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倒錯委員長の活動日誌 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2016-06-22

選ばれた芸人だけが持つ“アンファンテリブル”感

「アンファンテリブル」という言葉があります。フランスの作家、ジャン・コクトーの小説、文字どおり「恐るべき子供たち」で、主人公の姉弟エリザベスとポールらを指す言葉です。大人をものともせず、ひっちゃかめっちゃか暴れ倒すふたりの姿から、大人たちの顔色を窺わず、残酷なほど無邪気にふるまうアンコントロールな存在のことを意味するようです。ぼくはそう解釈しています。

恐るべき子供たち (光文社古典新訳文庫)

恐るべき子供たち (光文社古典新訳文庫)

アンファンテリブルな存在はどこにでもいます。ぼくは、お笑い芸人の中に「アンファンテリブル」を感じざるを得ない人材を目撃します。

かつてのダウンタウンは、まさにその「アンファンテリブル」の代表格でしょう。先週も「志村けんバカ殿さま」で、過去の傑作選をやっていましたが、30代までのダウンタウンには、相手が大先輩であろうと向かうところ敵なしの存在感がありました。アンファンテリブルの条件の一つは、場の空気を読まないことです。ダウンタウンがふたりして先輩の冠番組に乗り込み、(お笑い的に)ぼこぼこにするその姿はまさにアンファンテリブルといえます。

ダウンタウンと同様に、彼らより少し年上のとんねるずも、若いころからそうした存在感を放っていました。今となってダウンタウンが幾分落ち着いてきたのに対して、とんねるずの場合は今もなお「アンファンテリブル」感が強いですが、年齢と地位が上がった分「いじめ」だの「パワハラ」だのといった誹りもあるようです。「アンファンテリブル」は、少なくとも快感をもって視聴者に受け入れられる条件として、その言葉のもともとの意味のとおり、ある程度は若手でなければならないようです。

そして、今まさに「アンファンテリブル」として輝いていたのが、ジャルジャルだったのではないかと思います。「だった」と過去形で書くのは、彼らがもっとも「アンファンテリブル」として輝きを見せていたのが、先々月に最終回を迎えた「ざっくりハイタッチ」にゲスト出演したときだからです。一方、彼らが「めちゃイケ」にレギュラーで出ているときは、借りてきた猫のようになっているのは不思議でしょうがないのですが。それは、「アンファンテリブル」がゲスト出演でこそ活きてくることの証左かもしれません。

今後も「アンファンテリブル」はテレビ界に突如として、出てくることでしょう。その刹那の尊い輝きを、見逃したくないものであります。

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2016-06-20

【映画評】二ツ星の料理人

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ブラッドリー・クーパーが、性格に難ありだけど腕は超一流というシェフを演じています。彼が演じるシェフ、主人公のアダム・ジョーンズはパリで店をダメにした後、アメリカで放浪したあと、英ロンドンで再び自分の店をもちます。アダムがミシュランの三ツ星獲得を目指し、スタッフと衝突しながらも切磋琢磨していく、というストーリーです。

アダムはシェフとしての腕は超一流ですが、自分勝手でなかなかの性格の悪さです。自分のごり押しで集めたキッチンスタッフに当たり散らし、ひどいことを言います。パリにいたころは友だちの店に取り返しのつかないことをしていたようで、まあ酷いやつです。アダムには借金がありますが、勝手に返しておいてくれた元カノに「俺のことは忘れてくれ」なんていいますからね、あんまりです。

そうした性格の悪さは天才キャラにありがちですが、本作のアダムは、ストーリー上のプロセスを経て性格が矯正されていくのか、といえばそういう風にも見えず。アダム本人が変わるというより、むしろ周りが彼のために尽くし、彼を導いていっているようにしか思えません。

そりゃ、当代随一の色男クーパーが演じていますから、アダムがイケメンで、女から、そして男からもモテモテなのには異論はありませんが、それにしても、彼の甘やかしっぷりは度を越えています。観ていて、全然彼に共感できません。

そんなアダムですから当然報いも受けます。仲間に思いっきり裏切られるのです。観終えてみると、彼のストーリー上の障壁はすべて、「あの味が出せない」「いいメニューが思い浮かばない」といった職業上の問題というより、結局は彼が自ら破たんさせた人間関係のような気がします。そんなアダムのクライマックスでの変化といえば、前まで拒否していたスタッフのまかないを一緒に食べるようになったことですから。彼の店、この先も思いやられます……。

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2016-06-18

【映画評】アルティメット2 マッスル・ネバー・ダイ

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リュック・ベッソン率いる「ヨーロッパコープ」制作のアクション映画で、2004年の「アルティメット」の続編です。ぼくは前作を見ていないのですが、未見でもなんとなく楽しめる作品に思えます。パリのバンリュー(郊外)にある架空の隔離地区「13地区」が舞台です。ある警官殺しをきっかけに始まる隔離地区に住まう移民たちと、地区をなきものにしようとたくらむ者の戦いを描いています。

キャラの立った主人公ふたりがかっこいいです。ひとりはパラメーターが回避能力よりで、パルクール(壁をピョンピョン飛び跳ねるアクション)を操る住民のレイト。もうひとりはパラメーターが攻撃力重視で、ジークンンドー遣いの正義感あふれる特殊部隊のダミアン。ダミアンのカンフーアクションも楽しいですが、とくにレイトのパルクールが見ものです。追っ手から逃げる場面があるのですが、「人間ピタゴラスイッチ」の様相を呈しており、ワクワクしてきます。地区の外と内、境遇をちがうけれど親友という設定もまた、熱くなるではないですか。

ただし結末に関しては、あれほどの悪だくみをした黒幕が、後に重い刑罰が下されるにしても、ビジュアル的にはそれだけのお仕置きかい! という物足りなさはあります。また、なによりも、みんなで結集してあれだけ必死になって守ろうとしたものを、結果的にあっさり壊してしまうところもちょっと理解しがたいです。たしかに冒頭ではレイトが、独立ではなく地区の外との融和を唱えてはいましたが……。じゃあ、何のために彼らは命を懸けて潜入したんだという話です。

そのほか、冒頭のダミアンの女装潜入ミッションの場面は尺とりすぎじゃね? とか、いまどきチューインガムでトラップ仕掛けるの古くね? とかいろいろ不満な点は残ります。が、現実のフランスでも移民社会化が進む中、権力に立ち向かうために力を合わせる異民族たちという、非常にどストレートな熱い映画だと思いました。

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