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倒錯委員長の活動日誌 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2016-05-31

【映画評】ミニミニ大作戦(2003年版)

ミニミニ大作戦 [Blu-ray]

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マーク・ウォルバーグ、シャーリーズ・セロンエドワード・ノートンジェイソン・ステイサムらが共演するケイパーものです。ヴェニスで50億ドルもの金塊の強奪に成功したチャーリー(ウォルバーグ)一味。ところが山分けの段になって、裏切った仲間に金塊は奪われ、チャーリーは師匠ジョンを殺されてしまう。かくして、彼は金塊の奪還と、師の弔い合戦に挑むことになります。

盗みの戦略を練るのが得意なチャーリーは、爆破のプロ、コンピューターのプロ、金庫破りのプロらジャンル別のエキスパートを集め、ジョンの復讐とともに、金塊の奪還を目指します。この「様々な得意技を持った盗みのプロ」的なものって、たぶん同時期にリメイクされて流行った「オーシャンズ」シリーズの影響もあるのかなと思ってみたり。

そもそもウォルバーグ、セロン、ノートン、ステイサムという並びで、「ミニミニ大作戦」って気の抜けたタイトルはなんだよって話ですが、これはミニクーパーを意味するのでしょう。実はこの映画も「オーシャンズ」シリーズと同じく、1969年に公開された同名タイトルのイギリス映画のリメイクです。劇中では、金塊を盗む作戦に必要として赤、青、白の3色のミニクーパーが登場します。ただ、今回はアメリカ映画ですから、赤、青、白のユニオンジャックカラーにこだわる必要はないんですよね。あと、作戦が二転三転したことで、結局軽自動車じゃなくてもいいってことに……。

あと、今気づいたんですが、ルック的には「ワイルド・スピード」も入ってますよね。

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チャーリーたちはいよいよ、ノートン演じるちょび髭で小物臭はんぱない敵役の豪邸に侵入を試みますが、失敗する(この失敗理由が「隣の家がパーティーしてたから」というダサいもので、そこらへん調べといて!)。相手に作戦を見破られ、もうだめかというところで出てきた起死回生のプランBが、最初のヴェネチアでの作戦とリンクするのはよかったです。ただ、あれをあらかじめ「ヴェネチア作戦の応用」と紹介する必要はなかったんじゃないですかね。作戦の途中でわかってしまいました。

ウォルバーグとセロンがちょっとだけラブい感じを漂わすのですが、あれもいらなかったですねー。結局お互いまごついて最後まで発展しないから、「童貞かよ!」って思ってしまいました。ウォルバーグは「TED」でもそうですが、童貞キャラが意外と似合う。のちの大隊長ファンと、それぞれの得意な分野で頑張る!系の映画が好きな方にはお勧めです。

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2016-05-24

【映画評】守護神

守護神 [Blu-ray]

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のちにスーパーマンの父となるケビン・コスナーと、のちにスティーブ・ジョブズとなるアシュトン・カッチャーが、沿岸警備隊員を演じた海難レスキューものです。

コスナーが演じるのは生きる伝説となったレスキュー隊員。いままでに何百人残らない命を救ってきた彼ですが、任務中に負傷したのを機に、訓練学校へ教官として出向するのを命じられます。彼がその学校で出会ったのが、カッチャーの演じる鼻っ柱の強い生徒で、ふたりは衝突します。

ここから通常なら、カッチャーが厳しいシゴキに耐えて人間的に成長していく姿に、コスナーも「中々骨のあるやつじゃねーか」と考えをあらため、ふたりは和解する……となっていくはずですが、この映画はそうはならない。よくよく見ると、ふたりは端からそんなに対立はしていないのです。だからドラマも生まれ得ない。

ふたりだけにとどまりません。そもそもこの映画の訓練はぜんぜん辛そうに見えない。映画の訓練シーンといえば、どれだけ厳しいかを強調するものです。近年では、シールズの訓練風景を描いたイーストウッドの「アメリカン・スナイパー」なんかが記憶にあたらしいですが、この「守護神」におけるそれはまれにみるぬるさ。心地よい温水プール並みです。

規律もなってない。夜な夜な生徒たちでパーティーに繰り出し抜き打ち訓練をすっぽかしてもお咎めなし。女の家で朝寝坊しても水浴び程度のバツを受けるだけ。甘やかしすぎです。こんなのだったら、こないだテレビ番組で見た競艇学校の方がよっぽど厳しそうです。

で、カッチャーは無事に学校を卒業し、ふたりは同じアラスカの部署で働き始めますが、ここで唐突にコスナーに負傷した事故のトラウマがあったことが、雑な演出で表現されます。そう、この映画の演出といえば、「取って付けたように」がキーワード。カッチャーの彼女の件も、コスナーのワイフの件も、みな取って付けたように回収されていきます。


観終わったあとに何も残らない。これはなんだったんだと置いてけぼりをくらう鑑賞者の心、救助失敗!


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2016-05-22

売れない芸人が語った「夢のある不幸」の話がヤバい


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夢を追いかけるか諦めるか、きょうはお笑い芸人による両極端の言葉を紹介します。


夢のない不幸より夢のある不幸

土曜日の「ゴッドタン」(テレビ東京)で、中々浮上するきっかけをつかめない中堅コンビを集めた「中堅芸人 景気の悪い話サミット」を放送していたのですが、彼らが夢に関して「ゔっ」と心をえぐられる言葉を連発していました。


三拍子・高倉:「辞めたらいいじゃないか?」って思うんですけど、たまにネタ番組とかでこうやって優勝したり決勝行ったりするから、それでまた辞められないっていう

劇団ひとり:みんなでも、話聞くと「辞めれない」っていうね

矢作:あー、言うね!

劇団ひとり:今さらどうしたらいいの?っていう

マシンガンズ・西堀:だってなにしろっていうんですか?

ブラックパイナーSOS・山野:今やめてもたぶん、いいとこ就職できないし不幸だと思うんすよ。だったら夢がある不幸のほうがまだ救いがあるというか

マシンガンズ・西堀:わかる!(拍手)

マシンガンズ・滝沢:夢のない不幸より夢のある不幸ね

(一同拍手)


マシンガンズ・西堀:やっぱり知ってる不幸のほうが免疫あるんで

マシンガンズ・滝沢:慣れてますんでね!体が慣れてますんでね!

マシンガンズ・西堀:未知なる不幸は辛いじゃないですか。それでも普段いる不幸のほうがまだ、だってこんな不幸を10何年やってきてますから。

三拍子・高倉:最近ちょっと悟りを開いたじゃないですけど、僕らには売れる楽しみがまだ残ってるッて思うようにしたんですね

(一同拍手)

矢作:いい考え方だ!

劇団ひとり:(満面の笑顔で)売れてないって羨ましい!

これは、いわば「夢のサンクコスト」(埋没費用)の話です。彼らは、散々お笑いの夢を追いかけて人生を費やしてきた。費やしてきた時間が、次第に人生の内訳の大部分を占めることとなる。辞めた瞬間、その費やした時間が無駄になる。たぶん費やした時間が膨らみ続けたどこかの時点で、芸事の道を諦めて引き返すより、そのまま突っ走ったほうが「楽」だと感じる。逆に言うと、諦めないかぎり「費やした時間」は無駄とは断定できませんから。

安西先生による「諦めたらそこで試合終了だよ」という言葉。バスケなら諦めようが諦めまいが、試合終了のブザーがなります。けれど、「諦めたらそこで試合終了だよ」を人生に転用したとき、それは恐ろしい呪いの言葉と化すのです。



辞める事は続ける事よりもずっと勇気がいる

けれど当然ながら、「夢のない不幸」に一歩踏み出す人も中にはいる。それについて考えさせられるのは、今年1月に解散した人力舎所属のお笑いコンビ、巨匠のボケ・岡野陽一による相方・本田和之への言葉です。彼らはキングオブコント決勝に進出した実績もありましたが、本田はそのまま芸人を引退しました。

巨匠の解散について、奇しくも「ゴッドタンレギュラーおぎやはぎラジオで語っていたのです。


お笑いコンビの解散の話題で盛り上がる中、矢作は「いいこと言ってんじゃん!」といい、解散に際しての岡野のコメントを読み上げた。


岡野は解散に際して「辞める事は続ける事よりもずっと勇気がいる事だと思いますし、あのいつもニコニコして訳のわからない小道具を7年間何の文句も言わずに作り続けてくれてた本田が、新たにやりたい事を見つけ、その道に向かって行くと決断したのは本当に凄い事だと思いますし、尊重したいと思った結果です」と、引退する相方にエールを送っているのだ。


矢作は、岡野の談話の「辞める事は続ける事よりもずっと勇気がいる」という部分を「すばらしい」と絶賛。「芸人って続けてるとどうにかなりそうな感じがしちゃうから、ずーっと続けてるもんね」と売れない芸人の実態を明かすと、小木も同意し「やり続ける方が楽だもんね」と、続けるうちにかえって辞めることの方が難しくなっていくことを明かした。


おぎやはぎの矢作兼 解散した後輩コンビの言葉に感動 - ライブドアニュース

お笑い芸人を引退したからといって「夢」がないわけではない。いやむしろ、ほかに「夢」を見つかる場合だってある。岡野の言葉は新しい夢を見つけた元相方へのエールと言えます。


「夢のある不幸」にとどまり続けるか、一歩外へ踏み出すのか。そのどちらが正しいかとか、優劣を言いたいわけではありません。夢を諦めるか、夢のもとで"殉死"を遂げるか、それらはどちらも覚悟の形であって、それがどうしようもなく尊く思えてしまうのでした。


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