ささやかな抵抗の準備

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こちらのブログは,主にtwitterログなどのメモとして利用する予定です.

2014-10-29

今日のtwitter

抜粋

  • フィクションの物語に対して「ハッピーエンドなら良かった」とかその逆とかいう感想を見る度、なんとなく不思議に思う。不思議に思う事も不思議に思う。何かと言うと、自分で結末を想像できるならば、そう思ってしまえばいい、結末は、メッセージでしかない、みたいな事である。 posted at 02:25:41
  • 例えばジョジョの荒木氏は「こう描かざるをを得ないという力みたいなものを感じる」みたいなことを書いている。それは商業的な、つまり外的な理由ではなくて、内的必然性みたいなものであろう。その意味で「物語の結末は作者にも自由にはならない」という感覚がある場合があるのだと思う。 posted at 02:31:53
  • ほんとうにどうでもいいが、その事を荒木氏は「重力を感じる」と呼ぶのだが、引き合う力の一般形が「引力」で、そのうちの地球が地上のものを引っ張る力が「重力」なので、そこは引力と言って欲しい。どっちが一般形なのかよく分かっていなかったのだろう…。 posted at 02:35:13
  • つまり私の言いたいことは、物語がある結末にたどり着くのには必然性があるというか、必然性を感じさせるのが物語の目標であるので、結論だけを変えられるという感覚が分からない、ということなのかもしれない。 posted at 02:37:03
  • さて、「結論が自由になると思う奴は物語が分かってねえ!」というのでは、俺が間違ってねえ!って言ってるだけっぽいな。結論にこだわる人の心境もそれはそれで想像しておきたいが…。 posted at 02:52:24
  • 普段facebookの写真でしか見かけない女の人に偶然会ったら、あれ、なんか印象違うな、と思ったんだが、それは私の目線がカメラより高いからではないかと思った。 posted at 11:45:59
  • いかに許すかを考えて生きるのじゃ。 posted at 12:24:55
  • すべての女性は美しい(時がたまにぐらいならある) posted at 12:28:27
  • ピアノの練習と比較した歌の練習に対して抱いてるイメージなんですけど、出来ない事を出来るようにして行くというよりは、自分に何が出来て何が出来ないかを把握して、出来ない事をやらないようにするみたいな要素が強い気がします。 posted at 19:06:35
  • 下ネタでもなく、批判や悪口でもなく、それでも面白い事を言うというのが基本的な目標。 posted at 22:23:30
  • 悪口を言うというのは、大事にする人とそうでない人を分ける行為だと思うんだよね(言った対象を下げて、それを聞いてくれる人を上げる)。そしてそれ(分ける事)は人間としてはとても自然な事なので、その手段としての悪口も自然に行われる。それをしないのは、不自然というか、特殊な生き方になる。 posted at 22:28:28
  • 「この人こんなこと言ってて、みんなに嫌われないんだろうか?」と思うような人にも友達とか配偶者とか割と居るでしょ。そういう人は、私やあなたに対して大事でないという認定をしていて、その分他の人を大事にしていると考えると良いと思う。 posted at 22:33:36
  • 「自分が特別扱いされる」ということが好きな人(私の出会った人の8割ぐらいはそうだと思う)は、そういう風に、よそでは悪口を言って、自分には言わない人の方が好きなんで、そう言う人と仲良くしたい人にとっては悪口を言う戦略は非常に有効なものになる。 posted at 22:37:32
  • 本当に正しくて公平なアンパンマンは愛と勇気だけが友達になるように、そういう人には友達は居なくなると思っているのだが、どうもそういう状態に憧れがあるんだな僕は。その認識が正しい事なのか、あるいは良い事なのかどうかは知らない。 posted at 22:53:40
  • 多分私は、以前は、誰かの味方というか、「頭の良い人の味方」だったと思う。 posted at 23:09:09

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2014-10-28

今日のtwitter

抜粋

  • プログラミングしてコンピュータに計算させてみると、やっぱ計算は速い、というか、普段のWindows使うのとかって、どんだけ重い処理なんだ…と思う。 posted at 21:19:33
  • 「不良が更生したら普通の人に戻るだけなんだから、悪い事をしてた分、それをしてなかった普通の人の方が偉い」っていうのは、まあ何が偉いのかと考えると難しいが、完全にそうだとも言えないと思う。「規則にただ従う」ということと、「規則の意義を知って守る」ということは違うから。 posted at 22:47:42
  • 多くの人は、最初は親などの他人の意見をそのまま受け入れる段階があって、その後「受け入れるばかりでいいのだろうか?」と反抗することを覚えて、反抗することに意味があったのではなく、「自分が納得したら受け入れるししなければ受け入れなければいい」という段階にたどり着く。それと同じ話。 posted at 22:53:21
  • 人間関係的なことで行動を起こした結果を予測することは、個別の事例については当事者として判断できることもあるかもしれないが、こういう場合にはこうみたいな言い方では、考慮出来ないことが多すぎて当てになるはずがないと思う。 posted at 23:07:13
  • 占いの真面目な意味での活用法について考えていたんだが、基本的に良く考えたらいい結論を導けることには使えないわけだが、そうでないもの、例えば恋愛的な事など人間関係の事などは、迷っててもどうにもならないので、動くにしろ動かないにしろ、決める手段としては悪くないのではないか。 posted at 23:09:40
  • 「占いなんかに頼るなんて」みたいなのが行き過ぎて不幸になってるのが我々(私と誰だよ)の様な人種なのではないか。 posted at 23:10:43
  • 知性に頼るべきでないところで所で知性に頼ってるみたいな問題があると思う。 posted at 23:12:21
  • 性格診断みたいなので、自分で性格が良いって申告して、性格が良いって結論出て嬉しいんか? posted at 23:38:41

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2014-10-27

今日のtwitter

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  • 以前「左翼右翼」の非対称性として考えた問題に直面しておる。「左翼は知性を重視して右翼は知性を否定しようとするとすると、『左右のバランスが大事』という主張は左翼でしか有り得ない」という問題(問題でもないけど)。 posted at 00:41:25
  • 全校朝会の度に校長先生は長々話していたのだけども、何を話していたかさっぱり覚えていません。では、そこで何も学んでいなかったのだろうか?というとそんな簡単な話でもないような気がします。 posted at 00:49:00
  • 小中高と思い返しても、授業で「あの時学んだ」という意識が残っているものは、ほとんどありません。でも、そこで何も学んでいないということはないでしょう。実際何も学べてなかったら、大学に入ったり出来てないでしょうし。 posted at 00:49:32
  • だから「学んだという実感」と、「実際に学んだ」ということは、相関はあるのでしょうが、完全に同じでもない。最近私は何を学んでも(自分で見出すことも含めて)「そおーだったのか!」と感動しているのですが、これは本当に進歩したと言えるのだろうか?ということを疑問に思っているのです。 posted at 00:49:47
  • 考えようによっては、例えば説明を聞いたときに「当たり前だよなあ」と思う方が、「そんな不思議なことが!」と思うより、理解度が高いとも言えますよね。まあ、実感としては今の方が楽しくていいので、それだけでいいのかもしれないですが。 posted at 00:50:02
  • これを私の中では「色つきの知識」と「無色の知識」と名付けています。「誰に教わった」とか「どのように思いついた」とかいうことは、内容を理解していることと本質的には関係がない。そのようなものを「色」と呼んでいるわけです。では果たして、知識には色がついていた方が良いのでしょうか? posted at 00:50:36
  • 知識に色があると受け手が感じているかどうかに関わらず、知識には色があるのではないでしょうか。知識は誰かが言ったから存在し、それゆえ、発信者の主張を含んでいることを完全には避けられない。であれば、あらゆる知識を絶対的なものと思わず接するべきという意味では「色を感じている」方が良い。 posted at 00:55:44
  • これはそもそも「正しさとは相対的なものである」という考えに基づいていて、「ある条件ならこの結論の方が正しく、そうでないこの条件ならこの結論の方が正しい」という、条件を明らかにしていくことを「分かる」と呼んでいる。そう考えると、これは「知識には色がある」と同じことを言っている。 posted at 00:59:37
  • とすると、この考え方を用いている限り、「知識には色がない方が良い」という結論が出てこない。気がする。とすると条件を明らかにしたとは言えないし、分かった事にもなってない気がする。ということはこれについてそれ以上何か「分かる」ためには更にメタな議論が必要なのかもしれない…? posted at 01:01:56
  • 別の話として考えていた、「科学とは主張を含まないもの、あるいは主張を含まない事を目指すもの」という話とも関係があるような気がするなあ…。 posted at 01:13:07
  • 自分の知りたいことが何か分かっていないから、結論も出ないのだね。 posted at 01:35:07
  • 自己肯定感が低くなっているので,今から「この写真すっぴんです」と言いますので,みなさん「えー!すっぴんなのに可愛い〜!」というリプを適宜お願いします. posted at 03:56:24
  • 老化してる気はしないけど寿命は縮まってる気がする。 posted at 14:35:10
  • そう言えば「カルト」の意味を知らんなと。悪いもの以上の意味を感じていなかった。が、調べたら、普通に今はもう悪い(反社会的な)団体を指す言葉になってるようだ。ということは、 「カルトサークルは悪い」というのは、トートロジーなわけだ。 posted at 20:01:11

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2014-10-26

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  • ₍₍ (ง ˘ω˘ )ว ⁾⁾ ★))゜□。) posted at 22:14:51

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2014-10-25

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  • 不寛容さ」って結構ギャグに使われるじゃないですか。例えば関西人が「東京うどんなんか汁が黒くて食えるか」って言うみたいな。寛容に接することも出来るけど、不寛容な方が面白いからそうしてるだけなのでは?と、惚気についても思うのです。だから誰も本気でイラついてないんじゃない?と。 posted at 23:22:59

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