、例えばT.クーンの「科学革命の構造」などを源流としつつ、アメリカ欧州で少しずつ違った展開をしたような感じもあるかなあと思ったり、想像したりしています。その中で、

>「科学知識の社会学」や「実験室研究」といった"Studies"なイメージの強いものと、
>(ある種の運動的な性格をもった)"Society"的志向性(より強く正統性を問いかけるとか、科学技術のよりより民主的意思決定について取り組む感じ)のもの

これらが相互に関連・参照しつつ、時に分断しつつ、混在(または協働)してきたというイメージがあります。
(しかし、きちんとリファレンスを元に記事を詰めれば、もう少し確度をもって言える気がしますが、そこまでする時間がないので、これはなんとなくここ5,6年の間に業界に入ってきた一個人の偏見と直感によるかな〜り適当なイメージに留まるものです)

ただ、まあこういう複数の志向性が混在・共存していることからの混乱や誤解が色々ありそうだなあという気がしたので、敢えて書いてみた、、、という次第です。
(なんとなくですが、"Society"的な方向性でSTSを捉えている方が多いのかなあという印象を受けています)

※1:ただ、後で再度少し触れますが、こうやって分けてみること/恣意的な分類での議論の弊害も当然色々とあるわけですが・・・

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<二つのSTSの擦れ違い?/袖すり合うもまあ色々とあるよね>

っという訳で、既にして、つらつらと根拠の薄い印象論を書いてきました。
一言で「STS」といっても、関心や問題意識からアプローチまで、まあなんだか色々とあるんだなあ〜ってことを感じていただければこれ幸い。

もちろん、恐らく言うならば、"Science & Technology Studies"的なSTSと、"Science, Technology, and Society"的なSTSは、勿論根本のところで切り離すことはできないものであると思います(そして個人的にはそれがSTSの面白いところだとも思っていて、最近は出来る限り行ったり来たりしようかなと思っているのですが)。

ただ、まあ、逆にいえば、STSというのは一枚岩ではなくて、中で色々と批判があったりします。
すっごい乱暴にシンプライズするならば、

「"Society"系の連中は、ちっとも"Studies"が出来ていない。学術としてなってない。けしからん」

っていうような声もあるような気がしますし、

「"Studies"系の連中は、結局目の前の問題に関与してくれない。実践的なことを分かってくれない」

と言うような声もあるような、ないような。
(で、まあそれぞれ、イメージしているモノが少しずつズレていたりね・・・)

まあ、ここまでデフォルメな感じのものは実際には少ないにせよ、例えば学会や分野の内部での議論とかでは、それぞれの立場や問題関心・専門性からの歯に衣きせぬ批判のやり取りがあったりします。

個人的には、そういう間を行ったり来たりして、場合によっては上手く結び付けられればなあと思っていますが、まあ
上手く出来るかはまだ分かりません。
(でも、こういうのは、雑種な背景を持ってる私の役目だと思ってはいますが。)

ただ、まあ学会や分野の中でのこういうやり取りって、どうしてもなかなか外には勿論見えにくいよなあとか。
かといって、学会の年次大会の議論を全部中継して公開するってのも難しいので、まあ基本的には見えない。
で、そこに見えないっていう批判が来るのは、まあ仕方ない気もする一方で、困ったなあでもあるのですが・・・
(なので、せめてってことで、最近は学会事務局というか私の方で、年次大会や公開シンポジウムハッシュタグを設定したりはしているのですが、まあ次の手をどうしようかなあというのは思案中)

※2:因みに言うと、STS学会には現在で500人強くらいの会員がいますが、実際に年次大会に来るのは200人程度で、また発表などをする(また懇親会に来る)のは100人弱っていう感じです。更に割とアクティブに色々している人となると、まあせいぜい数十名くらい?でしょうか。また学会には大学の研究者だけでなくて、高校の先生や行政関係者の方もいらっしゃいます。

※3:学会の会員数は、2005年の科学技術振興調整費などで科学コミュニケーションが振興されるようになって増えたりしています(つまり科学コミュニケーション関係者の会員が増えた)。またその振興にSTS(と一言で言うと乱暴にすぎるのですが)がある意味での積極的な関与をした所もあります。逆にそれによって年次大会での発表内容のマジョリティにも変化があったり、考えるべきことや視野に入れないといけないことが増えたり変わったり、(良くも悪くも)そういったことについて色々な思いを持っている人がいてみたり、とまあ、色々ある気がします。
(ちなみに言えば、STS学会」事態は、設立の経緯からして、御用学会の性格は否めないものでもありますが)

有用性」とか「役に立つ」云々といった所も、その中で一つ焦点として浮かんできた節があるような、ないような・・・
(でも、その時に想定されているSTSって多分、"Society"的な志向性のものに偏っている気はするなあとか。)


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はてさて、上で開陳した妄想的垂れ流しですが、一応なんとなく関連しそうなものを一つだけ簡単に紹介しようかなと思います。それは、

Sergio Sismondo (2007)
"Science and Technology Studies and an Engaged Program"
in E.J.Hackett et al (eds) "The Handbook of Science and Technology Studies Third Edition", MIT Press.
http://amzn.to/PPCam6

の中の議論です。

※昔、この論文レジュメ作ったのですが、どっかいってしまったので、適当に流し読みしたのと大分昔の記憶を頼りに書いているので多分かなり不正確です(いずれ時間があったら補足・修正します)。

※※因みに、Sismondoは次の教科書も書いています
S.Sismondo (2010)
"An Introduction to Science and Technology Studies: Second Edition"
Wiley-Blackwell
http://amzn.to/PPBZqM:title=http://amzn.to/PPBZqM
]
(因みにこのテキストの中では、“STS examines how things are constructed” (p200)というような次のような言明があってちょっと面白かったり、個人的には腑に落ちてみたり・・・但し、Sismondoの基本的なスタンスはこの一文に表れている気がします)


さてハンドブック第三版の中の論考を詳述するのは中々しんどいのですが、Sismondoは、S.フラーのSTSにおけるHigh ChurchとLow Churchといった類型での議論も引き合いに出しつつ(上で言う所の基礎と応用/StudiesとSocietyに対応するかなあと)、その分類ではそれぞれのChurchの間にある橋を見過ごしてしまうといったことも議論していたりします。
※因みに言えば、標葉の上での話は、同じような誤謬を孕む訳で、余り筋はよろしくないということになります。
(なので、あくまで、このエントリー全体の内容は、話半分の話題提供という性格のものであります)

その上で、Sismondoはその中で次のような二軸による図を提示して検討しています。そこでは分類することが目的というよりは、むしろそれぞれの領域の性格を持つ様々な取り組みのオーバーラップの可能性を見るべきだと論じている感じです。
(余り時間が無かったので、訳語は適当です、余りまともには参照しないでください)

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そして、そういった領域間の架橋に類するような具体的な例としては、例えばSteven EpsteinによるAIDSのアクトアップ運動についての研究や、Brian Wynneの研究などが言及されている感じです(他に、科学論の「第三の波」を巡る議論やJasanoff、Latourの議論などへの言及も)。

まあ全体としては、多様なSTSを架橋することについて割と楽観的な見通しをSismondoは持っているような感じを受けます。

[参考までに]
Steven Epstein (1996)
"Impure Science: AIDS, Activism, And the Politics of Knowledge (Medicine and Society) "
University of California Press
http://amzn.to/PPSq6v

Brian Wynne (1996)
"May the Cheeo Safely Graze? A Reflexive View of the Expert-Lay Knowledge Divide"
in S. Lash, B. Szerszynski & Brian Wynne (eds) "Risk, Environment, and Modernity: Towards a New Ecology", Sage.
http://amzn.to/PPTp6L

また科学論の「第三の波」に関連しては、思想の2011年6月号が特集号になっています。
http://amzn.to/PPWPq6


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ということで、再び、冗長になってしまった。
この筆力の無さは如何なものか・・・

このエントリーでは、STSといっても一枚岩ではない、そこにはいくつかの意味合いが込められていて、実際に中でもいくつかの志向性が混在していることをなんとなく徒然に書いてみました。

で、次のエントリーでは、じゃあ2011年3月以降にSTSは何をしていたのか?(またそれ以前は何をしてたのか?)について、
「個人として」、「学会として」、「分野として」、くらいのレベルに分けて、
"Studies"にせよ、"Society"にせよ、出来たこと、出来なかったこと、色々な問題・課題について、個人的に見えていた範囲で書ける所までと、それらについての個人的な反省と雑感を書こうと思います。
(ただ、色々な事情により、全部を書けるわけでは勿論ありません。そこはご容赦ください)

※4:「STS」っていう言葉が使われるときにもう一つ困るのが、そこで想定される主体が、「(ある特定の)STS研究者個人」なのか、「STS研究者一般」なのか、「STS学会」なのか、「STSという分野全体」なのか、どのレベルでの話かがよく分からなくなるので、それぞれについて分けて書こうと思います。


でも、アップできるのは、、、いつかなあ。。。。気長にお待ち頂ければ。。。

2012-07-26

若手による雑感(根拠の薄い妄想)−その1

こういう分野をやっていると、

STSって結局なにやってるんですか??」

と聞かれることが、まあそれなりの頻度であったりします。
で、先日、なんか身体が熱っぽいなあと思いつつネットをみたら、こういう話題で盛り上がっている方々がいらっしゃったので、まあこの機会に一度雑感をまとめておこうかなと思ったり。
(このあたりは、オフラインでもお会いしている方々には、まあ割とよく話している事柄な気はしますが)


STSは、"Science & Technology Studies"または"Science, Technology, and Society"の略になります。この二つの言葉については、次回のエントリーで少し突っ込んでみます。
(7月27日アップしました:http://d.hatena.ne.jp/r_shineha/20120727/1343398677)

しかし、「STSって何?/STSって何してるの?」てな広い疑問に短く答えるのは、なかなかに難しくて、まあ何から書くべきかというのは結構悩みます。
そこで、まあ以下のものに関する個人的な話とか妄想を徒然につづってみて、なんとなく感じて頂く、というやや卑怯な手段に逃げることにします。

,覆鵑STSとか始めたの(興味をもったのか)?/個人的な興味と問題意識について(なんだか自己紹介的な)
STSって何よ?/二つの略語としてのSTS
で、結局STSってどういうことしているの?/3.11以前・以降における日本のSTSについても触れつつ


当然のことながら、これらを一つのエントリーにまとめるのは大変厳しいので、3つの記事に分けて投稿したいと思います。
ですので、このエントリーでは、話のとっかかりとして、 屬覆鵑STSとか始めたの(興味をもったのか)?」について、名状しがたき個人体験記のようなものを垂れ流すことにしたいと思います。
(話のとっかかりになるの??かなあ。。。)

ですので、まあ、なんというか、余り考えずに垂れ流すかんじなので、冗長で要領を得ない記述が続きます。
また、当然のこと、色々とすっとばした雑な記述であり、精緻とは程遠いものです。
リファレンスもロクにしていない、本当に個人的な雑感でしかないものです)

予めご了解ください。


あと、一つ強調させていただきますが、以下連続するエントリーについては、

※「但し、ここからの連続エントリーで書く話は、この分野に来て10年も経っていない若手の、根拠の薄い個人的雑感(妄想)ですので、例えば分野や学会の声を代表するものではありません。」

その点、強調しておきます。


また、このエントリーの前に、林岳彦さんが以下のエントリーを投稿されています。
Take a Risk: 林岳彦の研究メモ
http://d.hatena.ne.jp/takehiko-i-hayashi/20120726/1343232391
このエントリーはリスク評価の分野にいる林さんの視点からみたSTSという形で端的にまとめられており、標葉の問題意識や理解とも多く重なるものであります。

今からだいたい3回くらいに分けて投稿するエントリーの中で、林さんの提起に少しでも補足できるようなものになればなあと思います。
(次回と3つ目のエントリーがそれなりに相補的になればと期待)
ですので、人によっては後日アップする2つ目、3つ目のエントリーだけ読んでいただく感じでも良いかなと思います。

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<なんでSTSとか始めたの(興味をもったのか)?/個人的な興味と問題意識について>

STSという分野における「問い」は色々とありますが、すっごい抽象的なレベルで言えば、例えば次のようなものが有り得るかなあと思います。
(詳しくは、次のエントリーで叙述したいと思いますが、話のとっかかりとして、適当なことを書きます)

(Q) 「科学/技術」の社会的機能とは?
(Q) 「科学的知識」の構築/拡散の過程はどのようなものか?(専門知識や研究者ネットワークに注目したり)
(Q) 科学技術(政策)をめぐる意思決定の在り方とはいかなるものか(どうすべきか)?
(Q) ある分野の「科学」の発達と社会的背景や文化との関係ってどういうものか?(優生学統計学の関係とか、宇宙開発冷戦、などはまあ分かりやすい例かもしれません)

で、例えばこういう基礎的な関心からスタートして、もう少し実際に取り組める具体的な事例やテーマにフォーカスをしていきます。
そこで、例えば生命科学の社会的・倫理的側面に興味がある人であれば、

(Q) 遺伝子組換え幹細胞研究をめぐる倫理的・法的・社会的課題の現状と背景とは?

というようなもう少しフォーカスしたテーマを取り上げて、さらに具体的な話や、より適切なリサーチクエスチョンへと降りていきます。
(例えば、遺伝子組換え生物(GMO)を事例にする人もいれば、幹細胞再生医療研究、ゲノム研究などのトピックスに注目したりしてそれぞれ調査・研究を進めていくわけです)

そして、そうやって見つけた「問い」に、社会学歴史学哲学倫理学人類学・政策科学・メディア研究などなど、いろいろな観点やアプローチを参照点としつつ取り組んでいくことになります。

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さて、じゃあ、なんでまた標葉は、STSなんて分野に足をつっこみ始めたのか?ということですが、、、

標葉が、STSという領域に足を突っ込むようになったのは、「社会の中での科学技術の位置づけ(または科学技術をめぐる社会構造)」や「科学技術の社会的機能」、「科学技術の語られ方」や、「専門知の共有ネットワーク」といった事柄に興味を持ったことによります。

大学入学後にあまりに暇だったため、時間に任せて人文・社会科学系のものをいろいろと読んでいくうちに、現代社会において外せない要素の科学技術についての人文・社会科学系テーマをやろうかなと思った次第で、、、
そこで科学と社会についてのあれやこれやについて、とくに現代的な話を幅広く研究している分野ってのはあるのかなあ?って思って調べたら、STSに行きついたって感じでしょうか。

そして、例えば、遺伝子組換えを巡る社会的な論争に決着をつけたい!とか、何かの社会問題を解決したい!とか、そういうのではなく、対象となる事柄を研究として精査することで、「(表面からは見えにくい)構造的な問題」や「(科学技術が図らずも)抱えてしまう様々な・多方面への影響力の実像」、「科学の社会における機能や適切な位置づけ」について明らかにしたいといった、非常に「基礎的」な学術的興味からスタートした感じになります。

という感じですので、これも次のエントリーで詳述しますが、例えば(遺伝子組換えを主な注目トピックとして)「科学技術への市民参加」みたいなテーマで調べていたこともありますが、少なくとも当時/比較的最近まで実践的に何かするとかは考えてなくて、あくまで"Studies"として検討するというのが当初ありました。
(ただ、実践にはさほど興味はありませんでしたが、科学技術をめぐる制度とか、科学技術政策についてはかなり興味があったので、むしろそちらの話題として調べていた感じでしょうか。)

さて、ではもう少しだけ具体的に何を興味として取り上げたかというと、学部時代にバイオテクノロジー系のところにいたこともあり、(またやはり興味はあったので)生命科学が社会において持つインパクト(PositiveにせよNegativeにせよ)、また生命科学を巡り生じる各種の問題などに注目することにしました。
例えばですが、

遺伝子組換えにせよ、幹細胞再生医療研究にせよ、これらは社会の中でどのような意味や影響力をもっているのか(場合によって図らずも持ってしまうのか)?
生命科学これまでに/これからそのような問題があったのか//またその影響は階層や地域や検討レベルの違いに応じてどう異なるのか?
遺伝子組換え幹細胞再生医療研究について、社会はどのような意識をもっているのか?
遺伝子組換え幹細胞再生医療研究をめぐる言論は、どのように展開されてきたのか(されているのか)?どのような話題に関心の中心だったのか?(を量的に検討する)
・科学技術政策の中で、これらの事柄をどう扱うのか/扱えるのか?

こういった事柄について注目しようとしてきた感じです。
海外まで含めれば、STSの分野では、こういった生命科学をめぐる様々な課題について多くの「研究」がされています。
(但し、論者によっては、それは必ずしも生命科学の社会受容を目指すものではなかったりします。勿論論者によっては逆の立場の場合もあるし。そもそも敢えてそういう結論を目指さずに現状の状況分析に徹するというのもあったり。そのあたりは、スタンスはかなり多様で、それはそれで健全な姿かなあと思ったり)
(ただある程度共通しているかなあと思うのは、「社会の構造」とか、「社会の中での語られ方」とか、「(問題をめぐる枠組みやプロセスの)正当性/正統性」、「アクター/セクターによる『フレーミング(問題の枠組み設定・優先付け)』の違い」、「関連するアクター間の関係性(人に限らずモノにも注目)」、「権力構造(力関係)」とかに注目することは多いかなあ)。

で、ここでにあげたようなトピックスを巡る議論や問題では、例えば、「科学的に正しい」とされたとしても、社会的に受容されない事象などもあり、そこには様々な背景があったりします。
(例えば国レベルでのベネフィットリスクと地域レベルでのそれが異なっており、そのために国はOKでも地域社会においては到底受け入れられないとか、また社会階層での違いとか、時間軸での違いとか)。
また、場合によっては、何かしらの事象をめぐる社会構造上の問題や、利害関係の衝突があったりもします。

そういう単純に捉えることが出来ない事柄の内実を詳らかにすることなどは、STSの役割の一つであるし、蓄積があるかなと思っています。
(海外ジャーナルまで含めれば、いろいろな研究やら調査やらデータやらが、まああるという。)
また、そのなかで(またその蓄積の下で)、林さんが先述のエントリーで端的に書かれている『社会の側から見た科学の「正当性」と「正統性」を問う』という試みをする分野なのかなという考え方はあるのではないかとも思います。
http://d.hatena.ne.jp/takehiko-i-hayashi/20120726/1343232391

そういった蓄積を参照しつつ、日本の状況や、より異なる事例や事象に目を向けて検討を行うということが必要になるのかなという意識があります。
また勿論、STSに限らず、社会学にせよ、社会心理学にせよ、経済学にせよ、文化人類学にせよ、リスク分析にせよ、etcにおいて、いろいろな関連する研究があります。
(またはそういった分野の研究者STSの研究としてジャーナルに論文を投稿したりします。あとは、STS研究者も人にそういう分野の論文を読むこと多々あります)

そういった事柄を踏まえて、標葉が力不足にもほどがあるけれど少しばかりやってきたのが(まだまだ全然できていないことが多すぎるのですが)、例えば、

遺伝子組換え幹細胞再生医療研究をめぐる社会的言論・意識の計量的分析
遺伝子組換え幹細胞再生医療研究をめぐる議論/制度・市民参加の在り方の検討

とかの分析だったりします。
(早く論文書け〜〜って声が聞こえてきそうです・・・ごめんなさいごめんなさいごめんさいごめんさい)

他にもプロジェクト調査ものの一環として、「生命科学者における科学コミュニケーションへの意識」(科コミって言葉がはやってるけれど、ぶっちゃけどう思っていますか?)の調査などもしたり。
また、より最近では、科学技術イノベーション政策に関連する研究などにも関わっています。
(科学技術政策自体は、かねてより興味があったので)

ただ、最近は、どうも大学院入りたてから数年くらいの頃のように"Studies"だけやってりゃいいだろうではなく、もう少し"Society"を意識しないといけないということを強く思うようになっています。
昔は、"Studies"が結果として"Society"に活かされればい〜じゃ〜んっていうノリでしたが、いやいや自分、こういうテーマに関わるならもっとちゃんと"society"との関わりを意識しようよという心持でしょうか。
(ただ、ここで誤解をされたくないのは、基礎にせよ応用にせよ、自然科学にせよ人文社会科学にせよ、"Studies"にしか興味がないというピュアな研究者の存在はむしろ必要と思っています汗)


ということですので、専門は何?と聞かれた場合、一応こう答えています。
科学技術社会論」、「科学計量学」、「科学技術政策」
学会で言うと、科学技術社会論学会と研究技術計画学会がメインになります。)

なので、基本的には、(これってどういうことになっているのかについて)「知りたい」とか、これの中身がわかったら「面白そう」という話からスタートすることもあれば、
「政策的」に重要なイシューだからこの調査をしてみようというレベルまで、色々とすることになっていますし、しています。
(政策への関与は、とくにこの3年くらいで実際的に結構増えてきたかなと思っています。)



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ってことで、何かのとっかかりになるかなあと思ったので、一若手の個人紀などをだらだらと書いてみました。
(ならねえよ!って罵声が聞こえてきそうです大汗)

うむ。とりとめが全くないでござる。
このド低能がぁ!!!って罵られても文句の言えないレベル・・・。

ただ、次のエントリーでは、もう少し「STS」という分野も一枚岩ではなくて、いくつかの異なる側面を含んでいることについての妄想を描いてみたいと思います。
またそのあと3回目のエントリーでは、とりわけ、ここ1年半くらいに具体的に何をしていたのかについて、少し書いてみたいと思います。
(ただ、アップするまでに数日、少し時間をいただくかと思います。ごめんなさい)


※しかし、とまあ、こういうわけでして、ここまで読んでいただけた方はすでに予想がついていらっしゃるかもしれませんが、
割と最近まで、例えば原発問題などには、あまり興味がありませんでした。そこにある色々な課題についても目を向けてきませんでした。
(ぶっちゃけると、3.11が起きてしまうまで、地震にも、津波にも、災害にも、原発にも興味がなかったのです。今ではその長きにわたる不明を恥じています。)
これらの点についても、次回以降のエントリーにて触れていきたいと思います。


エントリー2つ目:若手による雑感(根拠の薄い妄想)−その2
http://d.hatena.ne.jp/r_shineha/20120727/1343398677

2012-06-09

災害弱者と情報弱者: 3.11後、何が見過ごされたのか

東日本大震災原発事故をめぐり実証的な調査を続けてきた内容が書籍として出版されることになりました。


データ等の一部については以下の過去エントリーやTogetterなどにもあります。
http://d.hatena.ne.jp/r_shineha/20120312/1331546849
http://d.hatena.ne.jp/r_shineha/20120123/1327302261
http://d.hatena.ne.jp/r_shineha/20111121/1321872514
http://togetter.com/li/243557


しかし、震災原発事故の問題はまだまだ現在進行中の問題であり、これでハイ終わりなんてありえないです。

学者として出来るせめてものことは、きちんと継続して問題を見続けること、そのことを実証的に示すこと、そしてそれを世に問うことだと考えています。

力不足ながら、少しでもそういう形での貢献を今後も続けていきたいと思います。


災害弱者と情報弱者: 3.11後、何が見過ごされたのか」
田中幹人(著), 標葉隆馬(著), 丸山紀一朗(著)
筑摩書房、2012年7月12日
http://amzn.to/KaR84P





以下目次一覧
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序章:おびただしい情報とどう向き合うか
情報の洪水のなかで/本書の視点

第1章:災害弱者‐3.11被害とその背景にある社会

  • 現代社会におけるリスク分配と不平等/
  • 災害災害弱者/
  • 東日本大震災、その被害の概要/
  • 複合的災害の被害と社会背景について/
  • 原発立地地域の被害の特異性/岩手県北部の被害について/
  • 津波はどのような地域を襲ったのか/
  • 原発立地に見る被害と社会構造/
  • 阪神・淡路大震災に見る格差/
  • 陰の教訓に敢えて目を向けることー神戸市長田区で起きたこと

第2章:情報弱者震災をめぐる情報の格差

第3章:震災後3カ月間の情報多様性

  • メディア上の議題を捉えること/
  • 情報空間の多様性ー情報の渦のなかで/
  • 「情報多様性」と「生物多様性」/
  • 情報の多様性にまつわる先行研究/
  • 分析の期間と対象/
  • 分析 省析のレベルとトピックスー意見の類型化/
  • この分析の限界/
  • 分析◆焼睛栃析と「横並び報道」の分析/
  • 震災を「忘れて」いくメディア
  • ウェブは多様」だったのだろうか/
  • ここまでのまとめ/
  • 新聞の「横並び報道」は本当だったのか/
  • どのような情報摂取が望ましかったのか

終章:「私たちが持つべき視点」の獲得に向けて

  • 再び、弱者に関して/
  • 「いま議論すべきこと」は誰が決める?−議題設定と議題構築/
  • オルタナティブメディアの現代的な意義と役割/
  • 見えざる「視線圧力」/
  • 現代のインターネットは、情報格差によって駆動している/
  • 「市民もまた、ニュースに対する権利と責任がある」/
  • 第十の原則/
  • 私たちが獲得すべき情報リテラシーとは?/
  • おわりにーこの研究が見過ごしたもの

脚注
あとがき
掲載図表一覧
参考文献