カリフォルニア・ドールズと80年代プロレス

ロバート・アルドリッチ監督の遺作となった『カリフォルニア・ドールズ』を観てきたッス。

音楽関係の権利問題で、DVDが発売されていないこの作品。ニュープリント上映されているので観てきました。


ブロンドのモリーローレン・ランドン)とブルネットのアイリス(ヴィッキー・フレデリック)のタッグ「カリフォルニア・ドールズ」は、マネージャーのハリー(ピーター・フォーク)とともにドサ回りの日々を送っていた。ファイトマネーを理不尽に値切られて激怒したハリーは、プロモーターのエディ(バート・ヤング)のメルセデスを破壊して逃げる。カーニバルの泥レスまでやって名を売ろうとするドールズは、アウェイのカードで負けるはずの相手に勝ってしまい、遺恨試合となる。その試合で注目されたドールズは、ビッグマッチへの出場機会を得るが、その試合は因縁のエディがプロモートする興行だった……というお話。


ストーリー的には、『ロッキー』と似たようなものです。バート・ヤングも出てるし。


ちなみに、ピーター・フォークバート・ヤングは1994年の『刑事コロンボ』「死を呼ぶジグソー」(原作はエド・マクベイン)でも共演しています。NHKの吹き替えでは、「ロッキーのマネージャーみたいな男が来た」と言われています。


セクシーでパワフルなドールズの魅力、胡散臭いながらも熱血漢なところもあるハリー、下積みの苦労を経てブレイクする主人公、などなどドラマとしては魅力的です。ラストシーンも爽やかにして鮮やか。オンボロ車でドサ回りをするロード・ムービーとしても味わい深い、いい映画でした。


ただ、プロレスファンの目から見ると、ちょっとアラが目立つといいますか。


この映画は1981年に制作されたものですが、劇中で繰り出される技は80年代にしてはちょっと古く感じます。
ドールズとライバルの「トレドの虎」は女優がレスリングの訓練を受けて出演していて、他は本職のレスラーが演じています。日本人のミミ萩原とジャンボ堀も出て、主人公と対戦しています。
この映画のレスリング監修をつとめ、主役にレスリングの稽古をつけたのが、女子プロレスの草分けであるミルドレッド・バークという人。


ミルドレッド・バーク - Wikipedia


日本に女子プロレスを伝えた偉大な人物でもありますが、なにしろ1915年生まれで、30年代から50年代にかけて活躍したという、ルー・テーズとほぼ同じ世代の人です。

鉄人ルー・テーズ自伝 (講談社+α文庫)

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日本のプロレス界では、1981年といえば新日本プロレス初代タイガーマスクが登場し、スタン・ハンセンとアンドレ・ザ・ジャイアント田園コロシアムで歴史的激闘を繰り広げ、全日本プロレスではブルーザー・ブロディザ・ファンクスが中心となってスケールの大きなファイトをしておりました。


カリフォルニア・ドールズ』では、クライマックスのタイトル戦で主人公が入場する際、ハリーの仕込みによってテーマ曲が生演奏され、観客が応援歌を歌います。
この演出では、入場テーマ曲をかけるという習慣がまだないように描かれています。


しかし、日本では70年代からテーマ曲つきの入場が一般的になっていました。その草分けは、ミル・マスカラスの”スカイ・ハイ”だといわれています。



ザ・ファンクスの”スピニング・トー・ホールド”も忘れがたい。


これらを経て、80年代に入るころにはすでに各レスラーの入場テーマ曲が定着しています。
それを考えると、会場での生演奏&観客のチャントという演出はやや古いかなあと感じましたね。アルドリッチ監督はプロレスを知らない人だから仕方ないんですけど。


試合中に繰り出す技も、81年という時代からいってもややクラシックです。ボディスラム、ヘッドロック、首投げ、ハンマースルー、モンキーフリップ、あとは殴る蹴るが中心。ドロップキックは大技扱いで、バックドロップやブレーンバスター、スープレックス系の技はまったく出てきません。あと、サブミッション系の技も出てこない。当時の女子プロレスは実際にそうで、ミルドレッド・バークの教えを受けた日本の全日本女子プロレスでもあまり関節技は使われなかったんですけどね。現代の感覚で見るとちょっと違和感があります。固め技はホントにヘッドロックとボディシザースしか出てこないんですよ。コブラツイストも4の字固めも、逆エビ固めすら使わない。


その代り、字幕で「回転逆エビ固め」と呼ばれる技が出てきます。


もちろん、実際のプロレスにそんな技はありません。これは字幕の人のミスで、回転エビ固めのことです。
ピーター・フォークが実際に言うセリフを聞くと、これを「サンセット・フリップ」と呼んでいます。


日本で「サンセット・フリップ」と言った場合は、マイティ井上が得意とした、ダウンした相手の前でジャンプして、回転し背中からボディプレスを食らわす技のことを指します。
マイティ井上のサンセット・フリップ

この動画の4分20秒ぐらいで出てくるやつね。別名はサマーソルト・ドロップともいいます。


しかし、アメリカでは「サンセット・フリップ」といえば回転エビ固めを指すんですね。日本では「ローリング・クラッチ・ホールド」と呼ぶんですが。


日本のプロレスマスコミは独自の発達を遂げていて、とくに技の区別に厳格です。しかし、アメリカではテリトリーによって技の名前も統一されておらず、分類も大雑把です。ショルダースルーのことも「バックドロップ」と呼んだりしますからね。


んで、映画のピーター・フォークは日本の芸者ガールズ(ミミ萩原&ジャンボ堀)が使った回転エビ固めに惚れ込み、ドールズにもこれをマスターさせ、クライマックスのタイトル戦ではダブル回転エビ固めを決めてみごと勝利するんですが、1981年の時点ですでに、回転エビ固めは大技じゃないよね。


この手の、スモール・パッケージ・ホールドとかスクールボーイ、逆さ押さえ込みなど、一瞬のスキをつく逆転フォール技は「クイック」と呼ばれ、負けた相手の格を落とさない技として重宝されました。


でも、映画のクライマックスで、こういうオリジナリティのない技を使うというのはちょっと弱いなぁ。その辺は、プロレスを知らない監督が演出したということで大目に見ましょう。


この映画でいちばん高度な技は、中盤で「トレドの虎」が繰り出したケブラドーラ・コン・ヒーロ(風車式バックブリーカー)と、冒頭でジャンボ堀が出したクルック・ヘッドシザースですね。

懐かしのプロレス技、一挙公開 (宝島SUGOI文庫 A へ 1-81)

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とくにクルック・ヘッドシザースは、藤原喜明木戸修が得意としたUWF系関節技であり、関節技がほとんど登場しないこの映画において異色の輝きを放っておりました。ピーター・フォークも、オーソドックスな回転エビ固めをフィニッシュにするより、こういう地味だけど本当に効く技をドールズに覚えさせれば連戦連勝間違いなしだったんですけどね。

ジョシュ・バーネットがデモンストレーションでマーク・ハントにかけたクルック・ヘッドシザース。実際にやってみるとわかるが、ものすごく苦しい)