韓国大統領選挙の行方

1.韓国大統領選挙
 韓国大統領選挙は12月19日が投票日だという。安哲秀教授は結局、出馬を取りやめた。野党統一候補と与党セヌリ党朴槿恵(パク・クネ)候補の一騎打ちとなった。世論調査では両候補の支持率は追いつ追われつの大接戦だという。選挙期間中に全国を回りながら、今後5年間の国政運営の青写真を提示し支持を訴えるという。日本も事実上、総選挙の真っ只中にあり、隣国の政治どころではない。
 モンゴルで始まった日朝交渉が、次回は、日本の総選挙の直前、韓国の大統領選挙の直前に開かれることも気がかりだ。あわせて、北朝鮮が、再び長距離弾道ミサイルを発射する兆候があると、各国が警戒をはじめた。韓国政府で北朝鮮の核問題を担当する高官が11月29日から急遽、中国を訪問することになったと報じられている。
 韓国では、江南左派と呼ばれる人たちがいるという。自らはソウルの高級住宅地である「江南」のような所で良い生活をしながら、大企業批判や反米的な主張を好み、北朝鮮を擁護・支持し、保守派の非難に熱心な人たちを言うらしい。いわゆる進歩的文化人とそのシンパの住民が増えているという。金大中盧武鉉大統領の革新政権(1998−2008年)以降、韓国の学校で教える歴史教科書は、権力に対する抵抗ばかりを讃える左派の史観で書かれていることも影響を与えているのだろう。北の独裁体制の問題には何も触れず、社会主義の理想や同じ民族であることが強調され、経済困難や核開発も米国が制裁が原因だと説明されているという。左派は、格差社会の是正と福祉国家を主張しているという。そんな教科書もゆっくり修正されつつあることは報じられているが、韓国版の「認識台湾」が出る雰囲気にはなっていないという。
 2011年10月末のソウル市長選では、左派の朴元淳(パク・ウォンスン)氏が当選した。世間的には市民運動に熱心な弁護士とのことだったが、筋金入りの左派の活動家で2008年のロウソク・デモのグループである。弁護士でありながら、悪法は法ではないと断言し、国家保安法の撤廃、反米と共産主義の容認などを主張している。この人は、日本の民主党の議員とはかなり交流があるようだ。
 その頃、ソウル市長選の勢いで左派が統一候補をたてることができれば、2012年12月の大統領選でも勝つのではないかと言われていた。その見方が正しいか否かは別として統一候補ができたのである。
 その文在寅ムン・ジェイン、1953年-)候補は、どのような人なのか。調べてみるとやはり学生時代からの活動家だった。盧武鉉大統領とともに法律事務所を開いた弁護士であり、大統領の側近としてであり、2009年の国民葬を取り仕切ったとのことだ。日本に対する態度は推しているべしということだろう。調べてみると対日外交の基本姿勢として「対日5大歴史懸案」を挙げているという。
(1)独島(日本名・竹島)挑発に決して妥協しない
(2)慰安婦問題について日本政府に法的責任を問う
(3)「戦犯企業入札制限指針」を強化する
(4)日本の教科書歪曲を是正する
(5)日帝が略奪していった文化財を必ず返還させる
 日本からすれば、馬鹿馬鹿しくて、とても付き合いきれないと思われるだろう。朴槿恵候補にしても、対日関係について「日本が歴史認識を正しく持つように求め続けなければならない。それが根本的な解決策だ。日本の外交攻勢に徹底的に備えなければならない」という姿勢を示しているという。
 普通に考えれば、日本も韓国に、教科書を事実に基づいて書き換え、反日教育をやめるように主張しなければならないのだろう。過去に何度も行なわれた安易な謝罪と和解は何ももたらさなかった。何度も試みられた、共同の歴史をつくるべきという政治家の思い付きに、付き合ってくれるバランスのとれた日本側の学者を探すのが難しいだろう。韓国の歴史はあるべき歴史の姿であって、われわれの考える歴史の叙述ではないからである。
2.「10.4宣言」の現実性への疑問
 文在寅氏は、盧武鉉金正日が署名した「10.4宣言」を実現できなかったことを残念に思っているとの記事があった。どうやらそこに一つのポイントがあるのではないかというのが、自分の仮説である。2007年に結ばれた「10.4宣言」の日本訳を読みながら驚きを禁じえなかった。同時に様々が疑問がわいてきた。一国二制度がどういう形態でありえるのだろうか。「ベルリンの壁」が壊れた瞬間に北の人々が南に移動し、北の体制が崩壊するとともに、南の経済を直撃するのではないか。韓国の従北派に対して、保守派の人たちが身構え腹を立てているのは、このことだったのかと理解した。
「南北関係発展と平和繁栄に向けた宣言  10.4宣言要旨抜粋」
2000年6月の南北共同宣言の重視し、関係発展と半島の平和、民族の共同繁栄と統一の実現のための協議。民族繁栄の時代、自主統一の新時代を開いていくための宣言。
(1)6・15共同宣言の重視 金大中時代の共同宣言。平和統一の原則と連邦国家としての統一。
(2)思想と制度の違いを超越し、内政干渉せず和解と協力。統一法、制度的装置。
(3)軍事的敵対関係を終息。対話と交渉で解決。黄海での共同漁労水域。軍事的信頼構築措置の設定。
(4)休戦体制の終息。終戦を宣言する問題を推進。
(5)民族経済の均衡的発展と経済協力 投資、基盤施設拡充、資源開発、民族内部の特恵措置。
(6)歴史、言語、教育、科学技術、文化芸術、スポーツなど社会文化分野の交流と協力
(7)人道主義協力事業の推進。離散家族の再会、交流、災害が発生時の協力。
(8)国際舞台で民族の利益と海外同胞の権利と利益のための協力を強化
3.韓国の経済社会の厳しさ
 1997年の経済危機から15年がたった。得意の猛烈なスピードある意思決定と大胆な実行力で危機を短期間で乗り切ってきた韓国だが、祝杯を挙げるような雰囲気は全くないという。
 現在行なわれている大統領選挙の最大の争点も経済問題だという。今回の争点も、経済民主化、雇用、社会福祉だという。経済の先行きが不透明で多くの国民が不安を抱いているという。
 韓国の企業社会では、社内競争が激しく、朝の6時、7時から働くビジネスマンが多くいるという。40代になると誰もが「いつクビになるか」と考えるという。この恐怖感が「猛烈な仕事ぶり」の原動力だという。そこに韓国の経済社会の厳しさを感じる。
 就職事情も厳しく、一流大学を卒業しても就職率は50%いかず、有力財閥への就職は「宝くじ」並みだという。TOEICで900点や会計士の資格を在学中にとっても必ず就職できるわけではないという。成績優秀であることに加えて留学や資格は「基本」であって、合格の十分条件ではないようだ。韓国の留学生が良く勉強するのはそんな背景がある。韓国では1997年に小学校3年生から週2回の英語が必修化された。就職難が深刻化するなかで英語学習にかける時間と費用が増えているといわれている。
 日本TPP論議でも問題となっているISD条項に基づいて、先頃、韓国政府は、米国の投資会社ローンスター社から、損害賠償請求の提訴を受けたという。 ISD訴訟制度は、相手国に投資した投資家が相手国の政策によって損害を被った場合、その政府を相手取って世界銀行の下部機関である国際投資紛争解決センターに提訴することができる制度だ。ローンスターは、2003年に韓国外換銀行を買収した後、今年2月にハナ金融グループに売却して巨額の利益を上げたが、この過程で韓国政府からたびたび承認を引き延ばされ、数十億ユーロの損害を被ったとしている。
 ISD条項は「投資家の紛争解決手続のための条項」であり、ISD条項の入った条約を結んだ国(カナダ・メキシコ・韓国)の法律で、アメリカの投資家が損をした場合、国際投資紛争解決センター世界銀行の傘下) に訴えることができるというものである。対象になるのは非関税障壁として外国企業を不当に差別するような制度や法律であるという。ISD条項は「損害賠償請求」であり、その審議の結果に当事国の法律や制度を変える効力はない。両方の国を訴えられるのだから、公平な制度だといわれているが、カナダ、メキシコ、韓国の国民からみれば、この条項は治外法権条約のように感じられる場合が多いのだろう。
 北米自由貿易協定NAFTA)は、米国、カナダ、メキシコの3国で結ばれた自由貿易協定である。1992年12月に署名し、1994年1月1日に発効した。米韓FTAは、2012年3月15日に発効。米韓FTAの発効により5年以内に95%の品目への関税が撤廃される。
 *世界銀行は5つの機関によって構成される。総裁は世界銀行グループ5社のすべての総裁を兼任し、グループの実務をつかさどる。世界銀行の総裁は米国出身者、国際通貨基金の専務理事には欧州出身者が選出される。現在の総裁は韓国系米国人である。
  国際復興開発銀行(International Bank for Reconstruction and Development、IBRD)
  国際開発協会(International Development Association、IDA)第二世界銀行とも呼ばれる。
  国際金融公社(International Finance Corporation、IFC)
  多国間投資保証機関(Multilateral Investment Guarantee Agency、MIGA)
  国際投資紛争解決センター(International Center for Settlement of Investment Disputes、ICSID)
4.今後の日韓関係
 米国人から見ると、日韓は二カ国としては言語も文化も歴史も非常に類似しているにも関わらず、心理的な距離感があるのは「近親憎悪」としか言えないと観られているようだ。今回の大統領選で、おそらくどちらの方が大統領になっても日韓関係はそれ程大きくは改善しない。というより文在寅氏が大統領になった場合には、かなり日韓関係が険悪になることが予想される。
 彼が盧武鉉大統領を自分の行動参照モデルとしているからだ。盧武鉉大統領は米国に日本を共通の仮想敵国にしようと提案して米国を当惑させたといわれている。事実、韓国軍にも日本を仮想敵国とみなす言動が時々顔を出す。韓国の歴史教育の内容を考えれば、いつ米軍基地が撤去されても不思議はない。ただそれとは裏腹に経済分野では、銀行も含めて民族資本ではなくなり、米国型の経済社会になっている。
 少し前に、このブログでも韓国の初代大統領である李承晩大統領のことを書いた。それには「作られた反日感情」という副題をつけた。そのことに気がついたのは、実際に植民地時代を経験した人に反日感情があまりないからである。大の日本嫌いだといわれている李承晩大統領の「激しい反日教育」を受けた世代が韓国のほとんどとなった。李承晩大統領自身は、日本統治下の韓国には1年と暮らしてないのではないか。そこで何があったのかというのが個人的な関心事項である。戦後の米軍統治下のこと、李承晩時代の歴史は今の韓国でもタブーになっていることが多いのではないだろうか。韓国のメディアでも、そんな昔のことを掘り返して何の意味があるのかという人もいる。そして事実と無関係に、「歴史上の日本」は年々、極悪非道になっていく。日本が植民地統治をしたのは、タブーとされている時代の一つ前の時代である。
 よく共通の歴史を持つべきという人がいるがそれは無理だと思う。例えば、安重根はたぶん凄い人物だったのだと思う。投獄された彼を監視していた日本人看守は、当初は安を憎んでいたにもかかわらず、話を重ねるごとに安に共感したといわれている。日本の歴史にも、時々そういう人が現れる。みな誰もが尊敬する大人物である。同時に、日本の歴史から見れば、明治の大元勲を殺したテロリストだったことは否定できない。
 この10月から新日鉄住金と韓国の鉄鋼大手ポスコの電磁鋼板に関する知的財産訴訟が始まった。高級鋼板の製造技術を不正に取得したとする1000億円の賠償訴訟である。この技術をポスコ宝山鋼鉄へ転売したことがわかった。両社の関係は40年にもわたる。新日鉄ポスコの前身である浦項総合製鉄を立ち上げに全面協力したのである。相互に5%前後の株式を持合った関係にあることも知られている。
 裁判の結果とは無関係に、ポスコにしてそうならば、韓国信頼に足らずとなる。日本的な行動の美学に反するのである。これからは米国流に割り切って付き合うしかないのではないか。これが領土の問題や歴史の問題とは別に、韓国とはクールに、というよりは、思い入れ無しに普通の外国として冷酷に付き合うべきだとの考えが出てくる背景の一つである。
 11月下旬のアモイ大学のシンポジウムで日中の経済関係が次のように分析されていた。「中国の対日輸出商品は主にミドル・ローエンド消費財および中国で組み立てた機械だ。短期的な対中国輸出減は日本経済に深刻な打撃を加えるが、致命的な打撃とまではいかない。また、日本は一定期間の調整を経て、輸出市場をタイやベトナムなどの東南アジア諸国に移すだろう。日本の対中国輸出商品のうち、ハイエンド部品などの半製品、鉄や電子部品などの原材料、工作機械などの生産設備が約6割を占める。これらの製品の多くはその他の国の製品と取り替えることができない。これらの製品の輸入が途絶えた場合、中国の関連川下企業の生産に大きな連鎖反応が生じる恐れがある」というものだ。
 はたして日韓の経済関係には、日中関係以上のものがあるのだろうか。この2つの国と北朝鮮を除けば、ロシアもあるが、おおむね日本の対外関係は安定している。