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倒錯委員長の活動日誌 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2016-09-25

【映画評】怒り

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吉田修一による同名タイトルの小説の映画化です。

怒り(上) (中公文庫)

怒り(上) (中公文庫)

怒り(下) (中公文庫)

怒り(下) (中公文庫)


八王子で起きた夫婦惨殺事件。常軌を逸した現場状況、そして、血のりで怨念を塗りたくるかのようにデカデカと書かれた「怒」の字。はたして犯人は誰なのか。本作は、未解決の殺人事件をめぐり、別々の3つのストーリーを同時並列して語ってみせるオムニバスの形式をとっています。3つのストーリーは一度も交差することはないのですが、「犯人はどの話に出てくる誰なのか」という興味が持続するので、2時間強の作品ですがあまり退屈にはなりませんでした。

3つのストーリーに共通するのは、信頼、そして裏切りです。各ストーリーの視点人物3人は、それぞれひょんなきっかけで出会うことになる人物を怪しみながらも交流を重ね、次第に信頼していく。その3人のうち1人は「ババ」を引く=裏切られることになりますが、残りの2人はむしろ、相手を信頼できなかったという形で、それまで気づくことなかった自分自身のほの暗い感情に気づかされる=自分自身に裏切られる、というオチが付きます。なかなかきれいなストーリーです。

映画を観終わってみますと、真犯人の動機はちょっと弱すぎる気がしますし、どう考えても内面の描きこみが足りない気がする。結局あいつは何だったんだという「?」が残ってします。

けれどその一方、「怒り」という感情の考察として、よくできていると思うのです。観る前は、すごい漠然としたタイトルだなあと思ったわけですが、観終わったあとにしてみれば、なるほど確かに「怒り」が一番しっくりくる気がしてきます。冒頭で出てくる「怒り」とは、それはもう誰も擁護しきれない負の怒りです。誰かを傷つけることしかできない怒り。けれど、クライマックスで「怒り」は鮮やかに反転します。

人は取り返しの付かない何かを奪われることがある。どんなことをしても取り返せない、不平を訴えることすら叶わない状況に巻き込まれたとき。そのときたった一つだけ残された手段ーーそれが「怒り」だと思うのです。クライマックスでは、ある深い喪失をした人物が怒ってみせます。それは絶叫、いや、咆哮とさえ言えるものです。「怒り」が、決して癒えることない傷を負った魂への、せめてもの慰めとなるのではないか。その咆哮は、そのことを訴えかけているような気がします。


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2016-09-22

【書評】恋愛3次元デビュー ~30歳オタク漫画家、結婚への道。~

恋愛3次元デビュー ~30歳オタク漫画家、結婚への道。~

恋愛3次元デビュー ~30歳オタク漫画家、結婚への道。~

交際経験ゼロから一気に結婚までもっていった少女漫画家の自伝(?)的エッセイ漫画。少女漫画純粋培養コミュ障著者が一人暮らしのさみしさから一念発起。デート、セックス、プロポーズというリア充的儀式をつぎつぎとジェットコースターに乗るがごとく体験していきます。

いやあ、面白い。こういう人材の何が面白いって、よくも悪くも「ちょうどよい按配」を知らないってことだと思うんです。常人(?)からすれば「そこすんなりクリアしろよ」っていう場面でウジウジしてしまうことがある反面、「え、そこはもっとステップ踏んでいこうよ…」というところを一足飛びで行ってしまう。しかも運よくなんとかなってしまう。

一番笑ったのは「男性の皮」と「アヘ顔」のくだりですね。ぼくは素直で可愛いなって思いましたが、出すとこに出せば相手の男性にドン引きされること待ったなし。そういう意味で、本当にいい旦那さん(というか同好の士)を捕まえたと思います。

この漫画、コミュ障とか非モテだとか自認する人にとって福音になると思うんですよね。経験がないことが武器になるってことも、あるということです。その経験のなさをうまく受け止めてくれる著者の旦那さんのような人がいてくれたなら。この本を読むとよくわかるのは、恋愛は「1P」ではないということ。あくまで「2P」なんです。

「いや、これは著者だからこそ起きた奇跡だよ」って否定されるかもしれませんが、その「奇跡」があなたに起きないとも限らない。どんなに不格好でも、どんなに常識からかけはなれていても、二人が幸せならばそれでいい。そんな恋愛、そして結婚の「正解のなさ」を教えてくれる漫画です。

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2016-09-21

【書評】不妊治療、やめました。―ふたり暮らしを決めた日


男性はともかく、女性にとって子どもを作るか作らないかは人生上の大きな決断です。けれど、自分の意志は関係ないところで「作りたくても作れない」場合だってある。本書「不妊治療、やめました。」は、漫画家堀田あきお漫画原作者の堀田かよの夫婦が、自分たちの不妊を知り、さまざまな治療法を試した戦いの日々を描いたエッセイ漫画です。

絵柄はコミカルですが、書いていることはなかなかヘビー。だって物語の発端は、かよさんが子宮内膜症を発症し、せっかくの結婚式をキャンセルしたところから始まるんです。絵柄がコミカルでギャグ調ではありますが、だからといってその深刻さが伝わりにくいかというと全然そういうことはなくて、むしろ、絵柄と内容のミスマッチが、かえって読者には刺さる。

内膜症は再発する可能性が多いが妊娠を機に治ることもある、という医師の勧めを受け、ふたりは子作りを始めます。そこで、不妊が発覚する。不妊はもちろん男の問題でもある。あきおも交えて、ふたりの二人三脚での不妊治療が始まります。例の病院の個室での採精作業(オナニー)も当然あります。時には、朝早く起きたあきおのナニを無理やりおっきさせてかよが出して、その成果物を胸に挟んでそのまま病院に直行するという滑稽なような壮絶なようなエピソードも。

何が残酷って、妊娠することだってあるんです。ただ、ぼくら読者はタイトルで結末を知っていますから。流産にいくまでのあきおとかよのはしゃぎっぷりが、なおのこと読んでいて切ない。この「産めるかもしれない」というのは厄介です。途中に挟まれるコラムでかよさんは生殖医療の最先端に触れ、「どんなに無理してでも欲しい人には、治療終了のタイミングがさらにわからなくなってシンドイだろうと思うんです」とも語ります。いや、本当にそうで、それならいっそ「可能性ゼロ」と言われたほうが楽になる気さえしますよね。

途中、アンラッキーな引っ越しや、あきおVS宿敵アトピーなども挟まりますが、巻末でついにかよが不妊との最終決戦に臨みます。

この漫画がやんわり描いているのは、一部のあまりにも無配慮な医師の姿です。かよさんのコラムで読みびっくりしましたが、流産で入院した際、同室したの妊婦ばかりだったとか。かよさんは自分が鈍感だったから傷つかなかったと言っているし、部屋割りの都合でどうしようもないところもあったのでしょうが、そんな仕打ちって、あります? ただし、あくまでも本作の描写は発表時から数えて10年前の状況ですから、もしかしたらその間に改善しているかもしれませんが。

死ぬような思いをして治療を頑張って、それでも子どもはできなくて。でも2人は「不幸」だったとは思わないと記します。それは強がりなんかでなく本当のことだと思う。夫婦で二人三脚でこんなしんどいことを乗り越えたんですから。それはきっと、夫婦の絆をより強いものにしたのだろうと思いました。


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